異世界恋愛短編集

私の人形は良い人形‥ 前編

モンティーヌ伯爵は、一人息子のルカの為に若い家庭教師を住み込みの形で雇いました。家庭教師の名はダリアと言い、伯爵家の娘でした。

「‥ルカ、先生はとても優秀で素晴らしい女性だ。‥だが男ではないからこの国ではどれだけ優秀でも家督は継げないんだ。‥だから、ルカは女でない時点で幸せ者だぞ。」

伯爵は息子の肩に手を置き、ダリアの悪口を含んだ悪意のある紹介をしました。ですが、息子のルカは不気味な人間を抱いたままぼんやりとしていました。

オホン、

「‥伯爵様、早速今から授業に入っても宜しいですか？」

「‥‥ああ、頼んだぞ。ルカがあんな調子でなければ、きちんとした男の先生に来て貰うのだが‥。その点、君が女でよかった。女の君の前ではなら、うちのルカを出しても恥ずかしくないからな。」

「‥‥。」

伯爵はダリアに対して最後まで嫌味ったらしい言葉をかけると、ふてぶてしい態度で部屋を去って行きました。

ダリアは部屋で、自分よりも5歳ほど若いだろう少年のルカと向き合いました。

「ルカ様、初めまして。私の事はダリアと呼んで下さい。」

「‥‥。」

ダリアが改めて自己紹介をすると、ルカは不気味な人間をギューッと抱きしめてダリアを睨んだまま扉の近くで黙って立っていました。

ダリアはルカの警戒心を刺激しないように、距離を保ったまま話し続けました。そして、部屋のピアノを弾き、軽快で明るい歌を歌ってあげました。

ルカは驚いた顔をしましたが、ダリアとの距離を縮める事なくその日の授業は終わりました。

ダリアは次の日も、また次の日もルカに無理強いする事なく一方的に講義を聞かせて、時には本を読み聞かせてやったり、歌を歌ってあげたりして、徐々にルカの興味をひくことに成功しました。

ダリアが家庭教師に来て半月後、ダリアとルカはお互いに手の届きそうな所まで近づく事が出来る様になりました。


ある晩の事、ダリアはなかなか寝付けない為キッチンに飲み物を取りに行こうとして暗い廊下を歩いていました。

「‥うう、うう、う‥。」

すると、どこかから苦しそうに呻く声が聞こえて来ました。ダリアがその声の聞こえる方へ行くと、ルカの部屋まで来てしまいました。ダリアはルカの部屋の扉に耳をくっつけて、中の様子を伺いました。

「‥うう、う、‥苦しい。やめ‥て。」

「‥！」

ダリアは何者かがルカに危害を加えているのだと思い、大声で屋敷の者達に助けを呼びかけると、自分も勇気を出して扉を開けました。

「ルカ様！大丈夫ですか！」

「‥‥助けて‥。」

「‥これは‥一体‥。」

ベッドの上であの不気味な人間が、ルカの上に覆い被さりナイフで心の臓を突き刺そうとしていました。それに‥見知らぬ女性の霊がルカの首を絞めていました。

ダリアはルカの上にいた人形を払い除け、ルカの首に食い込んだ女性の霊の指を外しました。

それを見ていたルカは、首をさすりながらダリアに尋ねました。

「ダリアはあいつらが怖くないの？」

「‥ルカ様の危機なんです。怖いとか言ってられませんよ。」

ダリアが女性の霊と格闘してると、ようやく屋敷の使用人の男達が武器を手にルカの部屋までやってきました。‥それにモンティーヌ伯爵も。

モンティーヌ伯爵は女性の霊を見るなり驚いた顔をしました。そして‥女性の霊を刀で斬ってしまいました。

「‥その姿はクレアか！ええい、死んでからも女々しい奴め、消えてしまえ！」

ギャァー！！

女性の霊の断末魔の叫びが屋敷中に木霊する中、不気味な人形がダリアに襲いかかりました。ダリアは人形に執拗にナイフで刺されて気を失ってしまいました。