54 / 69
第54話 収穫祭は無理なのでは?
しおりを挟む
「そろそろ時間切れですぅ……」
ふと、マルガリータが心底残念そうに、苦悩にまみれたような声でそう呟いた。
水鏡の向こう側では、フェル何とかさんがシェルトと何か相談を始めていた。漏れ聞こえてくる会話では、どこから魔力を注ぐか、効率を求めたらどういう順番で回るか、みたいなことを話しあっているようだ。
しかし水鏡の表面にノイズのようなものが走ったことに彼らも気づいたようで、フェルディナントが慌ててこちらに駆け寄ってきた。池に落ちそうなほど身を乗り出して大きな声を上げた。
「ちょ、おい! 早くねえ!?」
「すみません! いえ、でもほら! 頑張れば年に一度は会えるわけだし」
「それっていつだよ!」
「ええと……無事に収穫祭が行えたら、ですから……」
マルガリータが小首を傾げて見せた。「運が良ければあと三か月後くらい……」
「おっせえ!」
「すみませんすみません、申し訳ありませーん!」
「大地に魔力を注がないと収穫祭どころじゃないですし、頑張ってください!」
底抜けなまでに明るい声でそう言ったマルガリータに、フェルディナントは呆気に取られたように固まった。そして、その切れ長の目を吊り上げて何か言おうと口を開けた瞬間。
まるでテレビの電源が消えたかのように、唐突にその光景は消えた。
そこに訪れるのは静寂。それから僅かに遠くに聞こえる鳥の鳴き声。
「あのさあ、マルちゃん……」
わたしは微妙に働かない頭を必死に奮い立たせ、言葉を探した。「ごめん、あんまりあの人……フェル何とかさんのことは趣味じゃない」
「えええええー!?」
ごめん、歯に衣着せぬ物言いで。
でも、無理なんだよ。
わたし、絶対にあの人と気が合わないと思うから。
しかしマルガリータはわたしの手を握って詰め寄ってくる。
「でも、すっごくお似合いのお二人なんですよ!? そういう運命なんですよ!?」
「……運命は自分で切り開く質なんで、わたし」
「駄目です駄目です駄目ですー! フェルディナント様もがっかりします! っていうか、あんな美形に壁ドンとかされたらときめくでしょう!?」
「よく壁ドンとか知ってるよね……」
そして微妙に情報が古い。
わたしが眉を顰めつつ彼女の手を振り払うと、マルガリータはその場でまた舞台女優かと思えるほど大げさな動きでくるくる回り始めた。
「あれこそ眼福! あんな美しい方と並んだシルフィア様は、とても可愛らしく」
「あーはいはい」
駄目だこりゃ、と思いつつ、わたしはそっと視線を彼女から外してヴェロニカを見た。気配の消し方はシェルトに似ていて、ずっとわたしたちにその存在を感じさせなかったけれど。
少しだけ、心配そうにわたしを見つめている彼女。
ヴェロニカはわたしとマルガリータを交互に見つめ、控えめな仕草で口を開いた。
「あの……」
「何?」
食い気味にその声を拾うわたし。
マルガリータの運命の押し付けを聞いているよりはずっといい。
ヴェロニカは眉間に皺を寄せつつ、困ったように笑う。
「失礼ながら、その……収穫祭は行われないんじゃないですか?」
「え?」
「どうして!?」
食い気味になったのはマルガリータもである。無駄にくるくる回っていた彼女は、静かに立っていたヴェロニカに歩み寄る。
「何でそんなことを言うんですか、うちの巫女は! きっとやります! ほら、まずは復活祭! 街で大々的にお祭りがあった後は、作物の収穫時期の真っ盛りじゃないですか! その後にどーんとばーんと収穫祭ですよ! 大忙し間違いなし!」
「いえ、でも」
ヴェロニカは一歩後ずさって表情を引きつらせた。「相変わらず難民が……というか。疫病の噂も消えてないのに、収穫祭なんてやるはずがないです。まずは生活を立て直すのが先決でしょうし、復活祭だけで終わりだと思います」
「え」
マルガリータが硬直し。
「ああ、確かに」
わたしが頷く。
「え、ちょっと待って、待って、待ってください?」
マルガリータが我に返ってわたしの手を掴む。またか。振り払いたい。
「じゃあまず、そっちの問題を片づけましょう!? シルフィア様、アコーディオンとか売ってる場合じゃないですよ!? 疫病っていうか、呪いの方、何とかしないと!」
「え、でも」
わたしはそっとヴェロニカを見た。
彼女の表情は強張っていて、少しだけ苦しそうに考えこむ様子を見せていた。そして、思い切ったようにわたしをまっすぐ見つめ直した。
「わたしも気になります。あの家がどうなっているのか……見届けたいと思いますし」
「……そうなの?」
その言葉の裏に何もないだろうかと彼女を観察してみたけれど、嘘はなさそうな響きだった。まあ、それがヴェロニカの決めたことなら――。
「じゃあ、明日は早速そちらに足を伸ばしましょう!」
マルガリータが力強くそう言うと、辺りをぐるりと見回してばたばたと洞窟の奥へと駆けていく。「お供え物は片づけておきます! 食事を取ったら早く寝ましょう! 今すぐ寝ましょう! 明日は早いですよー!」
そんな叫び声が、だんだん遠ざかっていく。
でも、洞窟内に響く。まるでホールみたいに。
しかし、また明日から忙しくなりそうだ。せっかくこの神殿に帰ってきたというのに、グランドピアノに触る暇もないままで。
「シルフィア様」
わたしが池の傍でしゃがみこんでため息をついていると、ヴェロニカが気遣うように声をかけてきた。
「ん? 何?」
そっと見上げるとヴェロニカが気まずそうな目で首を傾げる。
「フェルディナント様のこと、受け入れられないですか? この世界ではやっぱり……お二人が仲がいいことで平和が存在する、って感じなので……」
「んー……」
どうしたものだろうか、と少しだけ悩む。
でも悩むだけ無駄な話なのだ。ヴェロニカが、そしてマルガリータが求めている答えは一つ。わたしが彼女たちが求める台詞を言えないだけ。
でも意外なことに、ヴェロニカは自分の唇に人差し指を当てて笑った。
「何かあるんですか? でもそれ、マルガリータ様には内緒にしておきましょうか。きっと、それを聞いたらマルガリータ様は大騒ぎするでしょうから」
「え?」
わたしは驚いてその場から立ち上がった。
まだわたしの視点はヴェロニカより低い。だからなのかもしれないけれど、何故かわたしよりずっと大人のような――静かな双眸をしていると思った。
「シルフィア様。わたしも最近、悩むことが増えました」
「どうしたの?」
「以前は何も考えませんでした。ただ、正しく生きていこうと思っていただけというか……」
ヴェロニカはそこで唇を噛む。
少しずつ彼女の顔色が白くなっていくような気がする。
「大丈夫?」
「ええと……その」
ヴェロニカは逡巡する様子を見せた後、泣きそうな笑みを浮かべて見せる。「最近、わたしは巫女として相応しくないのかも、って思い始めたんです。ごめんなさい、わたし」
思わずわたしは彼女の手を握った。
彼女の冷えた指先が震えている。それは緊張だったのかもしれない。
「聖女とか巫女とか呼ばれたとしても、どんどんわたしは……それから遠ざかっていく気がします。どうやっても恨みが消せないんです。シルフィア様たちの傍にいるために、善良でいようとしているのに。口に出る言葉が綺麗事にしかならなくて」
「……うん」
「そして気が付くとわたし、クリステルたちが苦しむことだけを願っています。汚いんです、わたしの考えていることは」
わたしは思うのだ。
……でも、それって。
「当然でしょ?」
あっさりとそう口にしたわたしを、ヴェロニカは困惑したように見る。
「え?」
「それが人間だもの、当然だよ」
「当然……」
「逆に、ヴェロニカがそう思っていてくれて、少しだけほっとしたかな。綺麗なだけの感情しか持ってない人なんていないと思うし。そう思わない?」
わたしはそこでまた池のほとりにしゃがみこむ。
足元に広がっている、澄んだ水。何メートルの水深があるのか解らないけれど、多分、わたしが生きてきて初めて見るくらいの深さ。飛び込んだらきっと二度と上がってこられないくらいの深さ。
それなのに、ごつごつした底が見えるくらい、完全な透明。
「逆にさ? こんなに水が綺麗だと怖いよね」
美しいものが怖い。
それは未知なものだから、だろうか。
綺麗だけど、触れてはいけないような気になるというか。本能的なところが拒否をするというか。
「何もないことが見えすぎるからかな。うん、わたしもよく解らないけど……でも、ちょっとくらい欠点がある方が親近感がわくんだよ。それはきっと、わたしも『そう』だからだと思う」
「そう、だから?」
「うん。わたしも欠点があるから」
にへら、と笑いながら彼女を見上げると、ヴェロニカがそっと息を呑んで。
そして唐突に、その目から涙がぽろりとこぼれた。
え、ちょっと待って。
わたしは思わずまた立ち上がって、おたおたと両手を動かす。ハンカチ、持ってない! ええと、魔法で作ればいいのか!?
「シルフィア様……お願いがあります……」
ヴェロニカがそこでわたしの前に跪いた。「わたし、絶対にクリステルを目の前にしたら何かしてしまう。母を殺されたこと、どうしても忘れられない。だから助けてください。とめてください。わたしが何かをする前に、助けてください……」
正しくありたいんです。
悪いことなんて何もしたくないんです。
でもきっと、クリステルを目の前にしたら、その喉に手をかけることをとめられないかもしれない。
だから怖いんです。
お願いします、助けてください。
そうヴェロニカは言う。
だからわたしは思わず彼女の肩を抱いてその耳元で約束する。
「解った、とめる。殴ってでもとめるから」
そこで、とうとうヴェロニカの涙腺が決壊したんだろう。激しくしゃくりあげる声が響いて。
「……あの、どうしたんです?」
遠くから恐る恐るそう声をかけてきたマルガリータの声に、わたしはそっと視線を上げた。そして彼女の困惑したようなぎこちない動きを見て。
そうだ、マルガリータはどこか人間とは違うんだ、と改めて思ってしまったのだ。彼女は守護者という立場からなのだろうか、人間の心の機微が読めていない気がする。何もかも、『シルフィア』という白竜神が中心であって、それ以外はどうでもいいんだ。
だから。
こいつが何かしでかしそうになった殴ってでもとめてやろう。ついでにフェル何とかさんがわたしに無理やり迫ってきたら、そっちもぶん殴ろう。あの綺麗な顔、よくよく思い出したらムカつくような気がしてきたし。理不尽かもしれないけど、それは仕方ない、人間の本能だ。多分。
わたしはそんなことを考えて、一人で頷いていた。
ふと、マルガリータが心底残念そうに、苦悩にまみれたような声でそう呟いた。
水鏡の向こう側では、フェル何とかさんがシェルトと何か相談を始めていた。漏れ聞こえてくる会話では、どこから魔力を注ぐか、効率を求めたらどういう順番で回るか、みたいなことを話しあっているようだ。
しかし水鏡の表面にノイズのようなものが走ったことに彼らも気づいたようで、フェルディナントが慌ててこちらに駆け寄ってきた。池に落ちそうなほど身を乗り出して大きな声を上げた。
「ちょ、おい! 早くねえ!?」
「すみません! いえ、でもほら! 頑張れば年に一度は会えるわけだし」
「それっていつだよ!」
「ええと……無事に収穫祭が行えたら、ですから……」
マルガリータが小首を傾げて見せた。「運が良ければあと三か月後くらい……」
「おっせえ!」
「すみませんすみません、申し訳ありませーん!」
「大地に魔力を注がないと収穫祭どころじゃないですし、頑張ってください!」
底抜けなまでに明るい声でそう言ったマルガリータに、フェルディナントは呆気に取られたように固まった。そして、その切れ長の目を吊り上げて何か言おうと口を開けた瞬間。
まるでテレビの電源が消えたかのように、唐突にその光景は消えた。
そこに訪れるのは静寂。それから僅かに遠くに聞こえる鳥の鳴き声。
「あのさあ、マルちゃん……」
わたしは微妙に働かない頭を必死に奮い立たせ、言葉を探した。「ごめん、あんまりあの人……フェル何とかさんのことは趣味じゃない」
「えええええー!?」
ごめん、歯に衣着せぬ物言いで。
でも、無理なんだよ。
わたし、絶対にあの人と気が合わないと思うから。
しかしマルガリータはわたしの手を握って詰め寄ってくる。
「でも、すっごくお似合いのお二人なんですよ!? そういう運命なんですよ!?」
「……運命は自分で切り開く質なんで、わたし」
「駄目です駄目です駄目ですー! フェルディナント様もがっかりします! っていうか、あんな美形に壁ドンとかされたらときめくでしょう!?」
「よく壁ドンとか知ってるよね……」
そして微妙に情報が古い。
わたしが眉を顰めつつ彼女の手を振り払うと、マルガリータはその場でまた舞台女優かと思えるほど大げさな動きでくるくる回り始めた。
「あれこそ眼福! あんな美しい方と並んだシルフィア様は、とても可愛らしく」
「あーはいはい」
駄目だこりゃ、と思いつつ、わたしはそっと視線を彼女から外してヴェロニカを見た。気配の消し方はシェルトに似ていて、ずっとわたしたちにその存在を感じさせなかったけれど。
少しだけ、心配そうにわたしを見つめている彼女。
ヴェロニカはわたしとマルガリータを交互に見つめ、控えめな仕草で口を開いた。
「あの……」
「何?」
食い気味にその声を拾うわたし。
マルガリータの運命の押し付けを聞いているよりはずっといい。
ヴェロニカは眉間に皺を寄せつつ、困ったように笑う。
「失礼ながら、その……収穫祭は行われないんじゃないですか?」
「え?」
「どうして!?」
食い気味になったのはマルガリータもである。無駄にくるくる回っていた彼女は、静かに立っていたヴェロニカに歩み寄る。
「何でそんなことを言うんですか、うちの巫女は! きっとやります! ほら、まずは復活祭! 街で大々的にお祭りがあった後は、作物の収穫時期の真っ盛りじゃないですか! その後にどーんとばーんと収穫祭ですよ! 大忙し間違いなし!」
「いえ、でも」
ヴェロニカは一歩後ずさって表情を引きつらせた。「相変わらず難民が……というか。疫病の噂も消えてないのに、収穫祭なんてやるはずがないです。まずは生活を立て直すのが先決でしょうし、復活祭だけで終わりだと思います」
「え」
マルガリータが硬直し。
「ああ、確かに」
わたしが頷く。
「え、ちょっと待って、待って、待ってください?」
マルガリータが我に返ってわたしの手を掴む。またか。振り払いたい。
「じゃあまず、そっちの問題を片づけましょう!? シルフィア様、アコーディオンとか売ってる場合じゃないですよ!? 疫病っていうか、呪いの方、何とかしないと!」
「え、でも」
わたしはそっとヴェロニカを見た。
彼女の表情は強張っていて、少しだけ苦しそうに考えこむ様子を見せていた。そして、思い切ったようにわたしをまっすぐ見つめ直した。
「わたしも気になります。あの家がどうなっているのか……見届けたいと思いますし」
「……そうなの?」
その言葉の裏に何もないだろうかと彼女を観察してみたけれど、嘘はなさそうな響きだった。まあ、それがヴェロニカの決めたことなら――。
「じゃあ、明日は早速そちらに足を伸ばしましょう!」
マルガリータが力強くそう言うと、辺りをぐるりと見回してばたばたと洞窟の奥へと駆けていく。「お供え物は片づけておきます! 食事を取ったら早く寝ましょう! 今すぐ寝ましょう! 明日は早いですよー!」
そんな叫び声が、だんだん遠ざかっていく。
でも、洞窟内に響く。まるでホールみたいに。
しかし、また明日から忙しくなりそうだ。せっかくこの神殿に帰ってきたというのに、グランドピアノに触る暇もないままで。
「シルフィア様」
わたしが池の傍でしゃがみこんでため息をついていると、ヴェロニカが気遣うように声をかけてきた。
「ん? 何?」
そっと見上げるとヴェロニカが気まずそうな目で首を傾げる。
「フェルディナント様のこと、受け入れられないですか? この世界ではやっぱり……お二人が仲がいいことで平和が存在する、って感じなので……」
「んー……」
どうしたものだろうか、と少しだけ悩む。
でも悩むだけ無駄な話なのだ。ヴェロニカが、そしてマルガリータが求めている答えは一つ。わたしが彼女たちが求める台詞を言えないだけ。
でも意外なことに、ヴェロニカは自分の唇に人差し指を当てて笑った。
「何かあるんですか? でもそれ、マルガリータ様には内緒にしておきましょうか。きっと、それを聞いたらマルガリータ様は大騒ぎするでしょうから」
「え?」
わたしは驚いてその場から立ち上がった。
まだわたしの視点はヴェロニカより低い。だからなのかもしれないけれど、何故かわたしよりずっと大人のような――静かな双眸をしていると思った。
「シルフィア様。わたしも最近、悩むことが増えました」
「どうしたの?」
「以前は何も考えませんでした。ただ、正しく生きていこうと思っていただけというか……」
ヴェロニカはそこで唇を噛む。
少しずつ彼女の顔色が白くなっていくような気がする。
「大丈夫?」
「ええと……その」
ヴェロニカは逡巡する様子を見せた後、泣きそうな笑みを浮かべて見せる。「最近、わたしは巫女として相応しくないのかも、って思い始めたんです。ごめんなさい、わたし」
思わずわたしは彼女の手を握った。
彼女の冷えた指先が震えている。それは緊張だったのかもしれない。
「聖女とか巫女とか呼ばれたとしても、どんどんわたしは……それから遠ざかっていく気がします。どうやっても恨みが消せないんです。シルフィア様たちの傍にいるために、善良でいようとしているのに。口に出る言葉が綺麗事にしかならなくて」
「……うん」
「そして気が付くとわたし、クリステルたちが苦しむことだけを願っています。汚いんです、わたしの考えていることは」
わたしは思うのだ。
……でも、それって。
「当然でしょ?」
あっさりとそう口にしたわたしを、ヴェロニカは困惑したように見る。
「え?」
「それが人間だもの、当然だよ」
「当然……」
「逆に、ヴェロニカがそう思っていてくれて、少しだけほっとしたかな。綺麗なだけの感情しか持ってない人なんていないと思うし。そう思わない?」
わたしはそこでまた池のほとりにしゃがみこむ。
足元に広がっている、澄んだ水。何メートルの水深があるのか解らないけれど、多分、わたしが生きてきて初めて見るくらいの深さ。飛び込んだらきっと二度と上がってこられないくらいの深さ。
それなのに、ごつごつした底が見えるくらい、完全な透明。
「逆にさ? こんなに水が綺麗だと怖いよね」
美しいものが怖い。
それは未知なものだから、だろうか。
綺麗だけど、触れてはいけないような気になるというか。本能的なところが拒否をするというか。
「何もないことが見えすぎるからかな。うん、わたしもよく解らないけど……でも、ちょっとくらい欠点がある方が親近感がわくんだよ。それはきっと、わたしも『そう』だからだと思う」
「そう、だから?」
「うん。わたしも欠点があるから」
にへら、と笑いながら彼女を見上げると、ヴェロニカがそっと息を呑んで。
そして唐突に、その目から涙がぽろりとこぼれた。
え、ちょっと待って。
わたしは思わずまた立ち上がって、おたおたと両手を動かす。ハンカチ、持ってない! ええと、魔法で作ればいいのか!?
「シルフィア様……お願いがあります……」
ヴェロニカがそこでわたしの前に跪いた。「わたし、絶対にクリステルを目の前にしたら何かしてしまう。母を殺されたこと、どうしても忘れられない。だから助けてください。とめてください。わたしが何かをする前に、助けてください……」
正しくありたいんです。
悪いことなんて何もしたくないんです。
でもきっと、クリステルを目の前にしたら、その喉に手をかけることをとめられないかもしれない。
だから怖いんです。
お願いします、助けてください。
そうヴェロニカは言う。
だからわたしは思わず彼女の肩を抱いてその耳元で約束する。
「解った、とめる。殴ってでもとめるから」
そこで、とうとうヴェロニカの涙腺が決壊したんだろう。激しくしゃくりあげる声が響いて。
「……あの、どうしたんです?」
遠くから恐る恐るそう声をかけてきたマルガリータの声に、わたしはそっと視線を上げた。そして彼女の困惑したようなぎこちない動きを見て。
そうだ、マルガリータはどこか人間とは違うんだ、と改めて思ってしまったのだ。彼女は守護者という立場からなのだろうか、人間の心の機微が読めていない気がする。何もかも、『シルフィア』という白竜神が中心であって、それ以外はどうでもいいんだ。
だから。
こいつが何かしでかしそうになった殴ってでもとめてやろう。ついでにフェル何とかさんがわたしに無理やり迫ってきたら、そっちもぶん殴ろう。あの綺麗な顔、よくよく思い出したらムカつくような気がしてきたし。理不尽かもしれないけど、それは仕方ない、人間の本能だ。多分。
わたしはそんなことを考えて、一人で頷いていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる