夢見る竜神様の好きなもの

こま猫

文字の大きさ
67 / 69

第67話 わたしが造った世界ではない

しおりを挟む
「まさか」
 その騎士の一人が慌てたように他の騎士の肩を叩く。すると、肩を叩かれた男性が我に返ったように頷き、その右手を軽く上げた。
 魔術の呪文の詠唱だろう、その右手に青白い光が纏わりついたかと思えば、輝く鳥のようなものが出現した。その青白く発光する鳥にも、文字のようなものが浮かび上がっていた。
 ええと、あれは放置で大丈夫だろうか。
 わたしは困惑しつつも首を傾げていたけれど、こうしている間にも街の中の空気が清浄になり、木々が騒めく。
 ヴェロニカの神歌が終わるタイミングで、わたしはさらに魔力を自分の手に集め、思い切り空に向かって飛ばした。
 お祭りの最後はやっぱり花火。
 わたしが日本で見た夏の風物詩、時間差で次々と上げられる火花。身体を震わす大音量と、昼間の明るい空でも美しく開いた花火に誰もが息を呑んで空を見上げた。
「凄い」
 誰かがそう呟くのが聞こえた後、またサムエル神官様の声が朗々と辺りに響く。
「白竜神様の浄化の儀式はこれで滞りなく終わりました。この街はレインデルス領主によって穢れを放たれましたが、たった今、それらは全て消え去ったのです」
「え」
 その言葉に集まってきた人たちの顔が一斉に花火から離れ、神官様の穏やかな笑みに向かう。
「我々は領主様への粛清を行いました。しかしそれは白竜神様の望むところではないはずです。もちろん、レインデルス領主がやってきたことは確かに許されることではありませんが、それを血で贖うことはできないのです。ですからどうか、これからは正しき道を歩んでいきましょう。不当に奪われた命にも、そして道を誤ってしまった命にも、等しく光の道が与えられますよう」

 誰もが言葉もなく、サムエル神官様のことを見つめていただろう。
 そして、幾人かの人たちが気まずそうに俯き、さらに僅かに顔色を青ざめさせ膝を地面についた。

 ……多分、領主であるヴェロニカの父親を、そしてその妻である女性を手にかけた人たちがそこに含まれているんだろう。大広場でその遺体に火を放った人たちも。

 そして、そういった人たちが胸の前で手を組んで視線を上げた。
 演奏が終わって椅子から立ち上がったわたしに向かって、口々に何か呟いている。それは贖罪かもしれない。恐怖に似た感情をその目に灯している人もいる。
 もしかしたら天罰とかを恐れているのかもしれない。
 だからわたしはただ微笑んで見せた。
 彼らに向けるどんな言葉も思い浮かばなかったし、それに……前世の世界だって神様は何も語らないものだった。

 そして、ちょっとだけ悩んだ後に、わたしは拍手を続けているマルガリータや安堵したような表情のヴェロニカに視線を投げ、こそっと手を振って見せた。
 神様とやらがずっと彼らの前に出ていたら、神聖性とか行方不明になっちゃうよね?
 というわけで。
 わたしは少しだけ裏方に逃げようかな、という視線を神殿の脇にある宿舎に投げた後、白竜神としてのとんでもない運動能力を使って、舞台の上から消えたのだ。
 軽い跳躍一つで、神殿の屋根の上まで即移動。
 その場にいた人たちには、わたしの姿が消えたように見えただろう。
 驚いたように誰かが叫んだし、少しだけ時間を置いて拍手の音が強くなった。
 それを、わたしは神殿の建物の上で聞いたのだった。

「さて、どこから降りようか……」
 なんて独り言を漏らしつつ、わたしは地面の上にいる人たちから見えないよう、身体を低くしながら移動しようとしたのだけれど。

 その時。

「ごめんなさいね」
 そんな声がわたしの背後から聞こえて、びくっと肩を震わせる。誰かについてこられた? と驚きながら振り返ると、神殿の屋根の上に見知らぬ女性が立っていた。
「え?」
 ――誰? と言いかけた瞬間、目の前がぐらりと揺れた。

「ここ……マデラゼータはわたしが造った世界ではないから」
 その人は言う。
 輝く白銀の髪の毛は足元まで伸びていて、その目は閉じられているから瞳の色は解らない。白い薄絹のドレスが彼女の細い身体を包んでいる。
 血が通っていないくらいに白い肌と、奇妙な光を放つ彼女の額。思わず目を細めてそこを見ると、額の真ん中に透明な宝石のようなものが埋まっていた。

 自分の唇が動かない。
 腕も、足も動かない。まるで金縛りにかかってしまったように、呼吸以外は何一つできない。
 周りの風景が何も視界に入ってこない。曖昧にぼやけた空間が、わたしたちの周りだけ切り取られたように感じた。

「わたしが関われるのは、ほんの僅かなのです」
 その彼女の言葉に、わたしは頭の中で『何が?』と問いかける。心臓が早鐘を打ち、お腹の奥が震え始めた。
 目の前にいる女性が、人間ではないというのが直感で解るからだろう。
「この世界を壊してしまうのが一番簡単でしたが、一度与えてしまった命を無為に奪えば神としての格が下がります。そのため、この世界を永らえるために新しい魂を呼び込みました。これについて、限られた時間であなたに説明をするのは難しい。ですから、これをあなたにお渡しします」
 彼女はまるで氷の上を滑るように、すうっとわたしの目の前に移動してきた。
 ひゅ、とわたしの喉が鳴った。
「あなたが本当に願う相手がいるのなら、これが道しるべとなります」
 強張って動かないわたしの手を、彼女の体温のない手が捉えた。
 細くて硬い指。まるで人形のようなそれに、わたしは一瞬だけ背筋を震わせた。
 必死に視線だけを自分の右手に落とすと、そこには小さな宝玉のようなものが二つあった。虹色に輝く、滑らかな表面の石。それは凄まじい魔力を放っているようで、わたしの手のひらが痺れていくのが解る。
『これは何?』
 道しるべってどういうこと?
 また目を上げて頭の中で言うと、彼女の口元がうっすらと弧を描いた。
「あなたが本当に好きな相手がいるのなら、その人に渡しなさい。強い魔力が呼び合い、道を作ってくれることでしょう」
『それって』

 ――お兄さんのことだ。

 わたしは瞬時にそれを理解した。
 好きな相手。
 そう、わたしはお兄さんのことが好きだと思う。名前も知らない男性。穏やかな微笑みが凄く好き。
『フェル何とかさんは?』
「あなたは彼のことが好きなのかしら?」
『好きじゃない……』
「ごめんなさいね。それが最初の間違いだったの」
『間違い?』

 ざざ、と目の前にノイズが走る。
 まるで壊れたテレビみたいに。

「今はこれで限界かしら」
 彼女は目を閉じたまま、そっと顔を天へと向けた。わたしには見えない何かが見えているようで、少しずつその首の角度が変わる。
「わたしがこの世界に干渉することも、世界の破壊を進めてしまう。だから、後はあなたに頑張ってもらいたいの」
『だからどういう? っていうかあなたは誰? 神様?』
「わたしはフェオドラ。忘れてもいい名だわ」
『フェオドラ』
「そしてもう一つ、その宝玉のことは誰にも秘密にしなさい。あなたの守護者、フェルディナントとその守護者、それ以外も」
『え?』
「あなたが好きな人と会うのを邪魔してくるだろうから」

 その瞬間、ガラスが割れたようなヒビが空に入った。
 世界が軋む音を立てる。

「最後に一つだけ」
 フェオドラと名乗った神様(?)はこちらの方へ屈みこみ、わたしの額に軽く唇を押し当てた。「今世のあなたに加護がありますように。本当に巡り合うべき相手とこの世界で暮らせますように」
 そう彼女が言い終わった瞬間、頭上でガラスが砕け散るような音がして。

 気が付いたら、空から雨がぽつぽつと降り始めていた。
 さっきまでの青空はどこにもなく、急激に暗くなった空と冷たい風が吹き始める。
 でも、神殿に集まった人々からは、雨を喜ぶ声が上がっていて、どこか現実味のない時間の中にわたしは引き戻されていたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冴えない建築家いずれ巨匠へと至る

木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」 かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。 安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。 現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。 異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について

国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”  人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

もしもゲーム通りになってたら?

クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら? 全てがゲーム通りに進んだとしたら? 果たしてヒロインは幸せになれるのか ※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。 ※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。 ※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。 ※4/14「パターンその7・おまけ」を更新しました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...