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第7話 ご登録をお願いします!

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「さっきの話、どう思う?」
 凛さんとシロさんと別れ、俺たちは闘技場へと飛んだ。闘技場のフロアは広く、人影はない。だから、周りを気にせず会話することができた。
 俺は左右を歩くカオルとサクラにそう問いかけつつ、辺りを観察していた。
 ゲームで出てきた闘技場と同じデザインの壁、床。
 しかし、見慣れない受付カウンターのようなものがフロアの奥にあった。カウンターの中に、女性らしき姿も見えた。椅子に座って、何か書き物をしているのか、目線はテーブルの上に落ちている。
「ログアウトできないってのは……まあ、ログアウトボタンが消失してたから、何となく解ってた」
 サクラの声は淡々としていて、カオルも飄々としている――というよりも何も考えていないように見えた。でも、カオルはカオルで色々考えていたんだろう。
「別に俺はどうでもいいかな」
 猫獣人アバターから吐き出された言葉は、明るいのにどこか俺の心に刺さった。
「いいのか」
「いいよ。この状況、楽しいじゃん。悩んでもどうにもならないんだしさ」
「そうか」

 俺は何も言葉が見つからなかった。多分、サクラも同じだ。
 でも、まだ俺はこの状況を楽しいとは言えなかった。ゲームの世界を楽しむよりも、不安の方が大きかった。

「とにかく、クエストが貼り出してあるって、あれかな?」
 サクラが前方にある壁を指さして、俺は我に返る。顔をそちらに向けると、受付カウンターの脇にある壁には、カラフルな紙が色々貼りつけられていた。
 その方向に近づくと、受付カウンターの中にいた女性が顔を上げ、にこやかに声をかけてきた。
「いらっしゃいませ! 新人さんでしょうか、こちらでご登録をお願いします!」
「……何の登録?」
 俺は胡散臭そうな顔で彼女を見た。
 金髪のふわふわな髪、白い肌に可愛らしい顔立ち。髪の毛を掻き分けて、白いウサギの耳が伸びている。白い制服らしき服に身を包んだウサギの獣人。というか、毛皮の部分がほとんどないから、バニーガール設定のアバターなのか、と自然と俺は受け入れた。
 見た目で言うと、まだ二十歳は超えてなさそうだったが、その目は老成している輝きを灯している。笑顔なのに隙が無い。
「討伐メンバー登録です! まず、そこから説明いたしましょう」
 小首を傾げて見せた彼女は、三枚の銀色のカードをどこからか出してカウンターの上に置いた。「こちらが討伐カードといいまして、このマチルダ・シティに来た方全員にお配りしているものです。このカードをお持ちの方でしたら、そちらの壁に貼り出してあるクエストを完了していただくたびに討伐ポイントというのが溜まります。そのポイントを消化することによって、豪華なアイテムと交換することが可能になるわけです」
「いや、説明する順番がおかしくない?」
 俺は右手を上げて、彼女の流れるような言葉を遮った。「俺たちはどうしてここにいるのかも解らないんだぜ? どうしてこうなったのか、そこから教えて」
「ああ、そうですね!」
 そこで、ウサギは両手をぽん、と叩いてびっくり顔を作る。何だその、忘れてた、って感じの顔。俺が眉間に皺を寄せている間に、彼女は改めて可愛らしい笑みを作った。
「ここは、マチルダ・シティと呼ばれています。それはご存知ですか?」
「ああ」
「うん」
「そうだね」
「この街は、強大な魔力を持つマチルダ様がお創りになった、巨大都市となっています」
「誰それ」
「は?」
「マチルダ様って」
「黙って聞いてられないんですか?」
「すみません」

 仕方なく、俺たちは彼女の話を静かに聞くことにした。質問は後でまとめて受け付けてもらおう。

 で、俺たちが理解したことは。

 マチルダとかいう奴がこの街を作って、あのゲームの中にログインしている人間をこの世界に引きずり込んでいるらしい、ということ。
 闘技場で高い戦闘能力を叩きだした人間に、クエストをやってもらいたいんだそうだ。というのも、クエストのほとんどが魔物討伐に関わってくるから、だそうで。
 普通の人間では太刀打ちのできない敵を倒してもらうために、俺たちのようなモンスターアバターとか凄い武器とかを持ってる奴をこの世界に呼び出した、ということらしいんだが。
 ……ここって、異世界なんだろうか。それとも、箱庭みたいな感じだろうか。
 マチルダって奴は人間ではない存在だということなのか。もしかしたら神様とかで、ゲームの世界を作って人間をここに引きずり込んでいる?
 娯楽のためか、それとも?
「でも、勝手にそんなことをするのはどうなんだよ。ログアウト方法は? どうすれば俺たちは元の世界に戻れるんだ?」
「それは……わたしには解りかねます」
 ウサギは申し訳なさそうに耳を下げ、苦笑しつつ俺たちから目をそらし、少しだけ考えこんだ。そして、何かに気づいたように手を叩く。
「きっと、マチルダ様でしたら解ってらっしゃると思いますけど」
「じゃあその、マチルダとかいう奴はどこにいんの?」
「マチルダ様とお呼びください」
 ウサギは鋭い目を俺に向け、仕草だけは『めっ』と言いたげに指を突き付けてくる。
「ああ、はいはい。マチルダ様はどこにいらっしゃるんですか?」
「解りません」
「おい!」
「マチルダ様はお忙しい方なので、このマチルダ・シティにはほとんどお寄りになりません。でももしかしたら、クエストの最中にでもお会いできるタイミングはあるかもしれませんよ?」

 何その、意地でもクエストさせようっていう流れ。
 俺は軽い頭痛を覚えた気がして額に手を置いたが、隣からカオルの気の抜けるような声が聞こえてきて、さらに頭痛が強くなった気がした。

「じゃあ、とりあえずクエストすればいいんだにゃ?」
「はい。どうぞ、こちらが討伐カードです。持っていれば、遠く離れていても画面上でクエストの確認が可能になります。ただし、報酬の交換はこちらの受付窓口で討伐カードを出していただいてからになりますので、よろしくお願いしますね」
「ありがとにゃ」
「にゃって言うな」
 俺はそう突っ込むのがテンプレになりそうだ、と思いつつ呟く。そして、それぞれウサギから討伐カードとかいう見た目はクレジットカードみたいなものを受け取った。手に触れた途端、勝手にカードは手の中に吸い込まれるようにして消え、目の前のメッセージウィンドウが開くところに小さなカードのアイコンが出来上がる。
 なるほど、これを触れたらクエストの確認ができるのか、と指先で確認していると、ウサギが酷く明るく続けた。
「でも、マチルダ様がこちらにお呼びになる方は、何らかの形で向こうの世界から逃げたいと考えているのだと聞き及んでいます。ですからどうぞ、こちらの世界でのんびり生活を楽しんでくださいね」

 ――逃げたいと考えている。
 俺もサクラも、ヒカルもそのことについては何も言わなかった。
 言えなかった。
 多分、それが他人には触れられたくない、見せたくない心の弱みだからだ。
 その代わり、何も気にしていない……もしくは聞き逃した振りをして、貼り出された紙の前に立ったのだ。

『緊急クエスト・邪神の復活を防ごう! 無期限』
 ずっと貼り出されていたのか、幾分色あせたような、古ぼけた感じの紙に書かれているのはそんな文字。日本語で書かれているから俺たちにも読める。
「緊急クエストってわりには、無期限なのか」
 俺は自分の身長より高い位置に貼ってあるそれを見上げ、首を傾げる。そのクエストが俺たちにとっての最終目標なのかもしれない。クエストをクリアした報酬などは何も書いておらず、邪神とやらが何なのかすら不明だ。
 他の紙には、細々としたクエストが書かれているものの、『自分の畑で野菜を育てよう! 一日一回上限・達成報酬は植物成長促進剤一本』とか、『自分のレストランで料理を作ろう! 一日一回上限・達成報酬は百コイン』とか。
 何じゃその簡単なクエストは、と困惑するものもあれば、『マチルダ・シティを出て人間と会話してみよう』とか、『魔物の出る森で討伐クエスト! 魔物一体につき報酬一万コイン、ガチャ券一枚』とか。

「ガチャ券のある世界って不思議だ」
 俺は眉を顰めつつ、サクラとカオルの顔を見た。すると、サクラは酷く真剣な顔で、俺を見つめていた。
「ねえお兄ちゃん」
「何だ妹よ」
「お兄ちゃんはさ、ガチャの引きがよかったよね」
「ああ」
「お兄ちゃんのホームってレストラン以外にも、ガチャ券でお店の拡張を引き当てて、薬屋を持ってたよね?」
「ああ、そうだな」
 俺が困惑しつつも頷くと、サクラはクエストの紙の下に書かれている注意書きを指さした。

『マチルダ・シティの外に行くなら、アイテムの用意をお勧めします。何が役に立つか解りませんが、持てるものは全部持っていきましょう!』

「多分さ、この街でというか……自分の店で造ったアイテムは、クエストの役に立つんだよ。だから、お兄ちゃんの店で色々買わせてもらっていいかな? 無料コインはめっちゃ溜まってるから、買い占めるかも」
「おう」
「あ、俺も俺も!」
 小さい猫獣人が、背伸びしながら手を上げている。俺はつい、その頭を軽くモフってから、マップを開いて自分のホームボタンを押そうとして、ふと手をとめた。

「そう言えば」
 俺は慌ててウサギの方を見やり、大きな声を上げた。「クエストって魔物退治が多いだろ? 俺たち、クエストに失敗したら……」

 死ぬんだろうか、と続けようとする前に。
 ウサギはまた、手をぽん、と叩いた。
「言うの忘れてましたけど、基本的に、マチルダ・シティの外で魔物に負けて死んだとしても、死に戻りするだけだから安心してください!」
「死に戻り……」
「死んで、目が覚めたら自分の部屋のベッドの上です! ただし、拾ったアイテムは死んだ場所に残してきてしまうので、死なないようにしてくださいね!」
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