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 それからは、トントン拍子に話しが進んだ。

 ふたりは、色々あったためにこじんまりした式にしようとしていた。とはいえ、招待客はほとんどが貴族だ。スケジュール調整が難しく、遠方の家も多い。
 結局、ふたりの結婚式は、王子が帰ってきてから半年後の、最初の予定日のちょうど1年後ということになった。

 タッセルは、ますます筋トレを張り切った。仕事も手を抜くことなく、雪の降リ続く寒い日も、氷のように冷たい雨が降り注ぐ日もトレーニングを怠ることはなかった。

 そんな、騎士団の訓練場で頑張るタッセルを、カーテは応援に来ていた。騎士たちの中には、カーテに好意を露わにするものもいたが、ほとんどの騎士たちはふたりがうまくいくよう支援している。不届きな騎士のアプローチは、カーテに届く前にひっそりと排除されていた。

「ターモくーん、そろそろ時間よ」
「え、もう? んー、あともう少し……」
「ダメよ。やりすぎると、良くないって騎士団長様も仰っていたわ。それに、鍛えるのはもう充分すぎると思うの」
「いや、カーテちゃんの理想の騎士に比べたらまだまだ……」
「ターモくんはただの騎士じゃないから、もういいの」

 カーテは手作りのプロテインクッキーをテーブルに並べつつ、筋トレメニューを余裕でこなすようになったタッセルをお茶に誘う。

 タッセルの体は、以前のような贅肉は消え去っていた。といっても、大肉中背が中肉中背になった程度ではある。たるたる皮の下には、しっかり肉があり、お腹もシックスパックのような形が、よく見れば現れだしたといったところだ。

 記憶を失ってすぐのころは、カーテが騎士たちに目移りしていたこともあった。今では、彼女はタッセルのことだけを見つめている。

 幸せそうなふたりの姿は、相手がいる騎士限定ではあるが周囲に幸せな気分をもたらしていた。

「もうすぐ結婚式だね。あと一ヶ月か」
「ええ。ちょうど、去年の明日、私がターモくんを忘れた日になるのね……」

 それは、ふたりにとって忘れることのできない日だった。片方は驚愕と恐怖の、もうひとりにとっては狼狽と悲嘆の日でもある。
 カーテは、少し物憂げに小さなため息をこっそり吐いた。だが、そんなささやかな彼女の行動を、タッセルは見逃さず、心配そうに顔を覗く。

「カティちゃん、体調が悪い? 気づかず、トレーニングに突き合わせてごめんね。お医者さんに診てもらおうか」
「ううん、大丈夫。ただの寝不足……。実は、もう一度記憶を失うかもしれないって思ったら、怖くて眠れない日が続いているの」

 きれいさっぱり、誰かの記憶を失うなど、もう二度と経験したくない。しかも、もう一度タッセルとこういう風に笑いあえる日が来る保障もないのだ。
 流石に、二度目になると、優しい彼も他の女性を選ぶだろうと思うと、彼が遠い存在になってしまう恐怖でふるりと体が震えた。

「ターモくん、私があなただったら、とっくに諦めていたと思う。まだ思い出せないけど、こんなにも結婚式が待ち遠しい気持ちになるのは、全部、あなたの支えがあったからだわ。長い間、私を見捨てずにいてくれて、本当にありがとう」
「カティちゃんが、好みでもない、正体がわからない僕を嫌がらずに、側にいさせてくれたからだよ。でも、もう僕を忘れて欲しくないかな……」

 本当は、忘れられたのが悲しかったんだと、タッセルは心の内を彼女に打ち明けた。
 カーテは、想像の範囲内で、恐らくはそうだろうと考えていたが、こうして彼が言葉に出すまでどこか他人事だった。
 自分を困らせないように、今までその気持ちを口に出すことがなかった彼の懐の大きさと深さに、じぃんと胸が熱くなる。

「原因がわからずじまいだから、カティちゃんが万が一にも記憶を失うことがあったとして、防げるわけでもないだろうけど。次も、カティちゃんが僕を好きになってくれるっていう自信がないんだ……」
「ターモくん……。私も忘れないように頑張る。どう頑張ればいいのかわからないけど。あ、でもね。もしも、また記憶を失っても、何度でもターモくんを好きになるわ。これは間違いないと思うの」
「カティちゃん……」
「だって、あなたは、世界一私を愛してくれる人だし、世界でたったひとりの素敵な人だから。だから、私は何度でもあなたを好きになるわ。これは、自信があるのよ」
「そんな、大した男じゃないけど」
「私には、世界一なの」

 カーテが、プロテインクッキーを彼の口元に差し出す。それを、タッセルは彼女の指先ごとぱくりと食べた。

「ん、美味しい」
「え、っとね。ターモくん。私ももう忘れたくないの。だから……」

 カーテが、顔を真赤にして小声で囁いた言葉に、タッセルは耳を赤くして狼狽えた。だが、はるかに大きな歓喜でいっぱいになる。

「本当なら、もう夫婦だったでしょ? 随分前から、お母様には、そうしなさいって言われているし……」
「うん」
「だから、その……」
「うん」

 それ以上の言葉を紡ぐことが不可能になった。恥ずかしさのあまり、顔を両手で覆う。

 すると、ふわっと体が浮いた。

「カティちゃん、大好きだよ」
「うん……私も……」

 タッセルに横抱きされた。去年よりも、はるかに安定している。安心して彼に身を任せた。

 

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