令和百物語

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第十六夜 痩せ薬

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ピンポーン

「飯田さんのお宅ですね。お荷物です。サインをお願いします。」

「はーい。ありがとうございます。」

買ってしまった‥‥二万円する痩せ薬。

沙和は、短大を出てからずっと地元の中小企業で働いていた。職場の男性は皆既婚者だったし、飲み会に誘ってくれる友人もいない為、異性との出会いはなかった。二十九歳、独身、彼氏なし。

だが、先日行った喫茶店で、さりげなく手に取った雑誌をめくっていたら、痩せて彼氏と大金を手にした女性の広告を見てしまった。そして、とうとうダイエットを決意したのだった。

二万円の痩せ薬、箱を開けて薬瓶を取り出した。成分表を見る限り、変な薬品は入ってなくて安心した。

説明書を読むと、一日二粒を飲むだけだと書いてあった。

但書には、これを飲むだけでは痩せません。薬はダイエットをアシストする為のものです。暴飲暴食を避けて、適度な運動を心がけて下さい、とあった。

「なんだ、やっぱりこの薬を飲んだだけじゃ痩せないのね。」

まぁ、がっかりはしたものの、少しは予想していたので返品はしなかった。

成分表を見る限り、変な成分は入ってなかったし、ダイエット成分として有名な成分やビタミン、ミネラルも入っていた。

「よし、飲み続けてみるか。」

そう言って、口に含んだ薬はとても美味しかった。タブレットで水なしで飲めるとあったが、確かにレモン味のラムネ菓子のようだった。とりあえず一ヶ月続けてみようと覚悟を決めた。

それから一週間、二週間続けた頃、自分でも分かるぐらいウエストや太腿が細くなってきた。

「ねえ、沙和ちゃん痩せた?それに綺麗になったよね。男の人できた?」

「吉田先輩、私って本当に痩せました?」

「うん。顔のラインとウエストがね、シュッとしたよ。二の腕も、ブラウスに余裕ができたし。」

「先輩、よく見てますね。あ、でも彼氏は出来てないです。だって出会いがないですもん。」

「うん、うん、ヨシ!私が旦那の後輩を誰か紹介してあげるよ!彼女がいない子いっぱいいるから。」

「私で大丈夫ですか?がっかりされませんか。」

「大丈夫。ちょうど沙和ちゃんに紹介したかった子がいたの。旦那に聞いて、また連絡するね。」

「はい。お願いします。」

沙和は、痩せ薬をずっとお菓子感覚で飲み続けていた。食事も三食バランス良く食べ、万歩計をつけて歩いたりもした。

普段なら行かない大きなヘアサロンにも行って、髪も少しだけ明るく染めた。

化粧だって下着だって色々試してから、自分に合うものを探した。

毎日必死で綺麗になる努力をしていた。それが初めて人に認められたのが今とても嬉しかった。

それに、男性を紹介してもらえる事になったのが何より嬉しかった。

「ヨシ、もっと頑張ろう!」

沙和は痩せ薬を再注文して、食事制限もより厳しいものにし、ジムの会員になって毎日運動もした。

すると、自分の姿が別人のように変わっていた。

明るくて艶々の髪、細いフレームのおしゃれな眼鏡、首元に光るネックレス、細い手足、くびれたウエスト‥‥

凄い‥‥私が綺麗になってる。

鏡に近づいて見ると、眉毛は整い目元はスッキリし、キラキラのリップで口元を彩られたとても可愛い自分がいた。

これは、もしかして彼氏も出来るかも。 

私は鏡の前で自画自賛をしていた。

この痩せ薬、もしかして多少は効果があるのかもしれない。そう思って、私はまた痩せ薬を注文した。


「あの、すいません。お姉さん、急いでますか?」

「えっ、何ですか?」

「お姉さん綺麗だから、ちょっと話してみたくて。良かったら、この辺でお茶しません?」

「あっ、ごめんさない。急いでますので。」

生まれて初めてのナンパだった。

怖くてドキドキしたけど、なんとなく悪い気はしなかった。

「お姉さん綺麗だから‥‥か。」

異性に初めて綺麗と言われてとても嬉しかった。

それから私は、毎日街へ出て歩いていた。先日のナンパに味をしめて、またナンパをされたくなったからだ。

それにもし、本気で付き合いたいと言って声をかけてくれる人がいたら、ついていっても良いような気がしていた。

私は雨が降る日も傘をさして、街へ出かけないと気が済まなくなっていた。

さすがにこれは‥‥少し私はおかしくなったのかもしれない、そんな気がして、ネットで自分が飲んでいた痩せ薬も含めて副作用について調べてみた。

すると、覚醒剤に似た効果あり、中毒性あり、至福感を誘起することあり、中枢神経を刺激し‥‥日本国内では現在使用を禁じられている、とかいてあるホームページを何個も見つけた。

あのレモン味のラムネが、まさかこんな副作用を持っていたとは驚きだった。

効果がないだけでなくて、まさか身体や精神に有害なものだったとは‥‥。

それから私は痩せ薬を飲むのをやめて、残りの分も処分した。

だが、何故か街へ行きたくてたまらない自分がいた。特にナンパされて付き合ったり、ついて行く事はなかったが、異性に声をかけて欲しくてたまらない自分がいた。

職場の先輩が、旦那さんの後輩を紹介してくれると言ってた話も断ってしまった。

もし、紹介されて顔を合わせた時に、相手にがっかりされる事よりも、私が彼を見てがっかりしてしまう事が怖かったからだ。




「沙和ちゃん、翔君といつ結婚するの?この前、翔君家へご挨拶に行ったんでしょう。旦那からきいたよ。」

「先輩のおかげです。ありがとうございます。結婚もできたら年内にはしたいよねって彼と話してるんです。」

「沙和ちゃんと翔君ね、前から合うと思ってたんだ~。良かった。おめでとう。」




あれからしばらくして、再度先輩が旦那さんの後輩を紹介する場をセッティングしてくれた。

出会った彼は、物知りでひょうきんで、堅実で、少し痩せてたが、眼鏡の似合う好青年だった。

沙和は一目で好きになってしまった。それから何ヶ月か付き合って、先日彼の実家に結婚のご挨拶に行ったのだった。

「私、自分に自信がなくて、一生懸命自分磨きを頑張ったんですよ。

それで痩せて少しずつ綺麗になった時に、今度は人から褒められる事が嬉しくて、たくさんの人に褒めて欲しくてたまらなくなったんです。それで色んな場所へ行っては褒められたり、声をかけて貰っては喜んでいたんです。

でも、彼と会って分かったんです。色んな人に上辺だけを褒められるよりも、彼に褒めてもらう方がもっともっと嬉しいんだって、本当に分かったんです。だから今とても幸せです。」

「ね、彼良いでしょ。可愛いのに、自信のない沙和ちゃんに、彼ぴったりだと思ったのよ。

彼って優しいし、嘘つかないし、それにとっても褒め上手でしょ。だからきっと沙和ちゃんも、自分にもっと自信が持てるようになるかなって思ってたの。当たりだったね!」
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