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北斗サイド

ここは何処、私は誰?

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 俺の家系は代々「火」を司る能力者が生まれやすい。

 そして、例にもれず俺もまた「火」の力を宿していて、今の学校に通う事がかなり前から決まっており、同時に一年にして生徒会入りも確定していた。

 迎えられる側のはずなのに、色々な雑用を押し付けられ、俺は息抜きの為に逃げ出すように中庭に向かった。

 そして、そこで変な女に会った。

 その女はぼんやりとしながら花壇を見ていた。

 まあ、そこまではまだ、普通の女だと思う、行動自体は。

 彼女が変なその一点は透けていた事だった。

 一瞬、そんな能力なのかと疑った、でも、俺はこの学校の名簿に目を通す機会があったため、大雑把にだが、誰がどの能力に目覚めているのか知っている。

 その中で、彼女のような能力は知らなかった。

 そして、俺の視線に気づいたのか、彼女が振り返り、そして、俺に向かって笑いかけてきた。

 少し茶色みがかった髪は肩ほどにしかなく、左の髪には黒いヘアピンをつけている。

 制服は自分と同じ学校でただ違うのは女子の制服を着ているくらいのどこにでもいるような普通な感じの少女だった。

 ただ、違う点と言えば。

 笑顔が可愛い事。

 そして、その姿が透けている事くらいだった。

 何故か彼女は俺の態度の何かが気に障ったのかムッとしたような顔をし出す。

「…………………………。」

 俺は観察するするように彼女をじっと見た、そして、そんな俺の態度に彼女の何かに触れたのか、彼女はこっちに向かおうとして、何故か急に首を傾げる。
 俺はただじっと彼女を見ていた。

 下を見て、顔を引きつらせ、まるで、信じられない現象を見ているかのように、また下を見た。
 そして、彼女はーー。

「……………………うそだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 と叫び出した、流石の俺もその絶叫具合に驚く。
 しかし、俺の動揺よりも、彼女の動揺の仕方が酷かった。

「何で浮いている訳、というか、なにこれっ!」

 騒いでいた彼女は何故だか急に静かになり、「うん、夢だ、これは夢なんだ。」と現実逃避をし始めた。

 分からなくはないが、現実を受け止めたらどうだと俺は思っていると、彼女は何故か頭を振り、溜息を吐く。
 どうやら自分の中で折り合いがついたようだ。
 彼女は何を思ったのか、自分をじっと見はじめ、首を傾げる。

 何なんだ、こいつは。

 俺が訝しんでいると、彼女は勝手に何か回答を見つけたのかパッと顔を輝かせた。

「そうだ、乙女ゲームの司狼(しろう)にそっくりなんだ。」

 ……誰だそれは。

 彼女が勝手に誰かに似ていると言った名前には全く聞き覚えがなく、俺は取り敢えず不審者である彼女の手を掴もうと手を伸ばしーー。

 俺の手は空を切った。

「………。」
「………。」

 能力で透けて見えるのかと思っていたのだが、彼女は実体がなかった。
 だから、俺は考えたくない可能性を口にしてしまった。

「……お前、幽霊なのか?」

 俺がそう問えば、何故か彼女は「なのかな?」と俺に問いかけて来た。

「疑問で返すな。」
「だって、気づいたらここにいたんだもの。」

 俺がムッとしながら言うと彼女は唇を尖らせて、そんな事を言ってくる。
 自分でも分からない現象に巻き込まれているのに、何でこいつはこうも能天気なのだと呆れる。
 彼女の能天気加減に俺もやられたのか、変な事を言ってしまう。

「さっき、誰かに似ているとか言ったな。」

 俺は彼女の何かのスイッチに触れてしまったのか、彼女は目を輝かせてべらべらと話し出す。

「そうっ!
 七セレっていうゲームなんだけど。
 ああ、『七色 小夜曲(セレナーデ)』略して七セレ。
 乙女ゲームで主人公の少女があるお金持ちの学校に入学するんだよね、それが、普通の学校じゃなくて能力者の学校で、変わった能力があった為に入学したヒロイン。
 そこで、様々なイケメンである攻略キャラと出会うんだよね。
 因みに、七色の七はその攻略キャラたちがその七守護家っていうながーく続いている能力者の家系でさ、まあ、選民意識の強いキャラが多数いたけど、その中でも、決して、自分の家を必要以上に誇示しなかったのが『赤峰 司狼』で、色で分かるように「火」の能力者でヒロインと同じ学年なんだよね。
 でも、彼のメインルート以外じゃ結構噛ませ犬ぽかったんだよね、すごく勿体無いけど…。」
「………。」

 よくもまあ、ここまで一気に話せるものだと俺は内容をほとんど聞き流し、呆れながら彼女を見ていた。
 そして、彼女はハッとなり、恐る恐るというように、俺を見る。

「えっと。」

 何か気まずいような顔をする彼女に俺は感想を言う。

「よくもまあ、そんなに語れるな。」

 彼女は俺が飽きれているのにもかかわらず、何故か息を吐いた。

「えっと、名前は?」
「今さらだな。」

 本当に今さらになって彼女は俺に名前を問うてきた。

「えへへ。」

 気まずいのか笑って誤魔化す彼女に俺は肩を竦め、答える。

「赤塚 北斗だ。」
「うん、赤塚くんね。」

 何故だかこの少女には苗字では呼ばれたくはないと思ってしまった、だから、普段の俺では絶対あり得ない下の名前呼びを許してしまう。

「北斗でいい。」
「分かった、北斗くん」
「くん、付もいらねぇ。」
「いいの?」
「いい。」

 彼女は嬉しそうに笑う、その笑顔が可愛くて、俺は彼女をもう少し知りたいと思った、だから、俺は何気なく彼女の名前を問う。

「で、お前は?」
「私は…………。」

 彼女は名乗ろうとした、名乗ろうとして、顔を真っ青にさせたまま固まった。

「おい、どうした、顔真っ青だぞ。」

 何が起こっているのか分からなかった、ただ、分かるのは彼女が何かに気づき激しく動揺している事くらいだった。

「………い。」
「えっ?」

 彼女が何かを呟き、俺はそれを聞き返す。そして、彼女は先ほどよりも少し大きな声できっと同じ言葉を言ってくれたのだろう。

「分かんない……。」

 何に対して彼女が分からないと言ったのか、俺には理解できず、俺は問う事しか出来なかった。

「何が。」
「名前……分かんないよ。」

 まるで迷子になった子どものように頼りなく、心細そうな彼女はポロポロと涙を零し始める。
 ツキリと胸が痛み、俺は自然と己の手を伸ばし、彼女に触れようとした、だけど、その手は先ほど空を切った事を思い出し、思いとどまる。

「………北斗?」
「触れないんだな。」

 彼女は俺の動きに気づいたのか不思議そうな顔をしている、だから、俺は素直に答えた。
 ただ、その声はどこか悔しそうで、自嘲する。

「慰めようとしてくれた?」
「悪いかよ。」

 彼女に気づかれた俺はどこか罰が悪くなり、そっぽを向く。

「ううん、ありがとう。」

 お礼を言われ、俺は何としても彼女の名前を呼びたかった。

 そして、名前がなければつければいい。

 まるで、捨て犬か何かに名前を付ければいいというように、俺は考え始め、そして、一つの言葉を呟く。

「……スピカ。」
「えっ?」
「お前の呼び名だ。」

 俺は何込めた意味を彼女に悟られたくなくてそっぽを向く。

「スピカ……。」

 まるで、なぞるように言う彼女に俺は嫌だったのかと不安になる。

「嫌なのかよ……。」

 そう言えば、彼女はクスリと笑った。

「スピカか、北斗とスピカ…星繋がりだね。」

 彼女は俺の考えてしまった事に気づいてしまった、だけど、彼女はその声音からして全く嫌がっていなかった。

「……嫌じゃないのか?」

 呆然としながらそう呟けば。「はじめは慣れないかもしれないけど、名前分からないし、それに北斗がつけてくれたんだもの、これがいいよ。」と笑顔で返された。

「そうか。」

 嫌がっていない事に俺はホッとした。

 彼女は俺の顔を見たとたん、奇妙な事を言い出す。

「北斗って今スマフォ持っている?」
「ああ。」

 普通誰だって持っているだろう、それをポケットから取り出すと、彼女は目を輝かせる。

「ねー、それで、七色小夜曲(セレナーデ)って調べてもらえる。」
「何でだよ。」

 全く彼女の思考が分からない。

「私の唯一と言ってもいい記憶がそのゲームの記憶なわけだし、もし、そのゲームがなかったら、私は……ね?」

 意味が分からなかったけれども、彼女は何かを知りたいのだと理解し、俺は溜息を吐きながらも、検索する。
 そして、ヒットしたそれに俺はアプリを取り込み、開始する。

「あった。」

 安堵する彼女は、俺の行動に首を傾げだす。

 まあ、分からなくはない、彼女は検索してくれとは言ったが、ゲームしてくれとは言っていなかった。

 まあ、俺としてはこいつが俺に似ているというキャラを見てやろうと始めたのだが。

 何なんだ、この選択肢は……。

 俺が止まっていると、彼女は俺の戸惑うに気づいたのか、説明する。

「そこの選択肢で攻略者の出会いイベントがあるんだけど、会長、新入生なのに副会長に選ばれる司狼、即ノーマルエンドに行くのどれにする?」

 司狼、確か、彼女が何度か口にしていた名前だったよな。でも、違っている可能背もあるので、念のために彼女に確認する。

「司狼って、確か俺に似ているとか言っていたよな?」
「うん。」
「それなら、そいつで。」
「了解、それなら『あっ、中庭何てあるんだ、行ってみよう』でOKよ。」
「ん。」

 取り敢えず、彼女の指示に従い、まるで小説を斜め読みするかのようにゲームをサクサクと進めていき、エンドロールを迎える。

 ……何というか、司狼という奴はチョロいというのが、俺の感想だ。

 何であんなにも簡単に落ちるのだと、溜息を吐きたくなる。

 そして、エンドロールの中で、俺は見知った名前を見つけてしまう。
 もしも、このゲームに彼女が関わっているのだとしたらーー。

 そう考えて俺は顔を引きつらせながら、ゲームを落とし、ある女に電話を始める。

 そして、まるで、あの女は予期していたかのようにすんなりと電話をとった。

 俺はスッと息を吸い、「姉貴っ!何やっているんだよっ!!!!」と怒鳴った、その時、スピカが驚いた事には申し訳なく思ったが、優先順位は悪いが、こちらが高い。
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