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31、いつの間に婚約?

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(十年前の約束???? 私とご主人様が結婚?!!!)

ここで私の思考は一時途絶えて真っ白になる。ご主人様の言葉に、エマーソン伯爵がうんうんと二回頷く。

「まさか本当にやってのけるとは思わなかった。分かった、結婚は許そう。だがわが息子ながらその執念には目を見張るものがあるね」

「リチャード、あぁ。おめでとう。エマ、リチャードをお願いしますわね」

ようやく意識が戻ったが、いまいち話が飲み込めない。けれどもこれだけは分かった。私はもうすでにご主人様と結婚することになっているということに。

でも爵位を継ぐ息子とメイドとの結婚を、伯爵夫妻はどうして反対なさらないのだろうか?

「あ、あのぅ……」

失礼のないようにお聞きしようと口を開いたとたん、父のテムズが満足そうに私の肩を抱く。

「お前は本当に果報者だ。リチャード様のような素晴らしい男性などそう簡単に見つからないぞ。良かったな、エマ」

どうやら父までもがそのつもりらしい。

(どうしてびっくりしたり驚いたり……反対したりしないのでしょうか!??!)

私があたふたしているうちに、屋敷中の使用人からも拍手が沸き上がって祝福を受けた。もう笑うことしかできない。

「おめでとうございます。リチャード様、エマ様」

ご主人様は私の肩を抱いて引き寄せると、爽やかに微笑んだ。切れ長の瞳が太陽の光に反射して、私の心臓をたたき起こす。やはりご主人様はいつも格好良くてずるい。

「あぁ、父上。爵位はまだ譲っていただかなくて結構ですよ。先にエマとゆっくり新婚生活を送りたいので。いろいろと用事を増やしたくはないのです。君もそう思うだろう、エマ」

「ふ……ふふふ」

どう反応したらいいのかわからないので、ご主人様にいわれたように黙って笑っておく。

すでに私の荷物もご主人様の向かいから隣へと移動させられているようだ。そこはご主人様の奥様となる人の部屋で、ご主人様の部屋とは洗面所とバスルームでつながっている。

いづれ高貴な女性がここに住むことになるとは思っていたが、それが私になるとは思いもよらなかった。

「あ、あの。私がヒッグス様のお屋敷にいる間のことですが……どうやって説明されたのですか?」

「侍女たちにベッドにいるところを見られたから、恥ずかしくて拗ねているんだと言っておいた。まだシャーロットの屋敷にいることになっていたから話を合わせておけ。それとあの辞職願の手紙だが、すでに処分しておいたからな」

その言い分では、もう屋敷のみんなが私とご主人様が一夜を過ごしたことを知っているのだ。その事実に恥ずかしくて顔を真っ赤にした。

(ベティさんに見られた時点で、どうせ伯爵夫妻には知られているとは思っていましたが……。すごく恥ずかしいです)

新しい私の部屋には、シャーロット様のお屋敷に置いてきてしまった荷物も運びこまれているよう。

そうしてレースの飾りのついたベッドの上には、私のお気に入りのぬいぐるみが鎮座している。これは私が幼いころから毎日一緒に眠っているウサギのぬいぐるみ。久しぶりに見て私は叫んだ。

「あっ! ミミーがいます! あぁ、ミミーがいなかったのでヒッグス様のところではよく眠れませんでした!」

感動にむせびながらミミーを抱きしめていると、ご主人様が冷たい目で私を見る。私はきょとんとした目でご主人様を見上げた。

「違うだろう、エマ。お前が眠れなかったのは俺が傍にいなかったせいだ。お前は俺が好きなんだ」

驚く私にご主人様が続ける。

「俺はこれから鈍感すぎるお前に毎回きっちり言っておくことにした。でないと知らないうちに逃げられる羽目になるかもしれないからな」

つっけんどんに言われたが、そういえばご主人様は私に意地悪ばかりしていたわけではない。

このミミーだってあの時にご主人様に捨てさせられたのは、庭を歩いていた時に毛虫の毛が付いたからだとずいぶんあとで気が付いた。

ご主人様はその翌日に、綺麗に洗濯したミミ―を私のベッドの上に置いておいてくれていた。まるで今日と同じように。

このしかめっ面のご主人様が、どんな顔でベッドの上にぬいぐるみを置いてくれたのだろうか。

(毛虫の毛は肌に湿疹が出るんですよね。あの時期は大量発生していましたから。あの時に、そういってくださったら良かったですのに……)

思い返すとご主人様は優しかったようにも感じる。

(ほんのすこーしだけですけど……これはあれなのでしょうか。善人に優しくされてもそうは思いませんが、悪人に少しでも優しくされるとその何倍も感動するとか???)

「あの、私。本当にリチャード様と結婚するのでしょうか? それにリチャード様が伯爵様とされた十年前のお約束って何なのですか?」

「――エマが知る必要はない。――なんだ、まさかお前は俺と結婚したくはないのか?」

何だか怒っているようだ。でもそう聞かれても困る。

「あ、あの。えっと。正直あまりに驚きすぎてまだ何も考えられないというか……だってエマーソン伯爵家は王国でも有数の名門貴族ですし、私がまだ貴族だったとしても釣り合いません。しかもリチャード様は爵位を継がれる方。もっとふさわしい女性がいると思うんです」

「そうだな、実際何度か縁談が来たこともある。お前なんか足元にも及ばないほどの高貴な血筋の令嬢ばかりだ。俺はモテるからな」

「そ、そうですよね。私みたいな平凡以下の女なんてありえませんよね」

「…………」

するとご主人様は何も言い返さずに口を閉じた。しばらくして急に手が頬に伸びてきたかと思うと、なんの予告もなく私を引き寄せキスをする。いつもとは違う……初めから深い深いキス。

なんど繰り返しても慣れない。緊張すると息ができなくなって、ご主人様の背中を何度か叩いてようやく解放してもらえた。

「はぁっ……ふはっ……!」

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