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ナーデン神国との戦い
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そうはいったものの愛は不安を感じていた。皆の様子だとよほどの事態に違いない。しかもローレル地方辺境といえば遠征隊が昨夜お世話になった城のあった場所。
あの恐ろしい魔獣を連れたナーデン神兵に進攻されたというならば、あの親切な侍女たちはどうなってしまったのだろうか。
そうして愛の不安は現実になる。数時間たって部屋に訪れたのはダグラスからの伝言を持ってきた騎士。仮眠の時くらいしか部屋には戻れそうにないので、先に休んでおけとのこと。
そうして兵士と入れ替わるように王城の侍女が数人愛のもとへとやってきた。
「アンカスター伯爵様からアイ様のお世話を頼まれています」
彼女たちは表情も変えずにそういうと、愛の意思も聞かずに服を脱がせ始めた。そうして薄いガウンを羽織らせると部屋の隣にある浴槽へと無理やり連れていかれる。
「えっ? あの……ちょっと!」
日本にいた時もエステすら行ったことのない愛にとってはすべてが初めて。気恥ずかしくてどうしようもない。
「あの、私! 服だけ用意してくださったら一人でお風呂も入れます」
「申し訳ありませんが、アイ様がギリア帝国のドレスの着方をご存じだとは思いません。それにこれが私たちの仕事ですので、アイ様は邪魔をなさらないでくださいませ」
と言ってぴしゃりと断られる。その冷たい言葉に、彼女たちは愛に良くない感情を持っているのだと分かった。他の侍女たちがわざと聞こえるようにひそひそ話をしている。
「あんなみっともない髪をしているのに、本当に女性だったなんて驚きですわ。帝国では事故で髪が短くなったと自ら命を絶つ女性までいますのに」
「伯爵様ったら、どうしてこんな女性を伯爵様のお部屋に泊まらせるのでしょうか。アナイス様とならお似合いでしすのに、アナイス様がこのことを知られたらお悲しみになるに違いありませんわ」
(ダグラスってば女性にモテるみたいだし、彼が私と一緒なのが気に入らないんだわ。でもここで私が何を言っても怒らせるだけで聞いてはくれないだろうな。こういう女の陰口みたいなのは一番苦手……)
全身をくまなく洗われて、海外ドラマでしか見たことのないような足のつま先まで裾のあるドレスに着替えさせる。髪も梳かされ肌には香油を塗られた。
「ではまたお食事の時間に参ります。こちらにお運びするということでよろしいですか?」
言葉遣いは丁寧だが、さっさと部屋から出ていきたいという気持ちが態度に出ている。愛はそれでいいと返事をした。
帝国のドレスはとても繊細ですぐに破けてしまいそうだ。しかもマーメイドラインなので歩くのですら小股で歩かないといけない。
「これじゃあ何かあっても走れないし戦えないわね。きっとこの国の女性は走る必要も闘う必要もないんだ」
部屋に居ても城内が騒然としているのは肌で感じられる。じっとしておく気にはなれずに、愛は立ち上がった。
「ここでじっと待ってるなんてできない。私にできることはないのかしら」
悪目立ちを避けるために頭に薄い布を被ることにする。この世界の女性はみんな長髪なのだ。城内の女性は一人の例外もなく足首まで髪がある。
廊下に出てみるが、みんな慌ただしい様子で廊下を行き来していて誰も愛のことは気にしていないよう。しばらくあたりをうろうろしていると、噂話で現在の状況がある程度掴めてきた。
ナーデン神国の聖女には魔力攻撃が全く効かないのだそう。聖女によってすぐに障壁や結界すら破られてしまう上に聖女の放つ炎の威力は絶大で、帝国の兵士が苦戦を強いられているのだという。
ローレル地方は全滅し、現在はナーデン神国に占領されている。そうして神教に改宗しない帝国民は殺害されているのだと聞いた。
何とか逃げた人々も住む場所を失って困っているらしい。愛は怒りに打ち震える。
「なんてことっ! 聖女だとか神だとか言ってもやっていることはまるで悪魔じゃないの!」
けれども今の愛には何もできない。悔しいがダグラスに望みを託すしかないのだ。そうしてそれは愛だけでなく、ほかの人も同じよう。
「きっと帝王様とダグラス様が何とかしてくださる。私たちにはアナイス様という神巫女もいらっしゃるのだから」
そんな希望のこもった声があちこちで聞こえてきた。よほどダグラスは帝国民から頼りにされているらしい。
言葉通り深夜をかなり過ぎたころに戻ってきたダグラスは、愛の顔をみるとすごく嬉しそうな顔をして抱きしめた。
「起きて待っててくれたのか、アイ」
「そんなことない、ぐっすり眠ってたけどダグラスに起こされたのよ」
本当は落ち着かなくて、ずっとダグラスの帰りを待っていた。でも愛はそうだと気づかれたくなくて、シーツも乱して、わざわざ髪も寝起き風にぼさぼさにしたのだが。
(どうしてわかってしまったのかしら? これも魔法?)
ダグラスはむくれてそっぽを向いている愛の頬に優しく手を添えた。
「大丈夫だ、心配するな。お前を抱きたくて堪らないが今はとにかく休まないとな。数時間寝たらまた戻らなきゃならん」
そういうとダグラスは憔悴しきった様子でベッドに横になった。
「やっぱりアイの傍は心地いいな。帝国のネグリジェもすごく似合ってるぞ」
愛の体を背後から抱きながらそういうと、愛の乳房に手を置いてすぐに眠り始める。普段なら手をはたいて怒るところなのだが、本当に疲れた様子の彼にそんなことはできない。
お休みなさいと小さくつぶやいて愛も目を閉じた。
♢ ♢ ♢
そんな風に一週間が過ぎた。戦況は芳しくないようで、城内では様々な噂話が行き交っている。
そんな中、トーマスやガイル。遠征で世話になった騎士達が、入れ替わり愛の様子をうかがいに来てくれる。
すでにダグラスから愛が女性であることを聞いていたらしい。それでも初めは半信半疑で、ドレスで着飾った愛を見て驚いていた。そうしていままでのことを思いだしたのか顔を赤くして恥じていた。
「うわー! 俺、アイの前で着替えたりしてたよな。ごめん、アイ」
「お前はいいよ。俺なんかエグバートと裸でどっちの筋肉がすごいかアイに見てもらったんだからな。当然、俺が勝ってエグバートの肉は俺がもらったんだがな」
「モリス、それ結局自慢じゃないか!」
騎士達はあいも変わらず終始にぎやかだ。筋肉質の大きな男性が笑いながら絡み合っているのを見ると、この国が戦争状態なのを忘れてしまいそうになる。
「ふふふ、あいかわらずですね。皆さん。あの……いま帝国はどんな状況なのでしょうか。ナーデン神兵はどんどん帝国内部に兵を進めていると聞いたのですけれど」
「あー、それね。う……ん、みんな自分にできる最善を尽くしている。それに俺たちも遠征直後だったから休ませてもらっていたけど、今は出征命令が出てる。俺やトーマスに任せときゃナーデン兵なんて一ひねりだぜ」
そんな風に言葉を濁されてしまう。良くない状況なのだとと愛は肌で感じていた。それでも心配そうな顔をする愛に、トーマスが声をかけてくれた。
「大丈夫だ。俺たちにはダグラス団長とエヴァン副長。しかも王国最強の帝王様までついてる。アイは心配せずにここで待ってろ」
「そうだ、そうだ! 俺たちは最強の帝国軍騎士団だぜ!」
そこでみんなが剣を天に向けて抱え上げ、声を揃えて気合を入れる。
愛はそんな彼らに無事で帰ってきてくださいと、声をかけることしかできなかった。自分の無力さを歯がゆく思う。
(あぁ、早く戦争なんて終わればいいのに……)
愛の祈りもむなしく、数日が過ぎても戦争は終わるどころかその規模を増し続けているよう。愛は戦争の状況を知るため、毎日のように部屋の外に出て皆の話を聞いていた。
今日も戦況を窺おうと廊下に顔を出したとたん、愛の目の前を数人の白衣を着た男性が廊下を走っていく。
ちょうどそばにいた大きな荷物を抱えた男性に愛が話を聞くと、マーシャルという名の彼はポーションを持って医療テントに向かうところらしい。
「今、神巫女様のアナイス様が空間をつなげて重傷の兵士と市民だけを帝都に戻してくださっている。帝都中から医療魔法の使える救護員が招集されていて医療テントに集められているので、私も今向かうところなのです!」
「そんなに戦況が悪いのですか?」
「ええ、もう現地で治療できる範囲を超えていて市民を含めると被傷者は万を超えるとか……でもここでも人手が足りなくて……」
「だったらマーシャルさん! 私も手伝います。魔力は使えませんが私にできることならなんでもします!」
ダグラスに何も伝えないまま王城を出るのははばかれたが今は緊急事態。きっと彼も理解してくれるだろう。マーシャルは二つ返事で喜んでくれた。
だがこの綺麗なドレスのままでは何もできない。愛はこの世界に来た時のスーツに着替える。
マーシャルに教えられた城壁のすぐ外側には、医療テントが設置されていた。
そこに集められた怪我人の状態はその数だけでなく、愛の想像を絶していた。あるものは腕がなく肌には重度の火傷を負っているし、あるものは内臓に損傷を受けている。
「こ、こんなことを聖女や神官がするだなんて、いったいどんな世界なの!」
憤るが今はそんな場合ではない。治療魔法で怪我を治している救護員の手伝いにまわる。正直、血は苦手だが刑事も人を助けることに関しては志は一緒だ。
怪我人のベッドを直したり水や食事を運んだり、愛は自分にできることを精一杯やった。人手はいくらあっても足りないようで、愛の助けにみな感謝してくれる。
この世界では治療魔法のおかげで傷は比較的すぐに治せるようだ。けれども治療にはかなりの魔力を消費するし、腕のない者に新しい腕を創造することはできない。
救護員は二人ほども治療すれば、見るからに顔を青ざめさせてぐったりとしてしまう。
そんな時はオーブの力を詰めたポーションを飲んで魔力を回復するらしいが、それにも数に限りがある。なのにテントに運び込まれる怪我人はどんどん増えていくばかり。愛を含めてそこで働く人たちは徐々に憔悴していく。
「いま第一騎士団が前線に向かったようだ。早くナーデン新兵を追い返してしまえばいいのに!」
そんな噂を耳にした。そのあと数時間でも休憩した方がいいというマーシャルに甘えて愛は仮眠をとることにする。
もうすでに夜が終えていて、朝日が昇ろうとしている時刻。ダグラスには侍女たちから伝言を伝えてくれるように頼んでいる。愛が医療テントを手伝うと言ったら、侍女たちにはすごく呆れた顔をされた。
(多分女性のする仕事じゃないのね。だってテントには男性しかいないもの。会えなくて寂しいけど、きっとダグラスなら理解してくれる)
そんなことを考えながら、簡易ベッドに向かう。思っていたよりも随分疲れていたようで、背中がベッドにつくやいなや愛は眠ってしまっていた。
あの恐ろしい魔獣を連れたナーデン神兵に進攻されたというならば、あの親切な侍女たちはどうなってしまったのだろうか。
そうして愛の不安は現実になる。数時間たって部屋に訪れたのはダグラスからの伝言を持ってきた騎士。仮眠の時くらいしか部屋には戻れそうにないので、先に休んでおけとのこと。
そうして兵士と入れ替わるように王城の侍女が数人愛のもとへとやってきた。
「アンカスター伯爵様からアイ様のお世話を頼まれています」
彼女たちは表情も変えずにそういうと、愛の意思も聞かずに服を脱がせ始めた。そうして薄いガウンを羽織らせると部屋の隣にある浴槽へと無理やり連れていかれる。
「えっ? あの……ちょっと!」
日本にいた時もエステすら行ったことのない愛にとってはすべてが初めて。気恥ずかしくてどうしようもない。
「あの、私! 服だけ用意してくださったら一人でお風呂も入れます」
「申し訳ありませんが、アイ様がギリア帝国のドレスの着方をご存じだとは思いません。それにこれが私たちの仕事ですので、アイ様は邪魔をなさらないでくださいませ」
と言ってぴしゃりと断られる。その冷たい言葉に、彼女たちは愛に良くない感情を持っているのだと分かった。他の侍女たちがわざと聞こえるようにひそひそ話をしている。
「あんなみっともない髪をしているのに、本当に女性だったなんて驚きですわ。帝国では事故で髪が短くなったと自ら命を絶つ女性までいますのに」
「伯爵様ったら、どうしてこんな女性を伯爵様のお部屋に泊まらせるのでしょうか。アナイス様とならお似合いでしすのに、アナイス様がこのことを知られたらお悲しみになるに違いありませんわ」
(ダグラスってば女性にモテるみたいだし、彼が私と一緒なのが気に入らないんだわ。でもここで私が何を言っても怒らせるだけで聞いてはくれないだろうな。こういう女の陰口みたいなのは一番苦手……)
全身をくまなく洗われて、海外ドラマでしか見たことのないような足のつま先まで裾のあるドレスに着替えさせる。髪も梳かされ肌には香油を塗られた。
「ではまたお食事の時間に参ります。こちらにお運びするということでよろしいですか?」
言葉遣いは丁寧だが、さっさと部屋から出ていきたいという気持ちが態度に出ている。愛はそれでいいと返事をした。
帝国のドレスはとても繊細ですぐに破けてしまいそうだ。しかもマーメイドラインなので歩くのですら小股で歩かないといけない。
「これじゃあ何かあっても走れないし戦えないわね。きっとこの国の女性は走る必要も闘う必要もないんだ」
部屋に居ても城内が騒然としているのは肌で感じられる。じっとしておく気にはなれずに、愛は立ち上がった。
「ここでじっと待ってるなんてできない。私にできることはないのかしら」
悪目立ちを避けるために頭に薄い布を被ることにする。この世界の女性はみんな長髪なのだ。城内の女性は一人の例外もなく足首まで髪がある。
廊下に出てみるが、みんな慌ただしい様子で廊下を行き来していて誰も愛のことは気にしていないよう。しばらくあたりをうろうろしていると、噂話で現在の状況がある程度掴めてきた。
ナーデン神国の聖女には魔力攻撃が全く効かないのだそう。聖女によってすぐに障壁や結界すら破られてしまう上に聖女の放つ炎の威力は絶大で、帝国の兵士が苦戦を強いられているのだという。
ローレル地方は全滅し、現在はナーデン神国に占領されている。そうして神教に改宗しない帝国民は殺害されているのだと聞いた。
何とか逃げた人々も住む場所を失って困っているらしい。愛は怒りに打ち震える。
「なんてことっ! 聖女だとか神だとか言ってもやっていることはまるで悪魔じゃないの!」
けれども今の愛には何もできない。悔しいがダグラスに望みを託すしかないのだ。そうしてそれは愛だけでなく、ほかの人も同じよう。
「きっと帝王様とダグラス様が何とかしてくださる。私たちにはアナイス様という神巫女もいらっしゃるのだから」
そんな希望のこもった声があちこちで聞こえてきた。よほどダグラスは帝国民から頼りにされているらしい。
言葉通り深夜をかなり過ぎたころに戻ってきたダグラスは、愛の顔をみるとすごく嬉しそうな顔をして抱きしめた。
「起きて待っててくれたのか、アイ」
「そんなことない、ぐっすり眠ってたけどダグラスに起こされたのよ」
本当は落ち着かなくて、ずっとダグラスの帰りを待っていた。でも愛はそうだと気づかれたくなくて、シーツも乱して、わざわざ髪も寝起き風にぼさぼさにしたのだが。
(どうしてわかってしまったのかしら? これも魔法?)
ダグラスはむくれてそっぽを向いている愛の頬に優しく手を添えた。
「大丈夫だ、心配するな。お前を抱きたくて堪らないが今はとにかく休まないとな。数時間寝たらまた戻らなきゃならん」
そういうとダグラスは憔悴しきった様子でベッドに横になった。
「やっぱりアイの傍は心地いいな。帝国のネグリジェもすごく似合ってるぞ」
愛の体を背後から抱きながらそういうと、愛の乳房に手を置いてすぐに眠り始める。普段なら手をはたいて怒るところなのだが、本当に疲れた様子の彼にそんなことはできない。
お休みなさいと小さくつぶやいて愛も目を閉じた。
♢ ♢ ♢
そんな風に一週間が過ぎた。戦況は芳しくないようで、城内では様々な噂話が行き交っている。
そんな中、トーマスやガイル。遠征で世話になった騎士達が、入れ替わり愛の様子をうかがいに来てくれる。
すでにダグラスから愛が女性であることを聞いていたらしい。それでも初めは半信半疑で、ドレスで着飾った愛を見て驚いていた。そうしていままでのことを思いだしたのか顔を赤くして恥じていた。
「うわー! 俺、アイの前で着替えたりしてたよな。ごめん、アイ」
「お前はいいよ。俺なんかエグバートと裸でどっちの筋肉がすごいかアイに見てもらったんだからな。当然、俺が勝ってエグバートの肉は俺がもらったんだがな」
「モリス、それ結局自慢じゃないか!」
騎士達はあいも変わらず終始にぎやかだ。筋肉質の大きな男性が笑いながら絡み合っているのを見ると、この国が戦争状態なのを忘れてしまいそうになる。
「ふふふ、あいかわらずですね。皆さん。あの……いま帝国はどんな状況なのでしょうか。ナーデン神兵はどんどん帝国内部に兵を進めていると聞いたのですけれど」
「あー、それね。う……ん、みんな自分にできる最善を尽くしている。それに俺たちも遠征直後だったから休ませてもらっていたけど、今は出征命令が出てる。俺やトーマスに任せときゃナーデン兵なんて一ひねりだぜ」
そんな風に言葉を濁されてしまう。良くない状況なのだとと愛は肌で感じていた。それでも心配そうな顔をする愛に、トーマスが声をかけてくれた。
「大丈夫だ。俺たちにはダグラス団長とエヴァン副長。しかも王国最強の帝王様までついてる。アイは心配せずにここで待ってろ」
「そうだ、そうだ! 俺たちは最強の帝国軍騎士団だぜ!」
そこでみんなが剣を天に向けて抱え上げ、声を揃えて気合を入れる。
愛はそんな彼らに無事で帰ってきてくださいと、声をかけることしかできなかった。自分の無力さを歯がゆく思う。
(あぁ、早く戦争なんて終わればいいのに……)
愛の祈りもむなしく、数日が過ぎても戦争は終わるどころかその規模を増し続けているよう。愛は戦争の状況を知るため、毎日のように部屋の外に出て皆の話を聞いていた。
今日も戦況を窺おうと廊下に顔を出したとたん、愛の目の前を数人の白衣を着た男性が廊下を走っていく。
ちょうどそばにいた大きな荷物を抱えた男性に愛が話を聞くと、マーシャルという名の彼はポーションを持って医療テントに向かうところらしい。
「今、神巫女様のアナイス様が空間をつなげて重傷の兵士と市民だけを帝都に戻してくださっている。帝都中から医療魔法の使える救護員が招集されていて医療テントに集められているので、私も今向かうところなのです!」
「そんなに戦況が悪いのですか?」
「ええ、もう現地で治療できる範囲を超えていて市民を含めると被傷者は万を超えるとか……でもここでも人手が足りなくて……」
「だったらマーシャルさん! 私も手伝います。魔力は使えませんが私にできることならなんでもします!」
ダグラスに何も伝えないまま王城を出るのははばかれたが今は緊急事態。きっと彼も理解してくれるだろう。マーシャルは二つ返事で喜んでくれた。
だがこの綺麗なドレスのままでは何もできない。愛はこの世界に来た時のスーツに着替える。
マーシャルに教えられた城壁のすぐ外側には、医療テントが設置されていた。
そこに集められた怪我人の状態はその数だけでなく、愛の想像を絶していた。あるものは腕がなく肌には重度の火傷を負っているし、あるものは内臓に損傷を受けている。
「こ、こんなことを聖女や神官がするだなんて、いったいどんな世界なの!」
憤るが今はそんな場合ではない。治療魔法で怪我を治している救護員の手伝いにまわる。正直、血は苦手だが刑事も人を助けることに関しては志は一緒だ。
怪我人のベッドを直したり水や食事を運んだり、愛は自分にできることを精一杯やった。人手はいくらあっても足りないようで、愛の助けにみな感謝してくれる。
この世界では治療魔法のおかげで傷は比較的すぐに治せるようだ。けれども治療にはかなりの魔力を消費するし、腕のない者に新しい腕を創造することはできない。
救護員は二人ほども治療すれば、見るからに顔を青ざめさせてぐったりとしてしまう。
そんな時はオーブの力を詰めたポーションを飲んで魔力を回復するらしいが、それにも数に限りがある。なのにテントに運び込まれる怪我人はどんどん増えていくばかり。愛を含めてそこで働く人たちは徐々に憔悴していく。
「いま第一騎士団が前線に向かったようだ。早くナーデン新兵を追い返してしまえばいいのに!」
そんな噂を耳にした。そのあと数時間でも休憩した方がいいというマーシャルに甘えて愛は仮眠をとることにする。
もうすでに夜が終えていて、朝日が昇ろうとしている時刻。ダグラスには侍女たちから伝言を伝えてくれるように頼んでいる。愛が医療テントを手伝うと言ったら、侍女たちにはすごく呆れた顔をされた。
(多分女性のする仕事じゃないのね。だってテントには男性しかいないもの。会えなくて寂しいけど、きっとダグラスなら理解してくれる)
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