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11、幽霊屋敷の滞在
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意外にもシャーロット様のお屋敷は森の奥深くではなく、王都からはかなり離れているが比較的大きい街の中にあった。
「隠れて住んでいる方が人の噂に立ちやすいのです。ここなら必要なものはすぐに揃えられますし、お嬢様も不自由なく暮らせます。近所の方たちには成り上がりの商人の娘だと思われているようですが、みなあまり興味もないようですよ」
屋敷内を案内してくれている途中、執事のリアムさんが説明してくれた。
お屋敷は大きな庭で四方を囲まれていて、広さにはかなり余裕がある。
建物自体もシャーロット様とリアムさん、住み込みの侍女が二人とそう多くはない人数なのに、客室は五つもあるらしい。
なので隅々まで管理されているわけでは無さそうだ。使う部屋だけを掃除しているらしい。
そこに私とご主人様、ヒッグス様が泊まるのだ。なのに部屋割りは当然のように、ご主人様の隣の部屋にされてしまった。リアムさんの隣だと期待していた私は心底がっかりする。
通常使用人は専用の部屋に泊まるものなのだが、いつものご主人様の外面が発揮された。私が幽霊が怖いだろうという配慮らしい。でもそれは確かに当たっている。
(うぅ、ここ。なんかすごく怖いですぅ)
とにかくこの屋敷はエマーソン伯爵家とは全く違って暗いのだ。それは感覚的なものではなく、物理的に暗い。屋敷の周囲は背の高い木で囲ってあるのであまり陽が当たらない。
その上、家具は高級なアンティークが揃えられていて時代を感じさせる。しかも廊下を歩くたびにギシリギシリと音が鳴る。
毎回怯えて歩いていると、リアムさんがその理由を説明してくれた。
「これはシャーロット様をお守りするためです。この屋敷には通いの侍女が二人と男は私しかいません。もしお嬢様に不審者が近づこうものならすぐにわかるよう、そのままにしているのです」
理屈はわかるが、逆に不審者ではなくて幽霊を引き寄せてしまうのではないだろうか。もうすでに幽霊が出てもおかしくない雰囲気が屋敷中に漂っている。
(いつあの暗い影から血まみれの人形が出てくるかもしれません。ひゃぁぁあ)
私は怯え切っているのに、さすがはご主人様。ヒッグス様でさえ青くなっているのにまったく動じていないようす。いつもの爽やかな外面で穏やかに笑みを浮かべている。
「なるほどね、屋敷に入るには表の玄関からの一本道しかない。そこまでは石畳が敷いてあるけど、ほかは芝も植えないで土のまま。侵入者が入ったらすぐにわかるようにしてあるんですね。だから君は侵入者はいなかったと断言できた。しかも一階の窓はすべて開かないタイプのもの。よく考えられてある」
「そ、そうなんですか? あの、でも幽霊だったらそんなことは関係なのではないでしょうかぁ」
ギシリギシリと音を立てる階段をのぼりながら、こわごわと話をする。とにかく何か話しをしていないと、この陰鬱な雰囲気に飲み込まれそうだ。
リアムさんが一番前を歩き、その後ろをご主人様。そのまた後に私とヒッグス様が横に並んで歩いているといった感じだ。
「まあ、幽霊じゃないって証明をリチャードにしてもらわなきゃいけないからな。エマちゃん。そんなに怯えないで。大丈夫、何かあったら僕が傍にいるからいつでも頼ってくれ」
ヒッグス様が私の肩を抱いて、優しく勇気づけてくれる。するとご主人様が階段の途中で急に立ち止まって大きな声を出した。
「リアムッ!」
「ひやぁぁぁぁぁぁっ! なんなんですかぁっ!」
哀れ私は大きな悲鳴を上げて、そのうえ顔はご主人様の背中にぼっすりとはまり込み、更にご主人様の腰に縋り付く格好でつんのめった。なのにご主人様はしごく冷静で落ち着いた様子。
「この階段ですね、シャーロット様が突き落とされたというのは……。ふーん、なるほど。吹き抜けで広々としているから確かに傍に誰か立っていればすぐに気づくはずですね」
「ええ、そうなんです。そこの一番上段からお嬢様は落ちました。偶然、ちょうど真下に居りました私がお嬢様を支えなければ、そのまま踊り場まで落ちていたでしょう。そうすれば怪我だけでは済まなかった恐れもあります」
リアムさんは行き場のない怒りを一生懸命押さえているようだ。そんなにもお嬢様が大切なのだろう。
(あぁ、もう! そんなどうでもいいことで叫ばないでください! ご主人様ったら絶対に私を怖がらせようとしましたね。意地悪ぅ!)
私は痛む鼻を撫でながらご主人様を睨んで心の中で毒づいた。もちろん表面上はご主人様にぶつかってしまった非礼を謝る。
いつも通り外面モード全開の彼は至らない侍女を寛容にも許すのだ。まるで三文芝居だが、後の仕返しが怖すぎて落ち着かなくなる。
「良くいらっしゃいましたわ。リチャード様!」
シャーロット様の可愛らしい声が響く。大人しめの淑やかな彼女がこれほどまで喜ぶということは、彼女もご主人様の外見と外面にやられてしまったのかもしれないとふと思う。大抵の女性はご主人様と話をするなり目がハートになるのだ。
シャーロット様は白を基調とした、たおやかなレースのドレスで現れた。その姿はまるで川辺に咲いた一輪の百合の花のよう。思わず見惚れてしまう。
「やだな、僕もいるんだけど。シャーロット」
ヒッグス様が不貞腐れたようにそういうと、彼女は美しい顔を赤らめた。そうして恥ずかしくなったのかリアムさんの背中に隠れるように立つ。相変わらず繊細なお方のようだ。
「あの、私の部屋もご覧になられますか? 壁の紋章は消えてしまったのでお見せできませんが、何か手掛かりでも見つかるかもしれませんから」
そうして私たちはシャーロット様の寝室に向かうことになった。彼女の部屋は客間の上の三階にある。二つの部屋が扉で仕切られていて、部屋に足を踏み入れるとそこはカウチや書き物ができるビューローがあって、その先が寝室だ。
「あの件から、私はこのカウチで夜は休ませてもらっています。シャーロット様のお体が心配ですので」
リアムさんがそういってカウチを手で示した。こんな狭いカウチでご主人様のために毎晩寝ているだなんてと、更に見直してしまう。
部屋には可愛らしい花柄の白い家具の上には人形が並んでいた。両開きの扉の奥が寝室で、扉を開けると天蓋付きのベッドがすぐ目の前にある。
シャーロット様が震える指で、その枕元の壁を指さした。
「あそこに……あそこにあの紋章が現れたのです。私とリアムが扉を開けたら、すぐに赤い色が目に入って……私は恐ろしくてそれからのことはあまり覚えていないの。私が悲鳴を上げたので近くにいた侍女のキティがすぐに駆け付けて来てくれたわ」
か細い肩を震わせて執事のリアムさんにしなだれかかる。リアムさんはその肩を抱こうと手を添えたが、触れる手前で手を引っ込めた。そうしてご主人様の方に向き直る。
「お嬢様は思い出したくもないでしょうからそこから先は私がお話しします。窓の外で物音がしたので私はお嬢様を侍女に任せて外の様子を見に行きました。でも人が侵入した様子はありませんでした。なのに確かに何者かが窓の外にいたんです」
(ひぃぃぃぃ! ここは三階なんですよ。そんなのあり得るはずないじゃないですかぁ……やっぱり幽霊なんじゃぁ! ガクブルガクブル)
「隠れて住んでいる方が人の噂に立ちやすいのです。ここなら必要なものはすぐに揃えられますし、お嬢様も不自由なく暮らせます。近所の方たちには成り上がりの商人の娘だと思われているようですが、みなあまり興味もないようですよ」
屋敷内を案内してくれている途中、執事のリアムさんが説明してくれた。
お屋敷は大きな庭で四方を囲まれていて、広さにはかなり余裕がある。
建物自体もシャーロット様とリアムさん、住み込みの侍女が二人とそう多くはない人数なのに、客室は五つもあるらしい。
なので隅々まで管理されているわけでは無さそうだ。使う部屋だけを掃除しているらしい。
そこに私とご主人様、ヒッグス様が泊まるのだ。なのに部屋割りは当然のように、ご主人様の隣の部屋にされてしまった。リアムさんの隣だと期待していた私は心底がっかりする。
通常使用人は専用の部屋に泊まるものなのだが、いつものご主人様の外面が発揮された。私が幽霊が怖いだろうという配慮らしい。でもそれは確かに当たっている。
(うぅ、ここ。なんかすごく怖いですぅ)
とにかくこの屋敷はエマーソン伯爵家とは全く違って暗いのだ。それは感覚的なものではなく、物理的に暗い。屋敷の周囲は背の高い木で囲ってあるのであまり陽が当たらない。
その上、家具は高級なアンティークが揃えられていて時代を感じさせる。しかも廊下を歩くたびにギシリギシリと音が鳴る。
毎回怯えて歩いていると、リアムさんがその理由を説明してくれた。
「これはシャーロット様をお守りするためです。この屋敷には通いの侍女が二人と男は私しかいません。もしお嬢様に不審者が近づこうものならすぐにわかるよう、そのままにしているのです」
理屈はわかるが、逆に不審者ではなくて幽霊を引き寄せてしまうのではないだろうか。もうすでに幽霊が出てもおかしくない雰囲気が屋敷中に漂っている。
(いつあの暗い影から血まみれの人形が出てくるかもしれません。ひゃぁぁあ)
私は怯え切っているのに、さすがはご主人様。ヒッグス様でさえ青くなっているのにまったく動じていないようす。いつもの爽やかな外面で穏やかに笑みを浮かべている。
「なるほどね、屋敷に入るには表の玄関からの一本道しかない。そこまでは石畳が敷いてあるけど、ほかは芝も植えないで土のまま。侵入者が入ったらすぐにわかるようにしてあるんですね。だから君は侵入者はいなかったと断言できた。しかも一階の窓はすべて開かないタイプのもの。よく考えられてある」
「そ、そうなんですか? あの、でも幽霊だったらそんなことは関係なのではないでしょうかぁ」
ギシリギシリと音を立てる階段をのぼりながら、こわごわと話をする。とにかく何か話しをしていないと、この陰鬱な雰囲気に飲み込まれそうだ。
リアムさんが一番前を歩き、その後ろをご主人様。そのまた後に私とヒッグス様が横に並んで歩いているといった感じだ。
「まあ、幽霊じゃないって証明をリチャードにしてもらわなきゃいけないからな。エマちゃん。そんなに怯えないで。大丈夫、何かあったら僕が傍にいるからいつでも頼ってくれ」
ヒッグス様が私の肩を抱いて、優しく勇気づけてくれる。するとご主人様が階段の途中で急に立ち止まって大きな声を出した。
「リアムッ!」
「ひやぁぁぁぁぁぁっ! なんなんですかぁっ!」
哀れ私は大きな悲鳴を上げて、そのうえ顔はご主人様の背中にぼっすりとはまり込み、更にご主人様の腰に縋り付く格好でつんのめった。なのにご主人様はしごく冷静で落ち着いた様子。
「この階段ですね、シャーロット様が突き落とされたというのは……。ふーん、なるほど。吹き抜けで広々としているから確かに傍に誰か立っていればすぐに気づくはずですね」
「ええ、そうなんです。そこの一番上段からお嬢様は落ちました。偶然、ちょうど真下に居りました私がお嬢様を支えなければ、そのまま踊り場まで落ちていたでしょう。そうすれば怪我だけでは済まなかった恐れもあります」
リアムさんは行き場のない怒りを一生懸命押さえているようだ。そんなにもお嬢様が大切なのだろう。
(あぁ、もう! そんなどうでもいいことで叫ばないでください! ご主人様ったら絶対に私を怖がらせようとしましたね。意地悪ぅ!)
私は痛む鼻を撫でながらご主人様を睨んで心の中で毒づいた。もちろん表面上はご主人様にぶつかってしまった非礼を謝る。
いつも通り外面モード全開の彼は至らない侍女を寛容にも許すのだ。まるで三文芝居だが、後の仕返しが怖すぎて落ち着かなくなる。
「良くいらっしゃいましたわ。リチャード様!」
シャーロット様の可愛らしい声が響く。大人しめの淑やかな彼女がこれほどまで喜ぶということは、彼女もご主人様の外見と外面にやられてしまったのかもしれないとふと思う。大抵の女性はご主人様と話をするなり目がハートになるのだ。
シャーロット様は白を基調とした、たおやかなレースのドレスで現れた。その姿はまるで川辺に咲いた一輪の百合の花のよう。思わず見惚れてしまう。
「やだな、僕もいるんだけど。シャーロット」
ヒッグス様が不貞腐れたようにそういうと、彼女は美しい顔を赤らめた。そうして恥ずかしくなったのかリアムさんの背中に隠れるように立つ。相変わらず繊細なお方のようだ。
「あの、私の部屋もご覧になられますか? 壁の紋章は消えてしまったのでお見せできませんが、何か手掛かりでも見つかるかもしれませんから」
そうして私たちはシャーロット様の寝室に向かうことになった。彼女の部屋は客間の上の三階にある。二つの部屋が扉で仕切られていて、部屋に足を踏み入れるとそこはカウチや書き物ができるビューローがあって、その先が寝室だ。
「あの件から、私はこのカウチで夜は休ませてもらっています。シャーロット様のお体が心配ですので」
リアムさんがそういってカウチを手で示した。こんな狭いカウチでご主人様のために毎晩寝ているだなんてと、更に見直してしまう。
部屋には可愛らしい花柄の白い家具の上には人形が並んでいた。両開きの扉の奥が寝室で、扉を開けると天蓋付きのベッドがすぐ目の前にある。
シャーロット様が震える指で、その枕元の壁を指さした。
「あそこに……あそこにあの紋章が現れたのです。私とリアムが扉を開けたら、すぐに赤い色が目に入って……私は恐ろしくてそれからのことはあまり覚えていないの。私が悲鳴を上げたので近くにいた侍女のキティがすぐに駆け付けて来てくれたわ」
か細い肩を震わせて執事のリアムさんにしなだれかかる。リアムさんはその肩を抱こうと手を添えたが、触れる手前で手を引っ込めた。そうしてご主人様の方に向き直る。
「お嬢様は思い出したくもないでしょうからそこから先は私がお話しします。窓の外で物音がしたので私はお嬢様を侍女に任せて外の様子を見に行きました。でも人が侵入した様子はありませんでした。なのに確かに何者かが窓の外にいたんです」
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