夢見る竜神様の好きなもの

こま猫

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第19話 崖の下へ

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「育ってる……?」
 ヴェロニカの美しい歌声を聴いて満足した後、何となく違和感を覚えて池の傍に行ってみた。すると、そのすぐ横に生えている神木が少し背を伸ばしていた。それに、葉っぱも大きくなったようだ。
「それが神歌の効果なんですよ、シルフィア様」
 今にも倒れそうなほど身体を左右に揺らしながら起き上がったマルガリータが、遠くからわたしに声をかける。
「効果? 植物の成長促進かな?」
「そうです」
 なるほど、と思って神木の葉っぱの合間を覗き込んだけれど、まだ竜の心臓とかいう果実は実っていないようだ。ちょっと残念。
「外にも行ってみます? 多分、少しは変化があるはずですよ」
 続けてマルガリータがそう言ってわたしは頷いたが、ふらふらした足取りの彼女の後をついていくと不安になる。
 休んだ方がいいのでは……という考えは口に出ていたようだ。
 しかし、マルガリータが「大丈夫ですう。何か、気持ちよくなってきました」とか言うものだから、余計に危機感を覚える。
 そして、マルガリータはハイテンションのままヴェロニカのことも手招きし、洞窟――神殿の外へと連れだした。

「おおお」
 そしてわたしは今、崖の上で小さく歓声を上げている。
 紅葉――じゃなかった、枯れかけていた木々が少しだけ復活している。崖のちょうど下辺りから、緑の色が強い葉を持つ木々があって、遠くに行けば行くほど枯れている木々がある、という感じ。
「こんなに変わるなんて」
 そう驚いているのはヴェロニカで、口を両手で押えながら目元を笑みで緩ませる。「神殿で神歌を捧げていた時は、ここまでの効果はありませんでした。若干、作物の育ちがよくなる程度というか」
「シルフィア様が復活なさったこともありますし、それに」
 マルガリータがまた身体をくねらせる。「シルフィア様の演奏も、少しだけ魔力が混じって響いてましたからね。きっと、これが相乗効果ってやつです」
「はえー」
 わたしはちょっとだけ間抜けな声を上げたが、それでも森が生気を取り戻すのはいいことだ。マルガリータたちには騒音的な意味で迷惑かもしれないけど、暇な時は『エリーゼのために』を弾きまくろうと心に決めた。
 いや、それだけじゃもったいない。
 きっと、書庫には楽譜もあるだろう。レッスン時に使っていた『ハノン教本』や『バイエル教本』、『ブルクミュラーの二十五の練習曲』辺りは指慣らしのために外せない気がするし。
 それに、グランドピアノで好きなだけ練習できるって凄いブルジョア感!
 電子ピアノでもアップライトピアノでもない、グランドピアノ!
 もうこれだけでも、以前よりもずっと上手く弾けるような気がしてくるから不思議だ。夢広がる。

「さて、魔法の練習ですよ、シルフィア様!」
 しばらく眺めのいい崖の上で心地よい風を浴びていると、マルガリータが拳を握りしめて言った。「まずは可愛い服と下着を作りましょうか! そっちの新人の分も含めて!」
「新人……」
 ヴェロニカが目を白黒させながら首を傾げている。そして、質素な自分の服装を見下ろして、何か自己完結したようだった。
 わたしもずっとネグリジェっぽい服だったから、ありがたい申し出である。
 もうちょっと動きやすい服装がいいなあ、と思っていたけれど、この世界の一般的な服装ってのは女の子は足元まですっぽり隠れるスカートらしい。農家の女性もスカートでやるっていうんだからびっくりだよ。田植えとかどうするんだ、と素で考えたけれど、こちらの世界で稲作はされていないみたいだった。
 ……マジか。
 落胆したのは一瞬だ。神殿内に田んぼを作れるくらいにわたしがスキルを習得すればいいと思ったら、何もかもどうでもよくなった。うん、もう何も怖くない。

 そして、わたしはマルガリータに魔法の基礎を教えてもらいながら、服の大量生産を行う。確かに、ちゃんと魔法の言語を組み立てていくと、魔力の放出量が少なくて済む。だからあまり疲労を感じなかった。
 で、我々の前には服の山ができて、マルガリータが寝室の隣に広いウォークインクローゼットを作ってくれた。そして倒れた。もう様式美と化してきたように思う。

 そしてその夜から数日の間、夢は見なかった。
 ちょっと……いや、かなり寂しい。

「さて、そろそろ崖の下まで移動できるくらいになれたと思うのですよ」
 ある日の朝、マルガリータが身体をすっぽり覆うようなフード付きのマントを羽織りながら言った。
 マルガリータはウォークインクローゼットの件で倒れた以降、わたしに魔法の授業をするだけであまり魔法を使わなかった。もちろん、肉体の復活もまだである。
「温存してきた魔力を使う時がやってきました。今日は崖下に降りて近くの村まで行きましょう。で、食料を大量に買い込んできましょう」

 ――食料! 食料!?
 わたしのテンションが一気に上がる。もう魔力で作った偽食材にはお別れの時間がやってきたということだ!
 そして念願の鶏肉と醤油とニンニクが手に入る!?
 わたしがそわそわしつつマルガリータの前で正座すると、すぐに彼女に抱きかかえられて立ち上がらされる。
「わたしは留守番……でしょうか?」
 ヴェロニカがおずおずとそう言うと、マルガリータはちっちっと指と舌で否定する。
「我々はまだこの世界で目覚めたばかりですから、こちら側の人間であるあなたがいた方が助かります。色々情報を集めるのも、わたしよりあなたが話しかけた方が安全です」

 ――そーね。マルちゃんは骸骨だから。そんなのに話しかけられたら裸足で逃げだすよ、みんな。

「解りました。何か問題が起きたら、わたしを置いて逃げてくださいね。わたし、頑張ります、この南の竜の神殿の巫女として!」
 ヴェロニカは思いつめたような目つきでマルガリータに言葉を返している。
 どうもこの二人、似たような匂いがする気がしてならない。
 気のせいということにしておこう。

 そして、マルガリータは骸骨であることを気づかれぬよう、格好いい仮面を作って顔につけている。さらに、簡易的な甲冑みたいなもので両腕、両足、胸元を覆う。これで目に見える範囲は隠せたが、ちょっと怪しさ満点だ。おまわりさんに見つかったら職質されそうな雰囲気というか。
 それに反して、ヴェロニカは清楚な白い服装に身を包み、いかにも『巫女』っていう雰囲気。痩せているから弱々しく見えるし、男性が見たら庇護欲をそそられるであろう美しさも持っている。
 で、わたしは見事に幼児。何故か右側にマルガリータ、左側にヴェロニカという感じで手をつないでいると、どこかの確保される宇宙人になった気分である。
 とはいえ、なかなか楽しい一日になりそうだった。

 崖を見下ろしながら階段を降りていく。わたしとマルガリータは人間じゃないから疲れを感じにくいのかもしれないけれど、一番体力的に不安を感じさせるヴェロニカも軽快に歩みを進めていくのが意外だった。
 とんでもない距離の階段を時間をかけて降りて、やっと地面へ到着。
 鬱蒼と茂る森を目の前にして、わたしはきょろきょろと辺りを見回した。マルガリータは近くに馬車がつけたのであろう轍を見つけると、わたしを抱きかかえてこう言った。
「この轍を辿りましょう」
「歩いていくの?」
「まさか」

 マルガリータはそこで右手を前に出し、魔法を使う。そして目の前に現われるのは、小さな荷馬車である。でも、その荷馬車を引いているのは本物の馬じゃなかった。馬の形をした木製の何か、である。色々なパーツによって組み立てられていて、何だか造りがからくり人形みたいだな、と思った。
「この馬は魔道具みたいなもので、わたしの魔力で動いてます」
「でもマルちゃん、ずっと魔力を使っていたら魔力切れで倒れない?」
 わたしが不安に思ってそう訊くと、彼女は自慢げに胸を張る。
「途中で野生の馬がいたら捕まえますから大丈夫です」

 ……不安しか感じない。
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