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1章 成瀬柊について
トラウマ
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俺は、まだ状況を整理できずにいた。
「……助けてくれたのか?」
やっとのことで声を絞り出す。
男は、軽く息を吐きながら、何の感慨もなさそうに答えた。
「別に、単なる暇つぶしです。」
その背中は、どこまでも気だるげで、どこまでも無関心に見えた。
けれど――
何故か、胸の奥に引っかかるものが残る。
この男は、ただの「通りすがり」じゃない。
そんな確信が、静かに膨らんでいった。
「にしても、陳腐な捨て台詞でしたね。」
男――佐倉は、わざとらしくため息をついた。
その飄々とした声はどこか冷めていて、先ほどまでの芝居がかった軽口とは違う、淡々とした空気をまとっている。
彼は、さっき後輩が投げ捨てたスマホを拾い上げると、無造作に動作を確認した。
「ふぅ、無事でよかった。」
ポツリと呟いた声がやけに静かに響く。
そのままスマホを軽く拭ってポケットにしまうと、何気ない風を装ってこちらへ視線を向けてきた。
「先輩も気をつけた方がいいですよ。先輩みたいな人は、ああいうのに狙われやすいですから。」
「……え?」
唐突な言葉に、思わず振り返る。
佐倉はポケットに手を突っ込んだまま、面倒くさそうに肩をすくめた。
「成瀬柊先輩ですよね? 最近転校してきた。二年生の間でも『黒髪で美形の転校生が来た』て結構話題でしたから。」
「話題かどうかは知らないけど……。どうせ断るつもりだったし。」
戸惑いながらも言葉を返す。
でも、釈然としない。
佐倉は少し口角を上げ、俺の反応を楽しんでいるようだった。
「まぁ、戸惑いますもんね。ああいうことされると。」
「気持ちは嬉しいんだけどね……。でも俺は、誰とも付き合う気はないから。」
たとえ絶世の美女に告白されたとしても、俺は受けることはない。
そういう色恋には興味がないのだ。
でも――もし、あの告白を真に受けていたらと思うと、背筋がゾッとした。
安堵と疲労が入り混じった溜息を吐く。
ふと、佐倉の視線がじっとこちらに向けられていることに気づいた。
「……な、何?」
「……やっぱりね。」
「は?」
「先輩、
――トラウマ持ち、でしょ?」
「……!」
その言葉が胸の奥に刺さる。
意識の奥底で、黒い何かがざわりと揺れた。
一瞬、身体がこわばる。
忘れようとしてきた記憶の断片が脳裏をかすめる。
でも、それを悟られないよう、表情を無理やり平静に保った。
「……何を言ってるんだ。」
「いや、勘違いならそれでいいんです。ただ、ちょっと感じただけなんで。」
佐倉は軽く言うが、その目は笑っていなかった。
むしろ、冷たく澄んだ瞳がこちらの奥深くを見透かしているようだった。
「お前は一体……」
「僕? 僕は佐倉椿。二年生です。」
おちゃらけた口調で名乗る佐倉。
だけど、その軽さが逆に不自然だった。
少し間を置いて、ストン、と肩の力を抜くと、ふっと視線を外す。
「まぁ、初対面には話しづらい話題だし。お互い今日のことはなかったことにしましょ。僕も極力近づかないようにしますので。」
そして、踵を返しながら、最後に一言だけ付け加えた。
「でも、もうここには来ないでください。僕の数少ない、お気に入りの場所なので。」
長袖のパーカーのポケットに手を突っ込んだまま、佐倉は淡々と歩き去っていく。
その背中はどこまでも飄々としていて、だけど、妙に孤独を感じさせた。
彼の姿が見えなくなっても、まだ教室には彼の気配が残っている気がして、俺はしばらく動けなかった。
「……助けてくれたのか?」
やっとのことで声を絞り出す。
男は、軽く息を吐きながら、何の感慨もなさそうに答えた。
「別に、単なる暇つぶしです。」
その背中は、どこまでも気だるげで、どこまでも無関心に見えた。
けれど――
何故か、胸の奥に引っかかるものが残る。
この男は、ただの「通りすがり」じゃない。
そんな確信が、静かに膨らんでいった。
「にしても、陳腐な捨て台詞でしたね。」
男――佐倉は、わざとらしくため息をついた。
その飄々とした声はどこか冷めていて、先ほどまでの芝居がかった軽口とは違う、淡々とした空気をまとっている。
彼は、さっき後輩が投げ捨てたスマホを拾い上げると、無造作に動作を確認した。
「ふぅ、無事でよかった。」
ポツリと呟いた声がやけに静かに響く。
そのままスマホを軽く拭ってポケットにしまうと、何気ない風を装ってこちらへ視線を向けてきた。
「先輩も気をつけた方がいいですよ。先輩みたいな人は、ああいうのに狙われやすいですから。」
「……え?」
唐突な言葉に、思わず振り返る。
佐倉はポケットに手を突っ込んだまま、面倒くさそうに肩をすくめた。
「成瀬柊先輩ですよね? 最近転校してきた。二年生の間でも『黒髪で美形の転校生が来た』て結構話題でしたから。」
「話題かどうかは知らないけど……。どうせ断るつもりだったし。」
戸惑いながらも言葉を返す。
でも、釈然としない。
佐倉は少し口角を上げ、俺の反応を楽しんでいるようだった。
「まぁ、戸惑いますもんね。ああいうことされると。」
「気持ちは嬉しいんだけどね……。でも俺は、誰とも付き合う気はないから。」
たとえ絶世の美女に告白されたとしても、俺は受けることはない。
そういう色恋には興味がないのだ。
でも――もし、あの告白を真に受けていたらと思うと、背筋がゾッとした。
安堵と疲労が入り混じった溜息を吐く。
ふと、佐倉の視線がじっとこちらに向けられていることに気づいた。
「……な、何?」
「……やっぱりね。」
「は?」
「先輩、
――トラウマ持ち、でしょ?」
「……!」
その言葉が胸の奥に刺さる。
意識の奥底で、黒い何かがざわりと揺れた。
一瞬、身体がこわばる。
忘れようとしてきた記憶の断片が脳裏をかすめる。
でも、それを悟られないよう、表情を無理やり平静に保った。
「……何を言ってるんだ。」
「いや、勘違いならそれでいいんです。ただ、ちょっと感じただけなんで。」
佐倉は軽く言うが、その目は笑っていなかった。
むしろ、冷たく澄んだ瞳がこちらの奥深くを見透かしているようだった。
「お前は一体……」
「僕? 僕は佐倉椿。二年生です。」
おちゃらけた口調で名乗る佐倉。
だけど、その軽さが逆に不自然だった。
少し間を置いて、ストン、と肩の力を抜くと、ふっと視線を外す。
「まぁ、初対面には話しづらい話題だし。お互い今日のことはなかったことにしましょ。僕も極力近づかないようにしますので。」
そして、踵を返しながら、最後に一言だけ付け加えた。
「でも、もうここには来ないでください。僕の数少ない、お気に入りの場所なので。」
長袖のパーカーのポケットに手を突っ込んだまま、佐倉は淡々と歩き去っていく。
その背中はどこまでも飄々としていて、だけど、妙に孤独を感じさせた。
彼の姿が見えなくなっても、まだ教室には彼の気配が残っている気がして、俺はしばらく動けなかった。
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