夢見る竜神様の好きなもの

こま猫

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第31話 景観という言葉をご存知ですか?

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「わたし、わたし、幽霊とかめちゃくちゃ嫌いなんですけどー!」
 わたしは水鏡の中の光景を睨みつけながら、頭をがしがしと掻き回している。
 食事をして、ピアノを弾いて、のんびりとした一日を過ごした後にマルガリータにお願いして村の様子を覗き見したらこのざまだ。何なのこれ、また知らない人が生贄とか言い出してる光景があったんだけど!

「落ち着いてください、シルフィア様ー!」
 わたしの背後から、マルガリータが抱き着いてきて池から遠ざけようと身体を持ち上げる。わたしの両足がぶらぶらと宙に浮いたけれど、そんなのもどうでもいいことだ。
「放してマルちゃん!」
「駄目ですー!」
「命令だからね!?」
「あうううう」
 マルガリータはそこで凄まじい葛藤の混じる声で唸った後、わたしを地面に下ろしてくれる。でも、せっかく映し出した村の様子を消してしまったようで、わたしの足元にある池は元通りになっていて。
「よし解った」
 わたしはフッと笑うと、そのまま踵を返して書庫へと駆け込んだ。背後で「シルフィア様!?」と叫ぶマルガリータと、状況が掴めず呆然としているヴェロニカがいたけど放置である。

「よし、魔法書!」
 わたしは書庫の中に立って欲しい本を思い浮かべる。そして、数冊の本を抱えて洞窟の外に出た。だんだん陽が暮れようとしている時間帯で、空の色が赤みを帯び始めていた。そんな空を見上げつつ、魔法書のページを凄い勢いでめくり、断崖絶壁の前に立つ。
 ここを事故物件にしてなるものか!
 自殺の名所にしてなるものか!
 わたしは魔法を使って、何もない崖の上に看板を色々と作り出す。

『ちょっと待て。お前の死は無駄死にだ』
『死ぬ勇気があるなら生きてみろ』
『自然を大切に』

「あの、シルフィア様?」
 背後からマルガリータの声が飛んでくる。「景観という言葉をご存知ですか?」

 うん、知ってる。
 洞窟の入り口から近い崖の上、怪しげな看板が立てられているのは確かに問題があるだろう、景観的に。しかし、そんなことを言ってる場合だろうか。
 わたしはマルガリータの言葉は聞き流すことにして、そのまま遥か下の地上へと続く階段へと向かった。手すりのない階段は、雨が降ったり雪が降ったりしたら危険である。
 景観が大切だと言うのなら、多少は何かおしゃれにした方がいいのか。
 わたしは少し悩んだ後、ただ武骨なだけの手すりをつけるんじゃなくて、お洒落な外国の庭園によくあるような、アーチをつけることにした。葉っぱが生い茂る蔓が絡み合い、赤白黄色、色々な花が咲いている感じに。
 そんなお洒落なアーチと花に覆われた階段が出来上がるわけだ。
 足を滑らせても崖下に落ちることのない、安全な場所。たまにバラとか観賞用の花じゃなくてキュウリとかナスとかなっているのはご愛敬。植物の生成までできるようになったわたしは無敵である。
 あれ?
 これでわたしたちは村に野菜を買い出しにいかなくてもよくなる? あ、でも野菜の種類が足りない。あとはトマトとかピーマンも欲しい。

 それに、蔦が絡まないタイプの野菜だって欲しい。
 玉ねぎやジャガイモは地面に植えないといけないし、キャベツやレタスだってそうだ。もやしも欲しいし枝豆も欲しい。
 どこに畑を作ったらいいだろう。さすがに洞窟の中では太陽の光が足りないだろうし――。

「あの、シルフィア様? 何を考えてます?」
「幽霊以外のこと!」
 くわっと目を見開いて背後を振り返り、現実逃避の世界から引き戻そうとするマルガリータを睨みつける。そして、わたしはさらに叫ぶのだ。
「大体、崖の上まで勝手に入ってこられるから落ちる人がいるんだ! 階段の下に頑丈な門をつけて、インターフォンもつけよう! 警備会社と契約して、侵入者がいたら排除してもらうんだ!」
「……警備……」
 マルガリータは眉間に皺を寄せて可哀そうなものを見るかのようにわたしを見下ろし、ヴェロニカはおろおろとわたしたちの顔を交互に見つめる。
 うん、すみません。
 ちょっと取り乱しました。

「まあ、予想の範囲内ですかねえ」
 ソファに戻って、一息ついた後でマルガリータが言う。「シルフィア様の呪い返しを受けて、どうにかしようと動けるくらいなら元気な方ですよ。放置していてもいいでしょう」
「放置でいいの?」
 わたしは首を傾げながら、居心地悪そうに身体を小さくしているヴェロニカを見つめる。彼女もソファに座っているものの、休んだ方がいいんじゃないかと思えるほど顔色が悪くなってきている気がした。
「ねえヴェロニカ。さっきの馬車に乗ってた人、覚えがある?」
「……ええ、はい」
 彼女はそう頷いた後で、呪いに苦しんでいるであろう少女がヴェロニカに何をしたのか教えてくれた。
 ヴェロニカの妹クリステルと一緒に嫌味を言うだけに飽き足らず、クリステルに命令されるまま、痣ができるほど扇子で殴られたり、床に落ちた食べ物を無理やり食べさせようとしてきたんだとか。
 何ですかそれ、完全な『いじめ』じゃないですか。
 現代社会だったら自殺の可能性も出てくる事案ですよ。

「……ええと、ヴェロニカは聖女って呼ばれてたんでしょ?」
 それなのに、そんなことをしていいの?
 わたしが顔を歪めてそう訊くと、ヴェロニカは苦笑を漏らした。
「クリステルがわたしのことを『偽物の聖女』と呼んでましたし、その言葉を絶対だと信じ込むご友人でした。それに、立場の弱い人間を攻撃するのが好きな方のようでしたので……」
「何それ」

 それは純粋な嫌悪感だった。
 弱い者いじめ。
 正直なところ、そういう弱者を攻撃して喜ぶ人間っていうのは、強者には弱いことが多いだろう。もちろん、単純なサイコパス――相手が何であろうと他者を攻撃することが好きな奴もいるだろうけど。
 でも、やっぱりわたしはそういうのは嫌いだ。

「ヴェロニカは恨まなかったの? やり返したいとか考えなかった?」
「……そうですね。やり返しても無意味な気がしていました。神殿で神官様のお話を聞くことが多かったのですが、罪を持つものを許すのも、聖職者の仕事なのだとおっしゃっていました。いつか罪ある者は報いを受ける日がくるのだから、正しき者はそれを見守るのが役目だと」
「納得できたの、それ?」
「うーん」
 そこで、ヴェロニカは困ったように首を傾げる。「納得……しようとしていました。だってやっぱり、誰かを憎むのは苦しいですから。ただ、これも自己満足なんだと思います。そうやって相手を許すことで、自分が彼らよりも気高い存在なのだと思いたかったのかも」
「やだもう、凄い!」
 わたしは思わずソファから降りて、ヴェロニカのところに駆けよった。彼女の痩せた身体に抱き着いて、ぐりぐりと頭を押し付けた。

 音楽教室で働いていた時に、表情の暗い子に気づいたことがあった。口数が少なくて、話しかけてもほとんどうっすらと笑うだけの子。その数年前から教室に通ってきていたけれど、最初の頃はずっと明るかったと思う。
 でも、その子を受け持っていた先生から聞いたのだ。あの子はここ最近、学校でいじめられているらしい、と。
 ピアノを弾きに教室の防音室に入ったはずなのに、ピアノを弾かずにずっとその悩みを聞いていた、と。
 先生は何とかその子を力づけようとしたけれど、結局――家族で引っ越ししてしまった。
 逃げるしかなかったんだと思う。でも、それでよかったのかもしれないと先生は言った。新しい学校で友人ができたという明るい文章の手紙が届いて、ほっとしたと笑っていた。

「ヴェロニカは逃げずに受け止めたんだね。それって凄いよ。滅多にできないことだと思う!」
「いいえ、逃げる勇気がなかったんです」
 彼女はそう慌てて言ったけれど、わたしは――目の前の少女が強い人なんだと純粋に思ったし、それに。

「竜神の神殿の巫女に相応しい、凄い人なんだよ」
 わたしがそう言いながら彼女の頬に手を伸ばした時、わたしの指先から熱が広がった。魔力の流れだ、と困惑している間に、触れた指先から光が弾け、ヴェロニカを優しく包んだのが解った。

「あらら、シルフィア様、魔力の成長が早いですねえ」
 わたしの背後でのほほんとしたマルガリータの声が響き、小さな笑い声も続く。
 うん? とわたしが首を傾げていると、マルガリータが言葉を続けた。
「シルフィア様から魔力を受けたことで、ヴェロニカは完全に巫女にレベルアップしました」
「はい?」
「え?」
 困惑したのはわたしだけじゃなく、ヴェロニカもそうだった。そんなヴェロニカの白い額には、うっすらと白く輝く小さな魔法陣みたいなのが浮かび上がっていて。

「多分、あの貴族たちは明日にはこの神殿にやってくるでしょう」
 マルガリータはわたしたちを交互に見つめ、指をちっちっと揺らした。「せっかくだから、そこで我が新しい巫女様の初めての役目をはたしてもらうことにします!」
「えっ?」
「元々、神歌持ちの『聖女様』ですよ? ただでさえ凄いっていうのに、白竜神の魔力を得た『巫女様』というジョブに転職したんですから、さらにとんでもないことになってますからね!?」
「いや、あのね? ジョブとか言われてもヴェロニカには伝わらないよ?」
 わたしがそう言っても、彼女の耳には届かなかったようだ。
「明日、あの呪い持ちを許すにしろ、さらなる天罰を下すにしろ、我々は見守っていこうじゃないですか! 観戦するために、何かお菓子とか必要ですか? ええと、何でしたっけアレ。シルフィア様の世界の……そうそう、ポップコーン! わたし、魔力で作りましょうか!?」
「いや、あの」

 そんな感じでマルガリータが熱く叫びながら拳を握り、ヴェロニカは唇を引き結んで何事か考えこんでしまった。

 そしてマルガリータが言った通り、その翌日、彼らはここにやってきたのだった。
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