ご主人様の外面が良すぎる件についてご相談させてください (専属メイドの下克上)

南 玲子

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17、シャーロット様とのお話

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あれから何を言って何をしたのか記憶にないほど私は恐怖におののいていた。そうして気が付いたら私は屋敷の裏庭に立っていた。

壁の傍には、昨夜割られたガラスの破片が大きな樽の中に集められている。高級品のガラスは再利用できるので、業者に取りに来てもらうのだろう。

私は大きな木の幹に向かって小さく叫んだ。大きな声を出せるほど私の神経は太くはないのだ。

「あぁ、怖かったですぅ……もうやだっ、早くお屋敷に帰りたい。そうして誕生日にはさっさとご主人様に辞職願を叩きつけたいですぅ」。

半べそをかきながら呟いた時、木々の奥で何か白いレースが動いて消えた。また幽霊かと叫ぼうと思ったが、その白いレースがすぐに全身を現したのでやめる。

それは白いドレスを着たシャーロット様だった。金色の長い巻き髪をふわりとさせて、相変わらずの美しい顔で遠慮気味に微笑む。

可憐で儚げな彼女の姿は、裏庭のじっとりとしてほの暗い雰囲気にすっかり溶け込んでいた。

どっきーんと心臓が二倍くらいの大きさになって、私は不審者のように両手を振り上げ朝の挨拶をする。

「お、お、おはようございます。シャーロット様! あの、私が今帰りたいと言っていたことはそのっ!」

「あぁ、大丈夫です。私、大事なペンダントトップを窓から落としてしまって……あぁ、ここにありました。良かった」

彼女はそういうと細かい模様の入ったものを地面から拾って大事そうに手に取った。それはもう見事な細工が施されていて、思わず見とれるほどに美しい金でできたペンダントトップだった。

「これはね。私のお母様が私に残してくださったものなの。顔も知らないし抱っこしてもらったこともないのだけれど、これだけが私がこの世に存在する証なの。だからいつも身に着けているのよ」

「そうなんですか……お母様の」

ということは彼女が生まれてすぐに亡くなったお母様の形見なのだろう。そのセリフに思わず泣きそうになって瞳が潤む。

「それよりごめんなさい、エマ。幽霊が嫌いなのに、こんな場所に連れてくることになってしまって。あなたが帰りたいと思っても仕方がないわね。昨日はあんなことまであったのですもの」

本来ならば口も聞けないほどの高貴な身分の方なのに、なんてお優しい言葉をかけてくれるのだろう。私は両手を大きく振ってそれを否定した。

「いえっ! いえっ! 大丈夫です! きっとご主人様が何とかしてくれると思いますから。そういえば昨日の夜も幽霊じゃないってご主人様がはっきり言っておられました。もしかしてもう犯人が分かったのかもしれません」

「そうなの? だったらいいのだけれど……あぁ、昨日のことはとても恐ろしかったわ」

シャーロット様は驚いた表情をされたがすぐに顔を曇らせた。ハーブリス伯爵との結婚が駄目になるのを恐れているのだろうか。

私は自分の持てる語彙をすべて駆使して彼女を勇気づける。

「大丈夫です! シャーロット様はお綺麗ですからきっと何か偶然が重なったとかそういう超常現象なんだと思います! 幽霊って言っても何か地球の回転が関係してるんです。それに私たちも傍にいますから!」

すると彼女は安心したような顔になって、にっこりと笑った。

「ありがとう、本当にあなたっていい人だわ。エマは私と同じくらいの年よね。もう恋人はいるの?」

「いえいえ、私なんて平均以下の顔ですから、男性からは全く興味を持ってもらえなくて……それよりもシャーロット様は半端なくお美しいのですから、すごくモテるんではないでしょうか」

「そんなことないわ。あなたに言われると恥ずかしいほどよ。私は駄目……」

ハーブリット伯爵のことを言っているのだろうか。結婚が駄目になりそうなので気弱になっているのだろう。

謙遜する彼女を見て私は心をほっこりさせた。これこそが令嬢の鏡だとも思う。

それからシャーロット様と私は親しく話をした。

私が王都ではどこのデザートが美味しいだとか、どんなスタイルの服や髪型が流行っているとかを話すととても興味深く聞いてくれる。

リアムさんが言っていたように、あまり外出はなさっていないのだろう。

「すごいわ、エマったら五か国語もできるのね。それに社交界のことも私よりも詳しいみたいだわ」

「えっと、ご主人様のお仕事のお手伝いでよく本を写していたからかもしれません。自然に覚えてしまいました。社交界にもよくメイドとして同行していましたから、お顔を見知った方が多いんです。ご主人様の交友関係はひろいですので」

シャーロット様に驚かれて気付いたが、そういえば私のスペックはメイドとしてよりも貴族令嬢のそれに近いと思う。

私はもっと本来のメイドの仕事がしたいのだというと更に驚かれた。そして言いにくそうに口を開く。

「あの――ヒッグス様から聞いたのですが、エマは元は貴族だったのよね。それでさっき偶然耳にしてしまったのだけれどもお仕事を辞めるって……やっぱりメイドの仕事は嫌なのだと思っていましたけれど違うのですか?」

(うひゃっ! やっぱり聞いていらしたのですね。ここは何とか誤魔化さないといけません!)

「そ、そのことですけれど。あの、あれは……そうではなくて、ご主人様がちょっとですね」

嘘をつこうと思えば思うほどしどろもどろになってしまう。

「ごめんなさい、失礼な質問でした。でももし何か悩んでいることがあるのなら私に相談してくださいね。私はあまり頼りにならないかもしれませんが、リアムなら絶対に何とかしてくれるわ」

「シャ、シャーロット様ぁ……」

善良を絵にかいたような笑顔とその優しさに、胸が痛くなる。ご主人様には間違っても……逆さにして絞っても一滴もでてこない優しさだ。

「ありがとうございます。でも大丈夫です。お仕事はまだですが、お屋敷を出てから住む場所はもう決めていますので。それに貯金も充分にあります」

そういうとシャーロット様は残念そうなお顔をされた。

「せっかくお友達ができたと思ったのに、いなくなってしまうのですね。リチャード様もお寂しくなるでしょうに」

「あっ! そのことですけれど、これは内密にお願いします。特にご主人様には私が辞めるつもりだということは絶対に言わないでください!」

私が慌ててそう叫んだ時、リアムさんが屋敷の角から姿を現した。

「シャーロット様」

彼女を探していたらしく、あからさまにほっとした表情を見せる。昨夜あんなことがあったのだから、相当心配していたのだろう。

「お嬢様、こんなところにいらしたのですか。それにエマさんまで。シャーロット様、朝食の準備ができております」

「ごめんなさい、リアム。あのペンダントトップを窓から落としてしまって裏庭に探しにきたの。そうしたら偶然エマに会ってお話をしていたのよ。とても楽しくて会話が弾んでしまったわ」

「それは良かったですね、お嬢様。お顔の色も随分よくなりました」

「ありがとう、リアム」

二人が話しているのを見ると、これぞ理想の主従関係だとつくづく思う。互いを信頼しきった空気に、二人の間に入れる気さえしない。

(私もご主人様とこういう主従関係を結びたかったです。無条件の信頼。でもご主人様は全く信用できませんから!)

シャーロット様の少し後ろに続く、リアムさんと並んで一緒に歩く。同時に、非常に微妙なタイミングでリアムさんが来たことを思い出した。

(あのタイミングって、もしかしてリアムさんに私がさっき話していたことを聞かれてましたか?!)

何度も彼の様子をうかがう挙動不審な私に、リアムさんが意味ありげに微笑んだ。そうして立てた人差し指を唇に当ててこういう。

「私は執事です。ですから業務時間内に知りえたことはすべて守秘義務がありますので絶対に誰にも漏らしません」

(これっ! 絶対聞かれてたーー!)

頭を抱えるが、リアムさんなら信頼できそうだ。

それに引っ込み思案なシャーロット様が、秘密を誰かにうっかり漏らしてしまう機会などないだろう。それに私の誕生日までの数日のこと。どうにかなるに違いない。

(とにかく私の行き先さえご主人様にばれなければ逃げ切れますから)

私はそう自分に言い聞かせる。
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