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赤い耳
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「ごめんね、勝手に色々して。有給もほとんど残っているし、暫く休んでいいって。出来れば早めにがいいけど、手続きとかもあるから病状が落ち着いたら連絡して欲しいだってさ。あ、凄く心配してたよ」
「いえ、ありがとうございます。助かり、まし……」
なぜだろうか。なんだか張り詰めていたものがふわっとなって、気が付いたらポタポタ涙が出てきたのが分かった。
「あれ? おかしいなぁ。今はもう、あんまり痛くないのに……ごめ、なさ……」
ほんと、何やってんの。自分……!
こんな時に泣いたら、郡さんに迷惑だろう。下唇を噛んで、拳をそこにあてて、必死に泣くのを堪えようとした。すると、郡さんが覗きこんできて、心配そうに声をかけてきてくれた。
きっと、不細工な顔になってる……
「お節介かなって思ったんだけど。上司の人と話たくないのかなって。知らない男だしいきなりそんな話しするなんて嫌だろうけど。知らないから言えるかもしれないし、良かったら話聞くけど……」
シーンと静まりかえった車内には、くぐもったあまり心地の良いとは言えない私の漏れ出た声が響くだけで。郡さんはそれ以上言わず、少し離れたところで私を見たり、フロントガラスのほうに視線を移動したりしていた。
一度、車から出てコンビニでペットボトルのお茶を買ってきて手に持たせてくれた。冷たくて気持ちがいい。
「……気のせいかもしれないんですけど……」
ボトルのキャップを回して開けたり締めたり繰り返す。すると、なんとなく、勝手に口が開いてポソポソと話を始めてしまった。聞かせても仕方のない話だ。郡さんは無関係だし、聞いたら困るだけだろう。だけど、なんだか、一度開いた口は二度と閉じる事はなかった。
「忙しいのは皆一緒だし、がんばらなきゃってずっと思ってて。必死にわけわかんない単語とか覚えながら毎日が気が付いたら終わってて。そんな職場なんですけど。皆、私がドジしても笑い飛ばしてくれて。そりゃ怒られたりもしますけど、パワハラとかなくって。気のいい仲間と一緒なら頑張れるって思ってたんです。でも……」
「さっき、郡さんが話をした上司が……あの、気のせいだと思いたいんです。何の気なしで、昔ながらのおじさんだしって。でも……」
私は、膝の上の自分の指を何とはなしに絡ませたり、ペットボトルをぽこって押したりしながら続ける。
「肩とか、腰とか……夏なんかは袖のない部分の腕とか……ぽんって触って来て……なんとなく、スーッて撫でられてる気がするんです。で、でも、他の人にもしてるし、私だけじゃないから、自意識過剰かなって思おうとしてて。だけど、この間飲み会の時に……いつも隣に座るようになるんですけど、抱き着かれて、偶然っぽかったんですけど、胸を触られて……でも、何もなかったかのように振舞われるし、気のせいかなって。どうしていいかわかんなくて。そうしたら、それから、凄く怖くなって。優しい上司なんです。皆にも明るくて理解のある人だって言われるくらいだし。だから、私がこんな風に思うのはおかしいって、思うんですけど……でも、嫌なんです……でも、このご時世で、転職なんて簡単じゃないし。我慢するしかないかなって思ったり。どうしたら角が立たないように触られなくするのかわかんないですし、ああ、でも、でもばっかりですね。初対面の郡さんに、こんな話をしてごめんなさい。困りますよね」
自分の膝や、その先のギプスの白を見つめる。ペットボトルの外側に水滴がたくさんついていて、落ちたものが私の膝を少し濡らした。
不器用に、つっかえつっかえしながら、あっちいきこっちいきしつつ、なんとか話をし終えた。まだ言い足らない気もするし、言い過ぎた気もする。
ほんっと、何言ってんだろ……私の馬鹿……
ふーっと、長いため息をついて、自分が嫌になって自虐的に口元を歪ませていると、頭に大きくて温かな手が乗せられた。
ちょっとびくっとなったけど、なんだか相手が郡さんだからか、どんな人なのかほとんど知らないのに安心してしまう自分がいて戸惑う。
男の人にこんな風に触れられた事なんて一度もないから、ドキドキして、さっきまでとは違う体の温度の変化が私を襲った。
耳たぶが熱い。カーッとなって真っ赤になっているのがわかったけど、慌てて隠すのも変だしとか、ぐるぐる思考が大騒ぎをしてしまっていてどうにもならなかった。
「あ、男に触られるのって嫌だよな。ごめん」
彼女は大人の女性でメモリーじゃないのに、何やってんだ俺って呟きつつ、彼が、慌てて手を引っ込める。
「い、いえ。だいじょうぶ、デス……」
先ほどまでとは違う、気まずい感情と照れ臭いようなモゾモゾするような変な空気が流れ始めた。お互いに焦ってしまって口ごもっているのが、変におかしくなって笑いがこみ上げてくる。
「ふ、ふふ……郡さん、ありがとうございます」
何に対してのありがとうなんだろう。事故の被害者なのにこんなに良くしてくれたからか、辛い気持を吐き出させてくれて聞いてくれたからか。
それとも、それとも? なんだろう。自分がその続きをなんと続けるのか分からないまま、気持ちを誤魔化すかのようにクスクス笑い続けた。
「あー、いや。なんもしてないし。落ち着いた?」
さっきまでの話しに対して、郡さんは何も言わなかった。
ちょっとくらい慰めてくれるもんじゃないの、なんて不満もあるにはあるけど、敢えて聞きたいのに聞いてこないのだろうし、色々言ってこないのも彼なりの優しさなのかななんて思えて、素直になれるような気がした。
「はい。聞いてくれてありがとうございました」
私が、なんにも解決なんてしていないのに、軽くなった気持ちでそう言うと、照れくさそうに、別にって答える彼の耳も、私と同じように赤かった。
「いえ、ありがとうございます。助かり、まし……」
なぜだろうか。なんだか張り詰めていたものがふわっとなって、気が付いたらポタポタ涙が出てきたのが分かった。
「あれ? おかしいなぁ。今はもう、あんまり痛くないのに……ごめ、なさ……」
ほんと、何やってんの。自分……!
こんな時に泣いたら、郡さんに迷惑だろう。下唇を噛んで、拳をそこにあてて、必死に泣くのを堪えようとした。すると、郡さんが覗きこんできて、心配そうに声をかけてきてくれた。
きっと、不細工な顔になってる……
「お節介かなって思ったんだけど。上司の人と話たくないのかなって。知らない男だしいきなりそんな話しするなんて嫌だろうけど。知らないから言えるかもしれないし、良かったら話聞くけど……」
シーンと静まりかえった車内には、くぐもったあまり心地の良いとは言えない私の漏れ出た声が響くだけで。郡さんはそれ以上言わず、少し離れたところで私を見たり、フロントガラスのほうに視線を移動したりしていた。
一度、車から出てコンビニでペットボトルのお茶を買ってきて手に持たせてくれた。冷たくて気持ちがいい。
「……気のせいかもしれないんですけど……」
ボトルのキャップを回して開けたり締めたり繰り返す。すると、なんとなく、勝手に口が開いてポソポソと話を始めてしまった。聞かせても仕方のない話だ。郡さんは無関係だし、聞いたら困るだけだろう。だけど、なんだか、一度開いた口は二度と閉じる事はなかった。
「忙しいのは皆一緒だし、がんばらなきゃってずっと思ってて。必死にわけわかんない単語とか覚えながら毎日が気が付いたら終わってて。そんな職場なんですけど。皆、私がドジしても笑い飛ばしてくれて。そりゃ怒られたりもしますけど、パワハラとかなくって。気のいい仲間と一緒なら頑張れるって思ってたんです。でも……」
「さっき、郡さんが話をした上司が……あの、気のせいだと思いたいんです。何の気なしで、昔ながらのおじさんだしって。でも……」
私は、膝の上の自分の指を何とはなしに絡ませたり、ペットボトルをぽこって押したりしながら続ける。
「肩とか、腰とか……夏なんかは袖のない部分の腕とか……ぽんって触って来て……なんとなく、スーッて撫でられてる気がするんです。で、でも、他の人にもしてるし、私だけじゃないから、自意識過剰かなって思おうとしてて。だけど、この間飲み会の時に……いつも隣に座るようになるんですけど、抱き着かれて、偶然っぽかったんですけど、胸を触られて……でも、何もなかったかのように振舞われるし、気のせいかなって。どうしていいかわかんなくて。そうしたら、それから、凄く怖くなって。優しい上司なんです。皆にも明るくて理解のある人だって言われるくらいだし。だから、私がこんな風に思うのはおかしいって、思うんですけど……でも、嫌なんです……でも、このご時世で、転職なんて簡単じゃないし。我慢するしかないかなって思ったり。どうしたら角が立たないように触られなくするのかわかんないですし、ああ、でも、でもばっかりですね。初対面の郡さんに、こんな話をしてごめんなさい。困りますよね」
自分の膝や、その先のギプスの白を見つめる。ペットボトルの外側に水滴がたくさんついていて、落ちたものが私の膝を少し濡らした。
不器用に、つっかえつっかえしながら、あっちいきこっちいきしつつ、なんとか話をし終えた。まだ言い足らない気もするし、言い過ぎた気もする。
ほんっと、何言ってんだろ……私の馬鹿……
ふーっと、長いため息をついて、自分が嫌になって自虐的に口元を歪ませていると、頭に大きくて温かな手が乗せられた。
ちょっとびくっとなったけど、なんだか相手が郡さんだからか、どんな人なのかほとんど知らないのに安心してしまう自分がいて戸惑う。
男の人にこんな風に触れられた事なんて一度もないから、ドキドキして、さっきまでとは違う体の温度の変化が私を襲った。
耳たぶが熱い。カーッとなって真っ赤になっているのがわかったけど、慌てて隠すのも変だしとか、ぐるぐる思考が大騒ぎをしてしまっていてどうにもならなかった。
「あ、男に触られるのって嫌だよな。ごめん」
彼女は大人の女性でメモリーじゃないのに、何やってんだ俺って呟きつつ、彼が、慌てて手を引っ込める。
「い、いえ。だいじょうぶ、デス……」
先ほどまでとは違う、気まずい感情と照れ臭いようなモゾモゾするような変な空気が流れ始めた。お互いに焦ってしまって口ごもっているのが、変におかしくなって笑いがこみ上げてくる。
「ふ、ふふ……郡さん、ありがとうございます」
何に対してのありがとうなんだろう。事故の被害者なのにこんなに良くしてくれたからか、辛い気持を吐き出させてくれて聞いてくれたからか。
それとも、それとも? なんだろう。自分がその続きをなんと続けるのか分からないまま、気持ちを誤魔化すかのようにクスクス笑い続けた。
「あー、いや。なんもしてないし。落ち着いた?」
さっきまでの話しに対して、郡さんは何も言わなかった。
ちょっとくらい慰めてくれるもんじゃないの、なんて不満もあるにはあるけど、敢えて聞きたいのに聞いてこないのだろうし、色々言ってこないのも彼なりの優しさなのかななんて思えて、素直になれるような気がした。
「はい。聞いてくれてありがとうございました」
私が、なんにも解決なんてしていないのに、軽くなった気持ちでそう言うと、照れくさそうに、別にって答える彼の耳も、私と同じように赤かった。
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