おいでよ、最果ての村!

星野大輔

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番外 ブンタの就職体験

ブンタの目利き

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武器の仕入れは、南東区の中央にある倉庫で行う。
100m四方の大きな二階建てと地下一階の建物。
夜だと言うのに中は祭りとばかりに活気づいている。

訪れる業者は武器屋ばかりではない。
防具に靴、装飾品、馬車からその備品に至るまで。
ここにはありとあらゆるものが集まる。

コーバンは入り口で武器屋の証明書を提示し、台紙に名前と店名を記帳する。
卸売会場のため、誰でも出入り出来るわけではない。
資格あるものだけが出入りできるのだ。

プロ達の戦場。
それ故に目利きは一際大事なものだ。
卸売商人も手八丁口八丁で値段を釣り上げようとする。
その口上は巧みなもので、一般素人であれば3分と経たない内にすっかりと丸め込まれてしまうだろう。

それは買いに来る町の商人たちも同じこと。
少し気を許してしまえばあっという間に粗悪品を売りつけられてしまう。
「信用第一」なんて言葉は此処には存在しない。
騙されるものが悪いのだ。




あちらこちらで繰り広げられる「戦」に、ブンタはすっかり心奪われていた。
商品を手に取ったどこかの店の主人がコンコンと材質を確かめながら「少し音が篭ってるな、材質が悪いんじゃないか」と業者に尋ねると、「いいえそれは特殊な材質をかけ合わせて作っているのです。このお値段で買えるところなどそうそうないですよ」と両手をこねこねと、おいおいそのままもみ続けたら手が一個に纏まっちゃうよと心配になりそうなぐらい揉み手する卸売商人。
怪しさ満点の卸売業者ではあるが実に相手を持ち上げるのが上手。
相手の指摘にあえて乗っかりその手腕を過剰なまでに褒め称える。
否定的な意見に関しては、話題をすり替えいつの間にか商品のメリット面のみに注目させる。
二言、三言と交わしていく内に話し合いは決着し、結局卸売業者の言い値で買わされていた。

コーバンは遠目にその二人を顎で指しながら、ブンタにこの業界の厳しさを教えた。

「おいブンタよ、ありゃあ失敗パターンだな」
「え、どちらがですか?」
「勿論、買い手の方だよ。
 あの防具はせいぜい一万サクルがいいところだな。」
「でも八万サクルのところを四万サクルにオマケしてやるーって言ってましたよ。」
「馬鹿野郎、おまえそんなんじゃ、ここでやっていけないぞ。
 交渉の初歩的な技術だろう。
 最初に高い値段を提示しておきながら、あたかも割引しましたよと見せる手段。
 向こうもプロだ、こんな初歩的なパターンに引っかかりそうな相手にしかしないだろうがな。」

コーバンはちらりとブンタを見て「ああ、こいつは間違いなく引っかかるな」と心の中で思った。
ブンタはその話を聞き、難しい顔をしながらメモを取り始めた。

各所で繰り広げられている商売を見かける度にブンタは立ち止まりメモを取ろうとするため、コーバンは襟を引っ掴みずるずると引っ張っていった。
引っ張られながらもメモを取り続けるブンタに、コーバンは諦めたように何食わぬ顔で通路を歩いて行く。

周囲の客たちはそのおかしな二人を避けるようにして、結果彼らの歩く道はまるで聖人の奇跡のように人混みが割れていった。




倉庫の入り口は主に目玉商品、いわゆる高級路線の商品が占めている。
半年前には伝説の武器という触れ込みで出品された弓矢があったが、偽物ということが鑑定人によって暴露されて一悶着あった。
その区画を抜けると雑然としたブロックになる。
ただ奥に行くに連れて商品の価値、価格は下がっていく。

コーバンの店は低価格路線であるため、求めるものも必然として倉庫の奥となる。
戦場は一段と熱を帯びてくる。
価格が安いということは削られる値段も同時に一桁、二桁まで下がってくる。
僅かな数値が大量購入した時、大きな値段として跳ね返ってくる。
入口付近で行われていたような「じゃあ1000サクルおまけしちゃおう♪」等といった大雑把な値引きは無い。

「おいおい、こんなんはせいぜい700サクルだろうがよ」
「お前の目は節穴か、ああん、ガラス玉でも詰まってんのか?
 750サクル、これ以上はまけらんないね」
「720」「740」「725」「738」「730」「735、これが限界だ」「よし買った!」
「どうだ、これも一本つけてやるから、1500でどうだ?」「いや、そりゃあないぜ、せいぜい・・・」

せっかくまとまり掛けてた商談に新たなアイテムが登場し、またもや値引き合戦が始まった。
戦と呼ぶにふさわしい言葉の応戦にすっかり心奪われたブンタ。

「すげぇ、すげえよ師匠。これが商人、これがプロってやつですね!!」
「ああ、しかしお前にはまだまだ早すぎる。
 2,3年は通い詰めないと、言い値で買わされちまうよ。」
「・・・ですね、情けない話、彼らと渡り合う自信がありません。
 師匠も痛い目をみた口ですか?」

問いかけられた質問に、少し遠い目をして過去を思い出したのかコーバンはなんとも言えない笑みを浮かべた。

「ああ、あの頃は若かった。
 あのクソアマ、もう一度見かけたらケツ毛までぶんむしってやる」

何があったのか深く聞くことは出来ない程に、言葉とは真逆の素敵な笑みを浮かべるコーバン。
ブンタの視線に気づくとコーバンはわざとらしく咳き込み、奥へと歩き出した。

「おういらっしゃいバロンの旦那」
「ああ、今日もいい値段で買わせてもらうよミューラ」

馴染みの間柄なのか、挨拶の中に親しみが感じ取れる。
ミューラと呼ばれた男は恰幅のいい四十くらいの男性。
たくわえられた立派なカイゼル髭が、笑う度に二重あごとともに揺れる。
とてもこの戦場でやっていってるとは思えない人の良さそうな顔につい心を許してしまいそうになる。

「ブンタ、だまされるんじゃねえぞ。
 こいつはこんな顔してとんだ食わせ物だからな、下手に気を許したら鉄貨の一枚も残らないぜ」
「おいおい、初対面の人間にそんなデマを吹き込まないでくれよ。
 ところでそちらの御方はどちらさんだい?」
「はっ、不肖ながら師匠の弟子をさせてもらっているブンタです!」
「弟子? はは、弟子だって!?
 旦那の所はいつから弟子を取るようになったんだい、はははっ」
「けっ、うるせいやい、いいからさっさと商品見せてくれ」
「早速商談かい、まあこの話はいずれゆっくり聞かせてもらうよ。
 今日は何を仕入れるんだい?」

密度の高い二人の会話に置いてけぼりのブンタは、手持ち無沙汰に他の店をキョロキョロと見やる。

遠くで一際人混みが出来ている場所があった。
ふらふらと吸い寄せられるようにブンタは人混みの中へ紛れ込んだ。
ギュムギュムと波に揉まれていると、やがて人混みの中心に放出された。

「さー、よってらっしゃいみてらっしゃい、これが伝説の武器。
 古代エーゾ文明、神々との戦いにより永遠に人が住めない土地となった北の地より発掘された一品。
 みなさんも一度は聞いたことがあるでしょう、雷神風神を倒したという伝説の武器「アイギスのツルギ」。
 伝承にしか残っていなかった伝説の武器。
 入手経路は極秘事項ですので聞かないでください、ふふふ。」

立派な台に一本だけ飾られた剣。
その装飾は見事なもので、一見してただの武器ではないことが窺い知れる。
グリップガードは緻密に彫られた龍が柄にまで伸び、柄頭には紫がかった透明色の水晶がはめこまれている。
所々には色とりどりの宝石が埋め込まれ、光が当たる度にキラキラと反射して人々を魅了する。
その刀身は一般的な剣には珍しく片刃であり、すっと1m程伸びた姿は凛々しさを感じさせる。

伝説の武器という謳い文句で世に出てくる大半は偽物である。

しかし、そうは分かっていても目の前にある美しい武器に人々は目を奪われていた。
これはもしかしたら本物ではないのか、そう思わせる何かがあった。

「みなさん、お値段の方気になるでしょう。
 ええ、ええなにせ伝説の武器ですからね、もちろん格安というわけにはいきません。
 しかし、ここにおられる皆様方は非常に幸運です。
 これを手に入れるこtができるチャンスに巡り合ったのですから。
 さてお値段の方、1億2000万サクル!!!」

会場がざわめいた。
この倉庫の中で取り扱われる武器の上限はせいぜい数百万サクル程度。
それが億超えである、ざわめきもするだろう。
しかし伝説の武器としてはあまりにも安い。
なにせ豪商であれば簡単に手に入れることのできる値段だ。
伝説の武器と言えば王家の家宝にもなる「手に入らない」事の代名詞でもある。

それが証拠に、会場には何人か悩むようにしている商人が居た。

「・・・」

その中でひとりブンタだけが、その武器の本質を見抜いていた。

(あれは偽物だ)

普通の武器は見抜くことが出来ないブンタであるが、伝説の武器の鑑定眼に関しては右に出るものが居ない。
なにせ彼の店には伝説の武器が在庫として山積みなのだから。

確かに美しく飾られた装飾品は目を奪う。
だがそんな伝説の武器は数少ない。
伝説であるからこそ実用性が求められるのだ。

何より「アイギスのツルギ」は、ブンタの店の奥深くに在庫として眠っているのだから。

「なぁ、ちょっといいか?」
「おやお客さん、ちょっと身なりがさもしいですが、まあいいでしょう。
 何かご質問でも?」
「なに、余興だ。
 そこにある安物の剣と打ち合わせてもらっていいだろうか。
 その伝説の武器の切れ味を試してみたいものでな」
「ふむ・・・」

商人は少し考え込んだ。
確かにこれは偽物であるが、真実味を持たせるために200万サクル相当の金を掛けている一級品の武器だ。
1000サクルほどで売られている武器と打ち合う、余興としては良いのかもしれない。
より真実味をもたせることが出来る。
ブンタの提案した内容が自らの利となることが分かると、商人はいやらしい笑みを浮かべて両手を広げた。

「いいでしょう。
 さあさあ皆様方、お集まりください。
 お客様の要望により、ただいまよりちょっとした余興を始めたいと思います。
 ここに備え付けられた伝説の剣、かたや1000サクルの剣。
 これを打ち付けるとどうなるのか、皆様も気になるでしょう。
 ええ、ええ、皆様の想像通り、打ち付けた剣のほうが真っ二つになることは当たり前。
 しかしそれを実際に見てもらいましょう。
 そうですね、せっかくですから剣を振るってもらうのは提案いただいたお客様に、はいはいこちらへどうぞ」

商人はブンタに安物の剣を渡し「伝説の武器」の前へと案内した。
彼は知らない、この後起きる悲劇を。




「おいブンタ、どこ行ってたんだ?」
「ええ、少しばかり周りを見てきました。」
「そうか、向こうで騒ぎがあったようだが、何かあったのか?」
「いえ、何も面白いことはありませんでしたよ。」

遠くで真っ二つに割られた剣を、涙流しながら握りしめる男が見えたが、すぐに人混みに掻き消されてしまった。

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