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もどかしさの連続 ※
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九死に一生を得た経験は何度もある。正直死ぬことを覚悟したあの瞬間から目が覚めると、わけのわからないパスタの二束のおかげで、助かったことには心底驚いた。
ジュールから話を聞いた時、まず最初に覚えたのはすさまじい怒りだった。以前の生で、彼女に、男として、いや、人として未来永劫業火に焼き尽くされなければならないほどの所業をしたドゥーアという男。そいつがこの世界にいるのなら、地の果てまででも追っていき、彼女の苦しみを思い知らせたくなる。
思わず殺気を放ったせいで、ジュールが怖がってしまったが、彼女に対してではないと伝えるとほっとしたようだ。そして、卑劣な行為をした男に怒ったのだと伝えると、ジュールは「もう関係ないですから」と、力なく笑った。
ルーメンが、男がその世界ですでに刑罰に処されたと教えてくれたとは聞いたが、だからといって、彼女の深い傷は癒えない。背中にいる彼女の表情を確かめたくなった。だが、そうした後、どうすればいいのかわからず、結局おぶったままゆっくり歩き続けた。
男が苦手な理由がわかり、だから名ばかりの妻としての結婚を望み、分厚い手袋をして欲しいと言われたのかと納得する。
「そういえば、いつもの手袋をしていないんだが……その、大丈夫なのか?」
「ええ。命の恩人というわけではありませんが、オームさまは平気みたいです。わたくしにとって、オームさまは特別ですから」
「と、特別?」
いきなり、特別宣言されてしまい、胸が止まりそうなほどの大きな衝撃を与えられた。
(もしや、彼女も俺と同じように少しずつ俺に?)
どきどきと、大きな期待と若干の不安がうずまく。
「ええ、わたくしが完全に平気なのってお兄さまだけなんです。オームさまは、ずっと紳士でいてくれたし、いつも優しくて、助けてくださった。だから、お兄さまみたいだなって。そう思ったら、その、こうして密着というか、おんぶしてくださっているのも平気なんです。広くてあたたかくて、安心します」
「……おにいさま。そうか、そうだよな。ジュールに限って、そんなことあるわけが……」
「オームさま? 何かおっしゃいました?」
「いや、足場が悪い場所が増えたと言ったんだ」
「おひとりなら、ここを抜け出すのに楽だったでしょうに。ほんと、足手まといですね、わたくし」
「そんなことないさ。ジュールはキャンプ用のリュックより軽い」
「でも、バランスがとりづらいですよね……ちょっと、失礼します」
彼女の返事を聞き、俺が勝手に落ち込んでぶつくさ言ったのをごまかすと、彼女がぎゅっとしがみついてきた。背中にやわらかいものが当たり、全神経がそこに集中しそうになる。一方、血流は、地の底で見た彼女の白い肌を思い出して一部に集中し始めた。
(俺の服を一枚羽織っただけで、白くて細い太ももが俺の腰にからみついて……何を考えている。彼女は、ただ単に俺が歩きやすいようにしがみついただけだ!)
手が空いていれば、そこをグーでチーンどころか、ガツンと殴って落ち着かせたい。だが、それは危険すぎる。折角助かったのに、渾身の力でそれをやれば、再び天へ向かうだろう。色んな意味でできないので、別のことを無理やり考えようとした。
(そうだ、あれだ。ドゥーアをぼこぼこにしよう。どんなやつかわからんが。よし、あいつがいい。王宮で、俺に近づいて来ようとした女性(?)の男。ガチムチなのに、しなを作って、騎士になりたての若い俺を部屋に連れ込もうとした青髭のおっさん。あれは気持ち悪かった。アレに見立てて……ふぅ、ちょっと落ち着いてきた)
それにしても、世界の半分か。うちの領地だけでも手一杯なのに、そんな広大な地域を管理するなど、考えただけでも頭痛がする。ジュールが、平穏な生活を望んでいると言ったことは、俺も同感で、生きていければどこでもいいと思う。その時に、彼女がいてくれたらどれほどいいだろう。
「なら、ずっとこのままでいいんじゃないでしょうか」
「そうだな、ずっとこのままでいいな」
わかってる。彼女にとってずっとこのままというものが、絶対に俺を含めたものではないことを。契約が終われば、ここから、俺の元から去っていくことを。ただ、彼女の描く未来の端に、俺もいればいいと思った。
「オームさま、光です!」
「ああ、外だな」
道中、炭鉱が崩れなくて良かった。カンデラというパスタの束が、崩れないように力を貸してくれたと言っていたが、いたるところにひび割れや、接地していた木材や金属がゆがんだり外れたりしていた。ここは、出入り禁止にしたほうがいいだろう。
出口に近づくにつれて、外気が体にまとわりつく。それに、ジュールはあられもない姿だ。
「ジュール、獣化して俺の懐に入れ」
「はい。あ、最初からそうしていればよかったですね」
「いや、それだと話が出来ないだろう?」
ジュールを守るなら、へびの姿のほうが良かった。実は、会話をしたかったし、彼女を感じたかっただけなのだが。
「そっか。じゃ、お邪魔しますねー」
ジュールは、そんな俺の、ほんの少しで大きな邪な下心など気づくことなく、素直に獣化した。するすると俺の体にのぼり、胸元に入っていく。外気が冷たいからか、冷やっこくてくすぐったい。だが、すぐに俺の温度に変化した。
「帰るぞ」
「しゅー」
炭鉱の出口は、裏山のふもとだ。俺は胸にジュールを抱えて、俺達の家に急いだのであった。
ジュールから話を聞いた時、まず最初に覚えたのはすさまじい怒りだった。以前の生で、彼女に、男として、いや、人として未来永劫業火に焼き尽くされなければならないほどの所業をしたドゥーアという男。そいつがこの世界にいるのなら、地の果てまででも追っていき、彼女の苦しみを思い知らせたくなる。
思わず殺気を放ったせいで、ジュールが怖がってしまったが、彼女に対してではないと伝えるとほっとしたようだ。そして、卑劣な行為をした男に怒ったのだと伝えると、ジュールは「もう関係ないですから」と、力なく笑った。
ルーメンが、男がその世界ですでに刑罰に処されたと教えてくれたとは聞いたが、だからといって、彼女の深い傷は癒えない。背中にいる彼女の表情を確かめたくなった。だが、そうした後、どうすればいいのかわからず、結局おぶったままゆっくり歩き続けた。
男が苦手な理由がわかり、だから名ばかりの妻としての結婚を望み、分厚い手袋をして欲しいと言われたのかと納得する。
「そういえば、いつもの手袋をしていないんだが……その、大丈夫なのか?」
「ええ。命の恩人というわけではありませんが、オームさまは平気みたいです。わたくしにとって、オームさまは特別ですから」
「と、特別?」
いきなり、特別宣言されてしまい、胸が止まりそうなほどの大きな衝撃を与えられた。
(もしや、彼女も俺と同じように少しずつ俺に?)
どきどきと、大きな期待と若干の不安がうずまく。
「ええ、わたくしが完全に平気なのってお兄さまだけなんです。オームさまは、ずっと紳士でいてくれたし、いつも優しくて、助けてくださった。だから、お兄さまみたいだなって。そう思ったら、その、こうして密着というか、おんぶしてくださっているのも平気なんです。広くてあたたかくて、安心します」
「……おにいさま。そうか、そうだよな。ジュールに限って、そんなことあるわけが……」
「オームさま? 何かおっしゃいました?」
「いや、足場が悪い場所が増えたと言ったんだ」
「おひとりなら、ここを抜け出すのに楽だったでしょうに。ほんと、足手まといですね、わたくし」
「そんなことないさ。ジュールはキャンプ用のリュックより軽い」
「でも、バランスがとりづらいですよね……ちょっと、失礼します」
彼女の返事を聞き、俺が勝手に落ち込んでぶつくさ言ったのをごまかすと、彼女がぎゅっとしがみついてきた。背中にやわらかいものが当たり、全神経がそこに集中しそうになる。一方、血流は、地の底で見た彼女の白い肌を思い出して一部に集中し始めた。
(俺の服を一枚羽織っただけで、白くて細い太ももが俺の腰にからみついて……何を考えている。彼女は、ただ単に俺が歩きやすいようにしがみついただけだ!)
手が空いていれば、そこをグーでチーンどころか、ガツンと殴って落ち着かせたい。だが、それは危険すぎる。折角助かったのに、渾身の力でそれをやれば、再び天へ向かうだろう。色んな意味でできないので、別のことを無理やり考えようとした。
(そうだ、あれだ。ドゥーアをぼこぼこにしよう。どんなやつかわからんが。よし、あいつがいい。王宮で、俺に近づいて来ようとした女性(?)の男。ガチムチなのに、しなを作って、騎士になりたての若い俺を部屋に連れ込もうとした青髭のおっさん。あれは気持ち悪かった。アレに見立てて……ふぅ、ちょっと落ち着いてきた)
それにしても、世界の半分か。うちの領地だけでも手一杯なのに、そんな広大な地域を管理するなど、考えただけでも頭痛がする。ジュールが、平穏な生活を望んでいると言ったことは、俺も同感で、生きていければどこでもいいと思う。その時に、彼女がいてくれたらどれほどいいだろう。
「なら、ずっとこのままでいいんじゃないでしょうか」
「そうだな、ずっとこのままでいいな」
わかってる。彼女にとってずっとこのままというものが、絶対に俺を含めたものではないことを。契約が終われば、ここから、俺の元から去っていくことを。ただ、彼女の描く未来の端に、俺もいればいいと思った。
「オームさま、光です!」
「ああ、外だな」
道中、炭鉱が崩れなくて良かった。カンデラというパスタの束が、崩れないように力を貸してくれたと言っていたが、いたるところにひび割れや、接地していた木材や金属がゆがんだり外れたりしていた。ここは、出入り禁止にしたほうがいいだろう。
出口に近づくにつれて、外気が体にまとわりつく。それに、ジュールはあられもない姿だ。
「ジュール、獣化して俺の懐に入れ」
「はい。あ、最初からそうしていればよかったですね」
「いや、それだと話が出来ないだろう?」
ジュールを守るなら、へびの姿のほうが良かった。実は、会話をしたかったし、彼女を感じたかっただけなのだが。
「そっか。じゃ、お邪魔しますねー」
ジュールは、そんな俺の、ほんの少しで大きな邪な下心など気づくことなく、素直に獣化した。するすると俺の体にのぼり、胸元に入っていく。外気が冷たいからか、冷やっこくてくすぐったい。だが、すぐに俺の温度に変化した。
「帰るぞ」
「しゅー」
炭鉱の出口は、裏山のふもとだ。俺は胸にジュールを抱えて、俺達の家に急いだのであった。
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