おいでよ、最果ての村!

星野大輔

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番外 ブンタの就職体験

ブンタの弟子入り

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山脈を背後に望んだ街並みは、山々の稜線をなぞるように低い建物ばかりである。
山に沿うようにして北から南へと延びる街道だけがこの街へ至る道。
首都に見られるような年中お祭りのような活気は見受けられず、そこに住む者たちは、日々を安穏と暮らしている。

街道の宿場町ムーリヨカ。
町は十字に切られた大きな通りによって四つの区画に分かれている。
山に向かうに連れ細まっていく町の奥はほとんどが住宅地になっており、宿場として活気づいているのは町の入口付近のみ。
特に街道に面する場所は取り分け、旅人を主な客としている店々。

幅10mはあるだろう街道の両端にはずらりと店が並んでいる。
宿屋に食事処、旅道具の修理屋、武器屋に防具屋。
また馬車の相乗り場であったり、旅の用心棒を斡旋する組合もある。



朝日がまだ裏手の山の向こうに潜んでおり、今か今かと顔をださんとしている時分。
既にその予感は空を群青に染わたらせている。
多くの人達はまだ布団の中で夢世界に耽っているというのに、街道沿いの店々はちらほらと戸を開け始めていた。
この店だって例外ではない。
町に三軒ある武器屋のひとつ、「レッドバロン」。
街道の中間、丁度街の大通りと交わる箇所に店を構えており、比較的安価な武器を揃えている。

築数十年経つ店の戸はガタガタと引っかかりながら中々開かない。
「ふんっ」という掛け声とともに力任せに勢い良く開け放たれた戸からは、入り口よりも大きな巨体が少し屈みながらヌッと現れた。
スキンヘッドの頭と輪郭に沿う様に生えそろった髭、堀の深い目元、鋭い眼光、それらの様相にはとても似合わないブルーのエプロン。
武器屋「レッドバロン」の主人である。

左手には水の入った桶を携え、右手には柄杓を持っている。
毎朝、店前に水撒きするのが日課である。
街道は多くの馬車が行き交うため、踏み固められた土は乾燥しやすく砂埃が舞いやすい。
特にこの季節は山風が強く吹き荒れ、乾燥と相まって大気が黄色く染まることもある。

同じように他の店も、戸を開けると続いて水を撒き始めていた。
だというのに、武器屋の主人は戸口に立ったまま動こうとしない。
目の前に座り込む人物を見据えたまま、暫くの間無言が続いた。
二分待ってみたが目の前の人物は一向に退く気配は無く、主人は仕方なく話しかけた。

「・・・なあ、あんた。いい加減そこをどいてくれないか?」

短く刈られた髪の毛は彼の容貌を少しばかり幼く見せた。
強い眼光はしっかりと主人を見つめたまま、逸らそうとはしない。
腕を組み、あぐらをかいたその不遜な態度は、まるで喧嘩でも売っているかのよう。

いや、それはある意味正しく、彼は喧嘩を売っているようなものであった。

「嫌だね、あんたが弟子入りを認めてくれるまで、俺はここを退かない!」
「昨日も言ったが、ウチには人を雇う余裕なんてないよ。
 見ての通り小さな店構えだ、自分の食い扶持を稼ぐので精一杯さ。
 だから頼むから他所へ行ってくれないか?」

心底困ったように、手に持った柄杓の柄で頭をポリポリと掻く。




彼がやって来たのは昨日の昼。
店の前を行き交う馬車も増え始め、徐々に客足が伸び始めた頃である。

「たのもーーーーっ!!!」

大きな声と共に店に現れたのは一人の青年。
客は勿論、主人も突然の出来事に武器を磨いていた手を止めた。
盗賊かと一瞬怪しんだが、こんな堂々と現れる物盗りなど聞いたことが無い。
とても悪人の顔には見えないし、何より武器のひとつも持っていない。
であれば「たのもー」等と、まるで道場破りのような口上は一体何なのだろう。

主人は混乱する頭の中で色々と考えた末に「いらっしゃいませ」と、普段であれば当たり前だが、ここにきてそれは無いだろうというセリフを吐いた。

周囲の視線は一斉に青年へと向けられていたが、やがて耐えれなくなったのか徐々に目線が泳ぎ始めた。
先程の勢いは何だったのか、おずおずと店の中へ足を踏み入れ、主人のいるカウンターへと近寄った。
勢い余ってというやつだろうか、大勢の人の目にさらされる事に慣れてないこの姿こそ、彼の本来の性格なのだろうと主人は思った。
そう思うと青年のあの口上も微笑ましく思えるのだから面白い。

「どのような御用でしょうかお客様」

主人はやっといつも通りの精神状態へ落ち着いた。
青年は周囲を気にするようにして、主人に小声で話しかけてきた。

「あの、あなたがここの店のご主人でしょうか?」
「ええ、この店の従業員はわたし一人です」

青年はそれを聞くと、少し緊張した面持ちで「んんっ」と声の調子を整えた。
次の瞬間、青年は床に頭を擦り付け、命乞いでもするかの様に見事な土下座を披露した。

「お、お、俺を、俺を弟子にしてくださいっ!!!!」

登場時の口上ばりに大きな声で発せられた言葉は、またしても客と主人をポカンとさせた。

「で、弟子だって?」

今時弟子を取っているのは大手商会か、伝統工芸くらいなものだ。
こんな小さな商店に弟子入りするなんて話は聞いたことが無い。

主人は自身の店に誇りを持って仕事をしているが、誰かに憧れられるような立派なものではないことくらい弁えている。
正直な所、弟子入りするなら他店の「アシュルム」や「グーグニルン」のほうが余程店構えは立派だ。

「もう一度聞くが、弟子入りをしたいと言ったのかな?」
「はい、弟子入りをさせてください!」

地面に頭がめり込むんじゃないかと心配になるほど、青年は土下座を深くした。

「とりあえず土下座は止めてくれるかな、他のお客さんが何事かと思っちゃうからさ」
「それじゃ、弟子入りを認めてくれるってことか!?」
「いや、そんなこと一言も言ってないでしょ!
 無理だよ弟子を取るなんて!!」
「な、なぜだ、弟子入りは店の伝統なのでは!?
 はっ、もしかして既にお弟子さんがっ!????」
「いやいやいやいや、弟子なんて普通の店では取ってないし!
 そんな何百年も前の習慣、どこで聞いてきたんだっ!?」
「そ、そんな・・・」

愕然とした表情で膝から崩れ落ちた青年。
彼が再び動いたのは、それから十分後の事。

「弟子を取ってないことは分かった。
 だがそれを承知の上で、俺を弟子にしてくれっ!」
「いやいや、無理と言ったろ。
 そもそも人を雇う余裕もないんだ。
 済まないが人は足りている」
「いやだ、あんたが弟子にしてくれるまで、俺は此処を離れないっ!!!」

これが昨日の出来事である。




青年は店を閉めた後も店の前に居座り、こうして店を開けるまでの間、じっと待っていたのだ。
その情熱たるや、主人も心に来るものがあった。

とても悪人の顔には見えないし、何より武器のひとつも持っていない。
少し若くは見えるが青年の歳は30前後であろう。
その歳にして弟子入りとは何か訳ありなのは確かだ。
並々ならぬ決意のもと、こうして自分に頼み込んできている事を思うと主人は無碍に彼の情熱を払いのけられなくなっていた。

「どうしてもそこを退かないって言うのかい?」
「ああ」

主人が周囲を見渡すと、街道にもちらほらと人の往来が見え始めていた。
暗くなると旅をするのは難しい為、街道を使う旅人たちは空が明るみ始めた頃から活動を開始する。
あと一時間も経てば山の向こうから陽が昇り、人々の往来も本格的に激しくなるだろう。

昨日の騒動を思い出し主人は深く溜息をついた。
目の前の青年を見れば、いつまででも居座り続ける意志があることは明白だ。

主人は手に持った桶と柄杓を青年の前に置いた。
そのまま自分は店の中に入ろうとする。
戸口に立った所で、青年の方を振り返った。

「水撒きはその日最初の仕事だ。
 このあたりは乾燥が激しく砂埃が舞いやすいから、満遍なく水を撒くんだ。
 ただ街道を通る人にかからないように注意しろ。
 それが終わったら・・・戻ってこい。朝飯の時間だ」

青年は最初その言葉が何を意味するか分からなかったが、徐々にそれが彼を認めたものだと分かると笑顔を浮かべた。

「そ、それは、俺を弟子にしてくれるってことか?」

腰をあげて主人に詰め寄ろうとするが、長時間座り込んでいた為、足はすっかりしびれきってしまっていた。
青年は自由の効かない足をもつれさせながら、よろよろと立ち上がった。

「言っとくが、払ってやれる給料なんてないぞ。」
「勿論だ、そんなの一向に構わないっ!」
「びしばし遠慮なくお前を扱き使うぞ、容赦なんてしないぞ」
「覚悟の上、上等だ!」
「それと、言葉遣い!
 弟子が師匠にタメ口なんておかしいだろ。
 ・・・俺の名前はコーバン、武器屋「レッドバロン」の主人だ」
「お、俺は、俺の名前はブンタってい・・・言います!
 これからよろしくお願いいたします、師匠っ!!!」

こうして最果ての村の武器屋の主人ブンタの、就職体験が始まった。


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