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19、ご主人様との夜
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「犯人はリアムさんです!」
私はその夜、意気揚々とご主人様に推理を話す。
部屋の電気はすでに消されていて、私たちは同じベッドの中で横になっていた。狭いベッドにご主人様と一緒。必然的に私は隅によって縮こまるしかない。私たちは見つめ合う形でシーツに包まっていた。
おどろおどろしい雰囲気の屋敷にはいまだに慣れないが、ご主人様が傍にいれば彼以上に怖いものはないと思えるのだから不思議だ。
汚れには黒色のペンキを塗り、怖いものにはもっと怖いものを。
「リアムさんはお嬢様の結婚を邪魔したいのです! 彼なら鍵も持っていますし絶対に犯人は彼です!」
ご主人様が呆れを隠さずに声に出す。
「お前は馬鹿か。外から部屋の中に石が投げ込まれた件をどう説明する? 一度目の投石があったときはみんな揃ってダイニングルームにいたんだぞ。リアムも確かにその場にいた」
「えっと、その謎はご主人様が解いてください。とにかくリアムさんです。そう私の勘が言っているんです。美貌のご主人様を陰ながら慕う生真面目な執事……叶わない身分差の恋。ならばいっそと燃え上がる心。ふふ、ロマンティックですよね」
するとご主人様が神妙な顔をして私を見る。銀色の髪がシーツに流れて広がっていて、海の底のような青い瞳がすごく素敵だ。
ほんの少し開いた唇は桜色をしていて、男性なのにビロードのようになめらかそう。一瞬ドキンと心臓が跳ねる。
「ど、どうかされましたか?」
「――お前はそういうのをロマンティックだと思うのか?」
「そりゃそうです。私だってそういう恋愛に憧れたりもします。だってもうすぐ成人女性になるんですから」
えへんと威張って言うと、何故かご主人様が顔を赤くする。そこで私は気づいてしまった。きっと私がご主人様とのことを言っていると勘違いして怒っているのだろう。
「だ、大丈夫です! 私はメイドですし、ご主人様の本性を知っていますので絶対に好きにはなりません! それに叶わない恋なんて不毛なものしたくありませんから。私は私と釣り合う男性と普通で穏やかーな恋愛がしたいんです!」
「――ヒッグスのことか? あいつは侯爵家の三男だし金もある。お前なら釣り合わないこともないかもしれない。でも絶対にあいつとそんなことにはさせない」
眉根をひそめ低い声でそういうと、ご主人様は私に背中を向けてなけなしのシーツを巻き取った。やっぱり怒っていたのだ。
(でもどうして何度もヒッグス様のことを言われるのでしょうか? よくわかりませんが、シーツが全くないので寒いです。少しだけでも分けてくれませんかぁ。ぷるぷる)
結局シーツは分けてもらえないまま。仕方がないので、少しでも暖をとろうとご主人様の背中に引っ付いて眠った。
ぴったりと引っ付くとご主人様の背中は広くて温かくて、すぐに睡魔が襲ってくる。
「――――おいっ! 起きろ! エマ!」
機嫌の悪そうなご主人様の声で起こされる。朝が来たのかと思ったが、窓の外はまだ暗いようだ。でも何だかマットレスが急に硬く――けれども暖かくなったよう。
そうして自分がご主人様の体の上に、抱き着くような形でうつぶせのまま乗っていることに気が付く。
しかも両手でしっかりとご主人様の腰を抱いているではないか。その上、私の涎が彼のはだけた胸を直接濡らしている。
「ひ、ひぃっ! す、すみません! ふぎゃっ! すみません!」
飛び上がるように起きるとご主人様の顎に頭をぶつけたようで、更に謝罪を重ねる。
「……っ! お前は本当に! 給金五十パーセントカットだからな。早く俺から離れろっ! このままだと俺は今夜も眠れないだろう!」
「そ、そんなぁぁぁ」
もう今月の給金は猫の額からスズメの涙になってしまった。私は悲しい気持ちになりながらも、すごすごとベッドの隅によって体を丸くする。
(あぁ、でも私が悪いんですから仕方ありません……新しい生活がほんのすこーし貧しくなるだけです)
「っくしゅんっ!」
シーツはかかっているのだが、急に体が冷えたからかくしゃみがでてしまう。
「うるさい! せっかく眠れたところだったのに。……もういいっ」
ご主人様はそういうと、私の体の上におぶさってきた。男性のずしっとした重さが全身にかかる。
「これで寝ろ。お休み、エマ」
(ええええーーー! どうしてこんな体勢に?? す、すごく重いんですけどぉ……これってさっきの仕返しなのでしょうかぁ!)
頬に何かが当たる気配がして顔を横に向けると、ご主人様の顔が至近距離にあって心臓が跳ねる。
彼の前髪が私の頬に当たっていたのだ。ほんの少し体をずらせば、キスできるほどの距離に旦那様の整ったお顔がある。
私の心臓はどくどくと鳴り始めた。なのに当の本人はすでに眠ってしまっている様子。私は心を落ち着けるためすぐに顔を上に戻して天井を見た。
(えぇっとですね。これはきっと恐怖からですね。きっとそうです)
目を閉じて眠ろうと努力するのだが、なかなか寝付けない。
「エマ、鼻息がうるさい……」
けだるそうな低い声が耳のすぐそばで聞こえる。ご主人様はまだ眠ってなかったようだ。
「す、すみません」
すぐに謝ってゆっくりと息をするように心掛ける。けれどもそう思えば思うほど息苦しくなり、大きく息を吸ってしまった。
「ふぅーーぷぅーーっすぅぅーぷぅぅぅぅ」
「……! ったく……お前は普通に寝られないのか」
ご主人様はのっそりと上体を起こすと、長い銀色の前髪をかき上げた。その気だるそうな姿を見て、心拍数が更に増す。
(こ、これは。何なんでしょうか……? も、もしかして??)
「ご、ご主人様ぁ。きっとこれは幽霊の呪いなんです。さっきからご主人様を見ると今まで以上に心臓がどきどきして息が荒くなってしまうんですぅ」
私は仰向けで横になったまま、両手を神に祈るように絡めた。ほとんど涙目だというのに、いつも私が泣くと喜ぶはずのご主人様は顔を赤くして頭を掻いた。
「――っ! それはな多分。あぁ……もういい。とにかく寝ろ。明日がきつくなるぞ」
そうして私の隣に身を横たえると、シーツを優しくかけてくれた。よく眠れるようにといいたいのか、ぽんぽんと手で背中をたたいてもくれる。
(いつも意地悪なご主人様が優しいっ! そんなバカなっ! ということはご主人様も幽霊の呪いに侵されてしまったのですね!)
総毛だって慌てるが、背中をたたくご主人様の手があまりにも心地よくて、不覚にもいつの間にか眠ってしまっていた。
私はその夜、意気揚々とご主人様に推理を話す。
部屋の電気はすでに消されていて、私たちは同じベッドの中で横になっていた。狭いベッドにご主人様と一緒。必然的に私は隅によって縮こまるしかない。私たちは見つめ合う形でシーツに包まっていた。
おどろおどろしい雰囲気の屋敷にはいまだに慣れないが、ご主人様が傍にいれば彼以上に怖いものはないと思えるのだから不思議だ。
汚れには黒色のペンキを塗り、怖いものにはもっと怖いものを。
「リアムさんはお嬢様の結婚を邪魔したいのです! 彼なら鍵も持っていますし絶対に犯人は彼です!」
ご主人様が呆れを隠さずに声に出す。
「お前は馬鹿か。外から部屋の中に石が投げ込まれた件をどう説明する? 一度目の投石があったときはみんな揃ってダイニングルームにいたんだぞ。リアムも確かにその場にいた」
「えっと、その謎はご主人様が解いてください。とにかくリアムさんです。そう私の勘が言っているんです。美貌のご主人様を陰ながら慕う生真面目な執事……叶わない身分差の恋。ならばいっそと燃え上がる心。ふふ、ロマンティックですよね」
するとご主人様が神妙な顔をして私を見る。銀色の髪がシーツに流れて広がっていて、海の底のような青い瞳がすごく素敵だ。
ほんの少し開いた唇は桜色をしていて、男性なのにビロードのようになめらかそう。一瞬ドキンと心臓が跳ねる。
「ど、どうかされましたか?」
「――お前はそういうのをロマンティックだと思うのか?」
「そりゃそうです。私だってそういう恋愛に憧れたりもします。だってもうすぐ成人女性になるんですから」
えへんと威張って言うと、何故かご主人様が顔を赤くする。そこで私は気づいてしまった。きっと私がご主人様とのことを言っていると勘違いして怒っているのだろう。
「だ、大丈夫です! 私はメイドですし、ご主人様の本性を知っていますので絶対に好きにはなりません! それに叶わない恋なんて不毛なものしたくありませんから。私は私と釣り合う男性と普通で穏やかーな恋愛がしたいんです!」
「――ヒッグスのことか? あいつは侯爵家の三男だし金もある。お前なら釣り合わないこともないかもしれない。でも絶対にあいつとそんなことにはさせない」
眉根をひそめ低い声でそういうと、ご主人様は私に背中を向けてなけなしのシーツを巻き取った。やっぱり怒っていたのだ。
(でもどうして何度もヒッグス様のことを言われるのでしょうか? よくわかりませんが、シーツが全くないので寒いです。少しだけでも分けてくれませんかぁ。ぷるぷる)
結局シーツは分けてもらえないまま。仕方がないので、少しでも暖をとろうとご主人様の背中に引っ付いて眠った。
ぴったりと引っ付くとご主人様の背中は広くて温かくて、すぐに睡魔が襲ってくる。
「――――おいっ! 起きろ! エマ!」
機嫌の悪そうなご主人様の声で起こされる。朝が来たのかと思ったが、窓の外はまだ暗いようだ。でも何だかマットレスが急に硬く――けれども暖かくなったよう。
そうして自分がご主人様の体の上に、抱き着くような形でうつぶせのまま乗っていることに気が付く。
しかも両手でしっかりとご主人様の腰を抱いているではないか。その上、私の涎が彼のはだけた胸を直接濡らしている。
「ひ、ひぃっ! す、すみません! ふぎゃっ! すみません!」
飛び上がるように起きるとご主人様の顎に頭をぶつけたようで、更に謝罪を重ねる。
「……っ! お前は本当に! 給金五十パーセントカットだからな。早く俺から離れろっ! このままだと俺は今夜も眠れないだろう!」
「そ、そんなぁぁぁ」
もう今月の給金は猫の額からスズメの涙になってしまった。私は悲しい気持ちになりながらも、すごすごとベッドの隅によって体を丸くする。
(あぁ、でも私が悪いんですから仕方ありません……新しい生活がほんのすこーし貧しくなるだけです)
「っくしゅんっ!」
シーツはかかっているのだが、急に体が冷えたからかくしゃみがでてしまう。
「うるさい! せっかく眠れたところだったのに。……もういいっ」
ご主人様はそういうと、私の体の上におぶさってきた。男性のずしっとした重さが全身にかかる。
「これで寝ろ。お休み、エマ」
(ええええーーー! どうしてこんな体勢に?? す、すごく重いんですけどぉ……これってさっきの仕返しなのでしょうかぁ!)
頬に何かが当たる気配がして顔を横に向けると、ご主人様の顔が至近距離にあって心臓が跳ねる。
彼の前髪が私の頬に当たっていたのだ。ほんの少し体をずらせば、キスできるほどの距離に旦那様の整ったお顔がある。
私の心臓はどくどくと鳴り始めた。なのに当の本人はすでに眠ってしまっている様子。私は心を落ち着けるためすぐに顔を上に戻して天井を見た。
(えぇっとですね。これはきっと恐怖からですね。きっとそうです)
目を閉じて眠ろうと努力するのだが、なかなか寝付けない。
「エマ、鼻息がうるさい……」
けだるそうな低い声が耳のすぐそばで聞こえる。ご主人様はまだ眠ってなかったようだ。
「す、すみません」
すぐに謝ってゆっくりと息をするように心掛ける。けれどもそう思えば思うほど息苦しくなり、大きく息を吸ってしまった。
「ふぅーーぷぅーーっすぅぅーぷぅぅぅぅ」
「……! ったく……お前は普通に寝られないのか」
ご主人様はのっそりと上体を起こすと、長い銀色の前髪をかき上げた。その気だるそうな姿を見て、心拍数が更に増す。
(こ、これは。何なんでしょうか……? も、もしかして??)
「ご、ご主人様ぁ。きっとこれは幽霊の呪いなんです。さっきからご主人様を見ると今まで以上に心臓がどきどきして息が荒くなってしまうんですぅ」
私は仰向けで横になったまま、両手を神に祈るように絡めた。ほとんど涙目だというのに、いつも私が泣くと喜ぶはずのご主人様は顔を赤くして頭を掻いた。
「――っ! それはな多分。あぁ……もういい。とにかく寝ろ。明日がきつくなるぞ」
そうして私の隣に身を横たえると、シーツを優しくかけてくれた。よく眠れるようにといいたいのか、ぽんぽんと手で背中をたたいてもくれる。
(いつも意地悪なご主人様が優しいっ! そんなバカなっ! ということはご主人様も幽霊の呪いに侵されてしまったのですね!)
総毛だって慌てるが、背中をたたくご主人様の手があまりにも心地よくて、不覚にもいつの間にか眠ってしまっていた。
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