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第一章 『哀色な残火』
第一章1 『任務の遂行』神崎葵side
しおりを挟む――時は二時間程遡る。
俺こと神崎葵は黒色の制服姿で、魔術師を統べる本部の総司令官室に足を踏み入れていた。
装飾の入った木製の扉の前に立った俺は、扉をノックして部屋に入る。
コンコン。
「失礼します」
ガチャ、という音を立てながら扉を開き、部屋の中を軽く見渡すと、窓ガラスから王都の景色を眺める、黒いスーツに身を包んだ総司令官の姿が見えた。
静かに扉を閉めた俺は、総司令官に声を掛ける。
「一級術師の神崎葵です。総司令官がお呼びになったと聞きましたが、どのような御用件でしょうか?」
相手が総司令官ということもあって、慎重に言葉を選ぶ必要があった。取り敢えず言いたいことを言えた俺は、総司令官の返事を待つ。
数秒の沈黙の後、言葉を放ちながら総司令官は振り返る。
「――。すまない、少し考え事をしていてね……。君には、ある任務を任せようと思っているんだ」
「……分かりました」
任務を任されると聞いて、すぐに返事をしようとていた俺だったが、振り返った総司令官の容姿を見て、一瞬言葉を失ってしまっていた。
俺はそのことを良くないと思い、意識を一転させようとするが、頭の片隅ではまだ混乱が生じている。
――魔術師を統べる本部の総司令官、漆原。現代魔術師最強と謳われている男だ。
髪の色は、艶のある黒色。ダイヤモンドのように綺麗な虹彩に、黒曜石のような瞳孔を目に宿している。
『最強』故に持つオーラと呼ぶべきなのか、彼と視線を合わせただけで、全身を掌握されているような不思議な感覚に陥った。
今まで感じたことの無いようなものに冷や汗をかき、拳を軽く握りしめながらも、俺は総司令官の話の旨を理解する姿勢を作る。
そんな俺の姿勢を悟ったのか、総司令官はやや深刻な表情を浮かべて言う。
「此処から少し離れたところで、火を操る魔物が出現したとの報告を受けた。等級はまだ正確に測れていないが、一級相当とみなされている。 ちょうど、一級以上の魔術師は別の任務に当たっていてね、人手が足りないんだ。だから、その魔物を祓う任務を、君に頼みたい。出来るよね?」
試すような視線を、総司令官は向けてきた。綺麗を通り越して恐ろしいとも思えてくるその瞳は、俺の気を逆撫でしてくる。
だからだろうか、断る気は毛頭無かったのだが、心の根っこに火がついたかのように俺は返事をしていた。
「それくらいやってみせます。その任務、俺に任せて下さい」
「いいねぇ!その力強い瞳、嫌いじゃない」
何処までもこちらで見透かすような目線は変えないまま、総司令官は笑いながら言葉を溢す。
……嫌いじゃない、か。
心の中で俺は、総司令官の言葉を反復する。その言葉はどこか、俺と総司令官の心の距離を表しているようだった。
……ま、これから認められていけばいい。
まだ、時間はある。
「では、具体的な情報を頂けますか?」
総司令官が気を許さないような態度を見せないのも、まだ実力が認められていないからだと結論付け、これ以上考えるのは止めにした。
今は、任務の話だ。
人の命が関わってくる。
「魔物が目撃されたのは、ある村の近くの山。まず、村が魔物に襲われないようにする必要がある――」
――任務の説明は、数分で終わった。現在の時刻は午後八時五分。
先ずはその魔物の目撃場所に近い村へ向かうべく、「失礼しました」と言って部屋を出る。その後、本部から出た俺は、村に向かって全速力で走り出した。
恐らくだが、村が魔物の襲撃を喰らうまで、そう長くは無い。幼い頃から魔物と関わってきた俺の直感が、そう騒いでいた。
▽▲▽▲▽▲
魔力で身体能力を底上げしながら走った結果、一時間半程で村に着いたのだが――、
「おいおい、マジかよ……っ!」
村は完全に火の海と化していた。
一級の魔物の襲撃の方が、俺より一足早かったのだ。
最悪なことに民家は木製が殆どで、火が至る所まで拡大している。炎で脆くなった多くの家が半壊していた。
鼻を動かすと、焼け焦げるような強烈な匂いがする。――臭い。臭すぎる。死体が焼ける匂いもした。
「誰かー!誰か助けてくれ――ッ!!」「嫌だ!死にたく無いぃぃぃ……‼︎」「イヤァァァァァ――!!」
村から度々聴こえてくる、無惨な悲鳴。憎悪と哀愁に満ちた鋭い声が、俺の身体を穿つ。
「畜生……!こんなつもりじゃ無かったのに! 何で、どうしてだ……⁉︎」
瞳に、まるで自分を嘲笑うかのような真っ赤な村の光景を映して、俺は苦虫を噛み潰したような顔で叫んだ。暗闇の中、赤色に燃え盛る炎。幻想的と言うよりは、絶望的と言う方が正しい。
……割と小規模な村だが、数百人はいるぞ!
……もう全員は救えない。生き残ってる奴から安全な場所に避難させないと。
生憎、俺の術式は人助けに向いていない。地道な作業ではあるが、村人を直接救い出す必要がある。
――魔物を祓うのは、それからだ。
状況の整理、任務の選択、精神の鎮静。それら全てを済ました俺は、落ち着いた様相で動き出し、村の中に入る。
人がまた一人死ぬ悲鳴が聞こえた。
▽▲▽▲▽▲
案の定、俺の力も無力なもので、始めて二十分経った今、救えた村人の数は十人にも満たない。見つけた村人を村の外に出そうとするものの、村を囲う柵の所為で上手く行かなかったのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。まだ、生き残ってる人は居るか……?」
そろそろ走るのもキツくなって来た。それに、汗も気持ち悪い。
俺は一旦走るのを止め、歩きながら捜索を続ける。
「この状態で魔物に太刀打ち出来るのか?これなら、先に魔物から対処しておくべきだったか。 ――いや、違うな。魔物を倒しても火は消えない。少しでも村人を助け出す必要があった筈だ」
……自分の行動に否定的になり始めるあたり、もう大分やられてるな、俺。
俺が此処で疲れ果てて、魔物に逃げられてしまうのが一番最悪な結果だ。――もう、村人を救い出すのは止めにしよう。
……魔物を祓う――ッ!
俺は、やっと決意を固める。しかし、そんな時に、近くからある声が聞こえた。
「あはははは――っ!!」
一瞬、正気を疑ってしまうような村人の笑い声だったが、気が動転してしまったのだと結論付ければ、そう可笑しなことでは無い。
流石に見過ごす訳にはいかないと思い、俺はその声がした家まで走る。そして、玄関の戸を開くと同時に声を上げた。
「おい!さっきここから声がしたぞ‼︎ 誰かいるのか!」
返事は炎の音で聞こえない。でも、僅かな気配と直感を頼りに家の中に入り込む。
家の中を進んでいくと、リビングらしき所で倒れ伏せる村人を見つけた。
「――っ!見つけた‼︎ おい!大丈夫か!!」
慌てて駆け寄るが、村人からの反応は無い。恐らく、気を失ってしまったのだろう。――だが、まだ死んで無い。
「……ダメだな、半ば意識を失ってる。 クソッ、この調子だと、だいぶ厄介な任務になりそうだぞ……!一級の魔物だけじゃ無い、村の被害がデカ過ぎる‼︎」
それでも、悪態を吐かずにはいられないこの状況に、誰に聞かせる訳でもない憤りをぶち撒ける。
しかし、せめてこの村人には安心してもらいたいと思い――、
「安心して気を失え。俺――一級術師がどうにかしてやる」
――自らを『一級術師』と名乗り上げるのだった。
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