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番外 ブンタの就職体験
ブンタの接客
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コーバンが店を出ていくと、店内には静寂が戻った。
客は一人も居ない。
カウンターには緊張のあまりカチコチになったブンタがひとり。
まだ客も居ないというのに、顔は不自然な笑顔を浮かべたまま固まっている。
この数週間こっそりと練習していた笑顔の練習は実を結ばなかったようだ。
最初に現れた客は小柄な女冒険者。
赤髪の癖っ毛にクリっとした吊り目は猫科の動物を思わせた。
入ってくるなり店内を興味深げにくるくると見渡す。
ホットパンツに巻き付いたベルトにぶら下がっているのはダガー。
探している獲物は、推理するまでもない。
「すみません、ダガーはここにあるのが全部ですか?」
「ははは、はいいいーーっ!!」
心の準備をしていなかったブンタは、突然話しかけられて声が裏返ってしまった。
女冒険者は一瞬驚いたが、ブンタが緊張していると気づくと可笑しそうにクククと笑った。
「ははは、お兄さんもしかしてデビューしたてなのかな?
ダイジョーブだよ、こんな小娘相手に緊張しないでも。
親戚の娘とでも思って相手したらいいよ」
「いえ、お客様にそのような態度!」
「もーー、かたーい!
はー、まあいいや。
あのね、私見ての通りダガー使いなのよ。
でもちょっと今使っているのが古くなってきてね。
新調したいと思ってるんだけど、いいの見繕ってもらえないかしら」
そう言って、今使っているダガーをブンタの前に差し出す。
それを手にとってしげしげと眺めるが、目を細めながらブンタは思った。
(うーむ、わからん)
正直にそのことをお客様に伝えることは出来ないため、何と言おうか逡巡していた。
とりあえず一番高い武器を出せばいいかと考えたが、先日コーバンに言われたことを思い出す。
「いいかブンタ。
武器は高けりゃいいってもんじゃない。
そりゃあ値段が高いほうが質は良いかもしれない。
だがな、どんなに質が良い武器だって本人が使いこなせなきゃ意味がない。
大切なのは相手を知ること。
どんな武器を使用し、どんな戦い方をして、普段の携帯性も勿論重要だ。
それらを全て加味し、お客さんに最高の一品を提供するのが、俺達の仕事さ」
その言葉に甚く感銘を受けたブンタは目をうるませながら、メモを取った。
コーバンはひとつ思い出したように、笑みを浮かべながら言葉を足す。
「そうだ大事なことを忘れていた。
最も大事なのは、お客さんのお財布事情ってことをな」
ブンタは女冒険者を観察した。
戦いを生業にしている為、腕の筋肉は引き締まっているが、それでも華奢な部類であろう。
性能面では切れ味、硬さ、錆にくさを備えたジタン鋼のダガーをおすすめしたいが、いかんせん重たい。
素早さを持ち味としている彼女が扱うには、荷が勝ちすぎている。
かと言って軽量さばかりを追求しては耐久性が犠牲となる。
女冒険者が出していたダガーもそうだ。
軽量なミルア鉄を鋳造した大量生産品。
安価なため人気は高いのだが命を預けるには一抹の不安が残る。
店内にある同様の商品と比較すると、5000サクルといった所だ。
「お客さん、ちなみにご予算はいくらぐらいでしょうか?」
「うーん、そうだね、1万サクル前後かな。」
反応から見るに1万サクルというのは上限ではなく、出し渋っているだけのようだ。
1万サクルから1.5万サクル程度を視野に入れて、ブンタは商品を探す。
棚からふたつのダガーを取り出す。
ひとつは女冒険者が持っていたダガーと同じ型で、ジタン鋼とミルア鉄の合金素材。
もうひとつは刀身が漆黒のダガー。
切れ味はさほど無いが、耐久性は段違い。
商品の説明を女冒険者に行う。
「こちらの合金ダガーは1.3万サクル。
黒刀ダガーは1.5万サクルになります。」
「うーん、ちょっと予算をオーバーしているけど・・・。
少し手にとっても良い?」
「ええもちろん」
ひとつずつ手に取ると、何度か握り方を替えてブンブンと空を切る。
腰に一度収めて店内を歩き回り携帯性を確認。
そしてもう一度、手に取り振り回す。
そうすること3分。
女冒険者は意を決したようで片方のダガーをブンタに差し出す。
「うん、決めた、こっちのダガーをいただくよ」
そう言って差し出したのは合金ダガー。
「今までと同じ型だから扱いやすいし、何より軽い。
黒刀ダガーもいいけど、わたしには若干重いかな。」
「かしこまりました、では1.3万サクル丁度いただきます」
女冒険者は満足したように店を出て行く。
彼女の背中を見送ると、ブンタは大きく息を吐いた。
「ぷっはーーー、緊張したーーーっ!!!
でも売れた、俺にも売ることが出来たぞーーーーっ!!!」
それから数人、ブンタはたどたどしくもあったが無事接客を終えた。
コーバンが戻ってきてからその話を聞くと、彼は素直に驚いた。
「はーー、いや大したもんだ。
数日前までは激安の剣を見て、いい素材だ、なんてほざいてやがったのに。
一体いつの間に勉強しやがったんだ。」
「ふふふふ、秘密ですよ師匠」
得意そうに笑みを浮かべるブンタであったが、その視界には武器の鑑定画面が浮かんでいた。
そう、勇者システムを使ったズルだった。
ブンタはいまだ1000サクルと10万サクルの剣を見分ける鑑定眼など身についていなかった。
(きっとこの事を話したら怒られるから黙っておこう。
俺にここでの接客はまだ早い!)
若干の冷や汗をかきながらブンタはカウンターの裏へと逃げていった。
--------------------------------------------------------------
本当は三人ほど客を書く予定でしたが、時間が掛かると思い断念。
この番外編は残り2,3話を予定しています。
・・・今日中には終わらないな。
客は一人も居ない。
カウンターには緊張のあまりカチコチになったブンタがひとり。
まだ客も居ないというのに、顔は不自然な笑顔を浮かべたまま固まっている。
この数週間こっそりと練習していた笑顔の練習は実を結ばなかったようだ。
最初に現れた客は小柄な女冒険者。
赤髪の癖っ毛にクリっとした吊り目は猫科の動物を思わせた。
入ってくるなり店内を興味深げにくるくると見渡す。
ホットパンツに巻き付いたベルトにぶら下がっているのはダガー。
探している獲物は、推理するまでもない。
「すみません、ダガーはここにあるのが全部ですか?」
「ははは、はいいいーーっ!!」
心の準備をしていなかったブンタは、突然話しかけられて声が裏返ってしまった。
女冒険者は一瞬驚いたが、ブンタが緊張していると気づくと可笑しそうにクククと笑った。
「ははは、お兄さんもしかしてデビューしたてなのかな?
ダイジョーブだよ、こんな小娘相手に緊張しないでも。
親戚の娘とでも思って相手したらいいよ」
「いえ、お客様にそのような態度!」
「もーー、かたーい!
はー、まあいいや。
あのね、私見ての通りダガー使いなのよ。
でもちょっと今使っているのが古くなってきてね。
新調したいと思ってるんだけど、いいの見繕ってもらえないかしら」
そう言って、今使っているダガーをブンタの前に差し出す。
それを手にとってしげしげと眺めるが、目を細めながらブンタは思った。
(うーむ、わからん)
正直にそのことをお客様に伝えることは出来ないため、何と言おうか逡巡していた。
とりあえず一番高い武器を出せばいいかと考えたが、先日コーバンに言われたことを思い出す。
「いいかブンタ。
武器は高けりゃいいってもんじゃない。
そりゃあ値段が高いほうが質は良いかもしれない。
だがな、どんなに質が良い武器だって本人が使いこなせなきゃ意味がない。
大切なのは相手を知ること。
どんな武器を使用し、どんな戦い方をして、普段の携帯性も勿論重要だ。
それらを全て加味し、お客さんに最高の一品を提供するのが、俺達の仕事さ」
その言葉に甚く感銘を受けたブンタは目をうるませながら、メモを取った。
コーバンはひとつ思い出したように、笑みを浮かべながら言葉を足す。
「そうだ大事なことを忘れていた。
最も大事なのは、お客さんのお財布事情ってことをな」
ブンタは女冒険者を観察した。
戦いを生業にしている為、腕の筋肉は引き締まっているが、それでも華奢な部類であろう。
性能面では切れ味、硬さ、錆にくさを備えたジタン鋼のダガーをおすすめしたいが、いかんせん重たい。
素早さを持ち味としている彼女が扱うには、荷が勝ちすぎている。
かと言って軽量さばかりを追求しては耐久性が犠牲となる。
女冒険者が出していたダガーもそうだ。
軽量なミルア鉄を鋳造した大量生産品。
安価なため人気は高いのだが命を預けるには一抹の不安が残る。
店内にある同様の商品と比較すると、5000サクルといった所だ。
「お客さん、ちなみにご予算はいくらぐらいでしょうか?」
「うーん、そうだね、1万サクル前後かな。」
反応から見るに1万サクルというのは上限ではなく、出し渋っているだけのようだ。
1万サクルから1.5万サクル程度を視野に入れて、ブンタは商品を探す。
棚からふたつのダガーを取り出す。
ひとつは女冒険者が持っていたダガーと同じ型で、ジタン鋼とミルア鉄の合金素材。
もうひとつは刀身が漆黒のダガー。
切れ味はさほど無いが、耐久性は段違い。
商品の説明を女冒険者に行う。
「こちらの合金ダガーは1.3万サクル。
黒刀ダガーは1.5万サクルになります。」
「うーん、ちょっと予算をオーバーしているけど・・・。
少し手にとっても良い?」
「ええもちろん」
ひとつずつ手に取ると、何度か握り方を替えてブンブンと空を切る。
腰に一度収めて店内を歩き回り携帯性を確認。
そしてもう一度、手に取り振り回す。
そうすること3分。
女冒険者は意を決したようで片方のダガーをブンタに差し出す。
「うん、決めた、こっちのダガーをいただくよ」
そう言って差し出したのは合金ダガー。
「今までと同じ型だから扱いやすいし、何より軽い。
黒刀ダガーもいいけど、わたしには若干重いかな。」
「かしこまりました、では1.3万サクル丁度いただきます」
女冒険者は満足したように店を出て行く。
彼女の背中を見送ると、ブンタは大きく息を吐いた。
「ぷっはーーー、緊張したーーーっ!!!
でも売れた、俺にも売ることが出来たぞーーーーっ!!!」
それから数人、ブンタはたどたどしくもあったが無事接客を終えた。
コーバンが戻ってきてからその話を聞くと、彼は素直に驚いた。
「はーー、いや大したもんだ。
数日前までは激安の剣を見て、いい素材だ、なんてほざいてやがったのに。
一体いつの間に勉強しやがったんだ。」
「ふふふふ、秘密ですよ師匠」
得意そうに笑みを浮かべるブンタであったが、その視界には武器の鑑定画面が浮かんでいた。
そう、勇者システムを使ったズルだった。
ブンタはいまだ1000サクルと10万サクルの剣を見分ける鑑定眼など身についていなかった。
(きっとこの事を話したら怒られるから黙っておこう。
俺にここでの接客はまだ早い!)
若干の冷や汗をかきながらブンタはカウンターの裏へと逃げていった。
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本当は三人ほど客を書く予定でしたが、時間が掛かると思い断念。
この番外編は残り2,3話を予定しています。
・・・今日中には終わらないな。
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