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道化姫
しおりを挟む昔々、ある大きな国のお城に三人のお姫様がいました。
上の二人は王妃様のお子で、一番末のお姫様は側妃様のお子でした。側妃様は、末のお姫様が五歳の時に亡くなってしまった為、それ以降末のお姫様は、お城の片隅の部屋でひとりぼっちで過ごす事となりました。
そんな寂しい毎日を過ごしていた末のお姫様のエレンは、いつしか心を病んでしまい、お城の中でおかしな格好で歩くようになってしまいました。
顔には真っ白な白粉を塗りたくり、頬と唇には真っ赤な紅を入れ、真っ直ぐに太く描かれた眉毛に、大きな黒子を描き入れた顔で、派手な衣装を見に纏い、ニコニコして歩くエレンの様は、まるで道化師のようでしたので、いつしかエレンは「道化姫」と人々から呼ばれるようになりました。
一番上のお姫様が18歳になった頃、お城にある事件がおきました。
お城に隣国の王子様がやってきて、三人の姫の中から一人を妻として娶りたいから、しばらくこの国に滞在させて欲しい、とおっしゃったのです。
上の二人の姫は、この時見目麗しい隣国の王子に一目惚れしてしまいました。
そして、互いに自分こそが王子の妻にふさわしいのだ、と言って必死に競い合うかのように、美しさに磨きをかけたり、プレゼントを王子に頻繁に贈ったりしました。
その様子を見かねた王妃様は、上二人の姫に言いました。
「サアラ、サマンサ、二人共いい加減にしなさい。二人は充分に美しい。それに、あまりに気合を入れて化粧をすると‥エレンの顔みたいになってしまいますわよ。」
「アハハ、それは絶対にごめんだわ。」
「‥そうね、私達少しやり過ぎたわね。どんなに頑張っても、妻に選ばれるのは私達のどっちかだけなんだし‥ここはどちらが選ばれても恨みっこなしでいきましょう。」
王妃様も上二人の姫も、王子様の妻になるのは二人の姫の内のどちらかしかいないのだ、と信じて疑いませんでした。‥エレンの事は全く眼中にないようでした。
一方、この国にしばらく滞在する事を決めた王子様ですが、上二人の姫の猛烈なアピールに疲れ切ってしまい、お城の庭園で隠れるようにして過ごしていました。
「‥はぁ、この国の三人の姫の中から妻を娶れだなんて‥気がすすまないなぁ。」
なんて思わずぼやいてしまいました。
「フフフ。」
「‥誰だ!」
王子の背後から笑い声が聞こえた為、王子は慌ててしまいました。‥この国のお姫様の事でぼやいていた言葉を、誰かに聞かれたと思ったのです。
「‥失礼しました。私は末のお姫様の侍女です。‥だいぶお疲れのようですね。」
王子は少し警戒しましたが、この侍女の落ち着いた雰囲気を心地よく感じたのか、しばらく愚痴に付き合って貰う事にしました。
「‥‥僕の愚痴を聞いてくれるかい?」
「勿論です。この命にかえましても、他言は致しません。」
「‥‥君を信じるよ。」
王子は、お城で暗殺されかけたり、騙されたりと、散々辛い目にあってきた人でしたので、人を見る目には自信を持っていました。なので、自国では誰にも心を許さずに常に気を張っていました。
そんな王子が、この国のお城の一介の侍女にはすぐに心を許してしまったのです。この事実に、王子自身も思わず苦笑いしてしまいました。
「ハハハ、こんな所で侍女と二人っきりで話す事になるとは思わなかったよ。」
「‥お嫌でしたら、失礼します。」
王子と二人っきりになれば、大概の女性は喜ぶものなのに、この侍女は全く嬉しそうな様子がないどころか、あっさり王子のもとを去ろうとしたのです。王子はそれを慌てて引きとめました。
「待ってくれ。‥調子が狂うな‥でも悪くないな。」
「‥?」
王子は侍女を側において、しばらく会話を楽しみました。
そして、この侍女の知識の豊富さや機知に富んだ会話にいつしか心を奪われていました。その為、この日以降も王子は侍女の姿を探し求めては話をするようになりました。
そんな二人の関係が二週間ほど続いた頃‥とうとう王子様と侍女の関係が、王妃様と上の二人の姫に知られてしまいました。
王子様は王様夫妻に呼ばれて、事の真相を尋ねられる事になりました。‥その場には上二人の姫、サアラとサマンサもいました。
そして‥‥末の娘のエレンも遅れて登場しました。
おかしな化粧をして、派手な衣装に身を包んだ状態で、戯けながら歩いてきました。
まわりにいる人々が馬鹿にしたように笑う中、エレンは王様夫妻の前でカーテシーをしました。
まわりはその滑稽な姿でエレンがカーテシーをする姿をみて、ますます笑い転げました。
「アハハ。エレンってば、なんて滑稽なの。」
「エレン、王子様の前によくそのみっともない姿で現れたわね。偉いわ。ホホホ。」
王妃様と上二人の姫が馬鹿にしながら笑う中、エレンは堂々とその場に立ち続けました。そして‥
エレンはその場で、持っていた濡れタオルで顔を拭き、派手な衣装を脱ぎ始めました。
「‥おい、こんな所で服なんて脱ぐな。‥誰かー!エレンをこの場から退けてくれ。」
王様はエレンが突然服を脱ぎ始めたので、慌ててそれを止めようとしました。
ですが、それでもエレンは服を脱いでしまいました。
「‥お前は‥。」
化粧を落として、派手な衣装を脱いだエレンは、皆の前であっという間に美しく清楚な装いの美少女に変わっていました。
そのあまりの変わり様に、まわりは何の言葉も出ませんでした。王妃様と上二人の姫も口を開けて呆然としています。
「‥お前は‥いつも庭にいた侍女‥?えっ?」
王子様は、いつもお城の庭で話をしていた侍女が末のお姫様、エレンだと知り大変驚いていました。
「‥王子様、騙してしまい申し訳ありません。」
「‥‥いや、良いんだ。そうか、君は末のお姫様だったんだね。」
エレンは王様夫妻に向き合い、改めて話を始めました。
「これまで皆さんを騙してしまい、申し訳ありませんでした。亡き母の遺言で、このお城で誰かの恨みを買って殺されたりする事がないように、長年道化師のふりをして過ごしておりました。
‥‥それに、私には身の回りの世話をする侍女がいなかったので、私は侍女の格好をして、毎日侍女の仕事もしていました。そんな時に王子様と出会ったのです。」
エレンはそう言ってから王子様の方を向いて、すまなそうに微笑んで見せました。王子様はそれに優しく微笑み返しました。
エレンは今度は王様に向かい、話し始めました。
「亡き母が、何故私に道化師の振りをして暗殺から逃れさせようとしたのか‥それは、王妃様に私の母が殺されたからです。」
それを聞いた王妃様は、当然怒りだしました。
「何を根拠にそう言うのです?それに、あなたにそんな発言を許した覚えはありませんよ!」
王妃様にそう言われても、エレンは堂々と話し続けました。
「それに、上二人の姫は王様のお子じゃありません。王妃様と宰相との浮気で出来た子です。‥その証拠に、二人の姉の目の色と巻毛は王様夫妻にはない特徴ですよね。
それから、王妃様の指輪には私の母を殺した時の毒薬が入っているはずです。母が死際に私に教えてくれたのです。」
それを聞いた王妃様は、思わず指に嵌めていた指輪を反対の手で覆い隠してしまいました。
その動きを不審に思った王様は、近衛兵達を呼び、王妃様の指輪を取り上げて王妃様と宰相を牢屋へ連れて行かせました。
二人は後でじっくりと取り調べを受ける様です。
王妃様と宰相が近衛兵によって連行される中‥‥その場に取り残された二人の姫、サアラとサマンサは、ずっとエレンの事を睨み続けていました。‥その恐ろしい鬼の形相を王子様が見ている事も忘れて‥‥。
王子様はあらためて王様に言いました。
「王様、僕はエレン姫を妻に迎えたいと思います。どうかお許しを。」
「‥見苦しいところを見せて申し訳なかった。‥王子よ、娘エレンを頼みます。」
王様がそう言うと、王子様とエレンは抱き合って喜び合いました。
こうしてエレンと王子様は、めでたく隣国で結婚式を挙げ、子宝にも恵まれて末長く幸せに暮らしたそうです。
一方王妃様は、側妃様殺害と宰相との不義密通の罪で、宰相と共に死刑に処されました。そして上二人の姫サアラとサマンサは、郊外の教会へ入れられて、生涯をそこで過ごしたのだそうです。
end.
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