夢見る竜神様の好きなもの

こま猫

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第62話 幕間13 ルドガー

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「どういうことだ」
 レインデルス家のある街に入り、大通りを歩きながらその異変を理解するとそんな言葉が自分の口から漏れる。私は馬上から街の様子を見下ろし、その後で遠くの空に立ち上る煙を見た。
 複数の人間が何か叫んでいるのも聞こえてくる。
「殿下」
 王宮騎士団の一人、アントニー・クラッセンが後ろから声をかけてくる。王都では有名なクラッセン伯爵家の次男。若いが剣の腕は確かで、簡単な魔術まで使える将来有望な人間だ。
 私がその声の方向へ振り向くと、アントニーの険しい顔がそこにあった。そして、共にこの街にやってきた騎士団の連中も同じような表情で、さりげなく私を守るために後方へ移動させようとしてくる。
「殿下はここでお待ちください。私が先に見てまいります」
 アントニーが素早く私の前に馬を歩かせ、軽く頭を下げる。そして、その身振りで数人の騎士たちに私の警護を指示した。
「解った」
 私がそれに頷いたのは、大通り沿いにこの街の住人と思われる男性たちの姿を見たからだ。
 アントニーが馬の腹を蹴って、大人数の騎士団の連中を引き連れて街の大広場の方へ走って行くのを見送ると、すぐに私は一番近くにいた街の男に声をかけた。
「すまない。この街で疫病が出たと聞いてやってきたのだが、何があったのか教えて欲しい」
 私はその男性の様子を観察した。
 三十代後半の、柔和な顔立ちの男性。しかし、緊張しているのか表情が強張っていて、私たちを見上げるその双眸には警戒の色があった。
「……あなた方は?」
「ああ。私はルドガー・クラウスベックという」
「クラウスベック……!」
 その名前を聞いた瞬間、さっと彼の表情が慌てたようなものに変わった。そして、その場に膝を突こうとしたので手の仕草でそれを押しとどめる。
「面倒なことはいい。今は情報が欲しいから教えてもらえないだろうか」
 クラウスベックというのはこの国の王家の名だ。私はこの国の第二王子という立場であるから、彼の驚愕は理解できる。
「は、はい」
 彼は一度下げた頭を恐る恐る上げ、私たちの顔をぐるりと見回した後、深呼吸してから続けた。「領主様のお屋敷で疫病が出たのです。ほとんどの住人が街から逃げ出しましたが、その……この街に残った人間が……」

 遠くから聞こえる怒声がさらに強まる。
 男性が眉根を寄せて苦し気に続けた。

「領主様が聖女様にした仕打ちのせいで、天罰が下ったのだと。だから、領主様の命を捧げれば、その天罰は消えるだろうと言って……その、お屋敷へと押し入りまして」

 私もまた、彼と同じように眉を顰めただろう。
 聖女にした仕打ちとは何だ?
 天罰が下った?

 正直なところ、私は天罰など信じてはいなかった。この世界の守り神である竜神が眠りについたとされてから、神の存在を感じさせることなど何も起こってこなかった。だから、レインデルス領で疫病が出たと報告が上がってきた時も、一番先に疑ったのは生活用水の汚染。もしくは、魔物や動物を媒介した何かの菌が原因だと思った。
 私は幼い頃から薬学に関して興味を持って学んできたから、何か役に立てるかと思ってここまで来たというのに。

「屋敷に?」
 私が呆れたように息を吐いた瞬間、大広場の方へ様子を見に行った騎士の一人が凄い勢いでこちらに馬を走らせてきた。
「殿下! こちらへお越しいただけますか!?」
 私と年がそれほど変わらない少年騎士がそう叫び、私はすぐに馬の腹を蹴った。

 大広場に行くと、アントニーの前に立っていた人影に気づく。馬から降りたアントニーが、その人影――神官服に身を包んだ男性を私に紹介してくる。
「殿下。こちらが今回、報告をくださった神官の――」
「サムエルと申します」
 三十代前半くらいの神官は、恭しい態度で頭を下げた。「すぐに足を運んでいただき――」
「いや、面倒なことは抜きにしよう」
 私はそう言って――アントニーと神官サムエルの背後に目をやった。

 凄まじい光景だった。

 この大広場というのは人が集まるようにできている。広い空間に、誰かが立って挨拶できるような舞台も用意されていた。
 しかし、今はその舞台の前にはどこから集めてきたのか、ありったけの木材や廃材といったものが積み上げられ、火を放たれているのだ。そしてその燃え盛る廃材の上には、そろそろ燃え落ちそうな櫓があり――そこに鎖で巻き付けられた物体があった。

 炭化してしまっているとはいえ、人間の形を保っていただけまだマシだったのだろうか。ただ、一人ではなく二人だろう。炎の中に入れられたのは。

 厭な匂いが辺りに立ち込めていたが、大広場に集まった数十人の人間からは歓声が上がっている。
「神の怒りを知れ!」
「生贄だ!」
「レインデルス家に災いあれ!」
 熱狂的な声はどこか狂気じみていて、さすがのアントニーもどうすることもできないようだった。邪魔をすればこちらが住民たちに攻撃される、そんな予感すらした。

「我々にもとめることはできませんでした」
 神官サムエルが苦々し気に言う。横目で見た彼の横顔にも、僅かに炎の色が反射しているようだった。その双眸には怒りの感情が見て取れたし、強く握られた手は震えていた。
「聖女ヴェロニカ様が……その聖女としての能力を領主様が雇った魔術師に奪われ、竜神様への生贄とされたと聞いています」
「聖女ヴェロニカ」

 その名前は知っている。
 先日、この国の王である父から話があったのだ。
 レインデルス家には神歌が歌える聖女がいる、と。その彼女を私の婚約者として考えているのだが、どうかと。

 噂によると、聖女ヴェロニカはレインデルス家の中ではあまりいい扱いを受けてこなかったのだという。母親も聖女として国のために働いてきたものの、出自が平民のため、死んだ後はレインデルス家の墓に入ることも許されなかったようだ。
 しかし、神歌を歌える聖女は少ない。
 ほとんどの聖女は大地の浄化ができたとしても、その力は微々たるものである。
 だから、聖女ヴェロニカという存在は貴重とも言えた。何故、レインデルス家はその貴重な存在を大切に扱えないのか。

 確かに血筋と言うものが尊重されるこの世の中ではあるけれども。
 血よりも尊いものが確かにある。

 だからこそ。
 私は彼女と会ったことはなくとも、聖女を虐げる一族から引き離すべきだと思った。守ってやらねば、と。

 だから私は婚約の件を前向きに考えたいと父に伝えたが、その話を進めるために動き始めた直後、こんな事態になってしまった。

「聖女ヴェロニカは……死んだのか」
 私が神官サムエルに問いかけると、「解りません」という言葉が返ってきた。死んだとは信じたくないという考えが見て取れた。

 そうしている間にも、街の住人は色々なものを運んできては、炎の中にそれを放り込んでいく。いかにも高価そうな服、家具。
 大広場だけではなく、他の場所でも似たようなことがされているようで、あちこちで煙が上がっている。

「皆、疫病だと信じているのです。だから、領主様のお屋敷にあるものを焼いています」
 神官サムエルは微かに首を横に振り、やれやれと言いたげにため息をつく。
 確かにため息の一つや二つ、吐きたくなるというものだろう。
「あの死体は領主と誰だ?」
 私が続けて質問すると、神官サムエルが私を見た。
「領主様の奥方様でしょう。今は、ご息女を探して……処刑をしようと考えているようですが」
「娘がいるのか?」
「はい。クリステル・レインデルスという名ですが……正直に言いますと、恐ろしいお方ですよ」
「恐ろしい?」
「領主様とよく似ていらっしゃって冷酷無比とも言える、末恐ろしいご息女でした。しかし、こうして探しても見つからないということは……一足先に逃げたのかもしれませんね」
「逃げた、か」
 せめて生きていてくれたら、尋問するなり何なりして何が起きているのか聞き出せるだろうに――と私が顔を顰めた時だった。

「神官様!」
 大広場にやってきた一人の女性が、緊張しながらそう声をかけてきた。我々の存在に腰が引けているようでその顔色も優れなかったが、その場に膝を突いて頭を下げ、震える声で続けた。
「ご無礼をお許しください。聖女様――先代の聖女様にお仕えしていたシーラと申します。先代の聖女様より、レインデルス家の間取りについて聞き及んでいたことがございましたので、こうしてお話をさせていただこうと」
「間取り……」

 ――なるほど。

 私の視線とアントニーの視線が絡み合う。その単語だけで察することができる。
 レインデルス領主はこれまで上手く隠してきたようだが、今回、聖女ヴェロニカに対する非道な行いについて調べているうちに、色々と問題が浮き彫りになってきていた。犯罪に手を染めているのは間違いなく、そういった人間たちが準備しておくのが『逃げ道』もしくは『隠れ家』だ。私が暮らしている王城にさえ、いざという時のために隠し部屋がある。
 つまり、そういうことか。

「解った、案内してもらおう」
 私がそう言うと、騎士団の人間の間にぴりりとした緊張が走った。
 相変わらず大広場には住人たちの叫びが響いていて、この状況では問題のご息女とやらを見つけたとしても、早くこの場を離れないと危険だろうと予想できたのだった。
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