R18完結 食パンかじりながらチャリ漕いで出勤したら、彼氏が出来ました

にじくす まさしよ

文字の大きさ
4 / 11

赤い耳

しおりを挟む
「ごめんね、勝手に色々して。有給もほとんど残っているし、暫く休んでいいって。出来れば早めにがいいけど、手続きとかもあるから病状が落ち着いたら連絡して欲しいだってさ。あ、凄く心配してたよ」

「いえ、ありがとうございます。助かり、まし……」

 なぜだろうか。なんだか張り詰めていたものがふわっとなって、気が付いたらポタポタ涙が出てきたのが分かった。

「あれ?  おかしいなぁ。今はもう、あんまり痛くないのに……ごめ、なさ……」

ほんと、何やってんの。自分……!

 こんな時に泣いたら、郡さんに迷惑だろう。下唇を噛んで、拳をそこにあてて、必死に泣くのを堪えようとした。すると、郡さんが覗きこんできて、心配そうに声をかけてきてくれた。

きっと、不細工な顔になってる……

「お節介かなって思ったんだけど。上司の人と話たくないのかなって。知らない男だしいきなりそんな話しするなんて嫌だろうけど。知らないから言えるかもしれないし、良かったら話聞くけど……」

 シーンと静まりかえった車内には、くぐもったあまり心地の良いとは言えない私の漏れ出た声が響くだけで。郡さんはそれ以上言わず、少し離れたところで私を見たり、フロントガラスのほうに視線を移動したりしていた。
 一度、車から出てコンビニでペットボトルのお茶を買ってきて手に持たせてくれた。冷たくて気持ちがいい。

「……気のせいかもしれないんですけど……」

 ボトルのキャップを回して開けたり締めたり繰り返す。すると、なんとなく、勝手に口が開いてポソポソと話を始めてしまった。聞かせても仕方のない話だ。郡さんは無関係だし、聞いたら困るだけだろう。だけど、なんだか、一度開いた口は二度と閉じる事はなかった。

「忙しいのは皆一緒だし、がんばらなきゃってずっと思ってて。必死にわけわかんない単語とか覚えながら毎日が気が付いたら終わってて。そんな職場なんですけど。皆、私がドジしても笑い飛ばしてくれて。そりゃ怒られたりもしますけど、パワハラとかなくって。気のいい仲間と一緒なら頑張れるって思ってたんです。でも……」

「さっき、郡さんが話をした上司が……あの、気のせいだと思いたいんです。何の気なしで、昔ながらのおじさんだしって。でも……」

  私は、膝の上の自分の指を何とはなしに絡ませたり、ペットボトルをぽこって押したりしながら続ける。

「肩とか、腰とか……夏なんかは袖のない部分の腕とか……ぽんって触って来て……なんとなく、スーッて撫でられてる気がするんです。で、でも、他の人にもしてるし、私だけじゃないから、自意識過剰かなって思おうとしてて。だけど、この間飲み会の時に……いつも隣に座るようになるんですけど、抱き着かれて、偶然っぽかったんですけど、胸を触られて……でも、何もなかったかのように振舞われるし、気のせいかなって。どうしていいかわかんなくて。そうしたら、それから、凄く怖くなって。優しい上司なんです。皆にも明るくて理解のある人だって言われるくらいだし。だから、私がこんな風に思うのはおかしいって、思うんですけど……でも、嫌なんです……でも、このご時世で、転職なんて簡単じゃないし。我慢するしかないかなって思ったり。どうしたら角が立たないように触られなくするのかわかんないですし、ああ、でも、でもばっかりですね。初対面の郡さんに、こんな話をしてごめんなさい。困りますよね」

 自分の膝や、その先のギプスの白を見つめる。ペットボトルの外側に水滴がたくさんついていて、落ちたものが私の膝を少し濡らした。

 不器用に、つっかえつっかえしながら、あっちいきこっちいきしつつ、なんとか話をし終えた。まだ言い足らない気もするし、言い過ぎた気もする。


ほんっと、何言ってんだろ……私の馬鹿……


  ふーっと、長いため息をついて、自分が嫌になって自虐的に口元を歪ませていると、頭に大きくて温かな手が乗せられた。

 ちょっとびくっとなったけど、なんだか相手が郡さんだからか、どんな人なのかほとんど知らないのに安心してしまう自分がいて戸惑う。
 男の人にこんな風に触れられた事なんて一度もないから、ドキドキして、さっきまでとは違う体の温度の変化が私を襲った。

  耳たぶが熱い。カーッとなって真っ赤になっているのがわかったけど、慌てて隠すのも変だしとか、ぐるぐる思考が大騒ぎをしてしまっていてどうにもならなかった。

「あ、男に触られるのって嫌だよな。ごめん」

 彼女は大人の女性でメモリーじゃないのに、何やってんだ俺って呟きつつ、彼が、慌てて手を引っ込める。

「い、いえ。だいじょうぶ、デス……」

 先ほどまでとは違う、気まずい感情と照れ臭いようなモゾモゾするような変な空気が流れ始めた。お互いに焦ってしまって口ごもっているのが、変におかしくなって笑いがこみ上げてくる。

「ふ、ふふ……郡さん、ありがとうございます」

 何に対してのありがとうなんだろう。事故の被害者なのにこんなに良くしてくれたからか、辛い気持を吐き出させてくれて聞いてくれたからか。

それとも、それとも? なんだろう。自分がその続きをなんと続けるのか分からないまま、気持ちを誤魔化すかのようにクスクス笑い続けた。

「あー、いや。なんもしてないし。落ち着いた?」

 さっきまでの話しに対して、郡さんは何も言わなかった。

 ちょっとくらい慰めてくれるもんじゃないの、なんて不満もあるにはあるけど、敢えて聞きたいのに聞いてこないのだろうし、色々言ってこないのも彼なりの優しさなのかななんて思えて、素直になれるような気がした。

「はい。聞いてくれてありがとうございました」

 私が、なんにも解決なんてしていないのに、軽くなった気持ちでそう言うと、照れくさそうに、別にって答える彼の耳も、私と同じように赤かった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...