【完結】ホテルグルメはまかないさんから

櫛田こころ

文字の大きさ
104 / 192
第二十六章 小森の場合⑬

第4話 そんな日々を

しおりを挟む
 お互いの仕事が終わっても……れいとは違い、一応正社員となった裕司ゆうじは下っ端としての仕事が山ほどある。

 まかない処の派遣を抜いても、裕司に割り振られる仕事は多いのだ。


「……よし」


 頼まれていた仕事はなんとか終わったので、先輩や料理長を見てもほぼ終わりかけだった。最終確認をしてから……料理長に聞けば、『終わっていい』と言われたから遠慮なく帰ることにした。

 まかない処の前を通ると……こちらは当然終わっているので暗い。しかし、入口に置いてある小さなテーブルと手製のダンボールボックスの差し込みには……大量のピンクの紙が入れてあった。これはホテル内のリクエストボックスである。


(……まあ。毎日出向くわけじゃないし)


 それを寂しいなどと思うことはない。厨房の仕事は大変だが、ちょっとした息抜き気分でまかない処にも派遣してもらえるのだから……充実した日々だ。

 そして、それは私生活についても。

 裕司は着替えてから自宅に向かえば……鍵を開けようとすると、ドアがいきなり開いた。


「おかえり、こもやん!」

「……ただいま」


 この春から、きちんと怜と同棲を始めた。怜は先にお風呂を済ませたのか少し髪が湿っていた。


「お疲れのこもやんは何が良い? お風呂? コーヒー??」

「んー、とりあえずコーヒー……」


 新婚ではないので、お決まりの台詞ではなかったが、疲れは少しピークに近かったので前者を選んだ。お風呂はあとでいい気がしたので。

 リビングに行くと、机の上には色々な紙が散らばっていた。


「おお、ごめん! 卒業制作していたのでね?」


 四年生になったのだから、怜にも卒業論文やら制作があって当然。就職活動については、実は……。


「ホテル勤め決定したから……こっちに集中出来るんだっけ?」

「そうなのだよ! ほんとありがたい!!」


 怜としては、就職活動を始める前々から狙っていたらしいが……一応就職活動を始めると上司らに告げたら。


眞島まとうちゃんが嫌じゃなきゃ、うちで本格的に働かない!!?』


 と、半分くらい泣きついてきた紫藤しどうの懇願もあり、無事に研修生としてのバッジを今年手に入れたそうだ。総支配人なども、是非と言ってくれたお陰もあるそうで。

 だから、怜は大学の卒業制作に力を入れる方に集中出来るのだ。

 怜はひとまずまとめてから、コーヒーを淹れるのに電動ミルやヤカンを動かしていく。その後ろ姿を見ているだけで……ああ、この子と今生活しているんだと実感が持てる。


「ほい、こもやん」


 引っ越しの後に、揃いで買ったマグカップに……怜はコーヒーを淹れてくれた。

 相変わらず、上手に淹れてくれる味についホッとしてしまい、怜の肩にゆっくりと頭を預けた。


「……怜やんがいてくれて良かったぁ」

「大袈裟だねぇ? ずっと一緒だよ??」

「だけども、嬉しいぜよ」


 バイト先のホテルがきっかけ、まかない処が最初だったが……こんな風に全力で甘える相手と出会えただろうか。

 裕司はヨシヨシされてた手を掴み……怜と目があったら、お互いに微笑んで唇をゆっくりと合わせた。

 安らぐ日が……いつまでも続くようにと願って。

 それから約一年後には、怜も無事に宴会サービススタッフの正社員となれたのだった。


「ふふ、家でも仕事でも一緒~!!」

「これからもよろしくぜよ?」


 結婚に向けてのスタートを切ったと言ってもいい。周りからも応援を受けているので、お互い手に手を取って頑張っていく。

 ホテルのグルメよりもまかないがきっかけだった、とあるカップルのお話はこれまで。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

処理中です...