おいでよ、最果ての村!

星野大輔

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番外 ブンタの就職体験

ブンタのお使い

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「おいブンタ、ちょっとお使い頼まれてくれないか」
「お使いですか?」

コーバンにそう頼まれたのはひとしきり客が捌けた午後半ば。
磨き終えた武器をひとまとめに店内へ持ってきたブンタを捕まえてコーバンはそういった。
ちなみに武器磨きに関しては、自分が手に持っていることで汚れが落ちないことにやっと気づき、床においた状態で磨くことにした。
ブンタは日々進化しているのだ。

「使いっていっても、武器を鍛冶屋に持っていってもらうだけだ。
 預けたらすぐに帰ってきてくれて構わない。」
「はぁ、まあいいですけど・・・」

珍しいなとブンタは思った。
研磨など行う武器に関しては、週に一、二度の間隔で鍛冶屋見習いが各店を周っているから、わざわざ自分から持っていくことなどない。

「ちょとばかり特殊な武器でな、馴染みの鍛冶屋の爺さんにいつも頼んでる武器なんだ。」

そう言って、店の奥へ消えていったコーバンが持って帰ってきたのは一本の大剣。
大の大人ほどありそうな刀身、無駄な装飾はなく、只々無骨な鉄の塊。
一見すれば、どこかの鍛冶師が趣味で面白半分に作った剣だと思うかもしれない。

「はははは、でっかいだろう。
 俺ですら持つのが精一杯だ。
 誰がこんな武器使うかなんて、俺でもわからないよ。
 だがな、こいつは代々この店に受け継がれてきた家宝なんだよ。」

剣先を土床に突き刺し、柄頭により掛かるコーバン。
その刀身をポンポンと叩きながら、ブンタを見る。

「ご先祖様が言うにはな、こいつは伝説の武器っていうんだ。
 いや、俺だってわかってるさ、それが法螺だってことくらい。
 昔、親父がこの店を営んでる頃、俺はこっそり持ち出したことあるんだ。
 ほら裏手の山、そこの裾野付近でな魔物が出る場所があって、試してみたんだ。
 結果は散々さ。
 ただの重たい鉄の塊。
 特別な効果も何もあったもんじゃない。」
「だったら、どうしてメンテナンスなんか」
「・・・信じたいのさ、ご先祖様を、うちの親父を。
 力を引き出せなかったのは俺のせいだって。
 ほら、よく言うだろ、武器は持ち主を選ぶってさ。
 伝説の武器なら、それこそ俺なんかには扱えないんだって。
 そう思い込むことにしている。
 そうしてご先祖様の意志に報いようとしているのさ。
 今となっては本当かどうかなんてどうでもいい、こいつが此処に在ることが大事なんだ。」

恥ずかしそうに笑うコーバンは、照れを隠すように大剣をブンタに預けた。

「ほれ、思いから気をつけな。」
「良いんですかそんな大事なものを、俺が預かって。」
「ふん、お前は俺の一番弟子だ。
 弟子を信じられないでどうする。
 お前ももう立派な「レッドバロン」の一員さ」
「は、はいっ!!!
 この剣、無事鍛冶屋へ届けて参ります!!」

ビシリと軍隊のような敬礼を見せると、ブンタは大剣を布にくるみ両手に抱えて店を飛び出していった。

「ははっ、ったく、転ぶんじゃねえぞ」

ムーリオカの大通りを爆走していくその背中が消えて見えなくなるまでコーバンはブンタを見送った。
やがて人混みにその姿が見えなくなると、戸に掛けた手を剥がし店の中に戻ろうとする。
しかし目線を逸らす瞬間、大通りの向こうから人混みをかき分けて近づいてくる二人の姿があった。

二人組は往来する人々を乱暴に押しのけると、街道目掛けて必死の形相で走ってくる。
その後ろには町の警邏隊の姿も見える。
コーバンは嫌な予感しかしない。

近づいてくるその二人組には見覚えがあった。

コーバンと同じくらいの巨体に角刈りと縮緬頭。
人を恫喝してばかりなのか、悪相この上ない顔を形成し、加えて必死な形相なため、もはや顔面は鬼と化している。
数日前に店を訪れた二人組の冒険者だ。

その手には人の頭ほどありそうな何かを抱えて運んでいる。

距離が近づくにつれ、警邏隊が何かを叫んでいるのが聞こえた。

「だ、だれか二人を捕まえてくれ、は、はやくしないと!!」
「そいつら、山にはいって古代竜の卵を盗み出しやがった!!
 早く巣に戻さないと、あいつが、竜がこの町にやってくる!!」

ざわめきが街中に広がっていく。
竜が町を襲う。
そんなことになれば、軍隊が駐在していないこの町は一夜にして滅んでしまう。

男連中は近くにあった端材を手にとって冒険者たちに向かっていった。
しかし相手は仮にもプロ。
どんなに悪党だとしても竜の巣に忍び込んで卵を持って返ってくるほどの腕前なのだ。
縮緬男が振るう剣圧にすっかり肝を冷やし、結局だれも飛びかかれずにいた。

そうこうしている内に二人は街道へと、つまりコーバンの店「レッドバロン」へと近づいてきた。

「ちっ、あいつら!!」

ブンタは店の中から剣を一本取り出すと、近づいてくる二人の前に立ちはだかった。
その姿を見た二人は一瞬驚きこそしたが、ニヤリといやらしい笑みを浮かべる。

「おいおい、そこをどかねえとその胴体真っ二つにしてしまうぜ!!」
「・・・やってみやがれ!!」

勝てないことは分かっている。
それでも誰かがこいつらを止めないと、町が滅んでしまう。
今死ぬのも、あとで死ぬのも一緒だ。
だったら少しでもみんなが助かる方をコーバンは選んだ。

そう決意はしたものの、彼の手は震えている。
剣などまともに握ったのは、家宝の武器を携えて裏山に行った時以来だ。
きっと俺の命がけの特攻なんて、いいところ数秒の足止め程度だろう。

「だけど、だけどな、それでもお前らを素通りさせるわけにはいかねんだ!
 この町、いやこの店を俺が守らないで誰が守る!
 おらーーー、きてみやがれーーーーっ!!!」

恐怖を無理やり大声でかき消そうとする。
一歩、一歩と死の足音が近づく。
やつらの鬼の様な笑みがくっきりと見える。
その荒い息遣いも、嫌というほど聞こえてくる。

(死ぬ、俺はいま、死ぬっ!)

汗が目に入るがまばたきなんて出来ない。
恐怖なのか勇気なのか怒りなのか諦めなのか悲しみなのか、自分でも分からない感情がコーバンの中をうずまきドロドロに溶け、結果頭の中は真っ白になった。

次の瞬間、到底人から発せられた音とは思えない鈍い音が街道に響いた。
その体は宙に舞い上がり、穴という穴から血が吹き出す。
誰もがその光景をスローモーションの様に感じた。

あまりにも突然だったから。

コーバンを襲った冒険者が次の瞬間、宙を舞っていたのだ。
誰もその瞬間を目撃していない、気がつけば空を舞っていた。

重力に引かれその体が地面に落ちるとともに、誰もが硬直を解かれたように動き出し、そこに立ち聳える人物に気がつく。

「おまえは・・・」

コーバンの方からは背負った大剣に隠されて姿が見えない。
だが姿を見ずとも分かる。
その剣は先程自分が彼に渡したものなのだから。

「大丈夫ですか師匠。
 こいつらすぐに片付けますんで」

コーバンの方を見ずにブンタは、もうひとりの冒険者を睨む。

「くそっ!!!」

破れかぶれになって角刈り男は無謀にもブンタに斬りかかった。
彼は先日ブンタとの力の差を肌で感じていたはずだ。
それなのに彼は本能に従わず、自分の力を過信した。

結果、縮緬男の二の舞いとなる。

登場してわずか10秒と経たない内に場を収めたブンタに、目撃していた人間は全てポカンとしていた。
警邏隊が追いつき、彼らの身柄を捉えると、ようやく大事になる前に解決したのだとわかり、歓声が沸き起こった。

コーバンはブンタに近づくと、礼を言おうと肩に手を伸ばした。
しかし。

GYAOOOOOOOOOOOOOO!!

竜の咆哮が山の頂上から町中に響きわったった。



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