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ケサランパサラン
第1話 香取響也
しおりを挟む名古屋中区にある栄駅から程近いところにある錦町。繁華街にある歓楽街として有名な通称錦三とも呼ばれている夜の町。
東京の歌舞伎町とはまた違った趣があるが、広小路町特有の、碁盤の目のようなきっちりした敷地内には大小様々な店がひしめき合っている。
そんな、広小路の中に。通り過ぎて目にも止まりにくいビルの端の端。その通路を通り、角を曲がって曲がって辿り着いた場所には。
あやかし達がひきめしあう、『界隈』と呼ばれている空間に行き着くだろう。そして、その界隈の一角には猫と人間が合わさったようなあやかしが営む。
小料理屋『楽庵』と呼ばれる小さな店が存在しているのだった。
11月も半ばを迎えた頃の週末。
新人デザイナーの湖沼美兎は、少し……いや、だいぶウキウキしていた。二人っきりでないとは言え、好きな相手と一緒に出掛けることが嬉しくないわけがない。
格好も冬仕様にして、普段の会社仕様ではなくモコモコだが着膨れしないように気をつけてのお洒落をしてみた。化粧も濃いめよりはナチュラルメイクにしてみて。
例の元カレの時ですら、ここまで浮かれていただろうか。いや、浮かれていなかっただろう。服も昨日クッキーを作る前に久屋大通りで急遽買ったものだが、今朝真穂に確認を取ってもらったから大丈夫だと思う。
その真穂は、今トイレに行っているところだ。美兎が先輩である沓木達を、名城公園の地下鉄駅入り口で待っていても、火坑や沓木達はまだ来ない。
時間に余裕を持ってきたせいか、駅の出入り口は静かだった。もともと使用頻度が限られてしまう駅だからか、休日なのにとても静かだ。栄や名古屋駅だと、キャッチやナンパで屯ろする男が多いが、この駅は静かである。
ウキウキはしているが、その気分を邪推されないのは有り難い。だから、のんびりと待っていると足音がこちらに近づいてくる音が聞こえてきた。
真穂かと思って振り返ると……彼女ではなかったのだ。
「お待たせしてすみません、湖沼さん」
沓木達ではない。ひとりの男性が近づいてきたのだ。見覚えがないわけではないが、その声と美兎の呼び方ですぐに一致出来た。
優しげな微笑みが似合う、背の高い男性。四月以来の、あの時美兎を介抱してくれた男性と同じように見えたのだが……輝きが違う気がした。今日やって来る隆輝に負けず劣らずの、美男子。今は男性用の冬服を着ているが和装だったらもっと似合っていると断言出来そうな美しさ。
声と呼び名が一致しなければ、絶対間違えていたと断言出来るくらい。これが火坑なのだろうか。
「火坑……さん?」
「はい、僕です」
美兎が呼べば、にっこりと微笑んでくれた表情は猫人と同じ表情だった。
だから、一致した途端に、美兎は顔に熱が集まっていくのを感じて。堪らずに彼から目線を逸らしながらも、ペコリとお辞儀をした。
「お、おはよう……ございます」
「おはようございます。他の皆さんはまだ……?」
「は、はい。真穂ちゃんはちょっとトイレに……先輩達はまだです」
「そうですか。……なら、先にお願いしたいことがあるんですが」
「お願い、ですか?」
「簡単なことですよ?」
美形っぷりが眩し過ぎて直視は出来ないが、ずっとは相手にとって失礼なので頑張って目線を戻した。いつまでも見惚れる自身がある火坑の美しさは、変身とは言え凄過ぎた。さらさらと綺麗な黒髪も思わず触ってみたくなるくらい。
恋人でもないので、それは流石に出来ないけれど。
火坑は微笑んだ表情で、空いてる手を自分の口元に持っていき、『しーっ』と中指を唇に当てたのだ。その表情ですら絵に見えてきたため、美兎の許容量は越えそうになっていた。
「なん、でしょう?」
「いえ。火坑は本当の名前ですが、こちらの姿の時は違うんです」
「! 相楽さんもそう言っていました」
「はい。僕にも香取響也と言う名があるんです」
「香取さん、ですか?」
「ええ。ですが、是非響也と」
「はい?」
「ダメですか?」
教えられた名でも名字で呼ぼうとした美兎に、名前で呼ぶようにお願いされてしまった。
楽庵の時のような、控えめな態度が常の彼とは違う。どうしたのだろうか、と思うよりも先に……美兎は呼んで欲しいとお願いされたことが嬉しくて、つい首を縦に振った。
すると火坑は、微笑みからはにかんだ笑顔になってくれたのだ。
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