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それは、時間にして数十秒ほどのことだった。だが、イヤルの体内では、押さえつけられた膨大な魔力があふれださんと荒れ狂う。それは、長い時間をかけて彼のすべてが再構築されていくかのような、苦行のようであり恍惚とするような時間でもあった。
エンフィが、手の中のピアスを握りしめる。これは、彼が骨董屋で偶然見つけたものだ。店主も資格や知識を持つわけではなく、適当に店に置いていただけの古ぼけたピアスである。
「まさか、本当にイヤル様が魔法使いだったなんて。しかも、これは……。一般人の私でもとてつもない力を感じます。これまで、よく国に見つからずにいましたね」
「イヤルが魔法を発現したのは、成人を越えてからだったらしいわ。というよりも、わたしと出会ってからね。成人した男女がほぼ見合いのために夜会に参加するわよね。わたしがデビュタントの夜会の時に、イヤルもいてね。その時のことなのだけれど……」
イヤルは、どこをどうみても、田舎の弱小貴族といった野暮ったい青年だった。都会の精錬された男たちに慣れている令嬢たちは、イヤルのような青年たちには魅力を感じない。
例にもれず、イヤルは何度も夜会に出席しても嫁に来てくれる女性が見つからなかった。ただでさえ、田舎の弱小貴族なうえに、気候も不安定で領地も豊かとはいえないどころか、将来的にどうみても貧乏転落人生まっしぐら。そんな自分を選んでくれる人などいないと、心が腐りきった時にエンフィを見て一目ぼれをしたのだ。
「なんでも、当時のわたしは競争率が高くて、殿方がけん制しあっていたらしいのよ。ふふふ、今も時めく侯爵家のご令嬢がたがたくさんいらしたのに変よね。現に、わたしにはあまり近づいて来てくれなかったもの。ドーハンも、わたしがモテないことを知っているでしょ?」
「エンフィ様はモテないわけではないと、ずっと言っているんですがねぇ。その件につきましては、イヤル様の言う通りかと」
「冗談ばっかり。とにかく、イヤルはわたしに近づきたくて、誰にも用意できないようなプレゼントを選ぶために王都のあちこちを探したらしいわ。その時に、ごろつきに狙われて魔法が発現したの。でも、魔法使いと知られれば、10年は魔塔に行かなくてはならないでしょう? イヤルはわたしと過ごすために、魔法使いであることを秘密にしようとしたの。一生困らないほどの俸給ももらえて、能力によっては中級以上の爵位もいただけるのにね。そこから、魔法を押さえつけるアイテムも探さなくてはならなかったの」
当時、イヤルからプロポーズとともに渡された耳に光るピアスに、そっと指を近づける。それは、イヤルがつけていたピアスと対をなすものであった。
「シーズンが終わろうとしていた時、イヤルは偶然たどり着いた古い骨董屋でこのピアスを見つけたの。イヤルはね、このピアスに導かれたかのようだったって言っていたわ。ピアスからは、彼にしかわからない不思議な波動が放出されていて、なぜか、このピアスが彼の望みをかなえてくれるって思ったみたい。店主は、知識もなく無許可で販売していたこともあって、古ぼけたピアスとしか認識していなかったみたいね。とてつもなく高価で貴重なはずのこのピアスを、格安で手に入れた彼は、最後の夜会のときにピアスを持ってわたしの前に現れたの」
「そうですね。そのころには、エンフィ様には複数の求婚者がいて、どんな男でもよりどりみどりだったというのに、人波をかき分けて現れた彼に、一目で心を奪われたんでしたっけ」
ドーハンが当時のエンフィの姿を思い出しながら、面白くなさそうに応えた。それもそのはず、その時のエンフィは、気取らず一生懸命に求婚してくるイヤルに一瞬で心を奪われ、頬を染めて恥じらう初恋真っただ中の少女だったからだ。
「このピアスはね、本当ならふたつともイヤルが身に着けるべきだったの。そうすれば、彼の魔法を抑え込むだけでなく、外敵からも彼を守ってくれたのに。すごく貴重な、守護のアーティファクトを、彼の愛の証だって単純に喜んでつけていたの。完全に無防備になる彼の覚悟なんて、知ろうともしなかった。わたし、魔法を封じられた魔法使いが、ここまで一般人よりも魔法に弱いなんてことも知らなくて。だから、封じられているとはいえ、魔法使いである彼が、ロイエさんの魔法なんかにかけられたくらいで翻弄されるはずはないって思ってた。彼が、本心から彼女を愛して選んだって思い込んで、彼の全てを拒絶し続けていたの……。イヤル、ごめんなさい。もっと、わたしが辛いからとあなたと向き合うことを辞めずに、しっかり考えていたら……そうしたら、こんなことにはならなかったのに……」
魔法の解放が終わったようだ。イヤルの体が、どさりとソファに落ちた。慌てて彼にかけより、冷や汗で濡れた髪をかき分けた。
「イヤル、イヤル……お願い、目を覚まして……」
エンフィの大きな瞳から、大きな涙の粒がいくつも彼に落ちる。痩せて骨ばった大きな手を握りしめ、疲れ果てて昏倒した彼の横に跪き、許しを乞う姿は、部屋にいた全員の胸を強く打ったのである。
エンフィが、手の中のピアスを握りしめる。これは、彼が骨董屋で偶然見つけたものだ。店主も資格や知識を持つわけではなく、適当に店に置いていただけの古ぼけたピアスである。
「まさか、本当にイヤル様が魔法使いだったなんて。しかも、これは……。一般人の私でもとてつもない力を感じます。これまで、よく国に見つからずにいましたね」
「イヤルが魔法を発現したのは、成人を越えてからだったらしいわ。というよりも、わたしと出会ってからね。成人した男女がほぼ見合いのために夜会に参加するわよね。わたしがデビュタントの夜会の時に、イヤルもいてね。その時のことなのだけれど……」
イヤルは、どこをどうみても、田舎の弱小貴族といった野暮ったい青年だった。都会の精錬された男たちに慣れている令嬢たちは、イヤルのような青年たちには魅力を感じない。
例にもれず、イヤルは何度も夜会に出席しても嫁に来てくれる女性が見つからなかった。ただでさえ、田舎の弱小貴族なうえに、気候も不安定で領地も豊かとはいえないどころか、将来的にどうみても貧乏転落人生まっしぐら。そんな自分を選んでくれる人などいないと、心が腐りきった時にエンフィを見て一目ぼれをしたのだ。
「なんでも、当時のわたしは競争率が高くて、殿方がけん制しあっていたらしいのよ。ふふふ、今も時めく侯爵家のご令嬢がたがたくさんいらしたのに変よね。現に、わたしにはあまり近づいて来てくれなかったもの。ドーハンも、わたしがモテないことを知っているでしょ?」
「エンフィ様はモテないわけではないと、ずっと言っているんですがねぇ。その件につきましては、イヤル様の言う通りかと」
「冗談ばっかり。とにかく、イヤルはわたしに近づきたくて、誰にも用意できないようなプレゼントを選ぶために王都のあちこちを探したらしいわ。その時に、ごろつきに狙われて魔法が発現したの。でも、魔法使いと知られれば、10年は魔塔に行かなくてはならないでしょう? イヤルはわたしと過ごすために、魔法使いであることを秘密にしようとしたの。一生困らないほどの俸給ももらえて、能力によっては中級以上の爵位もいただけるのにね。そこから、魔法を押さえつけるアイテムも探さなくてはならなかったの」
当時、イヤルからプロポーズとともに渡された耳に光るピアスに、そっと指を近づける。それは、イヤルがつけていたピアスと対をなすものであった。
「シーズンが終わろうとしていた時、イヤルは偶然たどり着いた古い骨董屋でこのピアスを見つけたの。イヤルはね、このピアスに導かれたかのようだったって言っていたわ。ピアスからは、彼にしかわからない不思議な波動が放出されていて、なぜか、このピアスが彼の望みをかなえてくれるって思ったみたい。店主は、知識もなく無許可で販売していたこともあって、古ぼけたピアスとしか認識していなかったみたいね。とてつもなく高価で貴重なはずのこのピアスを、格安で手に入れた彼は、最後の夜会のときにピアスを持ってわたしの前に現れたの」
「そうですね。そのころには、エンフィ様には複数の求婚者がいて、どんな男でもよりどりみどりだったというのに、人波をかき分けて現れた彼に、一目で心を奪われたんでしたっけ」
ドーハンが当時のエンフィの姿を思い出しながら、面白くなさそうに応えた。それもそのはず、その時のエンフィは、気取らず一生懸命に求婚してくるイヤルに一瞬で心を奪われ、頬を染めて恥じらう初恋真っただ中の少女だったからだ。
「このピアスはね、本当ならふたつともイヤルが身に着けるべきだったの。そうすれば、彼の魔法を抑え込むだけでなく、外敵からも彼を守ってくれたのに。すごく貴重な、守護のアーティファクトを、彼の愛の証だって単純に喜んでつけていたの。完全に無防備になる彼の覚悟なんて、知ろうともしなかった。わたし、魔法を封じられた魔法使いが、ここまで一般人よりも魔法に弱いなんてことも知らなくて。だから、封じられているとはいえ、魔法使いである彼が、ロイエさんの魔法なんかにかけられたくらいで翻弄されるはずはないって思ってた。彼が、本心から彼女を愛して選んだって思い込んで、彼の全てを拒絶し続けていたの……。イヤル、ごめんなさい。もっと、わたしが辛いからとあなたと向き合うことを辞めずに、しっかり考えていたら……そうしたら、こんなことにはならなかったのに……」
魔法の解放が終わったようだ。イヤルの体が、どさりとソファに落ちた。慌てて彼にかけより、冷や汗で濡れた髪をかき分けた。
「イヤル、イヤル……お願い、目を覚まして……」
エンフィの大きな瞳から、大きな涙の粒がいくつも彼に落ちる。痩せて骨ばった大きな手を握りしめ、疲れ果てて昏倒した彼の横に跪き、許しを乞う姿は、部屋にいた全員の胸を強く打ったのである。
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