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1.死
1.死2/4
しおりを挟む「…………さーん。平松さーん」
「………………え、はい」
「平松さん気が付きましたか?今先生呼びますね」
気がつくと知らない女性に名前を呼ばれていた。
白い天井と、ピンク色のカーテン。
点滴が視界の端に入った。
「職場で倒れられたんですよ?ご妊娠されていたので、薬は栄養剤と水分補給の為の点滴だけなのでご安心くださいね。お腹の赤ちゃんも無事ですよ」
脱水と栄養失調、貧血だそうだ。
血液検査は既にされていて、そこで妊娠している事がわかり処置してくれたようだ。
しかし、安心か残念感かよく分からない感情が渦巻いている。
「あ、母子手帳ありますか?妊娠何週目かとか教えてもらえますか?」
「………………ありません」
「え、妊娠に気がついていませんでしたか?」
「……いえ、………………すみませんっ………………」
とても無責任な事をしていたと改めて現実を突きつけられ、自己嫌悪と罪悪感、そして事情も知らずに優しく声をかけてくれる看護師さんからの言葉に責められているような気がして感情が爆発してしまった。
中絶できる期間が過ぎてしまった事はわかっていた。
しかし、立派に育てる自信も、産む決意も、中絶して命を消してしまうことへの覚悟も出来なかった。ゆえに、考えを放棄してしまった。
食事は食べられる物だけ、妊娠前と同じ生活。お酒は元々あまり飲まないので飲んでいないが、好きな物を好きな時に自由に過ごしていた。寝ると夢に彼が出てきてしまうので、寝不足でもあった。
そのツケが回ってきたのか、早めの悪阻で嫌でもお腹の赤ちゃんの存在を認識してしまう。
検診にも行けない、仕事も休めない、誰にも話せない。心を病んでしまった。
泣き崩れた私を見て看護師さんも何か察してくれたのか、背中をさすって大丈夫大丈夫と先生が来るまで付いててくれた。
個室であったこともあり、先生に事情をゆっくり話していった。
「うん。そっか。中絶はね、わかっているかと思うけど、もうできない期間に入ってしまっているんだ。この後、相談員さんにも来てもらうようにこっちで連絡しておくからね。辛いね、頑張ったね」
「すみません。…………すみませんっ」
「んーん。何にも謝ることないよ。パートナーに逃げれてしまうってやっぱりあってね……。今お母さんの体は赤ちゃんと一心同体なんだよね。赤ちゃんがお母さんが、しんどいってわかったのかも知れないね。それで休んでって」
嗚咽と涙と鼻水とで話せなくなった私の膝に手を置いてゆっくりと話してくれた。
「…………産むしか選択肢が無くなってしまったけど、それはお母さんが赤ちゃんの事を少しでも考えてくれていたことだから。辛いことがあったけど、中絶しないでくれてありがとう。中絶が決して悪い事では無いんだけどね。考えは人それぞれだから私達医師はお母さんとお子さん、その家族の幸せを願っているから。産むことへの不安は私達が解消出来るように努めるからね。そこは安心して欲しい」
辛かったね。頑張ったねと宥めてくれる先生を前にひとしきり泣いて、エコーを持った看護師さんが来るまで赤ちゃんに向けてなのか、先生に向けてなのか、感謝と謝罪の言葉しかでなかった。
少し落ち着き、お腹にエコーがあてられる。
幸いお腹の赤ちゃんには今のところ問題はない。
先生に産むことは任せてと勇気をもらい、少し安心した。看護師さんも彼の事を聞いて、私以上に怒ってくれた。
栄養状態が悪いので、数日の入院が必要になったが、精神的な面からも少し長めに入院期間をとってくれたようだった。
自ずと職場にも事情を話さなければならなくなり、電話で上司に伝えたところ同僚と合わせて休みにお見舞いに来てくれた。
「え、最悪…………。なんですかそれ。……ネットで拡散しますか?」
「そりゃ、だめだよ。もちろん最低な事をしたけど、私刑はよく無いし、晒した場合晒した方にも色々問題が出てくる可能性もあるからリスクが高い。それに平松さんにも影響が出るかも知れないよ?」
「ありがとうございます。話せただけで少しスッキリしました……誰にも言えないと思い悩んでいたので……」
「えぇ、でもムカつく…………酷い」
上司が同僚の子を嗜めてくれたおかげで、納得してくれたが何故か同僚の子が泣き出してしまった。
自分が思っていたより、良い職場だった。
思い悩んでいた事を言えたら憑き物が取れた様に気持ちがスッキリしてきた。
産むことへの心配は無くなり、仕事も上司に相談できた。
相談員の方が来てくれて、今後の育児についてもサポートしてくれることになった。ひとり親の制度や、ひとり親同士でのコミュニティもあったり、こう言った男性に逃げられた方々の心のケアをしてくれる団体も紹介してもらえた。
入院をしていて、看護師さんとも気さくに話せるくらいまで回復した。
――赤ちゃん。私、お母さんになっても良いかな?
お腹に手を当てて、入院中今後について向き合おうとけついした。
――しっかり育てよう。
入院期間も明けて、仕事に復帰した。
中にはやはり面白おかしく噂をする人もいたが、一度開き直ったらどうでも良くなった。
悪阻も落ち着いていき、お腹の赤ちゃんの胎動もわかる様になってきた。
出産の準備も次第に進み、お腹の赤ちゃんが女の子だと言われたのでかわいい服やベビー布団などを買った。狭いアパートに増えていったベビー用品を見てとても幸せな気分であった。
なんとか行政や他の人の支えもあって、これから何とかなると思い育てる決意もしっかりできた。
――元気に育つんだよ。ママ、頑張るからね。
徐々に膨らむお腹。最初の数ヶ月、赤ちゃんにとってなんて酷い事をしたのだと、何度も涙する日もあった。心が不安定な上に、妊娠の不安も重なり鬱の診断も受けてしまった。お腹の赤ちゃんへの愛情は薄れる事はなく、自分を責めてしまうことだけはなかなか治らなかったが、カウンセリングを続けて何とか仕事にも行けていた。
浮いて沈んでの繰り返しだったが、赤ちゃんに会えると思うと不思議と頑張らないとと勇気が湧いた。
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