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第一章 『哀色な残火』
プロローグ 『神の悪戯』
しおりを挟む――魔術を以て、魔物を祓う。
魔術師は、先天的に身体へ刻まれた術式――魔術を行使することで魔物を祓い、人々の安泰を保ってきた。
魔物とは、全ての生き物が有する魔力を特別多く持ってして誕生したものだ。有り余る魔力で鍛え上げられた肉体は強靭で、強いものだと固有の能力を開花している。
魔物は基本的に本能の塊で、言葉は通じない。
魔物は人間を襲ってくる。それが魔物の本能だった。
――豊かな自然に恵まれたフレイ王国。
その自然には多くの魔物が住み着いており、街に災害をもたらすモノも多い。
そのため、常人には無い力を持った魔術師が魔物を祓い、人々の安泰を図っている。魔術師無くしてこの国は成り立たない。
魔物には強さを表す『等級』があり、四級――一般人でも武器を持てば倒せる――、三級――一般人でもギリ倒せる――、二級(準二級)――魔術師でないと太刀打ち不可――、一級(準一級)――優秀な魔術師でないと太刀打ち不可――、特級――トップクラスの魔術師でないと太刀打ち不可――、というように七段階に分けられている。
基本的に同等、それ以上の魔術師が魔物を祓う任務に出ていて、本部と上手く連携して魔物を祓う。
――しかし魔術師がいれども、完全に魔物の被害が無くなる訳ではなかった。
魔術師が任務に行くより早く、魔物が人里を蹂躙してしまう事件は千を優に超える。
魔術師になる必須条件は、術式が身体に刻まれていて、魔術が使えるということ。
基本的に、術師の家系にしか術式が先天的に刻まれた子は生まれない為、大体の一般人は魔物になす術が無いのだ。
だから、魔物に多大なる被害を受け、強い復讐心に芽生えた者が居たとしても、その悲願は果たされない。
弱者は、強者の施しを受けるしか無かった。
正に〝神の悪戯〟と言えるこの世界。
才能が無い者、実力が無い者は、強者の下で生きるしか無いのだ。
▽▲▽▲▽▲
――四月一日、午後10時。
王都から離れた田舎の村で、一級の魔物による災害が起きていた。
魔物の持つ力は炎。
比較的木造建築が多かったこの村は業火に包まれていて、火の海と化している。
「魔物だー!魔物が襲ってきたー!みんな、逃げ――」
村中の大人と子供たちが慌てふためき逃げ惑う中、魔物はゆっくりと歩きながら迫っていく。
悪魔のような形相をしたその魔物は、三ヶ月のように裂けた笑みを浮かべていた。
掌の上に炎の球を浮かべ、それを村に放火している。
逃げ惑う者を見つけた際には、ボワっという不快な音を立てると同時に火だるまにしていた。
――紅蓮の炎と悲鳴に包まれた村。
この村はもう、終わりなのかも知れない――。
▽▲▽▲▽▲
「もう嫌だ!どうして、どうしてなんだよ!! どうしてこの村に、魔物が――っ!」
俺は、乾いた口を必死に稼働して、右腕で床を殴りつけながら叫ぶ。
この大惨事の中、逃げ遅れた俺は、炎に包まれた家の中で這いつくばっていた。煙が上がっているのを吸わない為に、布を口に当てながら姿勢を下げている。
うろ覚えな知識を活用して、少しでも己の生命線を守ろうとしていた。
……畜生。こんな筈じゃなかったのに。
……父さんも母さんも、ちゃんと逃げられたかな。
怒り狂ったかのように叫んでいた俺だったが、一人でいる現状の悲しさと両親を思う気持ちが込み上げてしまい、涙が溢れ出る。
「どうしよう……このままじゃ、このままじゃ……」
床に手をつけて、なるべく煙を吸わないようにしながら避難しているものの、家の外に出る玄関までは遠かった。
火災で最も恐ろしいのは、火炎ではなく『煙』だとよく言う。暑さと煙の所為で、俺の精神も肉体もボロボロだ。
――もう、ダメかも知れない。けど――、
「嫌だ、死にたくない。嫌だよ、怖いよ。俺だって、まだまだやりたいことが一杯あるんだよぉ――っ!!」
死にたくなんかない。でも、このままだと火だるまになるか窒息するかで死んでしまう。それはもう時間の問題だとしか言いようがない。
「――っ!」
ガタガタガタ!
火炎によってボロボロと家が崩れていく。どうやら、家の崩壊によって死ぬ可能性もあったらしい。
「ははっ、あははは」
己の痴態、見窄らしさに、笑いが込み上げてくる。
「あはははは――っ!!」
こんな時に限って、家には俺一人だったのだ。両親は外に出掛けていて、一人っ子である俺は家で留守番をしていた。
だからだろうか、家にも火が飛び移った時でも俺は、どうすればいいのか分からなくて、結果的に今の状態になってしまったんだ。
一人じゃ何も出来なかった。
――もう、諦めよう。どうせ家の外に出たって、魔物にまんまと殺されるのがオチだ。弱くて惨めな俺は、死にたくなくても死ぬ。運命に逆らう術を持たない。
「――やめだ。俺なんかが何かしようたって変わらない。なら早く諦めてやるよ」
ついに俺は、諦めの言葉の口にする。口元を塞いでいた布を離し、その場で立ち上がった。
両手を上げて、降参の意を示す――、
「ははっ」
――と、そう諦めている時の事だった。
「おい!さっきここから声がしたぞ‼︎ 誰かいるのか!」
玄関の戸を開ける音と共に、青年の声が聞こえてくる。声質からして、俺と同年代――10代後半の青年である可能性が高い。
「――は?」
しかし、それが何だ。助けに来たとでも言うのか?この非常事態に。
「ん?声がしたな。 分かった、今行く!その場で待ってろ!」
……誰なんだ?初めて聞く、声だ……。
助けに来てくれたことは嬉しいが、俺を救える筈が無い。どんなに勇敢な人物でも、強大な力の前では無力なのだ。
……あ、ヤバい。
……このままだと、俺――。
青年の声に気を向けている場合では無かった。
脳に上手く酸素が回らないのか、意識がだんだんとふらついてくる。
そんな時に俺は、せめて死ぬのは自分だけでいいからと、そんな傲慢で浅はかな願いを脳裏に浮かべた。
バタンと音を立てて、俺はその場に倒れ伏せる。
「――っ!見つけた‼︎ おい!大丈夫か!!」
すると、あの青年が俺のところに駆け寄って来る音が聞こえた。うつ伏せの状態になっているからよく見えないが、青年はどこか必死そうだ。
「……ダメだな、半ば意識を失ってる。 クソッ、この調子だと、だいぶ厄介な任務になりそうだぞ……!一級の魔物だけじゃ無い、村の被害がデカ過ぎる‼︎」
……あぁ、そうか。一級の魔物だったのか。道理で……。
夢と現実の狭間くらいの感覚の中、俺は『一級』という言葉を聞いて納得した。
ただの魔物じゃない。上から二番目の階級に位置する魔物だ。被害がこんなに拡大したことにも頷ける。
まぁ、そうと言っても憎まない訳でも無いんだが。
……ヤバい。そろそろ、意識が――。
「安心して気を失え。俺――一級術師がどうにかしてやる」
青年――魔術師の、安心させるような頼もしい声を聞いたのを最後に、俺の意識は途切れた。
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