夢見る竜神様の好きなもの

こま猫

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第54話 収穫祭は無理なのでは?

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「そろそろ時間切れですぅ……」
 ふと、マルガリータが心底残念そうに、苦悩にまみれたような声でそう呟いた。
 水鏡の向こう側では、フェル何とかさんがシェルトと何か相談を始めていた。漏れ聞こえてくる会話では、どこから魔力を注ぐか、効率を求めたらどういう順番で回るか、みたいなことを話しあっているようだ。
 しかし水鏡の表面にノイズのようなものが走ったことに彼らも気づいたようで、フェルディナントが慌ててこちらに駆け寄ってきた。池に落ちそうなほど身を乗り出して大きな声を上げた。
「ちょ、おい! 早くねえ!?」
「すみません! いえ、でもほら! 頑張れば年に一度は会えるわけだし」
「それっていつだよ!」
「ええと……無事に収穫祭が行えたら、ですから……」
 マルガリータが小首を傾げて見せた。「運が良ければあと三か月後くらい……」
「おっせえ!」
「すみませんすみません、申し訳ありませーん!」
「大地に魔力を注がないと収穫祭どころじゃないですし、頑張ってください!」
 底抜けなまでに明るい声でそう言ったマルガリータに、フェルディナントは呆気に取られたように固まった。そして、その切れ長の目を吊り上げて何か言おうと口を開けた瞬間。

 まるでテレビの電源が消えたかのように、唐突にその光景は消えた。
 そこに訪れるのは静寂。それから僅かに遠くに聞こえる鳥の鳴き声。

「あのさあ、マルちゃん……」
 わたしは微妙に働かない頭を必死に奮い立たせ、言葉を探した。「ごめん、あんまりあの人……フェル何とかさんのことは趣味じゃない」
「えええええー!?」
 ごめん、歯に衣着せぬ物言いで。
 でも、無理なんだよ。
 わたし、絶対にあの人と気が合わないと思うから。
 しかしマルガリータはわたしの手を握って詰め寄ってくる。
「でも、すっごくお似合いのお二人なんですよ!? そういう運命なんですよ!?」
「……運命は自分で切り開く質なんで、わたし」
「駄目です駄目です駄目ですー! フェルディナント様もがっかりします! っていうか、あんな美形に壁ドンとかされたらときめくでしょう!?」
「よく壁ドンとか知ってるよね……」
 そして微妙に情報が古い。
 わたしが眉を顰めつつ彼女の手を振り払うと、マルガリータはその場でまた舞台女優かと思えるほど大げさな動きでくるくる回り始めた。
「あれこそ眼福! あんな美しい方と並んだシルフィア様は、とても可愛らしく」
「あーはいはい」
 駄目だこりゃ、と思いつつ、わたしはそっと視線を彼女から外してヴェロニカを見た。気配の消し方はシェルトに似ていて、ずっとわたしたちにその存在を感じさせなかったけれど。
 少しだけ、心配そうにわたしを見つめている彼女。
 ヴェロニカはわたしとマルガリータを交互に見つめ、控えめな仕草で口を開いた。
「あの……」
「何?」
 食い気味にその声を拾うわたし。
 マルガリータの運命の押し付けを聞いているよりはずっといい。
 ヴェロニカは眉間に皺を寄せつつ、困ったように笑う。
「失礼ながら、その……収穫祭は行われないんじゃないですか?」
「え?」
「どうして!?」
 食い気味になったのはマルガリータもである。無駄にくるくる回っていた彼女は、静かに立っていたヴェロニカに歩み寄る。
「何でそんなことを言うんですか、うちの巫女は! きっとやります! ほら、まずは復活祭! 街で大々的にお祭りがあった後は、作物の収穫時期の真っ盛りじゃないですか! その後にどーんとばーんと収穫祭ですよ! 大忙し間違いなし!」
「いえ、でも」
 ヴェロニカは一歩後ずさって表情を引きつらせた。「相変わらず難民が……というか。疫病の噂も消えてないのに、収穫祭なんてやるはずがないです。まずは生活を立て直すのが先決でしょうし、復活祭だけで終わりだと思います」
「え」
 マルガリータが硬直し。
「ああ、確かに」
 わたしが頷く。

「え、ちょっと待って、待って、待ってください?」
 マルガリータが我に返ってわたしの手を掴む。またか。振り払いたい。
「じゃあまず、そっちの問題を片づけましょう!? シルフィア様、アコーディオンとか売ってる場合じゃないですよ!? 疫病っていうか、呪いの方、何とかしないと!」
「え、でも」
 わたしはそっとヴェロニカを見た。
 彼女の表情は強張っていて、少しだけ苦しそうに考えこむ様子を見せていた。そして、思い切ったようにわたしをまっすぐ見つめ直した。
「わたしも気になります。あの家がどうなっているのか……見届けたいと思いますし」
「……そうなの?」
 その言葉の裏に何もないだろうかと彼女を観察してみたけれど、嘘はなさそうな響きだった。まあ、それがヴェロニカの決めたことなら――。

「じゃあ、明日は早速そちらに足を伸ばしましょう!」
 マルガリータが力強くそう言うと、辺りをぐるりと見回してばたばたと洞窟の奥へと駆けていく。「お供え物は片づけておきます! 食事を取ったら早く寝ましょう! 今すぐ寝ましょう! 明日は早いですよー!」
 そんな叫び声が、だんだん遠ざかっていく。
 でも、洞窟内に響く。まるでホールみたいに。

 しかし、また明日から忙しくなりそうだ。せっかくこの神殿に帰ってきたというのに、グランドピアノに触る暇もないままで。

「シルフィア様」
 わたしが池の傍でしゃがみこんでため息をついていると、ヴェロニカが気遣うように声をかけてきた。
「ん? 何?」
 そっと見上げるとヴェロニカが気まずそうな目で首を傾げる。
「フェルディナント様のこと、受け入れられないですか? この世界ではやっぱり……お二人が仲がいいことで平和が存在する、って感じなので……」
「んー……」

 どうしたものだろうか、と少しだけ悩む。
 でも悩むだけ無駄な話なのだ。ヴェロニカが、そしてマルガリータが求めている答えは一つ。わたしが彼女たちが求める台詞を言えないだけ。
 でも意外なことに、ヴェロニカは自分の唇に人差し指を当てて笑った。
「何かあるんですか? でもそれ、マルガリータ様には内緒にしておきましょうか。きっと、それを聞いたらマルガリータ様は大騒ぎするでしょうから」
「え?」
 わたしは驚いてその場から立ち上がった。
 まだわたしの視点はヴェロニカより低い。だからなのかもしれないけれど、何故かわたしよりずっと大人のような――静かな双眸をしていると思った。
「シルフィア様。わたしも最近、悩むことが増えました」
「どうしたの?」
「以前は何も考えませんでした。ただ、正しく生きていこうと思っていただけというか……」
 ヴェロニカはそこで唇を噛む。
 少しずつ彼女の顔色が白くなっていくような気がする。
「大丈夫?」
「ええと……その」
 ヴェロニカは逡巡する様子を見せた後、泣きそうな笑みを浮かべて見せる。「最近、わたしは巫女として相応しくないのかも、って思い始めたんです。ごめんなさい、わたし」
 思わずわたしは彼女の手を握った。
 彼女の冷えた指先が震えている。それは緊張だったのかもしれない。
「聖女とか巫女とか呼ばれたとしても、どんどんわたしは……それから遠ざかっていく気がします。どうやっても恨みが消せないんです。シルフィア様たちの傍にいるために、善良でいようとしているのに。口に出る言葉が綺麗事にしかならなくて」
「……うん」
「そして気が付くとわたし、クリステルたちが苦しむことだけを願っています。汚いんです、わたしの考えていることは」

 わたしは思うのだ。

 ……でも、それって。

「当然でしょ?」
 あっさりとそう口にしたわたしを、ヴェロニカは困惑したように見る。
「え?」
「それが人間だもの、当然だよ」
「当然……」
「逆に、ヴェロニカがそう思っていてくれて、少しだけほっとしたかな。綺麗なだけの感情しか持ってない人なんていないと思うし。そう思わない?」
 わたしはそこでまた池のほとりにしゃがみこむ。
 足元に広がっている、澄んだ水。何メートルの水深があるのか解らないけれど、多分、わたしが生きてきて初めて見るくらいの深さ。飛び込んだらきっと二度と上がってこられないくらいの深さ。
 それなのに、ごつごつした底が見えるくらい、完全な透明。
「逆にさ? こんなに水が綺麗だと怖いよね」

 美しいものが怖い。
 それは未知なものだから、だろうか。
 綺麗だけど、触れてはいけないような気になるというか。本能的なところが拒否をするというか。

「何もないことが見えすぎるからかな。うん、わたしもよく解らないけど……でも、ちょっとくらい欠点がある方が親近感がわくんだよ。それはきっと、わたしも『そう』だからだと思う」
「そう、だから?」
「うん。わたしも欠点があるから」
 にへら、と笑いながら彼女を見上げると、ヴェロニカがそっと息を呑んで。

 そして唐突に、その目から涙がぽろりとこぼれた。
 え、ちょっと待って。
 わたしは思わずまた立ち上がって、おたおたと両手を動かす。ハンカチ、持ってない! ええと、魔法で作ればいいのか!?

「シルフィア様……お願いがあります……」
 ヴェロニカがそこでわたしの前に跪いた。「わたし、絶対にクリステルを目の前にしたら何かしてしまう。母を殺されたこと、どうしても忘れられない。だから助けてください。とめてください。わたしが何かをする前に、助けてください……」

 正しくありたいんです。
 悪いことなんて何もしたくないんです。
 でもきっと、クリステルを目の前にしたら、その喉に手をかけることをとめられないかもしれない。
 だから怖いんです。
 お願いします、助けてください。

 そうヴェロニカは言う。
 だからわたしは思わず彼女の肩を抱いてその耳元で約束する。
「解った、とめる。殴ってでもとめるから」
 そこで、とうとうヴェロニカの涙腺が決壊したんだろう。激しくしゃくりあげる声が響いて。

「……あの、どうしたんです?」
 遠くから恐る恐るそう声をかけてきたマルガリータの声に、わたしはそっと視線を上げた。そして彼女の困惑したようなぎこちない動きを見て。

 そうだ、マルガリータはどこか人間とは違うんだ、と改めて思ってしまったのだ。彼女は守護者という立場からなのだろうか、人間の心の機微が読めていない気がする。何もかも、『シルフィア』という白竜神が中心であって、それ以外はどうでもいいんだ。

 だから。

 こいつが何かしでかしそうになった殴ってでもとめてやろう。ついでにフェル何とかさんがわたしに無理やり迫ってきたら、そっちもぶん殴ろう。あの綺麗な顔、よくよく思い出したらムカつくような気がしてきたし。理不尽かもしれないけど、それは仕方ない、人間の本能だ。多分。

 わたしはそんなことを考えて、一人で頷いていた。
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