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第七章 繋がりは広がる
238.誤解を解いてから(アナ・サイノス視点)
しおりを挟む☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(アナリュシア視点)
何故、今になってサイお兄様からお話があるのかわからなかった。
きっとエディお兄様達が何か焚きつけたに違いないが、引きずられるのをやめられてからも、いくら質問しても『屋敷の外で』の一点張りで聞いてもくださらない。
しかも、引きずるのをやめたかと思えば、がっちりと手を握られる展開に。
(これは……これは、なんの褒美なのかしら⁉︎)
お兄様の顎に傷をつけてしまったあの日を境に、抱きつきに行くのも手を繋いでいただくのも避けてしまったていたから。
いくら不注意とは言え、子供ながらに大事なお方の体に傷をつけた事への罪悪感がないわけではない。拗ねた態度になってたかもしれないが、自分がきっかけでもう傷ついて欲しくはなかった。
だから、昨日のように抱き上げていただくのも、本当に久しぶりだったわけで。
あれだけで十分ではあったのに、何故か手を繋がれて歩いている今。お話が何であれ、わたくしの心がときめかないわけがありません。
「よし、ここいらでいいか」
そう言って、ようやく立ち止まっていただけたのは……昨日フィルザス様が転移なさった時に立った丘。
それほど歩いた事に気付かず、ずっと胸を高鳴らせてたままだったと今更ながら恥ずかしくなってくる。
思わずうつむきそうになったが、サイお兄様がいきなりぐいっと手を引き、わたくしの手をご自身の胸元に当ててしまわれた。
「お、お兄様!」
何を、と振り向いた途端に、今度は空いてる手を頬に添えられてしまった。
無理に顔を上向かせ、直近に愛しいお方の御顔があれば心臓が更に高鳴るのは当然。
嬉しいのと羞恥が混ざったような苦しさに、それ以上うまく言葉が出て来ない。
「…………まず、お前さんに謝罪したい」
「しゃ、謝罪……ですの……?」
何を、と思っても、逆に思い当たる事は全然ない。
執務や他の事について考えを巡らせても、一向に。
わからないため、ほんの少し冷静になれてもサイお兄様は少し苦笑いされるだけだった。
「お前さん、見当違いな事考えてるだろ?」
「で、では……何を?」
「アナ……アナリュシア。お前さんを庇って出来た時についた傷。これについて責任を負わせた事だ」
「っ!」
沈黙は肯定の意味。
それを自分自身で体現してしまった今、もう言い逃れは出来ない。
「しゃ、謝罪などなさらないでください! あれは、わたくしが」
「いいや、お前さんの責任じゃない。周囲の警戒を怠ってたから俺自身の責任だ。あの後親父にも散々怒られたぞ? お前さんを庇えたのは良かったものの、傷を増やすのは鍛錬が足りぬ証拠だって」
「叔父様……」
けれど、その回答を予想出来てなかったわけではない。
いくら縁戚であれ幼馴染みであれ、神王家の姫を守らなくてはならない臣下の家柄。
その身分差を思えば、叔父様がおっしゃるのも当たり前のこと。だけど、わたくしはそんなしがらみをあの頃は疎ましく思っていた。
(わたくしは……あの時ほど、神王家の姫である事を恥じたわ)
それで大切な人が傷つく様を、もう見たくはなかった。
だから、わざと離れていったのに。
お兄様も、深くは近づいて来なかったから。
「……お前さんが、あの日を境に駆け寄って来なくなったの。正直言って、堪えた」
「……………………え?」
気の落ち込みようにつれて俯きかけた顔を上げれば、苦笑いではなく真剣な表情があった。
わたくしと目が合うと、少しだけ目元を緩めてくださったが。
「それまでは、遠縁でも幼馴染みでも、臣下と仕えるべき姫だとどこか線引きしてたさ。だが……それまで慕ってくれてた姫が遠ざかっていくにつれ……年の差があっても『そうじゃない』と思えてきたんだ」
「お……に、い様?」
セリカやカティアさんに、鈍い鈍いと言われていたわたくしですら、この言葉に期待しないわけがありません。
「ま。ここまで言えば、わかるだろ?」
「…………わかりませんわ」
いくら期待を込めて言ってくださっても、きちんと言葉にしていただきたい。
もしその言葉が期待通りであるならば、わたくしもお応えしないわけにはいかないですわ。
だって……だって、御名手であろうがなかろうが、ずっと想いを募らせていたのはセリカだけでなく、わたくしもですもの。
だから、まずは聞きたい!
「わたくしもきちんと、あの時の理由を言いますわ。ですから、お兄様もその言葉の続きをおっしゃってくださいな」
「…………なら、言う。そのために、お前さんの理由を聞いてもいいか? 俺も知りたい」
ただ、言おうにも素敵すぎる微笑みを浮かべたままの、距離が近い状態では無理ですわ!
ここは、仕方なく無理を言って、少し離れていただきました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(サイノス視点)
せっかくいい雰囲気でいたのに、限界だったのかアナから少し離れろと言われてしまう。
もうお互いにほぼほぼ答えは出ていても、やはり互いの言葉は欲しくなる。
だからまずは、アナ自身からの言葉を聞く事にした。
「…………ずっと、わたくしのせいだと思っておりましたの」
「俺が早いうちに言ってたとしてもか?」
「ええ。あの時は、貴方様が傷つかれたことに……子供なりに考えて離れた方がいいと選択したのですわ。と、特に、その」
「ん?」
ほら、言ってくれ。俺も応えるから、恥ずかしくても言って欲しい。
わざと、美しく艶やかに伸びた赤髪を一房すくい、柄にもなく口元に寄せるなどと。似合うならエディやゼルだろうが、ゼルならカティア限定でやりかねないと少し片隅に思う。
だが、それはさておき、今目の前で頑張って続きを口にしてくれる女性の言葉が早く聞きたい。
「お、お兄様……、言いにくいですわ!」
「悪りぃ悪りぃ。けど、別にいいだろ?」
「わ!……るくは、ありませんが」
「なら、言ってくれよ」
エディ程じゃないとは思うが、俺もそれなりに無骨なとこはある。だから、いくらかガキっぽくても遠回しはもう嫌だ。
好いてる相手からの、素直な言葉が欲しい。
それでも、彼女は髪と同じくらい赤くなったり唸ったりしたが、ふいに髪を手にしたままの俺の手に、自分の手を重ねてきた。
たったそれだけのことにも、柄にもなく鼓動が高鳴り緊張感が増してく。
「………………離れていたのは、貴方様にこれ以上わたくしの事で傷ついて欲しくなかったからです。それに」
「……それに?」
「…………全っ然、お兄様いつも通りでしたもの! わたくしなんて、妹分だと思われていらっしゃるかと」
「さっき違うって言っただろ?」
「~~っ、もっと早く知りたかったですわ!」
「だから?」
「そんな急かさないでください!」
「じゃあ、もう俺から言うぞ?」
「言います!」
言い合いのせいで、もう少しのところで唇が触れ合いそうになったが。アナが慌てて距離を置いたので内心舌打ちをした。
だが、彼女が何度か深呼吸を繰り返せば、兄よりも淡い紫の瞳で真っすぐ俺を見てきた。
「…………ずっと」
さあ、言ってくれ。
「…………見込みがないと思っていましたの」
大丈夫だ、素直に口にしてくれ。
「お兄様が……サイノス様の事を、兄代わりではなく……殿方として、お慕い申し上げてました。っ⁉︎」
最後まで聞き終えたから、もう我慢が限界だった。
堪らずに重ねてくれてた手を引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。
「…………俺も、一人の女性としてお前さんが好きだ。アナリュシア」
「っ!…………は、はい」
だから、飾らない言葉で俺からも素直に告げれば、幼い頃のように胸に飛び込んで抱きついてくれた。
俺も嬉しく思い、堪らずに抱き返しても拒絶されなかった。
「絶対大事にする。つか、俺の御名手だって宣言してぇ」
「ま、まだわかりませんわ。エディお兄様がまだですし」
「あー……」
もうこの際、アナにエディとセリカの事を告げてもいいはず。
別に、こいつにはバラさないでおけとも言われてない。が、本気で俺はアナが御名手だと思いたい。
200年近くも思い続けてた相手だ。条件は十分に満たされていると思うんだが。
けれど、真面目気質な彼女をひと安心させるにも、エディ達の事は伝えよう。そう思い、体勢を変えようとしたら。
「ま、まあ、なんですの⁉︎」
「アナ!」
抱き上げようとした途端、アナの身体が宙に浮き出し、虹のような光が彼女を包み込んだ。
急な事態でそれが何かすぐにわからなかったが、驚いてるアナの瞳が光を失い、口がひとりでに開いた。
『……告げよう。この者の、誠の繋がり、縁』
「…………フィー…………?」
アナの身体を通して聴こえてきた声は、聞き間違えようがない。
今自分の屋敷で料理を作ってるはずの、創世神の声だった。
「って、事は……これ⁉︎」
フィー本来の役割の一つを思い出し、目の前で起きてる現象にも結びつけられた。
それが理解出来れば、もう歓喜の感情しか湧き上がって来ない!
『失い人、繋ぎ人。今ここで結びを言い渡す。御名を取り合う手を引き寄せ、胸に抱け。永遠に』
「…………生涯、離しません」
どこで見てるかわからないが、アナを通して俺はフィーに向かって跪く。
そして、この儀式で男が答える言葉を、俺は迷わず告げた。
『…………なーら、ゆっくり帰っておいでよ。二人共!』
神秘的で終わらない辺りは、受け入れてくれてる身内らしい言葉だったが……それも有り難く受け取っておこう。
落ちてくるだろうアナに手を差し伸べれば、光の消失と同時にすぐ腕の中に落ちてきた。
「び、びっくり……しましたわ」
「そうだな」
フィーに操られてても、意識は片隅に残されてたのだろう。
だが、これで確証は得られたのだから、俺はアナの顔を上向かせた。
「これから、末永くよろしくな?」
「…………はい」
俺の言葉に、嬉し涙が込み上げてきたのか目尻に涙がたまっていく。
それを少し唇で吸い取ってから、俺達は唇を少し合わせたのだった。
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