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ワスレナグサ①
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最終学年が終わりに近づき、卒業式を迎える少し前、戦を繰り返していた隣国の侯爵令嬢であるカッサンドラとフラットとの結婚が決定された。
これには社交界は揺れに揺れたが、婚約者であるイヴォンヌの家とも円満に解消された事もあり、二人がやがて隣国との橋渡しをして平和への第一歩となるのならと歓迎されたのである。
フラットがカッサンドラと学園で蜜月を過ごしていた事から、この事は一年以上も前から計画されており、なんら禍根を残す事もないように取り計らった上での結婚であると周囲は察して、学園はお祝いムード一色になった。
今ではフラットは、他の女生徒たちと関わりを持たず、カッサンドラ一人だけを大切にしている姿を見せている。
イヴォンヌもすでに納得していると周囲に伝える事で、友人二人には心配されつつも残りわずかな学生生活を笑顔で過ごしていた。
イヴォンヌの夫となる席が空いた事で、決まった相手のいない令息たちの家から侯爵家には連日釣書が山のように届けられた。
今回の事は王家がからんでおり、傷物としてではなく、王家の全面のバックアップを得た令嬢との結婚だ。しかも莫大な慰謝料という持参金付きでもある。
フラットとの数年の仲の良い姿を見ていたものの、王家とのつながりを持てる政略結婚相手としては申し分がないどころか、才色兼備で優しい彼女の人気は国内のみならず諸外国にまで及んだ。
だが、イヴォンヌはそのどれに対しても頷く事はない。
今日も友人と三人でカフェに座り歓談している姿を、周囲の視線が放っておかなかった。
「イヴォンヌ様、先日は交易で懇意にしている国の外交官の方から申し込みがあったのでしょう?」
「あら、わたくしが聞いたのは最大級の海軍を持つ国の王弟からとお聞きしておりましてよ?」
「まあ、二人とも、どこでそんな話を聞いたのです? わたくし、初耳ですわ。ふふふ」
イヴォンヌの婚約解消を聞いた数日は痛ましそうな表情をしていた彼女たちも、こうして冗談まじりに明るい話題を心がけていた。勿論、彼女たちのいう縁談の申し込みは真実だ。
「陛下がたの後見もございますものね……。イヴォンヌ様のお相手は世界一の殿方ではないと!」
「本当にそうですわ!」
「まあ、でしたらお二人の婚約者がたのようなお相手をという事ですわね?」
「ま、イヴォンヌ様ったら!」
「わたくし達の事はよろしいのですわ!」
楽しい時間を過ごしていると二人の婚約者が彼女たちを呼びにきた。イヴォンヌは一人になり、温室内の冬の花を楽しむ。
「ヴィー」
いつから彼女を伺っていたのだろう。そっとイヴォンヌの後ろに立ち、低い声が彼女の背中に降って来た。
「……何か御用でしょうか?」
「……」
令嬢らしく、心に鎧をまとい、感情を見せない瞳で大きな青年を見上げた。
「ヴィー、俺は……」
「何度申し込まれても、わたくしの考えは変わりませんわ」
フラットと別れたあの日、彼女をずっと待っていたサヴァイヴの元にイヴォンヌが現れる事はなかった。
サヴァイヴは、イヴォンヌが毅然とした態度でしっかり物を言いフラットと二人きりになった後、彼らに何があったのかは知らない。だが、数日後に、二人の婚約が解消され、フラットにはすぐに相手が決まった。
フラットからは、簡単にイヴォンヌの今後の進退を知らせる手紙と、個人的な手紙が届けられた以降接触はない。
サヴァイヴの気持ちをうんざりするほど知っていたクロヴィスは、これ幸いとすぐに辺境伯に手紙を出した。
これまでの見合いの惨敗という事実もあり、複雑ではあるが辺境伯からも正式にイヴォンヌとの婚約が申し込まれたのである。
フラットが隣国の令嬢と結婚することから、隣国との戦が沈静化して平和になるであろう展望もあり、イヴォンヌの両親は、婚約解消したばかりの傷心中の彼女の気持ちにまかせると返事をしている。
『お父様、お母様、このような事態になってしまい申し訳ございません』
『ヴィー……、すまない。すまない。良かれと思った事がかえってヴィーを傷つけてしまった……』
『ヴィー、貴女は悪くないのよ? 暫くは貴女の思うようになさい』
『でしたら、どうか、修道院に行かせてくださいませ』
『ヴィー! それだけはならん』
『ヴィー……、それだけは……どうか……』
結局、イヴォンヌの希望は、両親からも、王家からも却下され続けている。学園でも高位貴族の令息たちが機会がある毎に寄ってきては求婚する始末。
落ち着かない日々にため息を吐きつつ過ごしていた。
そして今、一番会いたくない、一番しつこい青年を真正面から軽く睨みつけた。
これには社交界は揺れに揺れたが、婚約者であるイヴォンヌの家とも円満に解消された事もあり、二人がやがて隣国との橋渡しをして平和への第一歩となるのならと歓迎されたのである。
フラットがカッサンドラと学園で蜜月を過ごしていた事から、この事は一年以上も前から計画されており、なんら禍根を残す事もないように取り計らった上での結婚であると周囲は察して、学園はお祝いムード一色になった。
今ではフラットは、他の女生徒たちと関わりを持たず、カッサンドラ一人だけを大切にしている姿を見せている。
イヴォンヌもすでに納得していると周囲に伝える事で、友人二人には心配されつつも残りわずかな学生生活を笑顔で過ごしていた。
イヴォンヌの夫となる席が空いた事で、決まった相手のいない令息たちの家から侯爵家には連日釣書が山のように届けられた。
今回の事は王家がからんでおり、傷物としてではなく、王家の全面のバックアップを得た令嬢との結婚だ。しかも莫大な慰謝料という持参金付きでもある。
フラットとの数年の仲の良い姿を見ていたものの、王家とのつながりを持てる政略結婚相手としては申し分がないどころか、才色兼備で優しい彼女の人気は国内のみならず諸外国にまで及んだ。
だが、イヴォンヌはそのどれに対しても頷く事はない。
今日も友人と三人でカフェに座り歓談している姿を、周囲の視線が放っておかなかった。
「イヴォンヌ様、先日は交易で懇意にしている国の外交官の方から申し込みがあったのでしょう?」
「あら、わたくしが聞いたのは最大級の海軍を持つ国の王弟からとお聞きしておりましてよ?」
「まあ、二人とも、どこでそんな話を聞いたのです? わたくし、初耳ですわ。ふふふ」
イヴォンヌの婚約解消を聞いた数日は痛ましそうな表情をしていた彼女たちも、こうして冗談まじりに明るい話題を心がけていた。勿論、彼女たちのいう縁談の申し込みは真実だ。
「陛下がたの後見もございますものね……。イヴォンヌ様のお相手は世界一の殿方ではないと!」
「本当にそうですわ!」
「まあ、でしたらお二人の婚約者がたのようなお相手をという事ですわね?」
「ま、イヴォンヌ様ったら!」
「わたくし達の事はよろしいのですわ!」
楽しい時間を過ごしていると二人の婚約者が彼女たちを呼びにきた。イヴォンヌは一人になり、温室内の冬の花を楽しむ。
「ヴィー」
いつから彼女を伺っていたのだろう。そっとイヴォンヌの後ろに立ち、低い声が彼女の背中に降って来た。
「……何か御用でしょうか?」
「……」
令嬢らしく、心に鎧をまとい、感情を見せない瞳で大きな青年を見上げた。
「ヴィー、俺は……」
「何度申し込まれても、わたくしの考えは変わりませんわ」
フラットと別れたあの日、彼女をずっと待っていたサヴァイヴの元にイヴォンヌが現れる事はなかった。
サヴァイヴは、イヴォンヌが毅然とした態度でしっかり物を言いフラットと二人きりになった後、彼らに何があったのかは知らない。だが、数日後に、二人の婚約が解消され、フラットにはすぐに相手が決まった。
フラットからは、簡単にイヴォンヌの今後の進退を知らせる手紙と、個人的な手紙が届けられた以降接触はない。
サヴァイヴの気持ちをうんざりするほど知っていたクロヴィスは、これ幸いとすぐに辺境伯に手紙を出した。
これまでの見合いの惨敗という事実もあり、複雑ではあるが辺境伯からも正式にイヴォンヌとの婚約が申し込まれたのである。
フラットが隣国の令嬢と結婚することから、隣国との戦が沈静化して平和になるであろう展望もあり、イヴォンヌの両親は、婚約解消したばかりの傷心中の彼女の気持ちにまかせると返事をしている。
『お父様、お母様、このような事態になってしまい申し訳ございません』
『ヴィー……、すまない。すまない。良かれと思った事がかえってヴィーを傷つけてしまった……』
『ヴィー、貴女は悪くないのよ? 暫くは貴女の思うようになさい』
『でしたら、どうか、修道院に行かせてくださいませ』
『ヴィー! それだけはならん』
『ヴィー……、それだけは……どうか……』
結局、イヴォンヌの希望は、両親からも、王家からも却下され続けている。学園でも高位貴族の令息たちが機会がある毎に寄ってきては求婚する始末。
落ち着かない日々にため息を吐きつつ過ごしていた。
そして今、一番会いたくない、一番しつこい青年を真正面から軽く睨みつけた。
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