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こま猫

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第110話 死に戻り

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 やっぱりそう簡単には終わらせてくれなかった。

 そう考えると同時に、身体が動く。俺だけじゃなく、他の皆もそうだ。
 三峯は聖女様二人を片腕ずつで担ぎ上げて、神殿長から放たれた攻撃を躱していく。広い地下であったから、その天使の翼で宙を舞いながら、という優雅さで。
 シロさんはエルゼを庇いつつ、できるだけ遠くへ避難。それを目で確認したらしい凛さんは、咄嗟の判断でアルトを庇うため動いた。
 アルセーヌは素早く前に出て、光の刃を避けつつ神殿長へと剣を振りかざす。攻撃魔術もその剣に纏わりつかせながらの攻撃だったが、神殿長も防御魔術でも使っているのかぶつかる手前で火花が散った。
 そして俺はミカエルを――と思ったが、俺より先にミカエルは精霊魔法を展開させた。
 俺たちの前に出来上がる、青白く輝く魔法の壁。その防御壁に当たった光の刃が、跳ね飛ばされた。
 ――でも。

「ひでえ……」
 俺は思わず顔を顰めた。「味方も何もなしかよ……」
 俺の視線の先は、床に転がっていた聖騎士たちだ。ミカエルの防御壁が完成するのが遅かったのか、命あるものへ見境なく攻撃を仕掛けた光の刃によって甲冑ごと切り裂かれていた。
 それは考える必要などなかった。
「凛さん!」
 息絶えた――もしくは息絶えようとしている聖騎士たちに一番近くにいた凛さんに蘇生薬を次々と放り投げる。
 凛さんも俺と同じだったんだと思う。聖騎士たちに駆け寄ると、受け取った蘇生薬を次々と彼らに浴びせていく。
「……証言者は必要だよな?」
 それは自分に対する言い訳だったのかもしれない。
 平和な日本で生きてきた俺は、やっぱり目の前で死ぬ人間を放置するのは考えられなかった。だから救助の理由を探して納得させたのだ。

「……ええ、必要ですよ」
 俺の隣にいるミカエルが、俺の心情を察したように頷いた。だから、少しだけ救われる。

 エルゼのことを考えると胸が締め付けられるけれど。
 エルゼだったら助けたくなどないだろう。

 解っている。
 どんな世界であろうと、死んだ方がいいと思える悪人はいる。
 正義とか法とかくそくらえと思ってしまうような奴らは、確かにいるんだ。死ぬことでしか、被害者の心を救えないような奴らが。
 それでも。

「そう、必要だ」
 ミカエルはもう一度頷いて、エルゼに向かって叫んだ。「その男たちを地上へ連れていけ! 彼らを法の下に裁く! この神殿のやっていたことを民に知らしめるためにも、証言者は必要だ!」
「しかし!」
 エルゼは苦渋に満ちた唸り声を上げる。でも、ミカエルは神殿長を睨みつけながら続けた。
「耐えてくれ。断罪の場には必ず立ち会わせる!」
「それと、上で戦ってるサクラたちの援護をお願いしたい!」
 俺はそこで口を挟んだ。「ここよりもずっと敵の人数が多い!」

 ぐ、とエルゼが喉を鳴らした。
 でも、短く「解った」と返すと息を吹き返した聖騎士たちを抱えて地下から出て行こうとするが、もちろん一人では無理だろう。
「アルト!」
 俺がそう叫ぶと、顔に『不本意』と書いてあるんじゃないかと思える彼がため息をこぼした。
「……ミカエル様、この現状では私は足手まといになります。上でお待ちしております」
「頼む」

 そしてアルトもエルゼと共に聖騎士たちを担ぎ上げて地上へと続く階段を上がっていく。

 この場に残ったのは、ミカエルとアルセーヌ、俺とジャック、シロさん凛さん。
 きっと、三峯は聖女様たちを安全なところに退避させたら戻ってくるだろう。

 目の前では神殿長が奇妙に身体を揺らしながら、ぶつぶつと呟き続けている。神を賛美するような言葉と、うっとりとしたような口調。
 しかし、その足元から黒い靄がじわじわと広がっていく。靄と呼ぶにはあまりにも黒く、光すら吸収するような禍々しさも見せつけながら。
 そして、血のプールの中にある肉塊もまた、奇妙な動きを見せていた。

 白い人形――エリゼの妹さんが呻いている。人間とは違う発声。呪詛に満ちたそれは、少しずつ強くなる。
 神殿長の纏う黒い靄はやがて生き物のように形を変え、植物の蔦のように彼自身を覆い、さらに肉塊へとその手を伸ばす。すると、肉塊に這い回る血管のようなものが嬉しそうに脈打つ。

 ――倒さなきゃいけないんだろう。
 目の前にあるこれは、きっとこの世界にあってはいけないものだ。
 存在してはいけないものだ。
 邪神と呼ぶに相応しいものなのだ。

 でも、それを倒す様子も、攻撃する俺たちの姿も、エリゼには見せてはいけない。
 そう思った。

 光の刃の攻撃を避け、少し離れていた場所にいた聖獣が俺たちの前に戻ってくる。そして、牙を剥きだしにしながら神殿長に向かって威嚇する。そして、その背中がぐん、と低くなったかと思えば地面を蹴り、神殿長へと襲い掛かる。
 神殿長が作り出した防御壁は、聖獣の牙や爪によって引き裂かれる。
 黒い靄に噛みつき、食いちぎる。
 まるでそれが合図となったかのように、俺たちはそれぞれ攻撃を開始した。

 ミカエルの精霊魔法、アルセーヌの魔術剣、そしてジャックの大鎌や俺たちの必殺技攻撃、それらは間違いなく持てる力を全て出したはずだ。
 しかし、神殿長は黒い靄を自分の意思で操っているかのようだった。その手を伸ばせば、その蔦は俺たちに襲い掛かる。
 攻撃を避ける、蔦を切り裂く、そして飛び散るのは血ではなく、悪意を凝縮させたような液体。

「動きにくい」
 凛さんが身に着けていた甲冑を乱暴に剥ぎ取る。そして、アイテムボックスから取り出した弓で光の矢を射る。心地よい矢音と共に、その矢じりは神殿長の眉間に突き立てられた。
 当たった、と凛さんが呆けたような声を上げた。当たるとは考えていなかったようだ。

 でも、神殿長は倒れない。
 眉間に突き立った矢を乱暴に引き抜くと、薄気味の悪い笑みを浮かべ、俺たちの顔をぐるりと見回した。
「神に逆らう者どもよ、神の怒りを知るといい」
 そう言った神殿長の口から、黒いものが吐き出されていく。
 間違いなくヤバいと感じる、何か。

「ゲロ吐いたぞ!」
 ジャックがそう冗談めかして言おうとしているが、さすがに緊張と警戒は隠しきれていない。でも、この場の空気を何とかしようと考えているのか、必死に言葉を探している。
「エクソシスト思い出さん? 悪魔に憑りつかれた女の子が吐いたやつ、あれ、グリンピースのスープだったんだってよ」
「果てしなくどうでもいい」
 俺はそう返しながら、小さく笑った。どうやらさすがのジャックも怯えているというか……それを誤魔化そうと必死らしい。
 だから、俺はできるだけ明るく言う。
「大丈夫、勝てる。何しろ俺、幸運値、高いから!」
「は?」
「何があっても大丈夫。俺の運の強さ、なめんな。勝てるから!」
 俺はそう叫んだ後、地面を蹴った。

 神殿長の足元に広がった黒い液体は、そのまま床の下へと染み込んでいく。軟体生物かのように蠢くそれは、地面の下に隠れていた魔物を呼び出したかのようだった。
 ごぼごぼと泡立つような音を立てながら、床から新しい蔦が生まれていく。

 必殺技乱発。
 どんな武器でも使えるなら使ってみよう。
 剣でも、短剣でも、爆炎をぶつける必殺技、大量の蝙蝠を呼び出して敵を攻撃させるもの、何でも使う。
「アキラ様!」
 ミカエルもいつの間にか蔦に剣で切りかかっていた。こっちでも精霊魔法の乱発。あんなに暗かった地下も、昼間のように明るい。
 アルセーヌもまた、同じだ。ミカエルに後れを取ってはいけないとばかりに、攻撃を開始した。

 ジャックもそこで気を取り直したように、大鎌を振りかぶってポーズを決める。死神の技なのかもしれないが、彼の足は床より少し高いところに浮いている。そして、滑るような動きで蔦を切り裂く。

 でも、蔦は次々に生まれていく。
 神殿長の笑い声が地下に響く。
 そして、血のプールの中の肉塊の動きも少しずつ激しくなる。

「待たせた!」
 そこへ、三峯が戻ってきた。翼を羽ばたかせながら、宙に浮かんだままの攻撃が繰り出される。闘技場で見たことがある攻撃の一つ、巨大な白い手が空から現れ、凄まじい激突音と共に神殿長の身体を鷲掴みにした。

「神、よ」
 神殿長が巨大な掌の中で呻く。骨が軋む音がした。

「このまま、ジジイを上に連れていくか」
 三峯が床に降りて、巨大な白い手を見上げた時だった。

 神殿長の足元に広がっていた黒い蔦が、血のプールへと伸びた。悪臭立ち込める血の池、飛び散る赤黒い液体。蔦はそのまま肉塊へと絡みつき、やがて肉を裂いて内部へと潜る。

 シャンタルが悲鳴を上げた。

 そして一気に肉塊が膨れ上がり、中から爆ぜた。

 誰の悲鳴だったのか解らない。
 鼓膜を突き破るような叫びは、エリゼの妹だったのだろうか。
 肉塊から突き出したものが、地下の広い部屋に次々へと槍のように放たれて――。

「凛!」
 気が付けば、シロさんがそう叫んで凛さんへと手を伸ばしていた。でも、肉塊から突き出た黒い槍にその胸と頭を貫かれて――まるで塵のようにその身体が霧散した。
「凛さん!」
 俺もそう叫んだが、シロさんの理性を失ったかのような動きの方が気になって続けた。「大丈夫、死に戻りだ! 落ち着いて!」
「死に戻り」
 シロさんの視線がすぐに俺に向けられて、その胸が安堵の呼吸と共に動いたのが見えた。
「死に戻りとは……」
 ミカエルが困惑したように、俺を庇うように前に立ちながら呟くのが聞こえて、俺は――。

 死んだふりしてミカエルから逃げるという手段が断たれたか、とちょっとだけ考えた。
 それよりも問題は。

「まずくね?」
 ジャックが肉塊を見上げ、俺はその言葉に頷く。
 肉塊がその形を変えていく。突き出た槍は少しずつ元の場所へ戻ろうとしている。ただの肉塊だったはずのものから、腕なのか足なのか解らないものが生えてきた。それは巨大な肉塊を支えるためなのだろう、次々に生まれ、ばしゃばしゃと音を立てながら血のプールの中に下ろされる。まるで昆虫の足だ。生まれた直後で色素の薄い足。

「何が神だ」
 ミカエルが吐き捨てるように呟いた。「こんな醜悪なものが神であってたまるものか」
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