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第77話 その気配は神殿の奥から

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「やっぱ、忍び込むならコスプレ、じゃなかった変装が必要だと思うんだが」
 三峯がそわそわしつつソファから立ち上がり、店のカウンター奥にある扉の中に消えた。しかしすぐにいくつもの服を抱えて戻ってきて、ソファにばさりと放り投げる。
「俺は神官服、アキラは巫女服な。これ、似たようなやつを探して手直ししたんだ。我ながら超そっくりにできたんだよな」
 そう言いながら広げた巫女服とやらは、真っ白でシンプルな造りをしていた。手直しって、自分で裁断したり縫ったりしたのか。さすがコーヒー豆を育てる男。
 しかし。
「……これを、着ろ、と」
 俺が目を細めつつそれを受け取ると、三峯は白い神官服を自分の身体に当てた。
「そう。俺はこれ。似合うだろ、イケメンだから」
「自分で言うなよ」
「あ、ついでにそっちはメイド服と執事服な。アキラとサクラちゃんとカオルの分、カオルのはちゃんと尻尾の穴もついてる。ロリメイドって最高!」

 カオルは目を細めて厭そうに見ていたが、サクラはノリノリで執事服とやらを広げて今すぐ着替えたそうにしている。

「俺とアキラが神殿に侵入している間、サクラちゃんには代理店長として店番してもらって、カオルには猫カフェの猫として働いてもらう。王子様たちはのんびり店で待っててもらうって感じかなあ」
「猫カフェの猫……」
 そこでふと、カオルが首を傾げる。「萌え萌えきゅんとか言わなくていいんだ? 寝ていればバイト代が出ると言う夢の職場?」
「そそ」
 三峯はニヤリと笑う。

「侵入することが決定みたいになってるけど、マジ?」
 俺が慌てて確認すると、三峯は力強く頷いて俺の肩を叩いた。
「お前、歩き方とか気を付けろよ? もっと女らしく、おしとやかに歩け。お前、女としての努力が足りてない」
「いや、足すつもりもない……」
「あの、やっぱり危険ではないですか」
 そこに、ミカエルが眉尻を下げた情けない顔で俺と三峯の間に割り込んできた。「私も一緒に行けたら……」
「いや、無理でしょ」
 三峯が苦笑した。「王子様、めっちゃイケメンだし神官たちにも面が割れてますよね?」
「えー、まあ」
 そうでしょうね、とミカエルが小声で呟く。
「だったらやっぱり俺たち二人の方が自由がきいていいですよ。大丈夫です、俺たち強いし逃げ足も速いし」
「しかしそれでも」
「無事に帰ってきたら、巫女服のアキラとキャバクラごっこでもすればいいじゃないっすか」
「……何?」
「却下ー!」
 困惑するミカエルの横で、とりあえずそう叫んでおく。

 何やらそんな一幕はあったものの、いつの間にか神殿に忍び込むのが確定になっていた。セシリアはこの喫茶店の中から聖獣に命令を飛ばし、俺たち二人を先導してくれるように言いつけたようだ。
「無理しないで帰ってきて。見つからなければ何度でも忍び込めるけど、見つかったら警備が厳重になるからね」
 そう言った彼女に、三峯は『そうだ』と手を叩いた。
「そう言えばこの世界の神様ってどんな姿をしているのが一般的なんですか? 最悪、俺が神官じゃないって気づかれたら『俺は神の使徒です』って言って誤魔化すつもりなんですけど」

 何だそれ、とセシリアもミカエルもポチもアルトも、それぞれ困ったような顔をする。
 三峯はわざとらしく両腕を開きながら、妙に格好つけたポーズを取る。ミカエル並みのキラキラオーラを放ちながら。
「今の俺は仮の姿で、実はすげー神々しい格好になれるんですよ。神の御使いです、って言っても納得できる感じっていうか、元の世界ではそのまんまですね」

 確かに三峯は天使アバターである。
 今は完全に人間の姿をしているが、天使の翼と黄金に輝く輪を頭上に浮かべれば確かに『それっぽい』だろう。
「神の御使いねえ」
 セシリアは首を傾げつつ、低く唸るように続けた。「精霊だったら白く輝く、とか色々言われているけど神様の御使いとなると……どうなのかしら」
「白く輝くだけなら得意です」

 得意不得意の問題じゃねえ。

「逃げる時も神々しく空を飛んで逃げよう。でもアキラって幸運値が高いんだろ? お前と一緒に忍び込めば、きっと見つからずに帰ってこられるって!」
 三峯は燦然と輝く笑顔でそう言って、着替えるために店の奥へと俺を案内した。
 まあ確かに、三峯の言葉には一理ある。
 じっと考え込んでみても、厭な予感とかはしないから大丈夫のような気がした。

 というわけで。

 俺たちは今、神殿の中に来ている。
 神官服と巫女服の不審者二名。だが、美形と美少女なのでコスプレ、いや変装がとてもよく似合っていたと思う。

 神殿の周りには、魔法なのか魔術なのか解らないが、目に見えない保護壁のようなものが取り囲んでいた。しかし、三峯が持っている必殺技――敵の防御無効、効果六十秒が見事に発動してくれて、誰にも気づかれないままあっさり入ることができた。
 もうすでに陽は落ちていて、空は暗くなってきている。だから、神殿の周りを歩いていても顔は見えないくらいになっていた。
 まあ、聖騎士とかいう剣を腰に下げた男たちが時々見回りしているのも解ったが、俺の暗闇をものともしない瞳では彼らの姿を避けることは簡単だった。

「出迎えご苦労」
 俺は思わず、そう小声で囁きながら軽く手を上げる。聖獣がちょこんと座って俺たちを出迎えてくれたからだ。
 そして、何か言いたげに俺たちを見上げた後、こっちにこいと言いたげに暗い庭を歩きだした。芝生に覆われた地面を、足音もなく歩く俺たち。

 広すぎるともいえる神殿の庭には、数多くの馬車が用意されていた。これが浄化の旅に使われるものなんだろう、というやつ。身分の高そうな人たちが乗る高級そうな馬車と、数多くの荷馬車。
 荷馬車の脇には、これから積み込むであろう木箱が大量に置かれている。
 セシリアが見た魔道具ってあれかな、と思えるものも多数。本当は触ってみたかったが、魔道具が発動したら大問題なので我慢しておく。

 大きな荷物の脇を通り過ぎる。
 神殿の奥から、食事のいい匂いと大人数の気配が伝わってきていた。
 ある意味、時間帯も都合がよかったんだろう。神官とか巫女、聖女様とやらは食事の時間らしいから、神殿の外には人影が少なかった。
 聖騎士たちは神殿の脇にある小さめの建物の中にいるらしく、そちらからも同じような様子が窺い知れた。
 それでも、たまに神殿の大きな入り口を出入りする神官や巫女たちの姿が見て取れた。そしてどうやら、すれ違う時などは身分の高そうな相手に低い方が頭を下げているというのも解る。
 誰が身分が高いのか解らないから、とにかく出会わないようにしなきゃいけないだろう。

「凄い気配……って言ってたのは、神殿の……どこだ?」
 俺が歩きながら意識を集中させると、これかな、と思うものに当たった。
 首の後ろがちりちりいうような、緊張感にも似た感覚。それに加えて、胸が妙にどきどきする感じもする。
 聖獣もその方向に向かっているようで、足取りに迷いはない。
 神殿の巨大な建物の奥、明らかに人が多い方だ。

「さすがに難しそうだけど、どうする?」
 俺が横を歩く三峯を見上げて言うと、彼も困ったように頭を掻いた。外を歩くにはいい時間だったが、内部を探索するには都合の悪い時間帯。
 このまま目的地に向かえば、神殿の関係者に会ってしまいそうだ。

「先に聖女様の部屋を探すか……」
 と三峯が呟いたが、俺は無言でその脇腹にチョップを入れておいた。ストーカーが聖女様の部屋を見つけたら下着とか盗みそうだし。
 だったら、このまま目的地に向かった方が安全か。
「俺、見つかったとしても短距離なら瞬間移動みたいなのできるけど、三峯はどう?」
「自慢じゃないが、できない」
「だろうな」
「でも、俺はドローンのように飛んで滞空もできるし、逃げるのは簡単。それに、せっかく忍び込んだんだから行かなきゃ駄目だろ。虎穴に入らずんば何とやらだぜ?」
「まあな……」
「大丈夫、何かあっても俺がアキラのこと守ってやるって! 男は女を守る生き物なんだからな!」
 と言いながら、彼は自分の左腕を右手でばしばしと叩く。「本当、アキラってば可愛くなっちゃって。なかなか、サクラちゃんたちがいる場所じゃ訊けなかったけど、女の子の身体ってどんな感じ? もうあの王子様とヤった?」
「……何を、とは訊かないが」
「訊かない代わりにチョップ入れるのやめて」
 俺の攻撃を避けて、三峯が軽やかに身を翻す。闘技場の戦闘においては、俺もサクラと同じで三峯に負けることが多かった。だから、彼が強いのは間違いない。とはいえ、俺は守られるだけの女の子ではない。
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