完結 R18 WRONG─モンスター伯爵様、ふつつかな名ばかり妻ですが、どうぞよろしくお願いします

にじくす まさしよ

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 ビシッと、指先から何かが飛んできそうなほどの勢いで、人差し指を向けられた。

 うん、かわいい。これがオームさまなら、あまりの迫力で泣くまではいかなくても、かなりビビっちゃう自信がある。

「わたくしは、オームさまを食べませんよ?」
「だって、聞いたんだ。兄上はへび女に食べられたって。それに、お前、ヘンリーさんに意地悪もしてるんだってな?」
「ヘンリーさんとは、どなたですか?」
「しらばっくれるな! 兄上の元の婚約者のヘンリーさんだ」
「あー、ヘンリー・M・インダクタンス・コイル・エイチさん。兄の元婚約者と仲が良かった方ですね」

 彼女の名前は、我が国では珍しくとても長い。通常ならエイチだけだ。だけど、家が誕生した時に、他国出身の妻の苗字も残そうということで、繋がってこうなったとかなんとか。
 はて、どちらかというと、ヘンリーさんのほうがあることないこと、わたくしの悪い話をしていると聞いたけれど。
 わたくしは辺境に行くし、オームさまも気にしないと言ってくれた。兄にも迷惑がかかるレベルではないから放置していたけれど、まさか巡り巡ってこんな罠にかかるとはびっくり。

「泣く泣く兄上と別れたあと、家のために酷い男と結婚させられて、悲しみにくれている女性に、昔婚約者だからってだけで、悪口を噂で広げたり、お茶会で彼女のお茶に虫を仕込んだりしてたそうだな? なんてみみっちいいじめをするんだ」
「わたくしは、いわゆる女性たちの社交界にほとんど出ていなかったので、それは冤罪ですわ? それに、オームさまの過去ではなく、(自分自身の)今と未来を大事にしておりますもの。たとえ、オームさまの女性遍歴がすごいものだとしても、それはそれ。これからはこれから、ですわ。直接、わたくしに何かを仕掛けて来ていたのなら、反撃しますけれども、接触など一切ありませんでしたよ?」
「だって、みんなが言っていたんだ」
「みんな言っていた、ねぇ……」

 その言葉が出るということは、要するに、真偽はともかく悪い噂話を持ち出して、ワットくんはわたくしにマウントを取りたいだけのようだ。追い出したいのも本当だろうけど。

「ワット様、あれだけご説明してもお分かりいただけないのですか? なら仕方がないです」

 そこで、黙って成り行きを見ていたファラドが、わたくしの援護射撃を始めた。どうやら、ワットさまの誤解を解くために、玄関で話し込んでいたようだ。ちょっと、普段では考えられない迫力があって、わたくしまで背筋が伸びる。

「な、ななな。ファラド、僕は悪くないだろ? 僕は、兄上のためを思って」
「旦那様は、ヘンリー様に裏切られてから女性不振になられたというのに、なぜあの方の都合の良い噂を信じなさるのですか。かの方が、戦争が終わった途端、法外な慰謝料を持ち逃げしたのを忘れたのですか。奥様だけが、旦那様の絡み合ってしまった心の回路を、やっと元に戻してくださったというのに」
「ヘンリーさんは、兄上のために身を引いたと聞いた」
「ずたぼろの、それこそハムスターにかじられてしまった配線のようになっていた旦那様の心に、別れを切り出して切れ味の悪いニッパーで引きちぎりとどめを刺したのは、あの女性です」
「そんな、僕はそんなこと知らなかった。最後、ヘンリーさんに会った時に、彼女は泣いて、僕にまで謝っていたんだ……」
「お伝えしておりませんでしたから。嘘の噂や、彼女の涙でコロっとだまされるとは、なんと情けない。そもそも、キンクマハムスターは警戒心が緩いんです。もっと真実を見極めてください。なんなんですか、誤解したあげく、奥様をへび女呼ばわりするなど。私は、大奥様がたがお亡くなりになられてから、ワット様をそんなあほの子に育てた覚えはないですよ!」
「あほの子……」

 その頃のヘンリーくんは、まだ児童。おそらく、オームさまが彼には何も伝えないように言っていたんじゃないかなと、彼の弟を思う純粋な優しさが、いたいけな少年を見て楽しんでいるわたくしのいたずらな心にぐさっと突き刺さった。
 それにしても、奨学金や月々の小遣いを支給されるほどの才媛をあほの子呼びをするとは。ルクスったら、もうちょっとオブラートに包んであげないと。

 ああ、壊れやすい思春期の少年が、ほら、プルプル震えて涙目じゃない。ちょ、かわいすぎ。

「ファラド、ルクスも、もうその辺で。ワットくんは、いろいろ知らないまま誤解していただけでしょ? きれいなお姉さんにあこがれる時期があるでしょうし。彼だけが悪いわけじゃないわ。それに、わたくしはへびで女ですから、あながち間違いじゃないし」
「奥様、そういうことでは……」
「まあまあ、ファラド。あなただって、最初は似たり寄ったりだったじゃない。オームさまだって、表面上は平気そうだったけど、わたくしと一緒にいると、まだちょっと緊張なさっているし。ワットくん、とりあえず疲れているんじゃないかしら? オームさまが帰ってくるまで、温泉で疲れを癒されてはどうですか?」

 わたくしがそう言うと、すっかり意気消沈した反抗期真っ盛りのワットくんは、まだ憎まれ口をたたいてきた。

「く……へび女、わー、ファラド睨むな。もう言わないから! あー、えーと、お前の口車に乗るのは癪だが、誇りまみれの姿で兄上の前に立つわけにはいくまい。いいか、僕が身なりを整えたら、続きをしてやるから逃げるなよ!」
「はい、お待ちしていますわ」

 嵐のように騒々しい、かわいいキンクマハムちゃんが行ってしまった。でも、ワットくんはしばらくはここにいるらしいから、その間に少しでも仲良くなれたらいいなと思う。

 
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