令和百物語

みるみる

文字の大きさ
2 / 100

第二夜 耕三の夢

しおりを挟む

平川耕三は、あと二年で古希を迎える年齢になっていた。

思えば、小さな頃から、農家の大家族の一員として、牛の世話や畑仕事をして、ずいぶん苦労した人生だった。学校へ持っていくお弁当も、おかずが入ってないのが恥ずかしくて、いつも蓋で隠してこっそり食べていた。

高校を卒業し、地元の九州を出て、集団就職で名古屋にきた。雇って貰った中小工場は、時代がパソコンやら機械やらを使うようになり、やれる仕事がなくなってしまい、俺はいつかリストラされてしまうのではないかと毎日怯えていた。

憂さ晴らしのつもりで始めたパチンコにハマって抜けられなくなり、払え切れない借金をした挙句、会社もさぼって退職した。家族にバレた時は物凄く叱られたが、パチンコはまだ内緒で続けていた。

そして去年、病院で家族と共に呼ばれて、癌の宣告を受けた。

前立腺の癌だが、骨まで転移しており、余命は良くて五年だそうだ。

悔いは無いはずの人生だったが、先がない人生だと分かると、何となく後悔ばかりの人生だったようにも思えてきた。

それからは、仕事を辞めて朝から晩まで、自分の部屋の炬燵に入って過ごす日が続いた。炬燵の座椅子に持たれて、テレビを見ながら寝る。

また目が覚めると、時計を見る。12時45分。
昼か夜中なのか、カーテンを閉めてるから、分からない。

最近は、今日が何月の何日かも気にならなくなった。それに、春なのか秋なのか聞かれても、いまが何の季節かだなんて分からなかった。

とりあえず、何か食べなきゃいけないなと思い、台所へ行き冷蔵庫のスイカを食べた。

娘と孫が、俺を見て怒っている。どうした?

ああ、このスイカは娘が孫にとっておいたスイカだったのか。

スイカを食べ過ぎて、胸やお腹が冷たかった。スイカの汁のせいか、口と手が痒くて掻いていると、妻が怒って俺をどかし、テーブルや床を拭き始めた。

俺はとりあえず部屋に戻り、炬燵でうとうとした。

夕方の四時には、目覚ましをセットしており、それで目を覚ますと、孫の幼稚園バスのバス停へ向かい、孫を迎えにいった。

癌のせいで、頻繁に来る尿意を我慢出来ない為、ズボンを濡らしたままで孫を迎えに行ったり、我慢出来ずに電信柱に立ちションして、家族によく叱られた。

部屋の窓に黒い虫がうじゃうじゃいて気持ち悪いから、ライターで火をつけて燃やしたら、火事になりかけて家族に叱られた事もあった。

まだこの頃は、色々な事をしては叱られてはいたが、歩く事ができたし普通に変わりなく過ごしていたと思う。

だがそのうち、足が思うように動かなくなり、時間の感覚が更になくなってきた。

それに自分の亡くなった兄達が、やたらと家へやってくるのだ。

まだ生きてるはいるものの、九州にいるはずの妹が、家の近くで俺の迎えを待っていた事もあった。迎えに行こうとしたが、夜だからと言って止められた。

部屋で寝てると、猫のなき声が煩くて眠れない事があった。

どこにあったのか分からないが、いつのまにか大きな網を手に持っていたので、全部追い払ってやったが、帰り道が分からない。足ももつれて、どぶにはまってしまった。出ようとするも、無駄だと分かり、笑ってしまった。近所の人に助けられて、家に戻った。

それからが辛かった。尿意と便意が絶え間なくきた。妻や娘の介助でトイレへ行くが何も出ない。ベッドへ戻ろうとすると、また出そうになる。これが一日中続いた。

妻と娘が、オムツでしろ!というけど、トイレでないと出ないんだから行くしかない。妻達の目を盗んでトイレへ行った。だが、足に力が入らず転んでしまった。履いていたはずのオムツもなかった。まわりは便器から溢れた水だらけで、ほうきでいくらはいても無駄だった。

そんな事があった後しばらくして、バスで銭湯やテレビのある所へしょっちゅう連れて行かれるようになった。

それから気付くと、自分の部屋のベッドなのか、病院のベッドなのか分からないが、カーテンで覆われた部屋にいた。

腕時計やハンドバッグ、鍵は近くの棚に全てあったので、安心した。

亡くなった兄が、心配して訪ねてきたり、孫を抱っこしていた夢を見た。目を覚ますと、これが夢なのか現実なのか分からなくなっていた。

カーテンを閉め切った部屋のはずなのに、夜になると、外国人達が勝手に入ってきて騒ぎはじめるから、ちっとも眠れない。便も何日も出ていない。看護婦さんは外国人達なんてここへ来ていないし、便も毎日出てるっていうけど、便なんて、本人が出てないって言うんだから、出てないに決まっているのに、おかしいな。

最近身体がまったく動かなくなってしまった。おかしいな。それでも、手の指の訓練だけはしていた。話も出来なくなった。だが、耳は聞こえるし、うっすら目もみえた。

だが、今は呼吸が苦しくて、息が出来ない。

息が出来なくて苦しいはずなのに、なぜか急に身体が軽くなった。下には俺がいた。天井から皆んなの様子が見えた。

俺は死を自覚した。自分の身体にさよならを告げて、天井へ戻った。だが、天井はどんどん遠ざかり、気付けば空の上だった。

さらに上へ進むと、自分が若返ったような気がする。なくなったはずの歯も生え揃っていたし、身体が自由に動く。なんて、いい気分なんだ。

そして懐かしい人々が俺を待ってくれていた。

お帰り。

ただいま。なんだか長い夢をみてたような気がするよ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...