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第一章

サンタデビューは東の国で ※要素が若干あります

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 着の身着のまま飛び出してきた私のために、当座の住処として協会の寮の一室を貸してくれた。一年ほど勤めれば、そこそこの一軒家が一括購入できるらしい。

 所長さんは、実家が家を用意するならそちらに住んでいいと言ってくれたけれど、ここまで来たからにはなるべく実家には頼りたくない。

 宛がわれた寮は同じように寮に住む協会の職員さんもいっぱいいて、食事は食堂で無料で食べる事ができるから、数日過ごすだけで顔見知りや仲の良いお友達が出来た。

 やはりというか、最年少は私で、裕福な貴族は私以外誰もいない。皆、一定以上の魔力を持つ訳ありの平民か下位の貴族、国を一家で出て来た元貴族の令息もいた。事情は人それぞれだし、本人が言わない限り聞かないのが暗黙の了解のようだ。勘の鋭い人が揃っているから、本人が嫌がる話題を周囲が察して、なんとなく事情を悟る人も多そう。

 あっという間にクリスマスイブになった。入ったばかりの私は、3件行く事になっている。

「ティーナ、震えているけど大丈夫かよ?」

「う、うん。がんばる。トナカイくん、がんばるよ、わたし」

 上手く出来るだろうか。マニュアルはもう全部目を通したから覚えている。一件目は先輩のやり方を見て、二件目出来そうなら自分でやってみる。

「ティーナ、最初は皆緊張しちゃうけどすぐ慣れるわよ。ガチャの中身はアレだけど、照れたら余計に恥ずかしいから、中身はファンシーグッズが入っているって思いこめばいいわ」

「はひゃい、しぇんぱぁい!」

 先輩が緊張をほぐすために声をかけてくれる内容も頭に入ってこない。トナカイくんと先輩は、私の心配をしてくれるけれど時間は有限。先輩は10件回らなければならないのだから、ここでモタモタしたら間に合わなくなっちゃう。

 初仕事である東の島国に来るまで、私は張り切っているだけの空回り状態でトナカイくんが私を乗せて安全に連れて行ってくれた。
 北の果てとは違い、寒いながらも雪が降っていない東の国は、私が住んでいた大陸と大分文化が違うようだ。女性はドレスというよりも布を巻き付けているみたいに、筒が体にぴたっと巻かれている感じ。足を動かしていないんじゃないかというくらい、滑るように廊下を移動していた。

「じゃあ、ティーナ。ここにはもう二度と来ないわ。愛する恋人と一緒だから、あなた自身の事を覚えているような奇特な人もいない。彼らの愛のひとときに華を添えるの。今日はクリスマスイブ。楽しい思い出とともに、あくまでもがやってきたという記憶だけを残すの」

「は、はい!」

「じゃあ、見ていてね。やり方はマネしてもいいけど、ティーナのしたいようにすればいいわ」

 そう言うと先輩は、池に映る月の灯りを寄り添ってみている仲の良い恋人の前に、煙とともに現れた。突然の来訪者に彼らはびっくりしたし、男の人は狼藉者として腰にさしていたやや曲線を描く美しい剣を抜いて切りかかる。

「ちょ、あっぶないなぁ、おにいさん。ま、いいわ。ジングルベール♪ やってきました恋人たちのサンタちゃん。おめでとうございます! あなたは厳選なる抽選により今年のサンタクロースの贈り物を貰える権利を獲得しましたー!」

「な、サンタクロースだと? この珍妙な恰好の女性にょしょうが、噂に聞く人々に幸せを運ぶというサンタだというのか。ふざけるのもたいがいに……!」

「だ、旦那様……危のうございます……。たれか、たれかはよう来てたもれ! 狼藉者じゃ!」

「はいはーい、ここの空間は切り取らせて貰いましたので、誰も来ませんよ。それよりも、素敵なお兄さん。これを回して回して! 隣の美しい女性ともっと仲良くなれる、今のあなたにとって最適なものが出てきますよ!」

 たぶん奥さんなんだろう。ご主人が奥さんを守るように背中に隠して先輩を睨みつけている。

 それにしても、見事な空間の切り取りだ。先輩は某国の没落した伯爵令嬢だったらしい。美しい先輩の魔法に見とれつつ、先輩の一挙手一投足をつぶさに観察した。

 先輩の実力に敵わないと悟ったのだろう。ご主人は、「それを回せばいいんだな? いいか、妻には手を出すなよ!」と怒鳴りながらガチャを回した。後ろで、奥さんが思いもかけないセリフを聞いたかのように目を見開いて頬を染めご主人を見上げている。

 ガチャのカプセルから出て来たのは、研究所で見ていた卑猥なグッズではなかった。先輩が、それはほんの少しだけ普段心の内に仕舞っている大切な気持ちを素直に表現できるためのドロップだと説明して、ご主人の口に放り込んだ。

 どうやら、ご主人は奥さんに気持ちを伝えた事ない無口すぎる人だったようだ。ドロップを飲み込んだご主人が、奥さんに対してどれほど大切な存在か、初めて出会ってからずっと恋をしてきた気持ちを口にだして顔を真っ赤にさせる。

「いや、これは。その……さっきのは……」

「旦那様は、行き遅れのわらわを仕方なく娶った故、わらわの事などどうでもよいと、仰るかと思っておりました……」
 
「何を言う。この度の姫との婚儀は我が申し込んだのだ。この身がどうなろうとも、姫だけは守ってみせる」

「旦那様……わらわもずっと以前よりお慕いしております」

 何やらいい雰囲気になった。すれ違っていた恋が、ようやく一つに結ばれた様子を見て、私まで幸せな気分になる。先輩はお幸せにーとだけ伝えてその場の魔法を解除して私の元に戻って来た。

「こんな感じよ。ガチャの中身も、いい物もあるでしょう? といっても、あれもベッドの上で恥ずかしがる相手に食べさせるものらしいけれど、ツンデレさんとか不器用さんにはちょうどいいアイテムだから、ようは使いようなのよ」

「そうなんですねー。私、ガチャの中身を誤解していました」

「相手がそういう目的の物を望んでいたら、そういう物がでちゃうからね。説明はカプセルの中にあるからーって言ってさっさと帰ったらいいからねー」

「……はい!」

 出来れば、私が運ぶガチャは全部さっきみたいなのがいいなーと願いつつ移動し、二件目にたどり着いた。

「じゃあ、ティーナ。頑張ってみてね」

「はい……、行ってきます!」

 私は先輩がしたように、颯爽と現れるために恋人同士の前に煙を魔法で作る。消える頃を見計らって転移した。

「じ、じんぐる、べーる、です! サンタがあなたたちの恋を……なんだっけ……?」

 続く言葉が思い浮かばない。焦れば焦るほど頭が真っ白になる。目の前の男女は、私がおろおろあたふたして今にも倒れそうになっているのを心配してくれた上に、ソファに座らせてお茶までご馳走になった。
 先輩に対峙したような攻撃的な人たちじゃなくて良かったと思う。

「あの、お手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした……」

「いえいえ。突然現れたのでびっくりしましたが、噂で聞いていましたからすぐにサンタクロースだとわかりました」

「来て欲しいと子供の頃から願っていたんです。こうして来ていただいて嬉しいです!」

 穏やかなふたりは、ついこの間恋人になったばかりだという。私はそんな彼にガチャを差し出した。

 ガチャガチャガチャとくるりと取っ手を回すと、虹色に光るカプセルがひとつころりんと落ちてくる。ふたりだけでなく、私までわくわくしながらカプセルの中身が一体なんなのか期待で胸が膨らんだ。

「あ……」

「あ……」

「小さな四角い袋、ですね……。ひぃ、ふぅ、みぃ。全部で6つありますが、サンタさん、これはなんなのでしょうか?」

 私は知っている。研究所で昨日見たばかりのグッズだ。主に男の人が避妊や病気を防ぐために局部に宛がって彼女と致すもの。

 そりゃ、恋人たちには必要だし、彼氏がこれを望んでいると言う事はこれから……………………て、私ったら何を考えているの!

 興味津々な純真な彼女に説明書には何が書かれているのか聞かれて、彼氏が困っている。恩人を助けるには私にはハードルが高すぎて無理だ。全身やけどしそうなほど真っ赤になっていると思う。恥ずかしくていたたまれず立ち上がった。


「あ、そ、それでは、わ、私は次があるのでこれで! お世話になりましたぁ! お幸せに!」

 私は心の中でふたりに頭を下げつつ先輩が待つ空の上に戻った。出発前に、カプセルの中は見ない方がいいって先輩たちが口をそろえていたのはこういう事かと三件目の恋人たちの元に移動したのであった。










 避妊具の袋の開封は、中身を端に寄せてから、必ず全部切り取りましょう。少し残して中途半端に切り取らずにいると、その部分にひっかかって破損の原因になるそうです。といっても、これを読む方はご存じかと思いますが知らない人も多いと聞きました。






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