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第51話 幕間9 セシリア

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「ねえ、あなたたち」
 わたしは飛び立ったドラゴンを見送りながら、小さく息を吐いた。「そろそろ、全部吐いてくれてもいいんじゃないかしら」
「え?」
 可愛らしい顔立ちの少女がこちらを見る。アキラという謎多き少女は、ドラゴン相手に『やり切った!』と言わんばかりの自慢げな表情を見せていたけれど、さすがに我に返ったのだろう。困惑したように視線を彷徨わせた後、ぎこちない動きで並べられた料理の方へ歩いていく。
 逃げようったってそうはいかないんだから!
「だって、おかしいでしょ。魔族相手にアレよ?」
 わたしは彼女の後を追って、地面に座り込んだアキラちゃんを腕を組んで見下ろした。敵を威圧するように、『睥睨』することを意識した眼差しになるように。
 すると、わたしの感情に流されたのか、ずっと頭上で大人しく丸まっていた聖獣も起き上がり、胸を張って見下ろしたようだ。さすが我が眷属! まあ、眷属になりたてだけど!
「時間はたっぷりあるし、最初っから話してもらうから!」

「あ、これ美味しいですね、我が女神」
 しかし、うちの馬鹿息子が空気を読まない。
 いや、逆に空気を読んだのだろうか。気圧されたアキラちゃんを庇うように、彼女の隣に腰を下ろして食事再開。その緩んだ空気に、ほっと彼女が息を吐くのが解った。
 そして、アキラちゃんも頭を掻きながら連れの美形に向かって言うのだ。
「そういや、サクラ、またマント買って」
「……まあ、仕方ないよねー」
 長身の美形、苦笑しながら近くにいた猫獣人を膝の上に抱え上げ、甲斐甲斐しく幼い女の子に食事を取らせようと集中し始める。
 その様子を見ていると、アキラちゃんと美形が恋人同士ではないというのは明らかだ。彼が大切にしているのはその小さな獣人。明らかに恋情の混じる瞳が向けられていた。
 一応、馬鹿息子の嫁候補であるアキラちゃんのことは見張っておかないと危険だと解っているから、まずは恋敵になりそうな相手が一人減って安心する。

 そう、恋敵。
 どうも、アキラちゃんはその辺りの危機感が薄い。
 可愛くて華奢な感じで、守ってやりたいと思う雰囲気があるから危うい感じがするのだ。恋人がいないと解れば、世の中の男どもが放ってはおかないだろう。
 ただ、その可憐な見た目に反して誰よりも強いということはよく理解している。誰もが手を焼くような魔物をたった一人で倒せるだけの能力持ちだ。
 性格も男の子っぽくて、うちの馬鹿息子も相手にされていないらしいけれど――ここで逃がしてはいけないと頭のどこかで理解していた。
 そう。
 恋愛に興味のなかった息子がこれだけ入れ込んでいるのだから、母親が応援しなくてどうするのか、って話だ。
 だからまず、アキラちゃんたちに深く関わっていかないといけない!
 彼女たちの事情を全て理解して、仲良くなって、がっしり捕まえて逃がさないために! 退路を断たねば駄目よ、駄目!

「さっき、魔族に渡した薬は何? っていうか、どうやってあの魔族と仲良く話をできたわけ!? ちょっと、聞いてる!?」

 そうやって色々問いかけているというのに、なかなか話が進まない!
 確かに、出された料理は美味しいけど!

 あ、でも。
 嫁の料理が美味しいって凄い利点じゃないかしら。アイテムボックスだか何だか知らないけど、そこにずっと保管しておけるんですって。やだ、何それわたしも欲しい。
 だって、ギルドの依頼で魔物の討伐に出て野宿をしたって、食事に困らないって凄くない!?

 とまあ、そんなことを考えつつ、色々話をしているうちに。

「信じてもらえないと思うんですけど」
 と、アキラちゃんたちが三人だけで何かやり取りを交わした後、こちらに向き直って話をしてくれた。
 目の前の三人は、真剣ながらもどこか不安げな色を双眸に浮かべていて。
「わたしたちは、別の世界からやってきた……人間、なんですよ」
 アキラちゃんはそう笑って見せた。

「邪神、ねえ」
 全部聞き終わってから、わたしは頭を掻きながら首を傾げて見せる。「残念だけど、わたしは政治に関わってこなかったし、通り一遍のことしか知らないのよね」
 できるだけ平静であるように心がけたつもりだ。
 彼女に説明された話は、突拍子もないとしか言いようがなかった。
 ニホンという世界からやってきた彼女たち。死なない肉体を持ち、邪神の復活を防ぐためにマチルダという人間に命令された、んだという。
 次々に色々説明されたけれど、さすがにはいそうですかとすぐに納得できるような話じゃない。
 大体、マチルダって何者よ。
 ゲームの世界って何よ。
 畑のレベルアップとか、薬草がそこで作れるとか、そこから蘇生薬ができたとか。
 普通だったら誰も信じない。

 この世界において、肉体の欠損の治療まで行えるのは神殿の神官、巫女のみ。だからこそ、大金を払って誰もが神殿を訪ねる。それでも、死者の蘇生なんてものは誰にも起こせない奇跡だった。
 それが薬で何とかなるというのなら、神殿の存在価値が落ちるのは間違いない。
 それどころか、それが知られたら――どんな手段を使ってもアキラちゃんたちを手に入れようとするはずだ。神殿に閉じ込められたら最後、誰だって外の世界に戻ってくることはできない。

 でもきっと、神殿の連中なら。
 そしてもしかしたらあの馬鹿――夫なら、知っているのかもしれない。あれでも一応、この国の王なのだし。
 邪神って何か? 魔物討伐の裏に何か事情が隠されているんだろうか。そういったことを訊いたら、答えてくれるだろうか。

 わたしが少しだけ考えこんで沈黙している間に、目の前ではちょっとずつ空気が和らいでいった。
 うちの馬鹿息子は、この話を聞いてもアキラちゃんの言葉は絶対である、という態度を崩さなかったし、それを見て彼らも安堵したように見えた。
 きっと彼らも、わたしたちが信じるとは思っていなかったんだろう。そういう意味では、よくやった息子よ、と言いたい。
 息子は随分とひねくれて育ってしまったから、正直なところ恋愛結婚というものに期待を抱いていない人間になっていたけれど。
 頑張れば可能性があると森の魔女に言われたから、随分と前向きになった。
 こうしている今も、押せ押せ状態で色々彼女に訊いている。

 でもきっと、アキラちゃんのあの様子からすると、まだ秘密を抱えているみたい。
 彼女は自分たちを普通の人間ではないと言ったけれど、それ以上は説明してくれなかった。何か、他に隠してあることがある。

 息子なら聞き出せるだろうか。
 頑張って距離を詰めていって、いつか彼女の手を取れるだろうか。
 恋愛が成就するにしろ、失恋するにしろ、それは息子次第。
 わたしが失敗したような道を進まないように導いてあげたいとは思うけれど、でもこれは余計なお世話かもしれない。息子だっていい年齢なのだし、勝手にやればいい。

 じゃあ、他にわたしができることは――。

「夫に手紙でも出そうかしら」
 ぽつりとそう呟いて考えこむ。
 わたしが住んでいる離宮には、夫は絶対にやってこない。当たり前だ、彼の傍には正妃がいる。浮気相手にしかならないわたしなんか、正妃にとっては目の上のたんこぶ。下手にあの馬鹿王が近寄れば、嫉妬に駆られた正妃が何をするか。

 暗殺だ。
 間違いない、あの王妃は絶対にやる。
 でも、暗殺者を向けられてもやり返す腕は持っているし、怖くなんかないけれど。
 万が一、そんなことになったら政治的なわたしの立場が崩れるのは間違いないわけで。
 だとすれば、自由に遊び回れる今の環境を持ったままでいたいと思うのが当然。

 手紙を送るというのは目立つから悪手なのだけれど、他に方法は――。

 ふと、わたしは頭上の聖獣を両手でつかみ、じっとその丸い双眸を見つめた。

 ニヤリと笑うと、びくりと聖獣が震える。あらやだ、取って食ったりはしないわよ? ただちょっと、協力して欲しいの。解るでしょ? あなた、力のある聖獣なのよね?
 ほらわたし、精霊に愛されている血筋でしょ? あなたのことをちょっと撫でれば気持ちよくなってくれたわよね? だから根負けして、わたしと一緒に来てくれたのよね?
 いえ、むしろあなたから『わたしの役に立ちたい』と言ってくれたわよね? そう、その瞳は口ほどにものを言うという感じで!
 言ったわ、言った!

 ぴぎゅー、と情けない声を上げた聖獣は、尻尾をぶわりと逆立ててわたしを見つめている。

 でも、やがて仕方ないと言いたげに息を吐いてわたしの手に前足を置いた。
 ああ、可愛い。だから、いじめないようにしなきゃと思っていても、つい、ね?
「ちょっと、後で打ち合わせしましょ」
 と抱きしめると、聖獣は「きゅう」と一鳴きした。

 そんなわたしを見ているのは、疲れ切った表情のアルトだけだった。
 うん、この子は真面目だけど、そのうち胃を壊しそうな精神的な弱さを感じるわ。わたしたちと一緒に行動するなら、もうちょっと強くなってもらわないと困るわよね。
 そこでふっと笑うと、アルトの顔色が悪くなった気がするから、こちらの表情を読むのは上手いようだ。
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