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故意でも、そうじゃなくても、嫌なもんは嫌なんです

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 二週間の休みのあと、私は仕事に復帰した。ギプスを巻いているから、皆から心配されて構われた。それも15分くらいであとは忙殺されるほどの目も回る仕事量を必死にこなす。流石にあちこち歩き回るようなお仕事はフォローしてくれて、ほぼデスクに張り付いている。
 上司はというと、相変わらず座っている私の肩を、ねぎらいがてらポンってしたり、ちょっと揉んで来たりしてきた。私が、今までやんわり対応していたのが、一転して顔を下に向けて反応がないのを訝しがった隣の既婚の先輩が察してくれた。

「ちょっと、課長? 波方ちゃんには素敵な彼氏がいるんだし、彼氏がいなくても、おさわりは禁止ですよー?」

「おっと、そうだったそうだった。すまんすまん。波方ちゃん、すまなかったね」

「かわりに俺が課長の肩どころか全身マッサージしますよ! ばあちゃんに褒められた親指を披露しましょう」

「課長ばかりずりぃ。俺にもしてくれ!」

「ははは、是非頼むよ!」

 はっとしたように、上司が大げさに手を離した時に、このまま大事になったらどうしようかと思うと震えそうになった。でも、他の人たちが笑いながら参戦し始めた。和気あいあいとした雰囲気が損なわれずにすんで安心する。それ以来、上司のボディタッチもほとんどなくなったので肩の力を抜いて仕事を続ける事が出来た。

 後で、先輩にお礼を言うと、嫌だったらいつでも相談するように伝えられた。

「こっちこそ、今まで配慮が足らずにごめんね? 忙しいのと、そんなに嫌がってないように見えてたの。本当にごめんなさい。でも、今後はなんでも相談して。私で出来る事なら対処してあげる。上司も悪気はないとは思うんだけど、今どきアウトだよね」

「はい、いい上司だと思います。ただ……」

「そりゃおじさんに触られたらイヤだよね。私は、一度触られた時に反射的にペシって叩いちゃって。それからはこなくなったんだけどね。次あったら叩いて良いと思うよ? 波方さんも触られないようにしなくちゃね。毎日迎えに来てくれる彼氏さんも、心配で仕方ないって感じじゃない? ふふふ」

 もっと早くにこうして相談すればよかったなんて思う。私の周りには、きちんと私を見てくれて心配して手を貸してくれる人が痛んだと思うと目が潤んだ。

「はい……頑張ります。本当に、ありがとうございました」





「心蘭ちゃん」

「優さん、いつもありがとうございます。そろそろもう大丈夫かと思うんですけど……」

「俺が来るのが迷惑?」

「そんなわけないです」

「じゃあ、出来る時は来るし。メモリーだって心蘭ちゃんに会いたがってるからね」

「いいのかなー?」

「わん」

 車の後部座席で、ペット用のシートベルトみたいなものをつけたメモリーちゃんが、彼の代わりに勿論いいよって言っているみたに、元気よく返事をしてくれた。





 実は、郡さんとはあっという間に打ち解けて、名前で呼び合うようになった。メモリーちゃんも懐いてくれて、このまま楽しい日が続くといいなって思えた頃、短かった休日が終わる。

 多忙な会社だけれども福利厚生はしっかりしている。ただ、電車通勤って届け出を出していたから、通勤時の事故として認めてもらえなかった。だけど、傷病手当とかきちんと払ってもらえるし、有給も使わせてもらえたから、給料0ってことなんてないみたい。自転車保険からもいくばくかのお金が降りるらしいし、金銭的な心配はそれほどせずすんでホッとする。

 ただ、それほど長くは休むことはできず、とうとう明日から出勤になった日。暫く行っていなかったから怖い気持ちが生まれてきて、このまま行きたくないなんて思ってしまった。

「俺さ、まだ自由の身だから送り迎えしてあげる」

「え、優さん、でも、それは流石に悪いです」

「あのさ。ずっと言うのやめてたんだけど、例の宇多小路っておっさん。たぶんセクハラ確信犯だよ、そいつ。会社にそういうのを訴える場所ないの?」

「小さな会社だからありませんし、信じてくれるはずないです……冤罪で気のせいかも、だから」

「セクハラって心蘭ちゃんみたいに思い込もうとするところから被害者が多発するんだと思う。普通、タッチしないって。わざとじゃなくても、俺は許せない。今どき、言葉でも気を付けるもんだろ」

「うん……」

「かといって、難しいよなー。周りに慕われているのなら、万が一故意じゃなかったら拗れるし……そうだ! だったらさ、俺を利用すればいい。これでも大柄だし舐められた事ないからね」

「え? どういう事ですか?」

 まさか、優さんが上司に直接対決してくれるとでもいうのだろうか。それはちょっと、モンペがいるイタイ社員なんじゃないだろうか。気持ちは嬉しいけど遠慮したい。
 だけど、彼から出た次の言葉に、私はびっくりした。

「あのさ、心蘭ちゃん。ちょっと考えてたんだけど。……その、俺と恋人にならない?」

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