おいでよ、最果ての村!

星野大輔

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プロローグ

魔王城の日常2

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魔王城の前に佇む小さな影が一つ。
先ほどまでの凝った刺繍のワンピースではなく、丈夫そうなクリーム色の素朴なワンピースに着替えたちーちゃんである。
背中には空っぽのリュックを背負い、腰にはがま口財布をぶらさげている。
片手には日と切れのメモ張。

「えーっと、確か入り口は…そういえばひとりでくるの初めてかも」

数々の髑髏の彫刻で飾られた5mはありそうな大きな正門を通り過ぎ、灰色のレンガが延々と次ぐく外壁を沿うように歩き、100mほど進んだ所で立ち止まる。
壁と地面の間、生い茂った草の中に隠れるようにネズミ一匹程通れそうな穴がある。
大人では手すら通すこともできないだろう。

ちーちゃんはそこに手を掛けると、上へと持ち上げる。
壁はシャッターのように上へスライドし、奥には螺旋階段が現れた。

点々と燭台が並び奥へ奥へと誘うようにして、階段は延々と続く。
初めて訪れたものであれば、繰り返すばかりの景色に不安を覚えるだろうが、ちーちゃんは慣れた足で軽やかに階段を登っていく。

5分ほど上ったところで立ち止まり、燭台に手をかけ壁へと押し込む。
すると壁はそのまま押し込まれ、人一人通れるほどの通路が現れた。その中は明かりの一つもなく本当の暗闇がしっとりと潜んでいた。
ちーちゃんは臆することなく歩みを進める。
進むこと10分、前方にうっすらと明かりが見えた。

四角く縁取られた光は、扉の隙間から漏れ出たものだ。
壁を強く押すと、ゴゴゴと重たい音を立てて横へスライドした。

そこに広がるのは豪華絢爛な広間。

魔王が座する、その場所である。



「こんにちわーー」

ちーちゃんは警戒することなく大きな声で挨拶をする。
駄々こねる魔王と冷静に否定を続けるアルファインは、その声に気付き会話を止める。

「おぉ、ちーちゃんではないか、久しぶりだな」
「ごきげんよう、ちー様」
「お邪魔します、魔王さんに、執事さん!」

彼らはご近所さんであった。

先ほどちーちゃんが通ってきた道は、村人用に魔王が造らせた専用通路。
何故かと言うと、いちいち真正面から入られたのでは、数々のトラップや、配置されたモンスターがことごとく無効化されてしまうからである。
そんなことをされては勇者が来る前に、魔王城は陥落してしまう。

「今日は、お母さんの代わりに来ました」

そう言うと、ひとつのメモ張を魔王に差し出す。
そこに書かれたのは洗剤、布5m、豚肉1kg、魚12尾、酢2瓶、酒2瓶・・・。

「おお日用品じゃな、おいアルファイン持ってきてあげろ」
「かしこまりました」

村人がこの島で自活するには限度がある。
不可能ではないが、あると便利なものは多くあり、それを魔王に頼んで人の街から買ってきてもらっている。
いわば通信販売。

魔王城には各大陸への転移魔法陣が設置されており、週に一度部下たちが報告へと帰還するのに合わせ、街からの買い物も済ませてもらっている。

魔王にメリットは?

直接なにかを頼んでいるという事はない。
だが村人が生活のために、周辺の森の魔物を狩ってくれているだけで魔王は助かっていた。
魔物が多く繁殖してしまえば、いつ魔王城へ大量に乗りこんでくるか分からない。
迎撃することは可能だろうが、大きな労力を伴う。

一師団は常時城の防備に狩り出す必要がある。
それを賄ってくれているのだから、買い物位容易いものだ。

…というのは建前で、単純に逆らうのが怖いだけだ。
かつて若かりし頃、魔王となり城を任されて間もない頃。
暇を持て余した魔王は単身村へと攻め込んだ。

本当に暇つぶしだ。
目の前にあった蟻の巣が、何だか邪魔だと感じたから潰そう。そう思っただけだった。

しかし結果は、魔王にトラウマを植え付けることとなった。
村の入り口で片手に鶏を、もう片手に包丁を持った男と遭遇し、手始めに捻り潰そうとし玉砕。
命からがら逃げのび、農作業中であった中年男性を腹いせに殺そうとし、玉砕。
ぼろぼろになった状態で、洗濯物を干していた主婦らしき女性を人質に取ろうとして、玉砕。

魔王は全治2年の怪我を負った。
そして永遠に癒えないトラウマを同時に負った。

魔王はその後、魔王軍全軍に通達を出した。

「あの村へは手を出すな」と。

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