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第34話 ステージダウンにもちもちカヌレ②
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「あ、カヌレはナイフもないと大変固いですよ?」
「あ、そうなん?」
店長に言われて気づいたが、小さめのナイフがあることに気づき。どちらがナイフ?と教えてもらいながらも自分で切り込みを入れてカヌレを割ってみた。
内側は今まで見たことがなかったが、カスタードを焼いたような断面といっしょに甘くて濃厚な香りがさらに鼻に届く。ひと口を出来るだけ小さく切り分け、口に入れてみると。
「どうでしょう?」
「うんまぁ。あんまぃわぁ!」
外側のカリカリとしたところは、べっ甲飴のそれよりは柔らかいが強烈な甘みを含み。内側は予想していた以上にカスタードとラム酒のマリアージュが素晴らしいもちもち感に加えて甘味が凄い。
これ単体だと、いつもならコーヒーにしてしまうところだが、店員が用意してくれたミルクティーを口に含むとぱっと目が冴えるような感動を覚えた。
「意外と、口の中をリセットしてくれるんですよね? 紅茶もなかなかでしょう?」
「……おいし。なんか、身体、洗われるようやわ」
「このカヌレは焼く工程もですが、仕込みもなかなか大変でしてね? 下手するとショートケーキとかの方が簡単に思えるくらいなんですよ」
「……そんなに?」
「焼ける途中の工程を見るまで、失敗が分かりにくいんですよ。膨らみ過ぎだと温度が高過ぎとか色々」
「……へぇ」
口下手なみさをに合わせてなのか、店長はわざわざ自分から色々知識を出してくれている。聞き取りやすいそれに頷くだけでも、相手には不快に思っていないのか。彼は彼でにこにこ笑ってくれているだけだ。そんな受け取り方、亡くなった主人もしょっちゅうは出来なかった。人との付き合い方を一方的に決めつけてよくないとわかってはいるが、自分だけが非を認めるだけなのもいけないことなのだと……やっと、自覚した。
娘や息子たちだって、無関心に生きているだけの人間じゃないのだから。ちゃんと話し合い、入院もきちんとしようと心に決めたのだ。
「なにか、心に決めたことでも?」
「せやなぁ。うちが弱虫だったってことや。誰にも言わずにじーっとしとったのもよくなかったんや」
「……周りに人がいたことが、わかった感じでしょうか?」
「旦那はもう居らんけど。娘たちはおるんよ。けど……自分が弱いから、病気になっても頼っていいのか怖かってん」
「僕もわかります。昔、大事なことを諦めるときに病気がありましたから」
「ほんに?」
苦労を重ねて、歳を取ることもあるというが。店長でもあるというのなら、たしかにそうかもしれない。子どもだろうが大人だろうが、関係なく悩みでも怪我でも病気でもなんだってあるのだ。老婆になった上に、ただでさえ弱気なのがさらに弱気になってしまうのは……今まではどうしようもなかったが、ここで分岐点が見えてきた。
代金の仕組みはよくわからなかったが、最後まで食べていいのならとまるで主人に見守られて食べているときのように、ずっと店長が見てくれていた。なにかガラスの向こうから反射したのが見えた気がしたが気のせいだろう。
ミルクティーも飲み干してから、ごちそうさまと手を合わせた。
「足元はお気をつけて」
「ええ。……また、会えたら来るわ」
「はい、ありがとうございます」
なんとなくだが、この店は幻か何かかもしれない。代金が『痛み』という仕組みもよくわからないけれど、味や匂いはわかったので夢ではないはずだが。もしもの『次』を期待して、ドアの向こうを出たはずなのだけれど。
気が付いたら、病院の中に居て……みさをの苗字を呼ばれる声が聞こえたので、慌ててそちらに向かう。あの洋菓子屋に行く少し前と同じ状況だったのだ。看護師も医師もまったく同じ人間だったのはボケ抜きにしても、みさをでさえ覚えていたほどだ。
「神崎さん、あのですね」
「あ、はい」
このあと、宣告を受けるのを夢でも見ているのかとでも思ったが……医師の表情は数時間前の固いものではなく、何故か笑顔だ。
「少し影があったはずだったんですが、検査を繰り返したら『腫瘍』でないことがわかりました。風邪はひょっとしたら、インフルエンザとかかもしれないので処方箋はそちらを出しますね?」
「え? あ、はぁ……」
夢幻だったはずなのに、『痛み』と称して病気を抜き取ったあの洋菓子屋。思わず、口から出てしまいそうになったが店の名前すら覚えていない。さらにいうなら、バスの停留所すらどれだったかとうろ覚えだ。今医者に言っても信じてもらえないだろうし、風邪で良いのならまだマシだ。
インフルエンザも後日検査したが特に問題なく、代わりにみさをが始めたのは『お菓子作り』だった。娘に携帯の使い方を教わってまで簡単に作れるものから挑戦するなど。孫にもときどき振舞って『美味しい』と言ってもらえるようになるまで、そう時間がかからず。
これまで、交流を避けてきたのは『自分から』だと改めて自覚したため、みさをはあの店に行かずとも幸せな日々を自分で作れたのだった。
*・*・*
もう少し早ければ。先代が見つけていれば。
可能性はゼロではなかった逸材を見逃してしまっていたな、と真宙は思うのだった。
「あのおばあさんがお父さんより前に見つかってたら……どうなっていたのかしら?」
若葉も気になったのか、片付けをしながらも真宙に声をかけるくらいに。真宙は代金を受け取った留め具の光り具合を見たが、銀に光るそれはもう『土地』へと『代金』を勝手に流したのかあまり強くは光ってなかった。
「けど。あのご年代に無理強いはさせたくない。先代と僕でちょうどよかったんだよ」
「でも、次の候補者ふたり以上? あの子たちが来るまで、まだ頑張るつもり?」
「君も感じているだろう? この『土地』はまだまだ『代金』を欲している」
「……そうね。真宙ほどじゃないけど、私も『繋がって』いるから」
「外の繋がりがズレていくのも時間の問題だ。千景さんのところも、そろそろ次が」
話し合いが続いているうちに、またドアベルの音が聞こえてきた。
予感も気配もなかったのに、とふたりが驚いていると……入ってきたのは、介護杖をつく少年ともうひとりは大人の影。少し前は車椅子で来店してしまった、真宙の従兄弟。ヒカルが苦笑いしながら、千景とともに来店したのだ。
「あ、そうなん?」
店長に言われて気づいたが、小さめのナイフがあることに気づき。どちらがナイフ?と教えてもらいながらも自分で切り込みを入れてカヌレを割ってみた。
内側は今まで見たことがなかったが、カスタードを焼いたような断面といっしょに甘くて濃厚な香りがさらに鼻に届く。ひと口を出来るだけ小さく切り分け、口に入れてみると。
「どうでしょう?」
「うんまぁ。あんまぃわぁ!」
外側のカリカリとしたところは、べっ甲飴のそれよりは柔らかいが強烈な甘みを含み。内側は予想していた以上にカスタードとラム酒のマリアージュが素晴らしいもちもち感に加えて甘味が凄い。
これ単体だと、いつもならコーヒーにしてしまうところだが、店員が用意してくれたミルクティーを口に含むとぱっと目が冴えるような感動を覚えた。
「意外と、口の中をリセットしてくれるんですよね? 紅茶もなかなかでしょう?」
「……おいし。なんか、身体、洗われるようやわ」
「このカヌレは焼く工程もですが、仕込みもなかなか大変でしてね? 下手するとショートケーキとかの方が簡単に思えるくらいなんですよ」
「……そんなに?」
「焼ける途中の工程を見るまで、失敗が分かりにくいんですよ。膨らみ過ぎだと温度が高過ぎとか色々」
「……へぇ」
口下手なみさをに合わせてなのか、店長はわざわざ自分から色々知識を出してくれている。聞き取りやすいそれに頷くだけでも、相手には不快に思っていないのか。彼は彼でにこにこ笑ってくれているだけだ。そんな受け取り方、亡くなった主人もしょっちゅうは出来なかった。人との付き合い方を一方的に決めつけてよくないとわかってはいるが、自分だけが非を認めるだけなのもいけないことなのだと……やっと、自覚した。
娘や息子たちだって、無関心に生きているだけの人間じゃないのだから。ちゃんと話し合い、入院もきちんとしようと心に決めたのだ。
「なにか、心に決めたことでも?」
「せやなぁ。うちが弱虫だったってことや。誰にも言わずにじーっとしとったのもよくなかったんや」
「……周りに人がいたことが、わかった感じでしょうか?」
「旦那はもう居らんけど。娘たちはおるんよ。けど……自分が弱いから、病気になっても頼っていいのか怖かってん」
「僕もわかります。昔、大事なことを諦めるときに病気がありましたから」
「ほんに?」
苦労を重ねて、歳を取ることもあるというが。店長でもあるというのなら、たしかにそうかもしれない。子どもだろうが大人だろうが、関係なく悩みでも怪我でも病気でもなんだってあるのだ。老婆になった上に、ただでさえ弱気なのがさらに弱気になってしまうのは……今まではどうしようもなかったが、ここで分岐点が見えてきた。
代金の仕組みはよくわからなかったが、最後まで食べていいのならとまるで主人に見守られて食べているときのように、ずっと店長が見てくれていた。なにかガラスの向こうから反射したのが見えた気がしたが気のせいだろう。
ミルクティーも飲み干してから、ごちそうさまと手を合わせた。
「足元はお気をつけて」
「ええ。……また、会えたら来るわ」
「はい、ありがとうございます」
なんとなくだが、この店は幻か何かかもしれない。代金が『痛み』という仕組みもよくわからないけれど、味や匂いはわかったので夢ではないはずだが。もしもの『次』を期待して、ドアの向こうを出たはずなのだけれど。
気が付いたら、病院の中に居て……みさをの苗字を呼ばれる声が聞こえたので、慌ててそちらに向かう。あの洋菓子屋に行く少し前と同じ状況だったのだ。看護師も医師もまったく同じ人間だったのはボケ抜きにしても、みさをでさえ覚えていたほどだ。
「神崎さん、あのですね」
「あ、はい」
このあと、宣告を受けるのを夢でも見ているのかとでも思ったが……医師の表情は数時間前の固いものではなく、何故か笑顔だ。
「少し影があったはずだったんですが、検査を繰り返したら『腫瘍』でないことがわかりました。風邪はひょっとしたら、インフルエンザとかかもしれないので処方箋はそちらを出しますね?」
「え? あ、はぁ……」
夢幻だったはずなのに、『痛み』と称して病気を抜き取ったあの洋菓子屋。思わず、口から出てしまいそうになったが店の名前すら覚えていない。さらにいうなら、バスの停留所すらどれだったかとうろ覚えだ。今医者に言っても信じてもらえないだろうし、風邪で良いのならまだマシだ。
インフルエンザも後日検査したが特に問題なく、代わりにみさをが始めたのは『お菓子作り』だった。娘に携帯の使い方を教わってまで簡単に作れるものから挑戦するなど。孫にもときどき振舞って『美味しい』と言ってもらえるようになるまで、そう時間がかからず。
これまで、交流を避けてきたのは『自分から』だと改めて自覚したため、みさをはあの店に行かずとも幸せな日々を自分で作れたのだった。
*・*・*
もう少し早ければ。先代が見つけていれば。
可能性はゼロではなかった逸材を見逃してしまっていたな、と真宙は思うのだった。
「あのおばあさんがお父さんより前に見つかってたら……どうなっていたのかしら?」
若葉も気になったのか、片付けをしながらも真宙に声をかけるくらいに。真宙は代金を受け取った留め具の光り具合を見たが、銀に光るそれはもう『土地』へと『代金』を勝手に流したのかあまり強くは光ってなかった。
「けど。あのご年代に無理強いはさせたくない。先代と僕でちょうどよかったんだよ」
「でも、次の候補者ふたり以上? あの子たちが来るまで、まだ頑張るつもり?」
「君も感じているだろう? この『土地』はまだまだ『代金』を欲している」
「……そうね。真宙ほどじゃないけど、私も『繋がって』いるから」
「外の繋がりがズレていくのも時間の問題だ。千景さんのところも、そろそろ次が」
話し合いが続いているうちに、またドアベルの音が聞こえてきた。
予感も気配もなかったのに、とふたりが驚いていると……入ってきたのは、介護杖をつく少年ともうひとりは大人の影。少し前は車椅子で来店してしまった、真宙の従兄弟。ヒカルが苦笑いしながら、千景とともに来店したのだ。
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