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番外 ブンタの就職体験
ブンタの一日
しおりを挟むブンタの朝は早い。
朝と言うには早すぎる午前四時。
まだ町が暗闇に沈んで眠っている中、物音を立てないようにして起きる。
手始めに取り掛かるのはご飯の仕度。
仕事が始まれば昼食を用意している時間などない。
朝食をつくるついでに昼食用の軽い食事を仕込む。
店内の四隅に設置された燭台に火を灯す。
次は店頭にディスプレイされている武器の整備。
前日の客が好き勝手に武器を手に取り品定めしているため、本来置いていた場所とは異なる棚に武器が移動している事はザラだ。
汚れが酷いものに関しては他の商品と分けて、端に寄せておく。
本来この寄り分けの仕事は、開店の直前に主人が行っていたものだが、新人であるブンタに同じ速度で点検するのを求めるのは酷だと、この時間帯になった。
暗がりの中、一本一本丁寧にチェックする。
こうして多くの武器を見ていると、同じ様な形の中にも出来不出来があるのが分かってくる。
ブンタは普段、冒険者、商人、または王族の誰もが憧れるような伝説の武器ばかり見ているものだから、出来の悪い武器というものを知らなかった。
それに刃先がこぼれるといった当たり前の現象も、彼には縁遠いものである。
最果ての村にも普通の武器、いや普通の調理道具が存在する。
家庭用の包丁に伝説の武器は、いささか使いづらいと不評を買ったため、物好きな村人がノウハウも無く鍛冶師モドキをしている。
もちろん、まともなのは形だけである。
しかし村人には勇者システムが在るため、どんな武器でも持ち前のステータスで伝説の武器へと変化させることが出来る。
いってしまえば、形さえ整っていればいいのだ。
そんなものだから目利きなんて能力は発達しなかった。
そもそも一般的な武器が流通していない(伝説の武器はごろごろしているのに)環境だから、こうして普通の武器を見るのはすごく新鮮であった。
同じように見えて、ひとつひとつ違う。
「ふーむ、なかなか良い鉄を使っているな。
ふふふ、メキメキと俺は武器屋としての才能が開花してきてるぜ」
ブンタは「激安!一本どれでも1000サクル」と札が掛かったコーナーだとも気づかずに愉悦の表情を浮かべていた。
戸を開けると、空を覆う黒に若干の青が混じり始めていた。
周囲の店もひとつ、ふたつと戸を開け始めている。
近所のお店の人と挨拶を交わすと、柄杓に水を汲み、扇状に撒く。
また柄杓に水を汲み、さっと撒く。
自分の力加減で、放射状に散らばる水が遠くへ近く、細かくなったり纏まったりと表情を変える。
何度も扱っている内に、どの程度の手加減さが最も効率よく水を撒くことが出来るのかが分かってきた。
楽しい。
こんな何でもない仕事だというのに、一度コツを掴むとひどく楽しく感じるものである。
「水撒きなんて、近所の婆さんしかやってなかったが、これもまた乙なものだな。
なんだろう、一撒きする度に空気が澄んでいくようだ」
ぱしゃり。
ぱしゃり。
ぱしゃり。
「おい」
武器屋の主人コーバンが、いつの間にかブンタの後ろに立っていた。
それに気づくとブンタは元気よく挨拶した。
「おはようございます、師匠!!
いやー今日の空も雲一つない、これはいい天気になりそうですね!」
「そうだな、いい天気になりそうだな。
こんな雲一つない空はここ最近見なかった、ああ実に良い天気になりそうだ。」
空を見上げ実にいい笑顔を浮かべるコーバン。
それも束の間、すぐにその顔は店の前に広がる地面へと向けられた。
「こんなにもいい天気・・・だというのに何だ、おいブンタ。
俺が目覚める前に局所的な通り雨でも発生したのか?」
「いえ、そんな不思議な雨雲は見かけませんでしたが」
「だったら、なんでウチの店の前だけ、こんなに泥沼と化しているのかな?」
コーバンは目を瞑り、湧き上がる怒りを必死に押さえ込もうと、眉間の間を指で力強く押す。
ブンタを中心に泥沼が形成されている。
原因は明白だ。
雲一つない群青空のした、ブンタの頭に拳骨が落ちる音が響いた。
朝食は数種類の山菜を、町で採れた山鶏の卵で閉じたオムレツ。
ミルクをベースに、山菜とベーコンのを煮込んだスープ。
そしてライ麦パン。
普段料理をすることのないブンタであるが、ここで働くようになり数日、コーバンの教えもあり不器用ながら基本的な料理は作れるようになった。
いささか形が歪なのはご愛嬌。
「ふむ、まあ食えなくはないな」
美味しいとはいえないのは決して厳しいからではない。
ブンタはすくったミルクのスープを眺めながら自問自答する。
「なぜだ、なぜミルクのスープがしょっぱいのだ」
確かに「塩コショウ少々」と味を整えはしたが、過剰には入れてないはず。
何故だ、何故なのだ、と呪文のようにブツブツ呟くブンタを余所に、コーバンは素早く食事を終える。
「おいブンタ、さっさと食いな。
表の街道にはもう人影が見え始めてるんだ。
客を待たせるなんて、商売人として言語道断。
ゆっくりしている時間なんて無いと思え」
「は、はい師匠!」
しょっぱいのを我慢しながらミルクスープを一気に飲み干す。
「ぐふぅぅっ、美味しくない」
この時ばかりは少しシーレの料理が懐かしくなったブンタである。
手早く空になった器を軽く水で洗い、灰汁を溶かした水の入った桶でじゃぶじゃぶと洗う。
料理の端材や食べ残しなどをまとめると、裏庭へ行き生ゴミ用の穴へ捨て投げる。
店が開くと同時に数名の客が訪れた。
ブンタはまだカウンターに座らせてもらえない。
ましてや狭い店内をうろちょろすることも出来ない為、カウンターの裏で今朝分けた武器をゴシゴシと磨いている。
あまりにも刃がボロボロになっている武器は更に選り分ける。
研磨等といった作業は武器屋の仕事ではない。
冒険者などの素人が行うのはあくまで緊急用。
下手な素人が手をだすと、余計に駄目にする恐れがある。
武器屋は武器をきれいに磨くだけ、ディスプレイするときに映えるようにするだけ。
「しかし中々汚れが取れないな。
こんなにも磨いているのに、なぜだ、なぜだっ!!」
それが自らの勇者システムによる、武器の状態維持によるものだとブンタは気づいていない。
この時ばかりは優秀なシステムが邪魔をした。
そもそも勇者の資格を得た者が、いち武器屋で武器磨きをするなどと言うことはありえないのだが。
武器磨きに奮闘しているブンタを、カウンターから覗き見ていたコーバンは溜息をついた。
「はぁ・・・」
弟子にとったは良いものの、思った10倍以上使えない。
飯を作ればしょっぱい。
なぜか激安の武器を見ながら「いい素材だ」とかつぶやいている。
店前の水撒きを頼んでみれば、泥沼を形成し。
武器を磨かせてみれば、なぜか汚れ一つ落とせない。
10を過ぎたばかりの少年を連れてきても、もう少し使えるものだ。
「くっそーーー、汚れよ落ちよ、ピカピカに光れっ!」
しかし熱意は人一倍ある。
何を言っても率先して取り組む情熱はとても好感が持てる。
30前後ともなれば誰かに指図されるのを嫌う傾向がある。
いくら弟子入りしたとしても、いきなり精神を切り替えることは出来ないものだ。
(なのになぜ、あんなにもできないんだ・・・)
コーバンはもう一度大きく溜息をついた。
店を閉めるのは早い。
まだ陽が完全に落ち切らない頃には、店を閉じる準備を始める。
客足のピークは昼で、それ以降は右肩下がり。
それに店があるのは歓楽街から少し離れた場所。
人通りも少なくなり、街の明かりも少ない中営業するのは危険もつきまとう。
犯罪率が高いわけではないが、大都市ほど治安が良いとはいえない。
それに仕事はまだ残っている。
「おいブンタ、外へでかる準備をしろ」
「は、今からでしょうか?」
働き始めて数日経つが、いつもは晩御飯を作り、早めに床につくのが常だった。
夜になってから出かけるのは初めてである。
「ああ、週に何度か武器を仕入れにな」
「武器の仕入れですか!」
「昼間の間はどこの店も忙しくて買い出しには行けないからな。
武器がある程度売れたら補充しにいくんだ。
ほれ、早くしないといい武器が売り切れちまう」
コーバンは外出用のコートを羽織りながら、顎先でブンタに準備を急げと催促する。
ブンタはこれから向かう場所にすっかり思いを馳せていた。
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