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のっぺらぼう 弐

第1話 のっぺらぼうからの提案

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 名古屋中区にあるさかえ駅から程近いところにあるにしき町。繁華街にある歓楽街として有名な通称錦三きんさんとも呼ばれている夜の町。

 東京の歌舞伎町とはまた違った趣があるが、広小路町特有の、碁盤の目のようなきっちりした敷地内には大小様々な店がひしめき合っている。

 そんな、広小路の中に。通り過ぎて目にも止まりにくいビルの端の端。その通路を通り、角を曲がって曲がって辿り着いた場所には。

 あやかし達がひきめしあう、『界隈』と呼ばれている空間に行き着くだろう。そして、その界隈の一角には猫と人間が合わさったようなあやかしが営む。

 小料理屋『楽庵らくあん』と呼ばれる小さな店が存在しているのだった。









 それは、夏も間近なとある日のことだった。


「プール行きましょう~~!!」


 ちょうど花金だった金曜日、美兎みうはいつものように楽庵に訪れていると……別の客が来たと同時にそのあやかしはそんな事を言い出した。


「ひゃ!?」


 美兎が驚くのも無理はない。あやかしだとすぐに判別出来たその客には……顔がなかったのだから。


「あ~ら、芙美ふみ? いきなりの登場で大胆発言ねぇ??」


 座敷童子の真穂まほが、今日は子供の姿でも妖しく笑う表情はいつ見てもときめいてしまう。将来の、義姉になる存在だからだろうか。


「あ、ごめんなさ~い?」


 芙美、と呼ばれた……おそらく、のっぺらぼうと思われるあやかしは、手を顔の前でささっと動かした後……まるで元からそこにあったかのように、可愛らしい女性の容姿が出来上がった。


「す、すみません。驚いてしまって……」


 美兎が慌てて謝れば、芙美はそんなことはないと両手を振った。


「大丈夫だよ~? ふふ、大将さんの彼女ちゃん。可愛い~!!」
「え?」
「ちなみに、真穂の将来の義妹よ??」
「お聞きしていますぅ!」


 何故、と首を傾げていると……美兎の隣に腰掛けていた芙美は、火坑かきょうから冷たいおしぼりをもらってから、可愛らしい笑顔になった。


「彼女は情報屋さんなんですよ、美兎さん」
「情報屋……さん?」
「はい~。情報収集を生業にして、お客に売ったり買ったりする職業です。けど~、収集するまでもなく、界隈じゃ大将さん達の噂は有名ですよ~?」
「そ、そうですか??」


 あやかし公認となれば、いいものかどうか。

 火坑は響也きょうやでも猫人の姿でもモテそうだから、横取りされないか付き合った当初はビクビクしたものだが。


「ところで、芙美? いきなり、プールってどんな提案よ? 夏は夏だけど、まだ温水プールの時期じゃない??」
「それですよ、真穂様!!」


 芙美は、頼んだ冷酒の猪口をひと口で煽ってから挙手するかのように上に持った。


「それ??」
「のっぺらぼうの芙美、好きな相手を悩殺するために……ちょっと協力していただきたいんですぅ!!」
「好きな相手……ですか??」
「はい! あ、美兎さんも知っている相手ですよ?? ここの常連さんの美作みまさかさんです」
「美作……さんを??」


 いつどこで、このあやかしと出会ったかは知らなかったが。

 最近、LIMEのやり取りもぼちぼちだった彼に……時期は過ぎたが、春到来となれば。

 これはまたとないチャンスではないだろうか、と美兎も興味を持ってきたのだ。

 ただ、詳しく聞くと……辰也たつやは既に芙美に惚れているらしく、今は友人として交友しているのだとか。
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