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ジョン

第6話 家族からのお節介

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 美兎みうが店に来なくなって、だいたい半月以上経った頃か。

 小料理屋の楽庵らくあんを営む猫人の火坑かきょうは、今日何度目かのため息をついてしまう。想い人である人間の女性が店に来なくなったのでどうしても気落ちしてしまうのだ。

 あやかしとして、二百年は生きてきたのに……このように思い悩むなど初めてだ。今まで言いよってきたあやかしも数多くいたのだが、人間でも己が好いた相手となれば別だ。それだけ、火坑も本気だと言うこと。

 連絡先を交換は一応したけれど、人間界では年末が近いせいで繁忙期の状態。美兎はまだ社会人になって一年目なため、様々な現場に行くらしい。……と言うのを、一週間以上前に詫びのメッセージをもらった時に教えてもらった。

 美兎自身が楽しく仕事をしているのは、悪くない。この店に来るきっかけとなった、あの頃の思い悩んでいた時とはまるで違う。苦労は多いが、やる気に満ち溢れているのはいい事だ。

 とは言え、クリスマスも間近になるまで会えないとは思わず。イヴも本命も、さかえ辺りのイルミネーションを観に誘いに行きたいところだが、迷惑だと思われるのが怖かった。

 紅葉狩りの時に、彼女は本領発揮した火坑の人化の術にも赤面はしてくれたがそれだけ。やはり、あやかしでは恋愛対象にならないか。吸血鬼のジェイクの時は、本当に困っていたので助けただけだ。

 ジェイクは酔っ払っていたが、あれくらい強引さがあっていいものか。だが、美兎を困らせたいのが本意ではない。

 美兎に、プライベートでは隣に立ってもらいたい。そんな、ささやかな願いが膨張しそうになっている。補佐官だった頃の前世でもなかった、少々人間じみた想い。随分と、もともとの猫らしさがない性格になってしまったものだ。


「おい、火坑」


 考え込んでいたら、いつ入ってきたのか店の中に師匠兼今の時代の育ての親である霊夢れむがカウンターに腰掛けていた。しかも、彼だけでなく、兄弟子の蘭霊らんりょうや妹弟子の花菜はななまでもが。


「ボケっとしてんなよ?」
「ご、ご無沙汰してます……兄さん」
「皆さん……いつから?」
「おめーが百合根剥いているとこから」
「食材を無駄にすんな」
「……すみません」


 下ごしらえから、食材を無駄にしてしまった。それだけ、美兎の事を考え過ぎていたと言う事。軽く、霊夢の黒毛に覆われた手で小突かれてから、剥きすぎた百合根は自分のまかないにでもしようとビニール袋に仕舞っておく。


「……ったく。真穂まほに聞いた通りだ」
「!……真穂さん、が?」
「あいつが守護に憑いてる嬢ちゃんに惚れたんだと?」
「……真穂さん」
「うちに一度、その嬢ちゃん連れて来たぜ?」
「……はい?」
「師匠はおめーの親だろ? だから、気にいるかどうか見せにきたんだ」
「…………」


 真穂らしいお節介だ。外堀を埋めるのに、己の能力ではなく……育ての親の方から事を進めていくとは。それで、霊夢と火坑を話し合わせるのにわざわざ楽養らくようを休ませたのだろう。


「か、可愛いらしい人間さん、でした」
「花菜の茶碗蒸しも気に入っていたしなあ? 火坑、好意を持ってんなら、さっさとしやがれ。好き嫌いにあやかしも人間も関係ねーだろ?」
「そうですが……僕だなんて、ただの猫と人間の合いの子ですし」
「ばーか。あやかし同士だろうが人間同士だろうが同じだ。種族の違いだけで線引きしようとすんな」


 と、今度は蘭霊に拳骨をお見舞いされてしまったため、流石の火坑でも目の前に星が飛んだような錯覚を得た。

 痛みが落ち着いた頃には、霊夢から軽く頭を撫でられたが。


「とりあえず、今日は飲め。料理は適当に作ってやっから店も閉めな」
「……ありがとうございます」
「スッポンあんなら、久しぶりにスッポン鍋でもすっか」


 楽養から巣立って数十年。

 正月以来の、家族との団欒に浸れたことで……火坑は腑抜けていた気持ちに、いくらか落ち着きが出たようだ。

 霊夢らとスッポン鍋に、焼酎のロックで店の中ではしゃぐ頃には、断られても美兎をイルミネーションに誘おうと決めて。

 彼らが店から帰って行った後に、LIMEで連絡を入れてしばらくすると。


『ご迷惑でなければ、ご一緒させてください』


 と言う返事に、火坑は年甲斐もなく店ではしゃいでしまい、掃除途中だった床の上で滑って頭を強く打ってしまったのだ。
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