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第12話 花粉症飛んでけサブレ②
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手に取っただけでも、感触が伝わる焼き菓子なんてアップルパイのときでもなかったような気がする。両手でしっかり支えれば、やはり鳥の形が美しいそれを食べるなんてと思いもしたが……せっかくなので、尻尾のようなところをひと口。
それが、玄太の夢のような時間のはじまりだった。
(サクサク過ぎる!! チャンククッキーの方が好きかとおもってたけど、しっとりより軽くて食べやすくて!!)
ふたつあるうちのひとつをあっと言う間に食べ尽くすくらい、噛むのを止められなかった。バターたっぷりで塩気が強いはずなのに、噛むと舌の上で滑らかになる不思議触感が楽しくて仕方なかった。
もともと、『たっぷり』や『なめらか』に目がない玄太の好みの範疇に入るそれを目の前の男性パティシエが作り出したとなると……やはり、代金が気になっても『もらった』というのがわからないでいた。彼はにこやかに笑いながらタイについてる星型の留め具を撫でているだけ。ガラス窓の陽の光に反射しているのか、それはキラキラと光っていた。
「気に入ってもらえたようだね?」
「あの、はい! すごく……美味しいです」
「よかった。鼻も落ち着いたようだね?」
「え、はい? あれ……?」
ネーミングはあれだったが、ひとつ食べてたしかにいつもならぐしゅぐしゅ言うはずの鼻の奥からアレルギー反応が出てこない。どうして、と思う前にもうひとつ食べ始めても全然むずむずしたりしなかったのだ。
「代金、しっかりといただいたよ」
店長のその発言と同じタイミングに、あの鈴の音。
気が付いたら、マスクはしていたがむずがゆくなることもなく玄太は会社で仕事に打ち込んでいた。いつのまにか、帰社していた割にはあのサブレの後味がまだ舌に残っている。それと、デスクにはホットのジンジャーエールがひとつ置かれていたが、自分で買った記憶がなかった。
(……店で、そういえば飲み忘れていた?)
ひと口飲めば、ぴりっと辛いがあと口が爽やかではちみつの甘さも感じ取れた。たしか、花粉症対策のひとつに生姜は最適だと聞いたことがある。あの小さい店員が気にしてテイクアウトにしてくれたにしても……ひとこと言ってほしかった気がする。結局、それ以降アレルギー反応が一切出なくなったので、お礼を言いに行こうにもあの店にはもう行けなかったからだ。
「鼻も出せるようになったし、ご褒美おやつも改善したのにさ。酷い話だと思わない?」
「そう……かな?」
合コンではないが、マッチングアプリで出来た彼女にアレルギー反応が酷かったことを正直に話せば、ううんと首を横に振ってくれた。『ル・フェーヴ』に行ったことはないらしいが、玄太の話を嘘とは思わないでくれる気遣い上手な女性だ。
「変、って思わない?」
「全然。夢か噓か、信じるのは玄太さんの気持ちでしょう? 今みたいに自分らしく振舞える自信が持てたきっかけ、教えてくれて嬉しいし」
「……ありがと」
お互い、物静かというか興味を持つものが少ないだけで。気が付けばトークで少しずつ打ち解けてからオフとかアフターの機会を増やして……付き合うようになった。ちゃんと向き合えば、スマホとかなくても話し合える相手としてマッチングしたんだなと思えるくらいに、毎日が楽しく感じられている。
あのサクサク感が強いサブレは、ほかの店でも買ってはみたものの物足りない気がしたのは……白昼夢で見たかもしれない、あの店の気遣いが玄太の心を洗い流してくれたからだろう。
きっかけはなんであれ、生活態度を改めるくらいには気持ちも切り替えられたし……『痛み』というのはもうあまり意識する必要がないからいいのかもしれない。
もし、またなにかあれば巡り合う店なのだろうから。
*・*・*
「珍しいサービスをしたんだね?」
「飲みかけを片付けるのが嫌だっただけ」
次の仕込みをしている真宙の近くで、見本にしてたチョコチャンククッキーを食べる若葉はそっぽを向いた。前に真宙が仕出かしたことには言及していたのに、自分のことはいいんだと言い切るのは性格のせいだろう。
「たしかに。飲み物も飲まずにがっついていたからね? あれでは『痛み』再発もあり得ただろうけど」
「ちょっとドジで、ぽちゃの玄坊は相変わらずだったわ」
「あれ? 幼馴染とか?」
「ちょっとした腐れ縁。中学までだけど」
「ああ。身長変わってないから」
「ぶつわよ。真宙?」
「もうぶたれてんだけど、背中背中」
「あんたの『痛み』に近かったけど……あいつじゃ、次世代には行き遅れ?」
「うーん。そうだね。僕、まだまだ現役大丈夫だし」
それに、『土地』が追い出した。『土地』が選ばなければ、次の世代育成をしようにも出来ない。先代の吾妻が言っていたそれを、今回はありそうだったが結局は無理だった。まだまだ、この『土地』と『店』を引き継ぐのに相応しい人材は巡り合えないのだろう。
玄太の『痛み』はアレルギー反応だけでなく、『卑屈』『鬱憤』もあったがそれでも真宙の持つ『痛み』よりも断然弱いのか。
適任者を探すのに、まだ時間はあるから大丈夫と自分に言い聞かせ。
次の依頼人が来るまで、今度は生姜なんかのスパイスを使った甘さ控えめの洋菓子を仕込もうと決める。体を芯からあたため、全身の痛みをすべて和らぐように出来るそんな薬菓子を。
(風邪も引きやすい時期になるだろうし、小出しの『痛み』だとそっちの客が増えるかな?)
玄太のときは留め具が強く光ったが、吸わせるにはかなりの『痛み』が流れてきた証拠だ。先代からの資金はまだまだ余裕があるので、次は『土地』がたらふくほしいという『痛み』収穫といこうではないか。
そう思いながらも、次に休むと決めた日には……前にきたモデルの子が掲載されている雑誌とかにあった、カフェ巡りくらいはしたいとも考えていた。
それが、玄太の夢のような時間のはじまりだった。
(サクサク過ぎる!! チャンククッキーの方が好きかとおもってたけど、しっとりより軽くて食べやすくて!!)
ふたつあるうちのひとつをあっと言う間に食べ尽くすくらい、噛むのを止められなかった。バターたっぷりで塩気が強いはずなのに、噛むと舌の上で滑らかになる不思議触感が楽しくて仕方なかった。
もともと、『たっぷり』や『なめらか』に目がない玄太の好みの範疇に入るそれを目の前の男性パティシエが作り出したとなると……やはり、代金が気になっても『もらった』というのがわからないでいた。彼はにこやかに笑いながらタイについてる星型の留め具を撫でているだけ。ガラス窓の陽の光に反射しているのか、それはキラキラと光っていた。
「気に入ってもらえたようだね?」
「あの、はい! すごく……美味しいです」
「よかった。鼻も落ち着いたようだね?」
「え、はい? あれ……?」
ネーミングはあれだったが、ひとつ食べてたしかにいつもならぐしゅぐしゅ言うはずの鼻の奥からアレルギー反応が出てこない。どうして、と思う前にもうひとつ食べ始めても全然むずむずしたりしなかったのだ。
「代金、しっかりといただいたよ」
店長のその発言と同じタイミングに、あの鈴の音。
気が付いたら、マスクはしていたがむずがゆくなることもなく玄太は会社で仕事に打ち込んでいた。いつのまにか、帰社していた割にはあのサブレの後味がまだ舌に残っている。それと、デスクにはホットのジンジャーエールがひとつ置かれていたが、自分で買った記憶がなかった。
(……店で、そういえば飲み忘れていた?)
ひと口飲めば、ぴりっと辛いがあと口が爽やかではちみつの甘さも感じ取れた。たしか、花粉症対策のひとつに生姜は最適だと聞いたことがある。あの小さい店員が気にしてテイクアウトにしてくれたにしても……ひとこと言ってほしかった気がする。結局、それ以降アレルギー反応が一切出なくなったので、お礼を言いに行こうにもあの店にはもう行けなかったからだ。
「鼻も出せるようになったし、ご褒美おやつも改善したのにさ。酷い話だと思わない?」
「そう……かな?」
合コンではないが、マッチングアプリで出来た彼女にアレルギー反応が酷かったことを正直に話せば、ううんと首を横に振ってくれた。『ル・フェーヴ』に行ったことはないらしいが、玄太の話を嘘とは思わないでくれる気遣い上手な女性だ。
「変、って思わない?」
「全然。夢か噓か、信じるのは玄太さんの気持ちでしょう? 今みたいに自分らしく振舞える自信が持てたきっかけ、教えてくれて嬉しいし」
「……ありがと」
お互い、物静かというか興味を持つものが少ないだけで。気が付けばトークで少しずつ打ち解けてからオフとかアフターの機会を増やして……付き合うようになった。ちゃんと向き合えば、スマホとかなくても話し合える相手としてマッチングしたんだなと思えるくらいに、毎日が楽しく感じられている。
あのサクサク感が強いサブレは、ほかの店でも買ってはみたものの物足りない気がしたのは……白昼夢で見たかもしれない、あの店の気遣いが玄太の心を洗い流してくれたからだろう。
きっかけはなんであれ、生活態度を改めるくらいには気持ちも切り替えられたし……『痛み』というのはもうあまり意識する必要がないからいいのかもしれない。
もし、またなにかあれば巡り合う店なのだろうから。
*・*・*
「珍しいサービスをしたんだね?」
「飲みかけを片付けるのが嫌だっただけ」
次の仕込みをしている真宙の近くで、見本にしてたチョコチャンククッキーを食べる若葉はそっぽを向いた。前に真宙が仕出かしたことには言及していたのに、自分のことはいいんだと言い切るのは性格のせいだろう。
「たしかに。飲み物も飲まずにがっついていたからね? あれでは『痛み』再発もあり得ただろうけど」
「ちょっとドジで、ぽちゃの玄坊は相変わらずだったわ」
「あれ? 幼馴染とか?」
「ちょっとした腐れ縁。中学までだけど」
「ああ。身長変わってないから」
「ぶつわよ。真宙?」
「もうぶたれてんだけど、背中背中」
「あんたの『痛み』に近かったけど……あいつじゃ、次世代には行き遅れ?」
「うーん。そうだね。僕、まだまだ現役大丈夫だし」
それに、『土地』が追い出した。『土地』が選ばなければ、次の世代育成をしようにも出来ない。先代の吾妻が言っていたそれを、今回はありそうだったが結局は無理だった。まだまだ、この『土地』と『店』を引き継ぐのに相応しい人材は巡り合えないのだろう。
玄太の『痛み』はアレルギー反応だけでなく、『卑屈』『鬱憤』もあったがそれでも真宙の持つ『痛み』よりも断然弱いのか。
適任者を探すのに、まだ時間はあるから大丈夫と自分に言い聞かせ。
次の依頼人が来るまで、今度は生姜なんかのスパイスを使った甘さ控えめの洋菓子を仕込もうと決める。体を芯からあたため、全身の痛みをすべて和らぐように出来るそんな薬菓子を。
(風邪も引きやすい時期になるだろうし、小出しの『痛み』だとそっちの客が増えるかな?)
玄太のときは留め具が強く光ったが、吸わせるにはかなりの『痛み』が流れてきた証拠だ。先代からの資金はまだまだ余裕があるので、次は『土地』がたらふくほしいという『痛み』収穫といこうではないか。
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