夢見る竜神様の好きなもの

こま猫

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第17話 三人で川の字になって

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「問題はご飯よね……」
 洞窟の中をゆっくりと歩きながら、わたしは目の前を歩く骸骨娘に声をかけた。「お客さんがいるんだから、ちゃんとしたご飯を用意したいんだけど、どうしたらいい?」
「んー」
 マルガリータが低く唸り、目の前に姿を見せた池のほとりで足をとめた。「水はたくさんあるからいいんですけどねー、食事となると……」
「あの」
 そこで、わたしの背後からヴェロニカの小さな声が響く。「何だか、空腹を感じないんです。階段を上がっている途中までは、今にも死にそうな感じだったのに」
 そう言われて振り返ってみると、確かにヴェロニカの顔色は随分といいようだ。もちろん、痩せすぎなのは相変わらずだけれど、足取りもしっかりとしている……と思ったら、少しふらついた。

「もしかしてシルフィア様、魔力を分け与えましたね?」
「え?」
 ははーん、と目を細めたマルガリータがわたしの肩に手を置いて、ぎりぎりと指先に力を込めてくる。痛い!
「そういうことばっかりしてると、シルフィア様はいつまでもお子様のままですよ!? 魔力を垂れ流しにするのやめてください!」
「魔力って、あのきらきらのこと?」
 必死に彼女の手を肩から引きはがそうとしつつ、わたしは首を傾げる。「だって仕方ないじゃん! 勝手に光っちゃうんだから!」

 どうやらあのきらきら、わたしが無意識に使っている魔力らしい。
 目の前に今にも死にそうなヴェロニカが倒れていたから、「助けたい」という気持ちが働いて無意識に使ってしまった力。でも、魔法とか魔術として構成したわけではないので、その効果に対して消費が激しいんだとか。
 それに、一時的にヴェロニカに魔力を与えているだけなので、元気になったように見えていても焼け石に水。しかも、それを使い続けているとわたしの身体は幼体から成体になるのが遅くなると教えられた。
 確かにそれは困る。小さいままだと台所に立つのも大変だし、早く大人になりたい。

「とはいえ、仕方ないですよねえ」
 手を引きはがされたマルガリータは、やれやれといったように両手を広げて肩を竦める。何その外国人みたいな仕草。いや、外国人なのか?
「ここには普通の食料はありません。もうちょっとわたしたちの魔力が復活していれば、村まで行って野菜の苗を買い、畑でも作って育てるのは簡単なんですけどね。まだそこまで元気じゃないですし、後数日は大人しくしていたいところです」
「後数日」
「んー……」
 マルガリータはそこで、洞窟の奥の方へ目をやった。わたしたちの居住区の方だ。
「まあそれまで、そっちのおじょーさんは我々の食事で我慢してもらうしかないですね」

 ――我々の食事。つまり、マルガリータの魔力で作り出した偽物の野菜と肉で、ということか。

「……それまでというのは村に行くまで、でしょうか、竜神様、守護者様」
 若干、頭をふらふらと左右に揺らしながら、ヴェロニカが小さく訊いてきた。マルガリータが「そうですよ?」と首を傾げると、唐突にヴェロニカがその場に跪いて頭を下げる。
「どうかお願いします! 何でもします、ここで働きますから置いていただけないでしょうか!?」
「え?」
「働く?」
「わたしには帰る場所がありません。村に行っても、きっと生きていることが知られてしまったら……レインデルス家の人間に口封じに殺されます。というか、こうしてわたしに声が戻ったということは、また声を狙われるということではないかと思うんです。正直なところ、あの妹が神歌を悪用したらと思うと――」
「待って待って、落ち着いて」
 わたしはそこで、慌てて彼女の言葉を遮った。
 確かに、彼女の身の上を考えればその通りだ。生きていると知られたらきっと、何かしでかしそうな連中だし。
 でも、ここで暮らすというのは大丈夫なんだろうか。見晴らしがいいということの他に、何もないところだけど。
「いいですよう」
 わたしの困惑に対して、マルガリータの言葉はとんでもなく明快だった。「神歌持ちの女の子なんだから、うちの巫女として働いてもらいましょう」

 というわけで、気を取り直して我々は――というより、わたしは料理中である。
 何だかんだですっかりお昼ご飯の時間帯となっていて、「何か食べたい」という気分になっていたからだ。
 それに、数日後に村に行けるらしいと期待した結果。

 料理の練習がしたい、と考えてしまった。

「やっぱり唐揚げだよね、唐揚げ」
 わたしはずっと自分の心の中に居座っている、死ぬ直前の思い残し――唐揚げ弁当に固執している。固執して何が悪いのか、いや悪くない。
 せっかく生まれ変わったのだから、ここでもいかに美味しい唐揚げを作るか、それを考えるべきだ。つまり、いざとなった時に失敗しないように、練習しなくてはいけない。何という論理的な考えだろう、素晴らしい。論理的という言葉がゲシュタルト崩壊しそうだけど。

 鼻歌を歌いつつ踏み台に乗り、台所で調理開始。マルガリータとヴェロニカにも手伝ってもらいながら、鶏肉という名の謎肉を切り分け、料理酒と醤油とニンニクに漬け込む。まあ、全部材料は謎成分なのだけれど。
 ああ、どうか近くの村に本物の鶏肉と料理酒と醤油、その他もろもろがありますように!
 なかったら誰かに作ってもらえますように!
 大体、よくある異世界転生ものだったら、誰もがチート能力を持っていて、醤油だって納豆だって豆腐だって自作できるようになっているのだ。
 わたしにもそういう特殊能力が芽生えますように!

 そんなことを祈りながら、出来上がった『ごく普通の唐揚げ』は、まあ、見た目だけは完璧な唐揚げでした。こんがりきつね色、いや、柴犬色?
 揚げたてなら何でも美味しいはずなんだけど、そこは材料が魔力。食べてみたらちょっと間の抜けた感じの残念な味。大豆肉で作った方がもっと美味しいよ、と思ってしまうくらいだ。
 でも、マルガリータもヴェロニカも感動しながら食べてくれた。優しい。
 しかし。

「シルフィア様、天才!」
 という、わたしがやったことなら何でも褒める骸骨娘と。
「……久しぶりの食事です」
 という、切ない言葉を口にしながら泣きそうになっているヴェロニカ。

 うん、早く村に行って買い出しして、本物を食べさせてあげたい。切実にそう思ったのだった。

 その日の夜、寝室はまだここに一つしかないから、三人で川の字になって寝た。ヴェロニカはもの凄く遠慮したし、骸骨娘は「シルフィア様と一緒に寝られるのはフェルディナント様だけ」と最後まで渋っていたけれど、ベッドは三人で寝たとしても十分に大きい。わたしだけで広い寝室を使うのは気が引ける。
 それに、ヴェロニカはまだ完全に体調がよくなったわけじゃないし、少なくともゆっくり休ませてあげたかった。
 そうやって眠りについて。

「お兄さん!」
 また、あの夢の中に入っていたわたし。
 扉の陰に立っている見覚えのある長身を見つけ、笑顔で駆け寄る。彼もまた、わたしを笑顔で迎えてくれる。
「やあ、静香ちゃん。いつも元気そうで何よりだ」
 そんなことを言われると、ついにやけてしまう。この穏やかな声が好きだ。優しい響きが心地いい。
 そして、ふと唐突に思う。
「ね、お兄さんはお腹空かないの?」
「お腹?」
「そう。ずっとここにいるんでしょう? ここはわたしにとっては夢の中だけど、お兄さんにとっては……」
「……考えたこともなかったな」
 一瞬だけ、彼は困惑したように眉根を寄せた。そして、小さな苦笑も漏らした。
「夢なのか現実なのかも解らない。死者の世界なのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。そして、今の俺は人間じゃないのかもしれないし」
「まあ、わたしも人間じゃないし」
 と、冗談めかして自分の二本の角に手をやると、彼はさらに苦笑を強くした。
「いつか、お兄さんにも唐揚げを作ってあげたいなあ」
 わたしはさらに、そう言ってしまう。今日一日の行動から、何となく口にしてしまった言葉だ。
「唐揚げ?」
「そう。わたし、唐揚げが好きなんですよ。食べるのも作るのも!」
「いいね」
 彼はそこで優しく笑い、何か考え込んだ。「俺も好きだったと思う。いや、唐揚げを嫌いな人間なんかいないかもしれないな」
「ですよね!」

 そこで、わたしはぐるりと辺りを見回して、両手を広げる。

「ここに家があって、ちゃんとした台所があったら作って見せるのに! ニンニクをがっつり利かせた美味しい唐揚げを!」

 そう叫んだ瞬間、目の前に見覚えの光が飛んだ。例のきらきら。わたしが起きている時、うっかり発動してしまう力。
 それがいつもより激しく瞬いて、思わずわたしは目を閉じる。
「え、ちょっと静香ちゃん?」
 彼の慌てたような声が聞こえて、そっと目を開けると――そこには、扉以外は何も存在しない草原のはずだったのに、小さな平屋の家が出来上がっていた。デザイン性とか全く感じない、シンプルで小さな日本家屋。
「えっ、何これ」
 わたしも困惑してその家を見つめていると、急に足元が揺らいだ気がした。
 とんでもなく大量の魔力を抜かれたような感覚と、貧血に似た眩暈。足を踏み外したような、がくん、という衝撃。

 ちょっと待って、と言っただろう。

 しかし、気が付いたらわたしはベッドの中にいて。
 右側にいびきをかきながら寝ているマルガリータと、左側に猫のように身体を丸めて眠っているヴェロニカがいた。
 どうやらまだ朝に遠い時間帯らしく、真っ暗な空間にサイドテーブルの上でぼんやりと光を放つランプだけが存在している。

 ……嘘でしょ?
 ベッドの中で横になっているのに続いている眩暈に困惑しつつ、わたしは小さなため息をこぼした。
 せっかく夢の中で会えたのに、もう目が覚めてしまうなんて。もっと色々と話をしたいことがあったのに、と残念に思いながらわたしはそのまま目を閉じる。

 で、朝になったら、目を覚ましたマルガリータに「何で寝たのに魔力が消費されてるんですか!?」と呆れられたのだった。
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