夢見る竜神様の好きなもの

こま猫

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第30話 幕間5 ランベルト

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 疫病と聞いて、その場にいた人間全てが叫んだだろう。
 それまで遠巻きに様子を見守っていた人間たちは逃げ出し、門番さんの一人は顔色を変えて村長さんの家へと駆けだしていく。見回りをしていた騎士様たちも、この喧噪を聞いて駆けつけてきたものの、誰もが腰が引けているのは仕方ない。

 疫病という未知の存在を恐れるのは当然のことなのだから。

「やだ、ヴィレム!」
 おそらく、俺の姉は自分の恋人を引き留めようとしたんだろう。追いかけようとした姉の腕を掴んで引き寄せると、めちゃくちゃ暴れて俺の腕に引っかき傷までできた。
「駄目だ。足手まといになる」
 俺がそう言っても、その耳には届いていないようだった。

「馬鹿なことを言うな!」
 貴族の男は顔色を変えて叫ぶ。「竜神様に浄化して貰えば助かるのだ! それに、こちらには治療魔術が得意な人間もいる……」
 そんな声など無視して、ヴィレムが黒い馬車に近づくと何か魔術を使ったようだった。右手を上げ、呪文を唱えると彼の足元に光が広がる。その一瞬後には、馬車の周りに青白い半球が現われた。
「貴様! 何をしている!」
 それを見た貴族の男が、ヴィレムの胸倉をつかみにかかるが、騎士様のうちの一人が羽交い絞めにしてそれをとめていた。
 そして、すぐに他の幌付きの荷馬車から別の人間たちが姿を見せる。きっと、その貴族に雇われている魔術師なのだろう。黒い服に身を包んだ細身の男性が苦々しい表情で貴族の男と騎士様を見やる。
 そんな彼を見たヴィレムもまた、眉間に皺を寄せつつ言った。
「俺……私には村全体を守る防御壁を作るほどの能力はありません。その代わり、一時的にあなた様の馬車を防御壁で包ませていただきました。ご息女の病が何なのか解らない現時点では、これが最上の方法かと」
「……お嬢様には私が魔術で保護をかけてありますから、少なくとも他の人間に伝染することはないと思いますがね」
 不機嫌そうに魔術師はそう応え、ヴィレムを睨みつける。しかし、ヴィレムはそれを気にした様子はない。
「保護?」
「あなたはそこまで見えませんでしたか? さすが辺境の地で生きる魔術師もどきですね」
 明らかに侮蔑を含む声に、さすがのヴィレムの横顔にも怒りが見えた。

「殴りたい」
 俺の腕に噛みつきそうな勢いで、姉のアリーダが言った。
「……今じゃなくて後でよろしく」
 とりあえず、そんなことを言っておく。

「そうとも、この無礼者どもが!」
 そこで、騎士様の腕を振り払った貴族の男が声を張り上げる。味方の魔術師が出現した途端に、その表情に余裕が浮かぶのがすげえムカつく。
「早く宿に案内しろ! 金ならあるんだ!」
 そんな騒ぎが続いているんだけれど――。

 俺はふと、急に幌馬車の存在が気になった。他にもちらほらと他の荷馬車から降りてきた人間がいたのだが、彼らは使用人らしい雰囲気のものばかりだ。
 そんな中、魔術師がずっと乗っていたんだろう荷馬車から、変な音がしている。何かがぶつかっているような、かつんかつんという――木を叩きつけるような音が。
 俺がそちらに視線を向けたことで、姉もその音に気付く。
 そして、その頃になると村のあちこちから様子を見に家から出てきていて、村長さんや村の有力者たちが姿を見せていた。だから、俺と姉がこっそり荷馬車の幌の中を覗くために移動できたわけだ。魔術師やら使用人には気づかれない、少しだけ離れた位置で。

「……縛られてる」
 俺がそう呟いたのは、あまりにもおかしい状況がそこにあったからだ。
 幌の下で、一人の女の子が両手両足をロープで縛られた状態で転がされていたのだ。メイドか何かなのか、地味ながらも仕立てのいい服装。必死にロープをほどこうとして暴れているせいで、彼女の靴が馬車の中にぶつかっている。
「ちょっと何これ」
 姉が悲鳴じみた声を上げたせいで、やっと俺たちが何をしているのか気づいたのだろう、貴族の使用人たちがこちらに駆け寄ってくる。
「何よ、これ! あなたたち、奴隷商人!? 女の子を縛って何をしようっていうの!?」
 続けて姉がそう叫んだものだから、俺たち以外の村の人間もこちらに歩み寄ってくる。
 状況がまだ解っていないだろう村長さんたちもこちらを見て。
「説明してもらおう」
 そう言った。

「その娘は生贄だ!」
 貴族の男は唇を歪めるようにして笑う。「私の娘の病を治してもらうため、神殿で命を捧げさせるのだ!」
「最低……」
「本当に最悪」
 俺と姉が同時に呟く。
 そして、あまりにもムカついたものだから。
 俺は使用人たちが引き留めようとする横をすり抜けて、馬車の中に乗り込んだ。急いでロープをほどくと、その少女が泣きそうな顔で何度も頷いて見せる。
 少女は助けを呼ばないように猿轡もされており、必死に暴れたせいだろう、明るい茶色の髪の毛は乱れていたしロープの下の肌は赤黒くなりつつあった。
 でも……可愛い子だった。
 まだ十代半ば、どこか幼い雰囲気を残しながらもその瞳は凄く冷静な光も宿していた。
「ありがとうございます」
「大丈夫、大丈夫」
 目元に涙を浮かべながら必死に頭を下げる彼女を宥めつつ、俺は荷馬車の外を見た。姉が猫のように威嚇しながら、使用人たちが荷馬車に乗らないよう、身を挺してこちらを守ってくれていた。
「勝手なことをするな」
 使用人の男性が、怯えたような目で俺たちを見つめている。「旦那様に逆らったら、お前たちだって命が危ないんだ。今は特に……」

 まあ、その台詞でどんなご主人様なのかは想像がつく。
 娘の命の危機に混乱しただけの男じゃなく、平素から傲慢な貴族なんだろうってことは。

「邪魔する者は殺せ!」
 貴族の男が叫び、彼に雇われた魔術師は深いため息をつく。しかし、その命令に反抗する様子もなく、小さく頷いた。
「報酬をいただいているので、仕方ありません」
 魔術師がヴィレムの前から離れてこちらに来ようとしているのだろう、ヴィレムとの僅かな言い争いのような声が聞こえた後で。

『ちょっとー! やめてよね!』

 そんな凄まじい声が、頭上から降ってきた。

 可愛らしい女の子の声だと思ったけれど、その響き方が妙だった。普通に誰かが叫んだわけじゃなく、爆発するかのように爆音で響いたのだ。耳が痛くなるというか、耳を塞がねばいられないというか。

『うちの前をこれ以上、事故物件にしないでくれるー!? わたし、幽霊とか嫌いなんですけどー! 肝試しとかあっても一番に逃げ出すタイプなんですけどー!』

 そんな絶叫が続いた直後、まるで雷がその場に落ちてきたかのような轟音と、地響きが続く。
 村人たち、貴族の男やその使用人たちの悲鳴。
 俺にすがりつく少女の震えた腕を感じると、自然と彼女を落ち着かせるためにその背中を撫でてしまう。そして姉も絹を裂くような悲鳴を上げてヴィレムの方へ走り出し、俺から見えない位置で叫んだ。
「ほら、竜神様がお怒りじゃないの!」

 ――竜神様。

 その言葉に、辺りにいた全員がざわめいた。
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