夢見る竜神様の好きなもの

こま猫

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第32話 反省されていますか?

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「あのさあ」
 わたしは崖の上、看板の傍に立ちながら遥か下方の地上を見下ろしていた。
「何でしょうか、シルフィア様」
 のほほんとした口調はいつも通り、マルガリータがわたしの横に立って首を傾げる。しかも彼女の手の中には大きめのボウルがあり、ポップコーンの山ができている。
 本当に作ったよ、この人! 人じゃないけど! 骸骨だけど!
 でも、バターの香りがするのがお腹を刺激する。わたしはそのボウルに手を伸ばすと、がさっとつかみ取って口の中に放り込んだ。
 意外と美味しい。次はバター醤油でお願いしたい。

「ところで、ちょっとした観光地になってませんかね?」
 わたしはむぐむぐと口を動かし、『飲み物も欲しいなあ』とか考えながら、森の中を通ってきただろう観光客ご一行様に視線を向ける。
 今はそろそろお昼時という時間帯で、頭上高いところに燦燦と輝く太陽がある。太陽の光は森の木々に降り注いでいるけれど、何だかどんどん緑の色が強くなってきていて、妙に目が痛く感じた。

 そんな鮮やかな緑のもとで、予想以上に多くの人影があるわけだ。
 例の貴族連中が乗った馬車、その連れが乗った荷馬車の他にも、村の人たちが随分とたくさん。
 でもどうやら、生贄として連れてこられたはずの女の子はいないようだ。ランちゃんたちが助けた後、匿ってくれているんだろうか。安全なところにいればいいのだけれど。

 貴族の男性が連れてきた魔術師は、どこか疲れた様子で皆の『介護』をしているようだった。馬車から降りてきた貴族の男性は魔術師に支えられているもののふらついていたし、彼の妻らしい女性も歩くのもやっと、といった状態。呪いを受けた少女は言わずもがな、馬車から降りても歩くことはおろか、立つことすらできなかった。
 そんな彼らを遠巻きにして見つめているのは貴族の使用人たち、村の人たち。何しに来たんだ、あんたらは。見物人か。ポップコーンを売りつけてやろうか。

「……下に行ってきます」
 わたしとマルガリータがポップコーンをぼりぼり食べていると、背後からヴェロニカの緊張した声が飛んできた。
 振り返ると、すっかり見違えた格好のヴェロニカがいる。マルガリータが『巫女として相応しい格好を!』と朝から燃えていたので、好きにさせた結果がこれである。
 絹なのかな、という柔らかそうな布地の白い服。身体の線を僅かに見せているものの優雅なデザインで、足元まですっぽりと隠しているけれど歩きやすそうな感じ。
 っていうか、歩くと裾がキラキラ光るのがいかにも高貴な印象を与えてくれる。

 額に浮かび上がる巫女の紋章を隠さないように、銀色のサークレットがつけられていて、耳元にはダイヤみたいな宝石のついたピアス。ネックレスもピアスと対になっているデザインなのだろうか、繊細な造りのものがつけられている。
 まだ痩せているのは隠せていないけれど、健康そうな薄紅の唇が彼女の美しさを際立たせている感じだった。

「何かあったら声を上げてください。あなたの希望通りのことを『竜神様の奇跡』として起こしますし、困ったことがあったら助けます。大丈夫です、あなたは一人じゃありません」
 マルガリータはヴェロニカにそう言ったけれど、ポップコーンを食べながらだと説得力はない気がする。でも、素直なヴェロニカはそれに頷いて、緊張した面持ちで階段を降り始めたのだ。わたしが昨日作った、綺麗な花の咲くアーチをくぐって。

 結婚式みたいだな、と思ったのは秘密だ。

 遥か遠く、地上にいる観光客たちは、蔓に覆われた階段を上がってこられず、右往左往している。魔術師が困惑した様子でその蔦を焼き払おうと魔術を放ったようだが、残念、そんなもので何とかなると思うな! 逆に魔術が跳ね返されて炎に巻かれそうになっている。

 地上までの道のりは遠い。だから、ヴェロニカが彼らの近くまで到達したのは結構時間が経ってからだ。
 でも、蔦に覆われているとはいえ、誰かが降りてくるのが見えたのだろう。閉ざされた階段の登り口の辺りで、少しずつざわめきが広がっていった。
 ありがたいことに、わたしの耳はどんな遠くの声も聞き取れる。
 だから、彼らの小さな囁き声もちゃんと届く。

「……あなたは?」
 そう口を開いたのは、檻のように塞がれた蔦の向こうにいる魔術師だ。彼は驚いたようにヴェロニカを見つめ、少しだけ背筋を伸ばした。おそらく、本能的にヴェロニカが普通の立場の人間ではないと気づいたのだろう。
 しかし、貴族の男はそこまで察することができなかったようだった。
「お前、ここを開けろ!」
 その魔術師を押しのけるように貴族の男が声を上げ、蔦に飛び掛かるように突撃していったが、どうやら蔦にあった棘に敗退したようだ。小さな悲鳴を上げて飛び退る。

「申し訳ございませんが、お静かにお願いいたします」
 ヴェロニカは静かに口を開く。
 どうやら、わたしが思っていた以上に彼女は冷静のようだ。心の中では不安を抱えているのかもしれないけれど、少なくとも彼女の前にいる人たちはそうは思わなかったみたいだった。
「失礼ですが――」
 また魔術師が静かに声を上げようとするのだけれど。

「娘を助けてちょうだい!」
 そこで、貴族の女性が泣きそうな声を張り上げた。ふらつく足取りで蔦の壁に近づき、耳に痛いような金切り声で叫び続ける。
「何なのよ、ここ! ここは神殿でしょう!? 早く何とかして!」
 その声に後押しされたのか、男性――つまり父親の方も騒ぎ始める。
「開けろ! 我々は上に行きたいんだ!」

 魔術師が額に手を置いてため息をついているのが見えた。
 まあ、多少は同情できるかもしれない。いくら金のためとはいえ、雇い主は選ぶべきだと思うよ。

「……あなた」
 そこで、黒い馬車の近くで座り込んでいた少女が顔を上げ、掠れた声を上げた。その弾みで、黒いヴェールが肩に滑り落ち、少女の顔が露になる。
 誰かの息を呑む声が聞こえる。
「あなた、どうして? 死んだのでしょ、う?」
 少女はきっと、自分の顔がその場にいた全員に見られたということに気づいていないんだろう。食い入るように蔦の向こう側にいるヴェロニカを見つめ、やがてその唇が震え始める。
「あなたのこと、生贄にしたってクリステル様が!」
「……お久しぶりですね」
 その少女の声に反応したヴェロニカの声は、僅かに震えていた。さすがに、目の前の少女の現状に怖気づいたのかもしれない。
 それほど、酷かった。
 正視に堪えないと言うべきだろうか。

 長い髪の毛は元々は美しい金髪であったと思うのに、すっかり艶を失ってばさばさになっている。少女の肌はまるで火傷に覆われているように引き攣れており、皺だらけで老婆のようにも見えた。
 その双眸だけが若さを感じさせるのが、何だか不気味に感じさせている。

「生贄にさせられそうになったんです」
 やがて、気を取り直したようにヴェロニカが少女に言った。「でも、わたしは……白竜神であるシルフィア様に巫女として認められました」
「巫女?」
「巫女だと!?」
 少女と彼女の父親の声が重なった。そしてそこからは、混乱の声が辺りを騒然とさせた。
 村人たちもいつの間にか蔦の傍に駆け寄ってきて、口々に色々なことを叫び始めている。興奮にその頬を紅潮させた人たちが、落ち着かない様子でぐるぐると歩き回るのだ。
「竜神様が復活なされた!」
「やっぱり、そうだったんだな! 森が生き返っているのが不思議だったんだ!」
「うちの村の野菜とか、動物だってよく育つようになったし!」

「そんなのはどうでもいい!」
 父親が村人たちに向かって叫び、またヴェロニカを睨みつけた。「うちの娘を治してくれ! 竜神様なら治してくれるんだろう!?」

 でももちろん、ヴェロニカはそれに頷かない。
「正しい『聖女』を虐げた女性を救えとおっしゃるのですか?」
「何だと!?」
「残念ながら、あなたのご息女……、そしてわたしの妹クリステル、その家族。天罰が下りました。何故なのか解りますか? 間違ったことをしたからです。弱き人間を踏みにじろうとしたからです」
「うるさい! そんなことを言っている場合じゃ――」
「やめて、お父様! 何でもいいから治してもらうようにお願いしてよ! 痛いのよ! 苦しいのよ! 呼吸すらできなくなるくらいに!」
 座り込んだままの少女が泣きわめくと、さすがに父親も口を閉ざした。
 そしてヴェロニカは言うのだ。
「心の底から反省されていますか?」
「はあ?」
「あなたはいつだって、わたしを蔑んでこられましたよね。クリステルに言われるままに、弱者をいたぶってこられた。わたしだけじゃなく、使用人や平民に対しても酷い扱いをされていたと聞いています」
「それが何?」
 少女はまるで話の通じない子供に対して言い含めるように続けた。「貴族と平民では立場が違うの。生まれながらにして決まっていることがあるのよ? わたしたちは貴族なの。大切にされるべき存在なの」

 ――駄目だこりゃ。

 わたしはいつの間にか看板に手をかけていた。このまま引っこ抜いて、あいつらをこの看板でタコ殴りにしてやりたい。

「それでも」
 ヴェロニカは軽く首を横に振った。「貴族であろうと平民であろうと、死は……そして病気も平等でしょう?」
「は? 何を言っているの?」
 少女はさらに激高した。どこにそんな体力が残っていたのか、その場から立ち上がって幽鬼のようにふらつきながらヴェロニカに近づく。
「平等なんかじゃないわよ! 平民は貴族のために死ぬの! そのくらいしか価値がないのよ!」

「マジで殴りに行っていい?」
 わたしは思わずマルガリータに囁き、マルガリータが慌ててそれをとめた。
「大丈夫です。うちの巫女、もの凄く強いですよ?」

 そしてマルガリータの言葉は事実だった。
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