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13-3.信じられない
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信じられなかった。
チェスト達へのポーションの納品をセリカに任せている間、俺様はランニングマシーンでウォーキングしながらも、ギルマスが告げた犯人のことで頭がいっぱいであった。
『あ、あ、く、クロームさん。お疲れ様です!』
『ちゅ、注文通りに、品物は届いています!』
『が、頑張ってください!』
あの大人し過ぎるどころか、常に自信なさげのひ弱な男が。
仕事はきっちりとこなしてくれてるので、俺様はチェスト以外に信用してた男の一人だったが。
まさか、懸想してた女の関係で俺様を恨んでいたとは露知らず。
ギルマスに聞かされなければ、俺様を亡き者にしようとしてただなんて知らなかった。
それだけ、大人しく気弱で、犯罪を犯すことなどない奴だと思ってたからだ。だが、油断していた。そんな身近な奴が、犯人だったとは。
ひとまず、おびき出して罪を認めさせるところまで計画することにはなったが。本当にうまく行くだろうか? あのギルマスだから、うまく行くと踏んではいるものの。
「マスター、アイスティーでも飲む?」
考えにふけっていたらセリカが二人分の飲み物を持ってきた。
「む、まだ運動は終わっていないが」
「あんなにも落ち込んでたのに、気晴らしでやるのは良くない」
「……そう、かもしれないが」
「とりあえず、急いで痩せる心配はなくなったんだから。今日は休息日にしよう」
「……わかった」
なので、マシーンを止めて。なんとなく床に座って二人でアイスティーをちびちびと飲んでいく。
「……マスター。聞いてもいい?」
「なんだ?」
「あのアークさんが言ってた、ビーツと言う男。マスターは信頼してたの?」
「……そうだな。信頼に近いくらい信用はしてた。慕ってくれてたと思っていたしな」
初めて出会った時は、チェストに紹介された。
気弱だが、仕事が出来るし研修で少し面倒を見てると言われた時。俺様のことは知ってたのか、少し顔を赤くして低姿勢で何度もお辞儀をしてきたが。
『び、ビーツ=エクリプス、です。よ、よよよ、よろしくお願いします!』
ヒョロヒョロで、顔に似合わない大きめの眼鏡をかけていて。
年よりも随分と幼く見えるが、俺様やチェスト、マールと同じ二十二歳らしい。
眼鏡を取れば可愛く見えなくもないが、極度の近眼のためないと生活に支障をきたすそうだ。
そして、意外にもチェストが言ってたように能力は高く、こちらが要求する品をすぐに用意してくれたりと。実は、シャインを作る素材を頼んだのも、ほとんどビーツに頼んだのだ。
「……その男に。記憶をいじられる前にすべて話したの?」
「どういじられたかは覚えていないが……だいたいのことを聞かれたので教えはしたな」
「……チェストさん達には?」
「お前を作る前には、少し話した程度だ」
「なら、エーテル生成液を売ったその男がやっぱり怪しい」
「だが、ビーツが好いていたと言う女など知らないぞ?」
「ん。元のマスターの姿であれば、言い寄る女が後をたたなかったとマールドゥさんに聞いていた。であれば、大勢の中の一人でしかない。マスターの性格から、忘れてても不自然じゃない」
「言いたい放題言うが……その、通りだ」
言い寄るだけの女には興味はなかった。
セリカのように、口出しする女など幼馴染みでマールだけだったが。あれは奴の性格を知っているから友人以上の関係にはならなかった。
時折妬まれているとは聞いてはいたが、腕っ節がいいので追い払ってはいるとチェストから聞いてはいた。
すべては、元の俺様の美貌のせいと、自意識過剰になっていたせいだが。気遣う気持ちが生まれたのは……今隣に座っている自ら生み出したホムンクルスのお陰だ。
こんな俺様を元に戻してくれるくらいつきっきりで面倒を見てくれる存在など、他に知らない。あの幼馴染み達ですら諦めていたからな?
「けど。マスターが生命を失う前に気づけてよかった。それに、私を錬成したエーテル培養液に作り変えられた腕は間違いなくマスターの技術」
「……そう、だな。違法とは言え、お前を造れて良かったが」
「ん」
「こ、こら、頭を撫でるな!」
「ん、いつものマスター」
「……セリカ、おい!」
なんだか、最近褒めるタイミングで俺様の髪をよく撫でてくるのだが。好いた存在にそう触られると鼓動が高鳴り、胸が熱くなってくる。
いやではないのだが、少しこしょばゆい気持ちになる。
「強気なマスターが一番。エーテル培養液はまた新しく造れるんだから、マスターの錬成料理も美味しくなるかもしれない」
「……そう、だな。俺様の目標を忘れるところだった」
「ん。……やっぱり運動する?」
「そうだな。とりあえず、お前の手伝いをしよう」
「わかった」
昼寝する気にもなれなかったので、ビーツのことを一旦忘れるためにセリカの家事を主に手伝って汗をかき。
シャインにも事情を説明してから、セリカがまた食材を錬成して……だが、セリカが寝静まってから俺様はシャインの元に来て、久しぶりに錬成料理を作ることにした。
【よろしいのですか? 創造主】
「試してみたいのだ。作ってくれ」
【では、食材を管の中に】
「うむ」
作るのは、セリカが最後に作ったのと同じチキンライス。
材料は必要最低限に、すべて食べるわけでもないので極少量に。そして、30分後に完成してから取り出して、持ってきたスプーンですくって躊躇わずに口に入れた。
「…………マズい」
セリカやチェストが口にしたのと同じように、味が薄くて美味しいとは思えない。
俺様が正常になった証拠とはいえ、きっかけが特にない。あるとすれば、ビーツにいじられたらしい記憶。あれが鍵だったとしたら……。
「ビーツ……お前は、俺様を殺したいくらい憎んでいたのか?」
俺様以外は味がしないと思い込んでた錬成料理で限界まで肥えさせて、死を迎えさせようとしていただなんて。まだ、少し信じられない部分はあるが、これで確定が出来た。
ギルマスの『血の内部調査』で、誓いを口にされた直後に、頭に浮かんできたビーツとのやり取り。あれはたしか、ビーツがサービスで出してくれたコーヒーを飲んでいたところから始まった。
『じ、時間が少しかかりますので。どうぞ』
『おお。気が利くな?』
『い、いえ。け、研究うまく行くといいですね!』
『ああ』
なんてことのないやり取り。
いつもの会話と交渉。
そう、いつも通りであった……のに、コーヒーに仕掛けがあるとは思わなかった。
それほど、俺様があしらってきた女どもの中にいた奴の想い人に、ビーツの気持ちは傾きかけていたかもしれない。
邪魔は直接していないようで、奴の心には寄り添わなかった、その女も女だが。
今の俺様とて、気にかけてくれてるかわからないセリカに手を焼いているのも同じだ。
「……元の俺様に戻り、ひとまず謝罪はしよう」
【……しかし、創造主。理性を失いかけた人間が聞く耳を持つとは思えませんが】
「どのみち、俺様に不完全品を売った罪がある。捕まる直前に、とは無理だが。追い詰めたのは俺様に変わりない」
【……わかりました。我は稼働のままで】
「うむ。頼んだ」
まだひと月以上はかかるが、その間にビーツが捕まろうがなんにしろ。俺様はまず、体を元に戻さなくては。
目標が定まってから、残ったチキンライスをエーテル培養液の素材にさせて地下室から出ようとしたら。出口にセリカが座り込んでいた。
「……どこから聞いていた?」
「……マスターが、チキンライスを食べたところから」
「味覚も戻された。もうお前に不味い物は食わせない」
「そうじゃない。犯罪者にまで謝罪するだなんて、マスターは優し過ぎる」
「……お前と過ごしてきたせいもあるな」
「む。私はむしろ厳しくし過ぎてた」
「だが、無茶はさせないようにしてただろう? お前なりの気遣いだ」
「む」
ぽんぽんと柔らかな髪を撫でてから、それぞれの寝室に戻り、とりあえず寝ることにしたのだった。
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