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ワスレナグサ②
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「……何度もお断りしたはずです」
何を
と、言わなくてもわかりきった内容だ。その後の答えもわかっている。
「ああ。だから、改めて申し込みにきた」
「普通、一度で諦めません? しかも、もう18回目ですのに、あまりにも非常識なのでは?」
「ああ、回数を覚えてくれているのか。嬉しいよ」
イヴォンヌは、斜め上の言葉を紡ぎニコニコしている強面の幼馴染みを呆れて見上げて、大きくため息を隠しもせず吐いた。
「あのねえ! しつっっっこいのよ!」
イヴォンヌらしからぬ、いや、普通の令嬢でもこんな風に言わないだろう。
「俺は諦めないと言った」
「……!……!」
怒りを露わにしても、平然とそういうサヴァイヴに対して、はくはくと声にならない声を唇を開け閉めさせる。
「ヴィー」
「あ、貴方にその呼び方を許してはいません!」
「だが、つい先日、イヴォンヌ嬢とも呼ぶなと言っただろう?」
「だから!」
サヴァイヴは、困ったかのように眉を下げつつ、その瞳はからかうようで幼い頃に戻ったかのようだ。
「と、とにかく、わたくしは誰とも結婚しませんからっ!」
「ああ、俺以外の誰とも結婚なんてしなくていい」
「あ、あ、開いた口が塞がらないわ! その中には貴方も入っているのよ?」
「嘘だな」
「嘘なんかじゃ!」
サヴァイヴが一歩イヴォンヌに近づく。思わず後ずさろうとするが、背後は先ほどまで見ていたワスレナグサが咲いているため進めない。
※※※※
正式にフラットと婚約を結んだカッサンドラから秘密裏に呼び出された。そこで、ワスレナグサと手紙を渡されたのだ。
「イヴォンヌ様、あの方の事はわたくしにお任せくださいませ。男女の愛はなくとも、幸せにしてみせます」
「カッサンドラ様……」
「ほんと、不器用でバカよね。男って」
「え?」
「貴女、最後に、ぎりぎりだけど、フラット殿下について行くといった趣旨の事を話したのではなくて?」
目の前の、気の抜けない女性は一体どこまで把握しているのだろうか。
「ふふふ、詳細な事は知らなくても、貴女の事を知る度にそうなんじゃないかなって思ったの。きっと、彼を叱って本音をぶつけ合ったんじゃないかなって。その上で、頭が固すぎる彼の愚かな判断を最終的に飲んだのでしょう?」
「……」
沈黙は肯定と同じだ。だが、イヴォンヌは彼女になら知ってもらってもいいと思い返事をしなかった。
「あの人ね、貴女を突き放しても、本当は側にいて欲しいって思ってるのがバレバレなのよね。ふふふ、今からでも貴女をかっさらえばいいのにねえ? そうだ、わたくしが連れ去っちゃいましょうか?」
カッサンドラは、名案を思いついたというように胸の前で小さく手を叩く。
「え?」
「ふふふ、彼は貴女の心が自分にはないと思い込んじゃってて笑っちゃうわ。貴女は彼をこんなに愛してくれているのに。たとえ、心の奥に誰かが住んでいても、きちんとあなたたちは愛し合っていたとわたくしは思うの」
「それは、カッサンドラ様も、でしょうか?」
「まぁ……。ふふふ、種類は違うけれども、わたくしも殿下を愛していますのよ?」
「……。領地に行かれた後、子を望めなくても、それでもよろしいのでしょうか?」
「貴女、王太子殿下のお子様のお一人を頂くという話までご存じよね?」
こくりと頷く。
「わたくしは、男性としての愛は後ろにいる彼に全てを捧げていますの。この人と一緒にいられるのなら、たとえ子が産めなくともかまわない。後悔するかもしれないけれど……。殿下とは何もないだろうとはいえ、この人がそれを承知で全てを捨てて来てくれるのですもの。幸せになれるに決まっていますわ」
そう言いながら、後ろに控えている彼女の護衛である隣国の美しいというよりも凛々しい年上の男性と微笑み合う。相手の事は流石に知らなかったが、どう見ても親子ほどの年齢差に見えた。
「ふふ、彼はわたくしの小さな頃からの護衛でしたの。今回、フラット殿下に政略結婚を持ちかけられた時、この人ったら殿下を切り殺す勢いで憤慨したのよ? ね?」
「……記憶にございません」
「それまで、いくらわたくしが思いを伝えてもなしのつぶてで。この人以外なら、たとえ50も年上の人とでも良かったのよ」
「お嬢様には世界一の夫をですね」
「ええ。だから、世界一の夫と世界一の愛する人を手に入れたの。ふふ、贅沢でしょう?」
イヴォンヌは、堂々とフラットと政略結婚をし、後ろの彼を愛人にすると言いきった彼女に対して目を見張った。
「あ、殿下が言い出したのですよ? わたくしの気持ちも、この人の気持ちもすぐに気づいたみたいで。ほんっと、自分たち以外の事にはとんでもなく聡いのに。困ったパートナーですわ」
「殿下が……」
「ええ。立場上、こんな有り得ない提案をしてくださった殿下以外に嫁げば、この人との未来は一瞬すらなかったの。だから感謝をしているし、殿下を貴女のためにも幸せにするようにしますわ」
暫くの間、明るく楽しい時間をカッサンドラと過ごして自室に戻った。
渡された手紙は分厚く、これまでの想い出を綴るかのように長いものかと思えば、たった一言しか書かれていなかった。
『幸せに』
彼との想い出は自分の中にきちんとある。どれ程の愛を与えられてきたのか、誰よりも自分が一番知っていた。
「なによ。たった、これだけのために、貴重な紙を何枚重ねているのよ……」
今も優しい彼を思い、添えられたワスレナグサとその手紙を胸に抱きしめる。
「ばか、ばかぁ……」
繰り返し紡ぐ言葉は、静かな部屋の中に消えていく。誰に対しての言葉なのか、イヴォンヌすらわからない。
その日は、ずっと泣いて過ごしたのである。
何を
と、言わなくてもわかりきった内容だ。その後の答えもわかっている。
「ああ。だから、改めて申し込みにきた」
「普通、一度で諦めません? しかも、もう18回目ですのに、あまりにも非常識なのでは?」
「ああ、回数を覚えてくれているのか。嬉しいよ」
イヴォンヌは、斜め上の言葉を紡ぎニコニコしている強面の幼馴染みを呆れて見上げて、大きくため息を隠しもせず吐いた。
「あのねえ! しつっっっこいのよ!」
イヴォンヌらしからぬ、いや、普通の令嬢でもこんな風に言わないだろう。
「俺は諦めないと言った」
「……!……!」
怒りを露わにしても、平然とそういうサヴァイヴに対して、はくはくと声にならない声を唇を開け閉めさせる。
「ヴィー」
「あ、貴方にその呼び方を許してはいません!」
「だが、つい先日、イヴォンヌ嬢とも呼ぶなと言っただろう?」
「だから!」
サヴァイヴは、困ったかのように眉を下げつつ、その瞳はからかうようで幼い頃に戻ったかのようだ。
「と、とにかく、わたくしは誰とも結婚しませんからっ!」
「ああ、俺以外の誰とも結婚なんてしなくていい」
「あ、あ、開いた口が塞がらないわ! その中には貴方も入っているのよ?」
「嘘だな」
「嘘なんかじゃ!」
サヴァイヴが一歩イヴォンヌに近づく。思わず後ずさろうとするが、背後は先ほどまで見ていたワスレナグサが咲いているため進めない。
※※※※
正式にフラットと婚約を結んだカッサンドラから秘密裏に呼び出された。そこで、ワスレナグサと手紙を渡されたのだ。
「イヴォンヌ様、あの方の事はわたくしにお任せくださいませ。男女の愛はなくとも、幸せにしてみせます」
「カッサンドラ様……」
「ほんと、不器用でバカよね。男って」
「え?」
「貴女、最後に、ぎりぎりだけど、フラット殿下について行くといった趣旨の事を話したのではなくて?」
目の前の、気の抜けない女性は一体どこまで把握しているのだろうか。
「ふふふ、詳細な事は知らなくても、貴女の事を知る度にそうなんじゃないかなって思ったの。きっと、彼を叱って本音をぶつけ合ったんじゃないかなって。その上で、頭が固すぎる彼の愚かな判断を最終的に飲んだのでしょう?」
「……」
沈黙は肯定と同じだ。だが、イヴォンヌは彼女になら知ってもらってもいいと思い返事をしなかった。
「あの人ね、貴女を突き放しても、本当は側にいて欲しいって思ってるのがバレバレなのよね。ふふふ、今からでも貴女をかっさらえばいいのにねえ? そうだ、わたくしが連れ去っちゃいましょうか?」
カッサンドラは、名案を思いついたというように胸の前で小さく手を叩く。
「え?」
「ふふふ、彼は貴女の心が自分にはないと思い込んじゃってて笑っちゃうわ。貴女は彼をこんなに愛してくれているのに。たとえ、心の奥に誰かが住んでいても、きちんとあなたたちは愛し合っていたとわたくしは思うの」
「それは、カッサンドラ様も、でしょうか?」
「まぁ……。ふふふ、種類は違うけれども、わたくしも殿下を愛していますのよ?」
「……。領地に行かれた後、子を望めなくても、それでもよろしいのでしょうか?」
「貴女、王太子殿下のお子様のお一人を頂くという話までご存じよね?」
こくりと頷く。
「わたくしは、男性としての愛は後ろにいる彼に全てを捧げていますの。この人と一緒にいられるのなら、たとえ子が産めなくともかまわない。後悔するかもしれないけれど……。殿下とは何もないだろうとはいえ、この人がそれを承知で全てを捨てて来てくれるのですもの。幸せになれるに決まっていますわ」
そう言いながら、後ろに控えている彼女の護衛である隣国の美しいというよりも凛々しい年上の男性と微笑み合う。相手の事は流石に知らなかったが、どう見ても親子ほどの年齢差に見えた。
「ふふ、彼はわたくしの小さな頃からの護衛でしたの。今回、フラット殿下に政略結婚を持ちかけられた時、この人ったら殿下を切り殺す勢いで憤慨したのよ? ね?」
「……記憶にございません」
「それまで、いくらわたくしが思いを伝えてもなしのつぶてで。この人以外なら、たとえ50も年上の人とでも良かったのよ」
「お嬢様には世界一の夫をですね」
「ええ。だから、世界一の夫と世界一の愛する人を手に入れたの。ふふ、贅沢でしょう?」
イヴォンヌは、堂々とフラットと政略結婚をし、後ろの彼を愛人にすると言いきった彼女に対して目を見張った。
「あ、殿下が言い出したのですよ? わたくしの気持ちも、この人の気持ちもすぐに気づいたみたいで。ほんっと、自分たち以外の事にはとんでもなく聡いのに。困ったパートナーですわ」
「殿下が……」
「ええ。立場上、こんな有り得ない提案をしてくださった殿下以外に嫁げば、この人との未来は一瞬すらなかったの。だから感謝をしているし、殿下を貴女のためにも幸せにするようにしますわ」
暫くの間、明るく楽しい時間をカッサンドラと過ごして自室に戻った。
渡された手紙は分厚く、これまでの想い出を綴るかのように長いものかと思えば、たった一言しか書かれていなかった。
『幸せに』
彼との想い出は自分の中にきちんとある。どれ程の愛を与えられてきたのか、誰よりも自分が一番知っていた。
「なによ。たった、これだけのために、貴重な紙を何枚重ねているのよ……」
今も優しい彼を思い、添えられたワスレナグサとその手紙を胸に抱きしめる。
「ばか、ばかぁ……」
繰り返し紡ぐ言葉は、静かな部屋の中に消えていく。誰に対しての言葉なのか、イヴォンヌすらわからない。
その日は、ずっと泣いて過ごしたのである。
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