夢見る竜神様の好きなもの

こま猫

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第22話 疫病の噂

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「お帰りなさい!」
 そんな叫びと共に、お姉さんが馬から降りてきた青年に抱き着く。その青年は酷く疲れていたようだったけれど、彼女を見た途端に安堵したように微笑み、強く抱き返している。
 近くの家からも次々に人々が飛び出してきて、明らかに再会の喜びから歓声を上げて駆け寄っていく。
 馬に乗っていた男性たちは皆、マントの下に紺色のシンプルな服を身に着けていた。同じデザインだから制服だろうかと思う。
「どうしたんだ!? 兵役は終わったのか!?」
 近くにあった店先から、年配の男性がそう大声で問いかけている。すると、帰ってきた人たちの一人が複雑そうに笑って言った。
「逃げ出してきた、が正しいかな」
 その言葉に辺りにざわめきが走る。
「どうしたんだ? 逃げ出したって……大丈夫なのか?」
「いや、何て説明したらいいのか……」
 制服姿の青年たちは困惑したように顔を見合わせた。

 わたしたちは屋台の店先で、彼らの様子を見つめていた。いや、話を盗み聞きしていたというのが正しい。
 兵役というのが聞こえたから、間違いなく彼らは領主――レインデルス家に行った若い人間たち。帰ってこない、という話を聞いたばかりだから気にならない方がおかしい。

 村の大通りで馬を横に置いたまま青年たちが質問に答えた結果、まとめるとこんな感じだろうか。

 レインデルス家に疫病が発生した。
 領主とその家族、さらにその屋敷で働いている者たちが次々と倒れ、医者を呼んだが薬でも魔術でもどうにもならず、悪化する一方。
 司令塔とも言える領主が倒れてからは、周りにいるのは愚鈍な部下たちばかりで総崩れになった状態らしい。誰もが自分だけは助かろうと領主の屋敷から逃げ出し、看病する人間など一人も残らなかった。

 そんな状態であるから、レインデルス家の敷地内にあった私設騎士団、魔術師団も同じ状況となった。どうも、領主に忠誠を心から誓った人間は一人もいなかったらしく、地位の高い人間から姿を消した。
 それも、ただ逃げ出すだけならまだしも、安い給料でこき使われていたという恨みからか、屋敷から金目の物を奪っていくという始末。
 こうなったら地位の低い者たちもどうにもならず、取るものも取らずに逃げてきた――ということらしい。

「領主様のところには聖女様がいたんじゃないの? 聖女様はどうしたの……?」
 話を聞いていた村の女性が眉根を寄せながら言う。
 すると、周りもそれぞれ頷いて、どこか不安げに青年たちの次の言葉を待つ。
「それが、よく解らないんだ」
 青年の一人が言うと、また別の青年が悔し気に頷いた。
「聖女様を虐げた呪いじゃないかって噂も出てる」
「呪い!?」
「だっておかしいんだよ。ある日突然、領主様が聖女様が神様に逆らう行為をして神歌を失ったとか言い出して。力を失った聖女様は『生贄』にされたって言うんだ」
「生贄!? だって聖女様がいなかったら……」
「でも、領主様は新しい聖女様がいるから大丈夫だって。神歌を歌えるお嬢様がいるから心配することないって」

 ――なるほど。
 ここまで聞いたらほとんど理解できた。
 わたしもマルガリータも、ヴェロニカさえ察したのだ。

「でも、その新しい聖女様がすぐに力を失ったんだ」
 青年の話は続いている。「だって、最初に倒れたのはその新しい聖女様だよ? 急に血を吐いて声も出せなくなって、それが始まりだったんだ。だから、そのお嬢様は偽物の聖女様で、本当の聖女様を生贄にした呪い、もしくは祟りが疫病となって襲ったって噂が出て」

「……わたしが全身の毛を毟らずに済みそうですね?」
 マルガリータがぎこちなく笑ったが、わたしもヴェロニカも笑うどころではなく。
「やっぱり、呪い返しが効きすぎてるんじゃないかな」
 と、小声で囁くしかできない。

 マルガリータは胸元にサンドイッチの包みを抱えながら少しだけ沈黙する。仮面に隠れていたから何をしたのか解らなかったけれど、すぐに彼女はこう言った。
「シルフィア様の呪いは無関係の人たちにはかかってないみたいです」
「解るの?」
「はい、『視』ました」
「見た?」
「遠くを視る力、ですかね? 今のわたしは魔力の消費が激しいからあまり長くは使えませんけど、確かに彼らの言う通り、領主の屋敷は壊滅状態ですね。ヴェロニカを虐げた人間全員、起きることもできません。呪いをかけた魔術師も一緒に倒れてますし、再起不能ですね、あれは」
「……大丈夫、なのかなあ?」
 わたしはつい、マルガリータのマントを掴んで訊いた。「これから何か、もっと悪いことが起きる?」
「いや、呪い返しはこれで終わりですけど……」

 ――けど?

「多分、難民がくる」
 青年の声が響いている。
「難民?」
「領主様の屋敷の近くに住んでいた人たちも逃げ出してる。どうも、聖女様がいなくなってあの辺りの畑も育ちが悪いのかも。色々作物が枯れていて、農家はあの土地ではやっていけないだろう」
 そう言った青年の横で、別の男性が不安げに口を挟む。
「この村は結構、作物の育ちがいいって言われているだろう? だからそういった難民が流れてくるのは目に見えてるけど、それ以上に怖いのが盗賊だ。守りを固めた方がいい」

 ざわり、と人々が揺れた。
 そしてすぐに、「村長さんに相談しなければ」と駆けだしていく人たち。平和な村に、唐突に嵐が起こった感じだった。

「シルフィア様、食事を取ってどんな感じですか?」
 マルガリータがいきなりわたしの前にしゃがみこみ、顔を覗き込んでくる。「顔色はいいですし、魔力も……うん、少し増えましたね」
「え?」
 わたしは急にそんなことを言われて首を傾げるけれど、そんなわたしの肩をぱしぱしと叩きながらマルガリータが立ち上がった。
「取り急ぎ、最低限必要な食材を買ったら、村の畑を見に行きましょう」
「畑?」
「作物の育ちがいいと言っても、この村にも限界があります。っていうか、今のこの村の畑も随分と痩せているんですよ。だからちょっとだけ、シルフィア様の魔力を畑に注いでもらえればそこから大地が蘇ります。そうしたら、今よりもっと作物が育って難民だってなんのその。この村が潤ったら、別の村に足を延ばしましょ?」
「解った」
 わたしの返事は早い。
 わたしは自分ができることをやるだけ。話は単純だ。

 買い出しはちょっと控えめになった。
 本当はもっと買って帰りたかったけれど、急に若い人たちが帰ってきたわけだから食料だって貴重だろう。
 店じまいしているところも出てきたから、店番が立っている店を探して回り、肉類、調味料、小麦粉や果物、適当に買って荷馬車に積んでいく。
 ヴェロニカはマントのフードを目深に被り、万が一にも顔が見られて『生贄にされた聖女様』であることを知られないように気を遣っていたけれど、村の中は騒然としたままであったから、わたしたちの様子に目を留める人たちは少ない。
 そしてわたしたちは荷馬車に乗って移動をしたのだ。
 人気を避ける必要はなかった。村の住人たちはきっと、村長さんとやらの家に集まっているのだろう。
 わたしたちは村の畑や果樹園で荷馬車をとめた。
 地面にしゃがみこんで右手を地面に当てる。そのまま魔力を地面に流し込む。
 ちょっとだけ頑張りすぎたせいか、途中でマルガリータに慌てて抱え上げられるということになった。ぐったりとマルガリータに身体を預けつつ、目を閉じて思う。
 ――何もかも上手くいきますように。盗賊とか来ませんように。
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